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第41話 尋問と刑罰

 フィーネが早まる夫をクイッと捻り、エミリアがリスケルの身を案じる地から数百キロ。常人で10日超人で3日の距離を隔てた砂漠に、一行は身を潜めていた。依然として暴れまわるドラゴンの群れを征伐するためだ。


「いいかお前ら、ただ倒せば良いってもんじゃない。必ず1人は捕まえるんだぞ」


 リスケルとしては、できればリーダー格を捕虜にしたかった。ドラゴンを操り、街を蹂躙する部隊には、強い引っかかりを覚えたからだ。情報を引き出すべきだと直感が警告する。


 だが実際、倒すよりも捕える事の方が遥かに難しい。場合によっては被害も大きくなるだろう。そんな危険な作戦を強いたのだが、応じる声は頼もしいものばかりだった。


「お任せくだせぇ。我らが神、チチデロン様のために!」


「この戦で収めた勝利をイシューワキ様に捧げますぜ!」


 この返答にはリスケルも頬が引きつった。砂賊達の士気は高く、極めて従順なのだが、崇める神の名が違う。同じ物を信仰しているのに。胸にこみ上げる疑問をそのままにしつつ、遠方の砂塵に眼を向けた。やがて振動とともに膨らむ影が、一直線に進撃してくるのが見える。


 迎え撃つ布陣はこうだ。リスケルとネイルオスが並んで立ち、敵の眼を引きつける。飛びトカゲに跨る砂賊達は砂丘の裏に身を隠し、合図があれば、歩兵の砂賊と連携して襲いかかる算段だ。戦略としては平凡なのだが、誰もが成功を確信していた。世界に名を轟かす武神が揃うのだから。


「リスケル。敵は横一直線に並び、2段に構えつつ侵攻している。ぬかるなよ」


「任せとけ。お前こそ皆を守ってやれよ」


「ワシを誰だと思っておる」


 互いに不敵な笑みを交わすと、リスケルは木の上に登り、馬鹿デカイ声を響かせた。


「こんな砂漠までよく来たな。だが、簡単に帰れるとは思うなよ!」


 ドラゴンの群れは警戒を見せ、一度は足を止めた。しかしすぐ駆け足になる。統制の取れた動きは何者かの指示によるものだが、人の姿は見えない。リスケルは一挙手一投足を観察しながらも、冷静な眼で敵軍との距離を測った。


(よし、今だ!)


 見定めた瞬間に大きく跳躍した。そこはまさに最前線。両足で立てない程の振動と、巨体の圧迫感の凄まじい死地である。だがリスケルは両足でしっかりと立ち、拳を地面に叩きつけた。


「わっしょいオラァ!」


 いつもの掛け声とともに、地面には大穴が空いた。リスケルは休む間もなく隣へ隣へと穴を生み出していく。こうして落とし穴の罠が完成した。敵の眼前での事だ、当然見破られてはいるのだが、その巨体が災いする。極端に重たい身体の制動距離は極めて長く、簡単には立ち止まれないのだ。


「グォオオーーン!」


 ドラゴンの群れは、野太い悲鳴を響かせながら穴へと落下していった。どうにか踏みとどまった後列も、動揺から激しく足並みを乱し、前に横にと転びだす。


「なるほど。やっぱり人が操ってたんだな!」


 リスケルは露わになった背中を見て合点がいった。操縦士はドラゴンの背中に突き出す2つの大骨の間に鞍を置き、そこに潜んでいたのだ。これならドラゴンが首を起こしたなら、正面からは死角の位置に成り得るのだ。


「よっし、今だ! 砂賊隊かかれ!」


 呼び声と共に空から、そして地上から一気に押し寄せた。


 未だ混乱の激しいドラゴン達は反応が遅れる。それでも指揮官の男は素早く戦況を見極め、鋭く指示を飛ばした。迎撃は獄炎のブレス。岩石すらも溶かしてしまうほどの業火が、砂賊達を殲滅しようとした。


「ネイルオス!」


「分かっておる、アンチブレス!」


 邪神の絶大なる魔力により、防護魔法が展開された。本来なら一対一で適用するところを、彼は一気に数百人規模の発動に成功したのだ。普段からの印象から忘れがちだが、やはり神の力は凄まじい。


 炎を真正面から受けた砂賊達にダメージはない。今や獄炎のブレスも効力を99.6%ほどカットされており、もはや向かい風程度の威力を発揮するのみである。


 しかし、ネイルオスの魔法は、あくまでも炎を防ぐものでしかない。接近して繰り出された爪や牙による打撃に効果は無く、5人10人と跳ね飛ばされていく。


「ドラゴンを相手にするな、背後の乗り手を狙え!」


 リスケルが指示を出す。しかし敵側も徐々に態勢を立て直しており、穴から脱出する個体まで現れだした。


(チッ。やっぱりオレが出るしかないか)


 リスケルは身を翻して戦線に戻る。なるべく位の高い男、出来ればリーダー格の姿はどこだ。目まぐるしく目線を動かす中、いくらか。違いな光景に出くわした。


 敵指揮官の背後に立つギーガン。その肩にはセシルが乗せられている。砂賊に気を取られる敵軍は、音もなく現れた女子2名に全く気づけていなかった。


「ダークフローズンですわよ、この野郎!」


 ゴスリという生々しい音が響くと、指揮官の男は力なく倒れた。


「ネイルオス様、大将首をいただきましたの!」


「でかした。リスケルよ、セシル達を頼む!」


 ネイルオスは続けて転移魔法を砂地に発動させた。突如現れた漆黒の大渦は、巨大なドラゴン達を次々と飲み込み、そして消えた。背中に跨っていた乗り手の全てを巻き込んで。


 静けさを取り戻した砂地の上に、上空からリスケル達が舞い降りた。脇に抱えたギーガンと指揮官を順次降ろしていく。ただしセシルだけ勢いがついてしまい、頭から砂地に突っ込んでしまった。


「ふぅ焦った、割とギリギリだったぞ」


「リスケル! この史上最高の妖艶石と呼ばれたワタクシに何て無礼を!」


「異名が変わってんじゃん、知らねぇし」


「後で覚えてなさいですわ。ギッタンメッタンにしてやりますの!」


「静まれ。ケンカよりも尋問が先であろう」


 ネイルオスが気絶したままの指揮官を見下ろした。ドラゴンを操る謎めいた集団の秘密が明らかになる。それは労力に見合うだけの収穫と言えそうだ。


 負傷者は飛びトカゲに乗せ、残りは歩いて帰還した。拠点の穴ぐらまで来ると、アカイヤロが出迎えた。


「あれだけの龍をアッサリ殲滅しちゃうだなんてね。マジでビビるっすわ」


「アカイヤロ。こやつを尋問せよ、得意であろう?」


「えぇ、そりゃもう。こちとら精神魔法でメシ食ってるんでね」


「では頼む。なるべく有益な情報が欲しい」


「そんじゃあ、まずは中に入りましょ。ここは日差しがキツくって気が滅入りますよ」


 それから指揮官を奥へ奥へと連行し、薄暗い一画へと押し込んだ。後ろ手に縛って囚えたので反抗される心配はない。


「さぁ覚悟はできたかな!?」


 アカイヤロの瞳が妖しくきらめく。後は砂賊の時のように、すんなりと事が運ぶと思われたのだが、ひとつ問題が生じた。魔法抵抗の心得が備わっていたのだ。


「チッ。粘るじゃんコイツ」


「簡単に、口を割るわけには……」


「リスケルよ。装いからどこの国かわからんのか?」


「身元がバレる格好はしてないな。強いて言えばサザサンド軍人っぽいけど、日差しよけを着てるせいだし」


「また忘れているだけなのでは?」


「うん。そうかもしれない」


「なぜ誇らしげになるのだ」


 そんな会話の間も、魔法をかける者と抗う者で綱引きは続けられた。拮抗する力が滝のような汗を滴らせる。このまま長丁場へと突入するのかと思われたが、アカイヤロはひとつの突破口を見い出した。


 指揮官の心に繰り返し現れる影を。喪った今も愛してやまない存在を。


「ネイルオス様。急ぎ、助太刀をお願いします」


 アカイヤロが慌てた様子で頼んだのは立体造形だ。あまりにも急かした為に、石像の出来栄えは妙に悪く、アメーバのような概形をしていた。


 それが何なのか、傍目にはサッパリ分からないのだが、指揮官は眼の色を別物に変えた。


「そ、その子は……5年前に死んだミニラビットのバレンティーナじゃないか!」


 石像はミニラビットと似ても似つかない形をしている。それでも彼が誤認したのは、すり減った精神が見せた幻覚からだった。アカイヤロの魔法もある程度は効いているのである。


「へぇ、いい名前だねぇ。鳴き声はどんなものかな?」


 アカイヤロは手元の像の、背中だか腰だか分からない部位を小突いた。それと同時にセシルを見る。鳴いてみせろ、と言外に告げたのである。


「きゅ、きゅぅうん。きゅううん」


「やめろ! バレンティーナに手を出すな!」


「おっと。こんなもんじゃ済まないなぁ。何せこの辺には獰猛なアームドウルフが出るからなぁ」


 今度はギーガンに眼を向けられる。彼女はボンヤリとしていたのだが、セシルに肘で突かれた事で、ようやく自身の役割を理解した。


「わんわん。がるぅーー」


「分かった、喋る! だからバレンティーナだけは!」


「へへっ。仲の宜しい事で」


 何を模したか良く分からない像は指揮官の膝に置かれた。両手を縛られた姿であっても、足を組み直すなどして、気遣われる様子が見て取れる。


 そしてアカイヤロはここで交代した。人間世界に詳しいリスケルの方が適任だからだ。


「じゃあ聞かせて貰おう。お前たちは何者だ?」


「グラナイスト第3騎士団、龍撃隊と呼ばれる特設部隊だ」


「ドラゴンを操るだなんて、いったいどうやって?」


「右手の手甲に秘密がある。特別な術式を施し、精霊石によって魔力を増幅させ、ドラゴンを使役している」


「それを作ったのは誰だ?」


「シアン様だ」


「……知らない名前だな」


 リスケルはそう呟くものの、誰も信用しなかった。どうせ忘れてるだけ。口に出すのもバカバカしくなるくらいには見慣れた光景だ。


「お前たちの任務は?」


「主に破壊工作だ。人族の村を焼いた事もあった。その時は魔族の仕業に見せかけ、目撃者も入念に始末した」


「グラナイストの件だな?」


「他にもミッドグレイスやスノザンナでも工作した。手にかけた村は、先日のも含めれば10を超える」


「つまりは、人魔大戦のキッカケを作ったのはグラナイストって事になるのか……」


 次々と事実が明らかになると、辺りには憤怒の激情が渦巻いた。短気なセシルはもちろんの事、普段は理知的なネイルオスですら、青筋を立てて感情を露わにしている。


「ワシらの名を騙って悪事を働いたのか。その罪は許しがたい」


「陛下どうしよう。ギーガン、許せない」


「首をはねるべきですわ。頭を蹴りつけて遠くの小山まで飛ばしてしまいますの」


「首を……ゴフッ。それは止めておくとして。ニンゲンよ、貴様には死刑にも匹敵する罰をくれてやる」


「待てお前ら。今は話を聞くべき……」


 リスケルの話など取り合わず、ネイルオスは指揮官の足元に渦を生み出し、歪んだ像ごと飲み込んだ。先程のドラゴン達と同じ末路である。


「ネイルオス。今のはどこに繋がってるんだ?」


「魔界だ。連中の頼みとした龍たちも、魔界に行けば小粒な部類だ。地上での蛮行を罰するのであれば、弱者として追い回され、終いには捕食でもされるのが妥当である」


「いや、お前バカだろ。腕装備に秘密があるって言ってたじゃん。それを奪っておけば、魔界のドラゴン対策に役立つかもしれないだろ」


「むう……。しかし、例の魔法は聖属性だったではないか」


「手甲を調べてから言えよ。闇属性に転用できるかもしれないし」


「た、確かに……」


「魔界の門を開けろ。今ならまだ間に合うかも」


 そう言ってネイルオスをせっついたのだが、救出は失敗だった。門を開けたそばから獰猛な飛龍が、あるいは炎龍などが顔を出し、門をくぐろうとするリスケルに牙を剥いたのだ。それらを撃退すること数度。蹴って殴ってと繰り返すうち、自ずと門は閉じた。


「まぁ、あれだ。やっちまったもんは仕方ないよな」


「その通り。過ぎたことを悔やまず、未来を見据えるべきである」


「そうそう。これからの事をね……って、何やるんだっけ?」


「キリツネックの懐柔、あるいはこの国の政変だ」


「あぁ、うんうん。それな」


「ネイルオス様。この大参謀セシルには名案がありましてよ!」


 こうしてリスケル達は、サザサンド共和国の解放に向けて舵を切った。会議を重ねる中、妙に弁舌が鋭いのは、後ろめたい何かを隠すかのようだ。


 ちなみに魔界送りとなった例の特設部隊はどうなったか。後日、知恵無き獣の溢れる暗夜世界において、不自然な空白地帯が生まれる事になるのだが、それはまた別の物語である。


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