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第40話 新たなる秩序

 エミリアとラスマーオは自分の眼が信じられなかった。それはオレルーワ山脈を越え、ミッドグレイス領に入り、街道沿いに歩んだ折の事。広々とした森の傍に新たな村が建設されようとしているのを目撃して、思わず足を止めてしまったのだ。


 郊外の建設そのものは特に珍しくない。鉱山や鉱床、特に精霊石の原石が見つかった時などは、近場に坑夫の村が造られたりする。しかし、エミリア達が眼にする光景は、従来のものとは全くの別物だった。


「これは一体、何が起きてるんでしょうか」


「さぁ。見当もつかねぇよ」


 辺りは労働者の活気で満ち溢れている。井戸を造る者、家を建てる者、道を整備する者と様々だ。ただし、人族と魔族が手を取り合って作業を進めている。このような光景は文献の中ですら存在し得ない、不可思議なものだった。


 何かに化かされた気分になりつつも、エミリア達はゆっくりと村に歩み寄った。人々の放つ気配に邪気は無く、それどころか想像だにしなかった希望に満ち溢れていたからだ。そうして辺りを見回しつつ、村の入口に差し掛かった頃、実に愛くるしい門番が行く手を阻んだ。


「いらっしゃい、ここはグレイスノヴァの村だよ!」


「はいどーじょ、ニンゲンのお兄さん」


 出迎えた2人の少女は、一輪の花をそれぞれ手渡してくれた。どちらも同じ服装をしており、仲睦まじい姉妹のように見えるのだが、種族が違う。片方は人族の子供で、もう一方には額に「魔力溜まり」と呼ばれるコブを持つ、れっきとした魔人であった。


 この出迎えにはエミリアも眼を見開くばかりだ。差し出された花を無警戒に受け取ってしまう。ラスマーオも頬を掻きながら、手元の花をしげしげと眺めている。


「村にはまだ宿が無いの。でも井戸は出来てるのがあるから、水ならそこで飲んでね」


「のんでね!」


「交易もまだ始まってないの。でも、採れたての野菜とか売ってるから、たくさん買っていってね」


「いってね!」


「じゃあごゆっくり。行くわよアンナ」


「ばいばーーい」


 2人の少女が代わる代わる説明すると、今度は軽やかさを残して駆け去っていった。唖然とするエミリア達は、ただ呆然と小さな背中を見送るばかりだ。


「なんだって、魔族と仲良くしてんだ?」


「わかりません。幻覚かとも思いましたが、魔法の類は一切発動していません」


「つう事はだ、自然と仲良くしてるって?」


「そのようです」


 未だに理解の及ばない2人だが、とりあえずは水が欲しい。辺りの様子を覗いつつ村の奥へと歩いていった。そうして見聞きする光景は、外から見た様子と違いが無い。時おり聞こえてくる会話も和やかなものばかりだ。


「へぇぇ、うめぇな肉団子って。毎日これでも良いくらいだ」


「なぁ棟梁さんよ。今度オレに家の建て方を教えちゃくんないか? 他の魔人にも教えてやりたくってよ」


「構わねぇけど工具は壊すなよ。お前さんらは力が強ぇんだから」


「おかわりは要るかい? そろそろ赤団子の方はおしまいだよ!」


 食事は交代制なのか。働く作業者をよそに、野外のベンチで食卓を囲む人々の姿が見える。その顔ぶれも種族の隔てなく、無造作に並んでいるようだった。


「マジかよ。こんな事が可能なのか……」


 村中で繰り広げられる光景は絵に描いたような楽園である。憎悪も暴力も無く、互いに支え合う暮らしを実現していた。エミリア達は、皆が浮かべる笑みの眩さに心を奪われてしまう。


 だから気付けなかった。背後から迫る強大な存在に。


「いらっしゃい。何もありませんが、どうぞごゆっくり」


 2人は我を取り戻すなり、飛び退りながら振り向いた。膨大な魔力と同居する闘気。これは只者ではない。一言口をきいただけでも、かなりの強者であるのが感じ取れた。


「アナタは何者ですか。名乗りなさい!」


「名乗れ……とはご挨拶ですね。私はフィーネ、この国を統治する者です」


「フィーネって……もしかして王女様か!?」


「おや、アナタ方は以前にもお会いしましたね? ご無沙汰しております。そして今は女王ですわ」


 フィーネは顔で微笑みつつも、微かな魔力で全身を包み込んだ。並の精度ではない。そうエミリアは警戒心を強くした。


「なんだか、印象が随分と変わったな。前はなんつうか、もっと線が細かった気がする」


「人は変わるものですよラスマーオさん。さて、せっかくの再会です。立ち話も何ですからお茶でもいかが?」


「だとよ。どうする?」


「敵意は感じられません。私も興味があるので、お呼ばれしようと思います」


「まぁ、そうなるよな」


 案内されたのは大きな館で、木の香りが強く籠もる場所だった。妙に騒がしいのは、さきほどの少女2人が、長椅子の上で遊び回っているからだ。


 フィーネは小さく溜息を漏らすと、穏やかな声色で語りかけた。


「テレーズ、それにアンナ。ここは遊び場じゃないと言ってるでしょう」


「あっ。フィーネさまだ!」


「ふぃーねさま!」


「お手伝いは終わったのですか? 花壇の整備をお願いしましたよね」


「一杯植えたもん、ねぇアンナ」


「たくさん、ドロだらけ!」


 少女たちは成果だと言わんばかりに両手を見せつけた。言葉通りに手のひらは真っ黒で、白い腕や膝周りにも渇いた泥が付着していた。


「ご苦労さま。次は文字の練習です。エマの所へ行ってらっしゃい」


「えぇーー、お外で遊びたいもん」


「あしょびたい!」


「終わったら、私が遊んであげますから」


「本当!? 約束だからね、絶対だよ!」


「あっ。まってよテレーズぅ」


「ちゃんと手を洗ってから行きなさいね」


 フィーネは実母のような表情で見送ると、再び部屋の奥へと歩み、卓上のティーポットへと手を伸ばした。冷えかけた湯は魔法で継ぎ足し、手際よく紅茶を淹れると、フィーネは手招きして呼んだ。


 様子を窺いつつも、エミリア達は対面に座った。すぐに湯気の立つカップ2つも並べられる。


「さて、お話したい事は多くあるのですが、何から始めたら良いのやら」


 フィーネは心の迷いを愉しむように語り、カップに口をつけた。仕草からは王女の気負いも、強者としての驕りも見えない。これはあるがままの姿なのだ。少なくともエミリアは、そのように感じられた。


「この村は、人族と魔族が共存する為に造られるのですか?」


「そうですね。ミッドグレイスは魔人との共存共栄の道を選びました。まぁ、女王たる私が魔人なのですから、自然の成り行きでしょうか」


「どうしたってそんな事に。女王さんが魔人ってのも驚きだし、いきなり人と魔族が仲良くってのもピンと来ねぇ」


「アナタ方は、経緯について何もご存知ないのですね」


 そこでフィーネは語りだした。荒れ果てた国とこじれかけた国際問題を、リスケルの導きによって解決した事。そしてその傍らには常に邪神ネイルオスと側近の姿があり、一致団結して国難に臨んだ事。


 そして最後には、壮大かつ前代未聞の未来が語られた。


「人魔併合……って本気なのか?」


「えぇもちろん。真面目な話ですわ」


「あは、は。スケールがでかすぎて言葉もねぇよ。なぁエミリア?」


 ラスマーオの呼びかけにエミリアはすぐに答えられなかった。身震いが、腹の底からこみ上げてくる感情の渦が、言葉を阻もうとするのだ。


「すごい。やはりリスケル様は、私の想像を遥か超えた世界に居られるのですね」


「嬉しそうですね。いえ、安心したのですか?」


「正直なところ、不安でした。もしかしたら今も魔族と飽くなき戦いを重ねてるとか、邪神を追い求めて彷徨っているのではと、心配していたのですが……」


「それも取り越し苦労でしたわね」


「ええ。そのようです」


 エミリアはそこで紅茶に口をつけた。すする音は小さく、溜息もわずかに。そして縁から唇を離しても、カップに視線を落とし続けた。


 揺れる朱い水面に何を見るのか。リスケルの姿だろう事は想像に難くない。


「それで、リスケル様はどちらに?」


「南へ行くと仰ってました。サザサンドですね」


「うぇぇ。よりによって砂漠かよ」


「大砂漠では、精霊たちを遣わすことが出来ませんね……」


 エミリアは手のひらに綿毛の様な浮遊体を呼び出した。彼女が危惧する通り、精霊は手のひらの上でしょげた。過酷な環境では魔力の浪費が激しく、実体を維持し続ける事が出来ないのだ。


「仕方有りません。リスケル様は足で探しましょう」


「待てよエミリア。それはいくらなんでも自殺行為だ。何の目印も無いのに砂漠をうろつくなんて、流石のオレ達でも危険だぞ」


「ですが、一刻も早く合流をしておきたいんです」


「エミリアさん。あの方は、サザサンドに永住しようと言うのではありません。用が済めば他所へ移りますし、その時にはミッドグレイスを通るはずです。そこで合流しても遅くはないのでは?」


 理屈としてはフィーネが正しい。目的地があるのならまだしも、人を探しに大砂漠を捜索するなど無謀としか言えない。だから彼女は止めるのだが、エミリアは首を横に振るばかりだ。


「確かにそうかもしれません。ですが聖剣を狙う動きがあるのです。リスケル様に危険が迫っていると思えば、ノンビリとしていられません」


「リスケル殿でしたら平気でしょう。あの方に敵う者など、大陸中を探しても見つかりませんわ」


「ですが私は……」


「意外と強情ですのね。いえ、忠義や使命感に混じって、微笑ましい熱意もあるかしら」


「そ、そんなんじゃありません!」


「ではこうなさい。リスケル殿の居場所が分かり次第、そちらへ向かうと。何の情報も無いままにアナタ方を送り出してしまえば、私がリスケル殿に怒られてしまいますからね」


「オレも王女さんに賛成だ。大砂漠は寒暖差が激しいし、頻繁に砂嵐が起きる。気軽に散策できる所じゃねぇって」


 エミリアは2人の説得に対して答えはしなかった。反論もなく俯く事が、無言の賛成として扱われたのである。


「しばらくこの村に留まってはいかが? 子供たちに、世界の色々な話をしてくれると助かりますわ」


「良いのかい? 邪魔になったりしねぇか?」


「ご心配なく。心から歓迎致しますわ」


 話がまとまりかけた、その時だ。館の入り口が騒がしくなり、いかにも乱暴そうな男がやって来た。


「おぉいフィーネ。飯食ったか? まだならオレと一緒に……」


 現れたのは獣魔王フアングだ。もちろん来客の事など知らずに、バスケットを片手にやって来たのだが、和やかな様子もこれまで。


 フアングはラスマーオ達と視線を重ねると、すぐに戦闘態勢に入った。


「テメェらは聖者の腰巾着! 一体何の用だ!」


「獣魔王フアング! 生きてやがったのか!」


 唐突に殺気立つ館。だが、あわや一触即発の事態も、フィーネによって回避された。彼女はフアングの身体に取り付くと、見事な体術による締め技をかけたのだ。


「落ち着きなさいフアング。もはや敵同士ではないのよ」


「フィ、フィーネ。キマってるから。これマジで入ってるヤツだから」


「あの、私達って、本当に歓迎されてます?」


「えぇもちろんですわ。アナタ方の身分は女王の名において保証しますし」


 そう約束するフィーネは、花もはじらいかねない程の笑みを浮かべた。ただし、首から下はギッチギチの絞め技を炸裂させている。


 それから解放されたフアングが、膝を折って激しく咳き込むのを横目に、エミリアは逗留を決めた。リスケルに会いたい。その気持は今一度、腹の奥で堪らえて。


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