第39話 溢れ出る煩悩
「えっへっへ。まさか聖者様の住処だったなんて、早く言ってくだせぇよ」
砂賊の頭目は雁首を揃えて謙る。見える顔は、頬を腫らすとかアザを作るかの違いは有っても、おおよそが同じ表情を見せていた。
「お前らさぁ、マジでなんなの。なし崩しでも匿ってやったのに、女を見つけると目の色変えてさ。どこまで性根が腐ってんだ」
「いやいや、あれは冗談。砂漠ジョークってやつでして。本気で言うわけないでしょうよ」
強者と見るなり体面も無く嘘をつく。そして弱者だと踏めば本性を剥き出しにする。その生来からの小悪党ぶりには、一同が吐き気を催した。セシルなどは、今にも頭を踏み潰しかねないほどの憎悪を向けている。
「リスケル。こいつらはダメですわ。いっそ死なせてやるのが慈悲というものではなくて?」
「そうだな。煩悩を持て余すのもツライだろう。害悪にしかならねぇし」
「ええっ、ちょっと待ってくだせぇ!」
「ここで見逃しても人さらいに戻るだけだろ。そんじゃ殺しまーす」
「いやだぁ! 人殺しぃ!」
強烈な闘気をはらんだリスケルが歩み寄る。こうなれば蛇に睨まれたカエルだ。恐怖に身を凍らせたままで、逃げることすら出来ずにいる。辺りが悲鳴と血しぶきに塗れるのも時間の問題だった。
「なぁ、ちょっとばかし待ってくんない?」
「なんだよヒルダ。今、手遅れの奴らを始末するから、話なら後にしろ」
「いやいや、殺されちまうと話もお終いだから」
割って入ったヒルダを砂賊達はどう見たか。まさに命の恩人、精霊神よりも尊い存在に映ったろう。だがその安堵も長続きはしなかった。
「こいつらの煩悩ヤバイじゃん。だからアタシらに食わせておくれよ。それでも手の施しようが無けりゃ、煮るなり焼くなり」
「ふぅん。まぁ、オレは構わないぞ」
「だってよ。良かったな賊徒ども、命拾いしたじゃん」
果たしてこれは幸運なのか。砂賊達は何をされるか理解できず、身を寄せ合って自身の運命を悲観した。その頃になってようやく、ここが魔人の巣だと気付いたのだが、それも些細な事である。
「さぁてと、そんじゃ遊魔人は集合。久しぶりのゴチソウを心ゆくまで味わおうじゃないか」
ヒルダの号令で半数の魔人が行動を開始する。男女の垣根なく一列に並ぶと、揃って両目を真っ赤に煌めかせた。
「さぁ、アタシらの眼を見な!」
その眼力は相手の精神に深く干渉するものだ。魔術的防御を持たない砂賊にとっては強烈な力だ。全員が呆けたように瞳を見開いた。すると宙にはひとつ、またひとつとドス黒い霧上の塊が浮かび上がる。それらは長々と滞空したりはせず、次々と遊魔人達に吸い取られていった。
そして、全ての霧が消えた頃。ヒルダは恍惚とした声で終わりを告げた。
「はぁぁ、とんでもない純度だねぇ。こんな情欲は中々お目にかかれないよ」
「おいヒルダ。今のは死んじまうやつか?」
「そんな訳ないだろ。殺しちまったら、アタシらの飯が減るんだから。ちゃんと生かして、次の煩悩も溜め込んでもらう……」
「そんな風には見えないけどな」
ヒルダは焦点の合わない瞳を砂賊に向けて、それから驚いた。そこには憔悴しきった男達で溢れていたからだ。口をだらしなく開け、うわ言をもらすだのしており、廃人と呼ぶしかない姿だった。
「あぁ、こりゃ参ったね。こいつら、女のことしか頭になかったって事かい」
「どうすんだ。捨てて来るべき?」
「いや、それは勿体ない。あんだけの煩悩を溜め込める魂は、アタシらにとって最高のニンゲンだよ」
「理屈としちゃ分かるがよ。こうなったら手遅れなんじゃないか」
「じゃあさ、心の拠り所を作ってやれば良いのさ」
「拠り所?」
「まぁ分かりやすく言うとコイツらの神様なんかを作っちまおうって話でね。できれば、情欲の対象に近いヤツが相応しいんだけど」
そこでヒルダはギーガンをちらりと見たが、彼女は理解していない上に興味薄だ。続けてセシルに眼を向ければ、返答の代わりにツバが吐かれてしまう。
「うぅん、どうしたもんか。いっその事、像でも作っちまった方が楽かもね」
「それってどんな像でも良いのか?」
「コイツらの好みに近けりゃ、木像だろうが石像だろうがオッケーよ」
「立体造形ならネイルオスだろ。任せたからな」
「ここでワシに振るのか」
「アタシからもお願いだよ。ニンゲンの味方は多いに越したことないだろ?」
「……やるだけやってみる」
それからネイルオスに注文されたのは無茶そのものだ。大人びているが幼さも残す美人で、胸は垂れ下がる程大きいが角度によっては小さくも見え、細いくびれはありつつも肉感の強い少女の様な老婆。
完成形など誰にも分かりはしない。それでも期待の眼差しがある限り、ネイルオスは応えてみようと試みた。足元の砂をすくい取り、キラリと光る粒だけを選り分け、そして握りしめる。後は魔力により超圧力を生み出したなら完成だ。
おもむろに開く手のひら。そこからは焦げた臭いと、白い煙が漂っている。造られた像はガラス細工であり、その端々の透明度は見るものの瞳を釘付けにしてしまう。それこそリスケルですらも凝視する程の品質だった。
だが、オォと漏れた称賛の声も、時間を経る毎に尻上がりになっていく。
「これ、完成品なのか?」
「無論だ」
「ええと、何の像ですの?」
「銘はそうだな、祈りを捧げる少女老婆、とでもつけようか」
「ギーガン、よく分かんない。でもキレイ」
煙が晴れて露わになった像は珍妙と言うしかない。円柱の頭は長い板が垂れ下がっていて、人間に例えるなら髪の毛とみなせる。体つきに一切のへこみや膨らみは無く、そこから上に2本、底に2本の棒が飛び出していた。手と足に見えなくもない。ただし長さは歪で、足の間には溶け残りの細い棒となって繋がっており、まるで拘束具でも付けているようである。
そう、単体では何を示すのか不明な集合体が、この像なのである。ひしゃげた角度のクセに何故か自立するという、不思議を通り越して不気味な代物が、果たして活用できるのか。
「ネイルオスさぁ。以前もオレを似たような形に化けさせやがったよな、自分はムカつくくらい美男子になる癖に」
「自身を化けさせるのと、他者や物を変化させるのでは勝手が違う」
「お前不器用だろ、そうなんだろ?」
「やかましい。ともかく作りはしたのだから、使ってみよ」
今、ガラス細工がヒルダに手渡される。これが上手く機能するかは彼女の腕ひとつに掛かっていた。受け取るなり像を前面に掲げ、さながら顔を隠すような姿勢となって、それは始まった。
「聞け。無様で愚かなニンゲンども」
放たれたのは甲高い声だ。割と低音ボイスの彼女は、声を裏返してまで言葉を発したのだ。一応は演出を施した格好だ。像が語りかけるような構造も、子供すら騙せそうにないのだが。
「おお……なんて美しい少女なんだ」
「手足が細い、輝いているように肌も美しい」
バッチリ効いた。拍子抜けするくらいに効果あった。これは相手が神経をすり減らしていたからか、それともヒルダの魔力でゴリ押しした結果なのか、リスケルには判断がつかない。
これは像に明瞭な形を与えず、曖昧に仕上げた為である。砂賊達の想像力を掻き立てるからだ。見る側、受け取り手の心理次第で変化するという、極めて高尚な芸術品として昇華したのだ。
失笑物の急造品とは思えない成果。特に狙ってなどいなかった。完全に偶然の産物なのだが、価値は価値である。
「我を崇拝し、我が言葉を疑う事無く、隷属せよ。さもなくば、我は音もなく消え去るであろう」
「それだけはご勘弁を!」
「今日より火の中水の中、地の底までとお供させてくだせぇ!」
「ならば復唱せよ。魔人は善きトモダチ。ハイッ」
「魔人は善きトモダチィ!」
「無防備な女性に指触れない、ハイッ」
「無防備な女性に指触れないィ!」
そんな風にして長々と続けられたコール&レスポンス。付き合いきれなくなったリスケル達は、全てをヒルダに任せてイカの調理を再開した。
食べごろを迎え、サクサクとした食感を愉しんでいると、ヒルダが完了を報せに戻ってきた。仕事は完璧だと。今後は都合良く動かす事も難しくはないと言う。
そこでリスケルは砂賊の方を見た。濁った瞳は爛々と輝き、仕草もハツラツとしたものとなっている。ただし表情はいただけない。若干開いた瞳孔が不自然な笑みを生み出しており、そこはかとなく狂気すらも感じさせた。
(これで良かった……のか?)
リスケルの心は複雑に揺さぶられ、最終的には変わり果てた姿に同情心を寄せるのだった。




