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112 探索




 レイラとライム2人の魔力が世界に行き渡り、暗闇を鮮やかな色へ変化させていく。


 割れて歪んだ空はもとの青空へ戻り、煤けた街はなくなり緑の草原へと変わった。

(やっと……)


 のしかかった責任と恐怖の重さが少し背中から剥がれていく気がする。


「おねえちゃん……っ」

『うんっ、成功、だ!!』


 細い身体を抱きしめると、温かく心地よい香り。レイラちゃんの瞳は優しい色だ。

 レイラちゃんも元気だ、良かった!


 レイラちゃんの小さな手の平がぎゅっと私の腰を掴んでくる。


 それから、顔を上げて少し困ったような仕草をして、


「お、おとうさんとおかあさんを……さがしに、いっていい?」

『もちろん』


 そのつもりだ。

 きっとこの広い世界のどこかにトードリッヒさんとライラさんがいるはず。

 そう思い、足を一歩進めたところで、


「!」


 ーーっ!

 思わずよろめいてしまった。

 レイラちゃんが心配そうに覗き込んでいる。

 不安にさせちゃったわ。


『大丈夫。さ、行こっ』


 世界全体への魔法行使は莫大なエネルギーを消費した。

 けれど、レイラちゃんもいたからだろう。生命力までは持っていかれることはなかったようだ。

 あとは、徐々に魔力が回復するのを待てばいい。

 だから、大丈夫。


 2人は手を繋ぎ、爽やかな風が流れる草原を歩いていく。


「おおきなおめめ、いなくなったね」

『そう、ね』


 ライムは少し考えてから続ける。


『レイラちゃん、あれはね、色んなことを教えてくれる瞳なの。たぶんだけど、レイラちゃんの頭の中にお父さんの記憶が流れてこなかった?』

「!」


 彼女は心底驚いたような表情で、


「ながれて、きた!なんで、わかったの?」

『…………』


 2人で魔法を使うヒントになった記憶を思い出すレイラ。


「そう、そうなの。もしかして、あのおめめが教えてくれたの?」

『うん、お姉ちゃんもね、怖くてびっくりしちゃったけど……ずっと、私たちを助けてくれたのよ』

「そっかぁ、じゃあ、ありがとうだね!」


 レイラちゃんは先程の恐怖心なんて、どこかへ行ってしまったかのように、ふわりとした笑顔を見せてくれる。

(ありがとう、か)


 世界の知識と情報を与えてくれる絶対的な存在『叡智魔法』。


 今やその声はぴたりと止み、いくら問いかけても応答がない。


『…………』


 神様の気まぐれか、悪魔のお遊びか。

 偶然にも生み出された魔法は、神に等しい力を持っている。

(あぁ、いや、私が……そう、なのね)


 もう普通には生きられないのだと、どこかで感じていたけれど、それを今更悔いる理由もない。


 ただ、探し、求めるだけ。


「おねえちゃん?」

『ん、なぁに?』

「ありがとね!」


 眩い光の中で蒼色の瞳を輝かせる少女は、とっても可愛らしいと思う。


 それから2人の少女たちは、長い時間をかけて、草原の中を歩いてまわったのだった。




====




 世界の隅々までレイラとライムの魔力が行き渡った時、新たな光が芽吹いた。


 真っ暗な暗闇の上空で一筋の光がトードリッヒの心臓へ刺さると、その鼓動がわずかに、小さな音でコクンと動く。


 穏やかにリズムを刻み始め、止まっていた音が動き出したと同時に、辺りの暗闇がざわざわと蠢き出す。


「また僕を1人にするのか……ライム」


 トードリッヒの心臓を見下ろす男は、大きく足を上げ、一直線に下へ振りかざす!


 ダンッ!


 足は心臓からわずかにズレた地点へ着地し、何事なかったかのように再び鼓動を始めた。


「1人は嫌だ……。辛いのも、怖いのも、臆病なのも、逃げるのも、隠れるのも、痛いのも、全部全部なくなって仕舞えば良いのに、どうしてなくならないんだろう」


 苦虫を噛み潰したように男は険しい表情をしている。


 そこで、目の前に巨大な空間が現れて、ばっくりと割れた。

 裂け目からは大きな瞳。


 それは薄く目を細めると、



 ーーーー


 全ての絶望は、『創生の魔術書』の中に。


 ーーーー



『叡智魔法』の声を聞くや否や、男は悲鳴をあげる。


「あぁ!!知っているさ!!全部全部、魔術書に閉じ込めたはずなのに!どうして、どうして人はまた同じ誤ちを繰り返すんだ?!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。僕はただ、幸せだけを考えてぐーたらして過ごしたいだけなんだ……」


「なのに、後悔も、背徳感も、絶望も、恐怖も、何一つ抜けやしない!」



 ーーーー


 人には必要な感情であると認識しています。


 ーーーー


「いらないよ!!まぁ……知識だけの君にはわからないだろうね。……用済みだよ。魔術書が再び解かれている今、君はこうやって満足に判断ができないんだろう?だから、さよならだ」


 そう言うと男は、空間に広がる瞳をぐちゅりと片手で抉り取り、足元に広がる別の世界へ塵のように捨てた。


 同様に近くのトードリッヒの動く心臓をぺちゃりと蹴り、それもまた別の世界へ捨てたのだった。





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