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辺境の地へ追放

 ウェスタリス公爵家の自室にて、アリスは窓辺に飾られたアイリスの花を生けていた器ごと手に取り、机に備え付けられた椅子を引いて座る。


 小さく息をつきながら、その花を横目に机に頭をつけた。


 試合の後、選手控え室から出てきたところ、遠目に同じく選手控え室から出てきたアレクと聖女を見かけた。

 生徒達は警備の者達に避けられるなか、笑顔で話しかける聖女にアレクは微笑みかけながら話して、馬車に乗り込んでゆく。


 少し前まで、自分がいた場所だった隣には、別の人がいた。






 アイリスの花は、アレクとの思い出が沢山ある。


 私の名前に似ているからと、誕生日のたびプレゼントと共に花も添えて渡してくれた。


 アリスが一番好きな花だから、自分も欲しいというので、王城にも花畑をつくり、学園の園庭にも種を寄贈してくれた。


 そんな彼はいつだったか、私にこう語っていた。



『私の父は、平民の母である皇后を迎えるにあたり、公務をつつがなく行うため貴族令嬢から皇妃を娶った。


だけど、私にはアリスだけで良い』



 政略結婚だから、婚約当時はあまり期待を持たないようにしていた。

 いつかは側室が出来ても仕方がないと。


 でも、言葉通り、アレクはいつも私を中心に物事を決めていた。


 私が花を好きだということもあって、彼との思い出の中にはいつも、このアイリスの花がそっと咲いていた。


 だから、ほんの少し前までは、この花を見るたびに、アレクを思い出して胸が高鳴った。



(お父様はーーアレクが私を諦めていないと言っていたけれど…)


 どう考えても、私が邪魔になったから婚約破棄を宣言したことには変わりないだろう。聖女と婚約をするために、一番の障害となり得るのだから。


 そう考えて、少し気持ちが重くなる。


 けれど、ふとーーアイリスの花を私に差し出しながら『貴女の見ている前では負けないと誓います』そう言った金色の瞳が脳裏をよぎった。



「ーー」



ーーコンコン



 戸を叩く音がして「公爵様がアリス様をお呼びです」とナタリーが声をかけてきた。



♢♢♢




「皇家より――〝宸命の御印〟が押された文書が届いた」


「〝宸命の御印〟ですか…」


 父であるウェスタリス公爵は、重々しい口調でそう述べて、手紙をアリスへ差し出す。


 〝宸命の御印〟とは、皇帝の勅命を発令出来る〝玉璽〟の次に強力な権限を元に強制命令が出せる皇家の印章である。


 この印章を使えるのは、皇帝、皇后、宰相のみなのだ。つまり、相当重大な命令が下されたことになる。


 渡された手紙はすでに開封されてあり、中で折り畳まれていた紙をそっと手に取り、開いた。


 そこに書いてある内容に、思わずアリスは顔を上げて父を見た。



「その手紙の重さはわかるな?

皇家はおまえを辺境の地へ追放するよう、我が公爵家に命令している」



 手紙には〝アリス公爵令嬢が聖女への嫉妬から皇家に混乱を招き、外交上の危険を生じさせたため、国家の安全のためにやむを得ず辺境の地、スクワード港地区に隔離するように〟と書かれていた。


 スクワード港地区とは、二年前ーー聖女が現れて少ししてから突如発生した津波被害で大惨事となり過疎化が進んだところだ。


 貴族の令嬢に刑罰を負わせ、尚且つ隔離先と指定するには、充分な侮辱行為と言っても過言ではない。


 ーー確かに、レナード帝国の皇子に、昨日までアレクの婚約者を務めていた私が勝利の花をたむけ、そしてフォルゲン帝国の皇太子に頭を下げさせるのはフォルゲン帝国貴族の令嬢として、褒められた行為ではない。


 しかし、刑罰を受けることではない。

 


 けれどーーアレクの言った、〝聖女を害した罪により婚約を破棄する〟という罪名が本当だったと言うことにするのであれば、罪に出来る。


 つまり、アレクと聖女の未来のために、濡れ衣を着てそのまま何処かへ行ってくれと、この命令を下した権力者は私に言っているのだ。


 本来、それが、一番手っ取り早いのもまた事実。


 これまでは、人道的に対応していたが、今回の決闘で皇族に恥をかかせたからには遠慮はしない、と言う意思表示に他ならない。



「ーー皇后様、ですか?」

「こんな馬鹿げた手紙を公爵家に寄越すのは、皇后しかいないだろうな。


勿論、これについては抗議をする。


おまえや我が公爵家は、これまで皇太子を守る盾として役割を果たしてきた。


婚約破棄の恥辱も、政治上の理由から受け入れるのは仕方がないとしても、それだって謂れのない事を身に受けたんだ。 


そんなおまえに刑罰などーー言語道断だ!」


「……」


 聖女が来るまで、いたく可愛がってくれたアレクの母である、皇后の顔がよぎる。


 早くに母を亡くしたアリスにとって、皇后は第二の母の様に暖かく接してくれた。


 アリスが手作りをした美容化粧品をいたく気に入り、毎度持参しては嬉しいと言う気持ちを隠すことなく喜んでくれるーー母が存命なら、こんな感じだったのだろうかと、考えていた。


 初めて会った時は『アレクと、いつまでも仲良くしてほしい』切実な眼差しで、私の両手を握り込み懇願していた皇后陛下。


 彼女がーー



「だが、アリス。


おまえも迂闊だったな。

決闘前にも言っておいただろう。

今回は決闘の場に行くなと。

おまえの気持ちは良くわかるが故、そう言ったんだ。

おまえに味方してくれた人物を無碍には出来ないだろうと…はぁ、だがいい。


まだ若い故の過ちだったと、その件は皇家に詫びを入れにいこう。


ーーだが、その若い過ちに対して、この命令はあまりに不当であり撤回するよう、申し入れてくる。


これまでの忠義に対して不当であり、遺憾であると。


今からおまえも、すぐ身支度をしなさい。


私と皇宮に行くぞ」



 父の言葉を聞きながら、これまでのことが脳裏をよぎる。


 声高に告げられた婚約破棄。


 貴族としての都合もあり、仕方なく視線を逸らす友達。


 数日前までの私の居場所は、既に別の人の物だった現実。


 そしてあんなに娘の様に可愛がってくれた皇后からのあまりに辛辣な命令。


 後々は皇妃となれるように〝配慮〟してくれているらしいアレク。


 全ての人々が指す答えは、もう示されていた。



 目尻に熱く込み上げるものを我慢しようとこらえた途端ーー決闘試合での、彼の言葉が蘇る。


『俺が貴女に出来ることは、ここまでです』



 卒業式でーー私の前に立つ大きな背中。

 

 アリスは、覚悟を決めた様に背筋をのばして、両手を握り込む。



「ーーお父様。


もう、正直におっしゃってください」


「なんだ?」





「皇太子の元婚約者である私が


皆にとって不都合な存在になってしまったのだと」






 そう述べたとき、公爵は息をのんだ。


 父として、否定の言葉をすぐ紡がなければと考えていたが、賢い娘を納得させる言葉が、すぐには思いつかない。


 公爵の一瞬の沈黙は、肯定を意味すると悟った。


「…アリス、だがおまえは今まで、薬師として国を、我が領地を豊かにしてくれた。その貢献は皆が知っている」


「えぇ。

ですが、それは過去の栄誉でしかありません。

もう薬の製造環境も整っていますし…何より、公爵令嬢として、私が立ち続けることは余計な波紋を呼びかねません」


「アレク皇太子は、後々おまえを迎えにくる手筈を整えていると言っただろ。

おまえの存在を疎ましく思っている訳ではないということだ」


「それは、わかっています」



 アリスは瞼を伏せて思い返した。


 婚約破棄を告げた時のアレクの瞳が、罪悪感に揺れていたことくらい、もう気づいている。

 

 だからこそ。


「皇家の追放の命令を、〝私が〟受け入れると決めました」


「アリス、待てそれではおまえの公爵令嬢としての立場がなくなる…」


「はい。

既に婚約破棄を宣言されたことで、公爵令嬢として社交界の一角を担う者としての権威は地に落ちています。


ですから、ご命令通り、私は追放の地にて生涯を遂げます」


「だがーー」


「お父様」


 決意と覚悟を決めた娘の視線に、公爵は受け入れる他ない事を悟った。


 〝宸命の御印〟が押された命令は重い。一度受け入れてしまえば、皇家と言えども簡単には翻せない。


 それを、娘であるアリスが知っている上で、一時の気の迷いやプライドの為に言っているわけではないと悟ったからだ。


 今まで、後妻を迎えてから、この家で立場を失ったことは知っていた。


 アレクがそんなアリスを支えていたから、心底安堵していた。


 ーーだが、その安息の場も揺らぎ始めた今となっては、自分に出来ることがこの他にないことを、その眼差しが物語っていた。


 公爵は、静かに目を閉じた。



「わかった。


おまえがここを経った後、皇家に命令通りおまえを処遇したと告げておこう」



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