アレクの誤算
私は必ず、次期皇帝にならなければならなかった。
♢♢♢
「母上、話が違うではありませんか!」
フォルゲン帝国皇后、ジェニファーの茶室に乗り込み、声を荒げる息子のアレクに動揺することなく、涼しい顔をしたジェニファーは顔の横にたれた亜麻色の髪を優雅な動作で耳にかけた。
ゆっとりした口調で話し出す。
「これから聖女様とお茶会だと言うのになんですか、皇太子とあろう者が騒々しいわね」
「そんなことよりウェスタリス公爵家に〝宸命の御印〟を用いてアリスに追放令を出されたそうですね?」
つめよるアレクを一瞥すると、小さくため息をつく。
「ぇえ。それが何か?あの子が場をわきまえぬ振る舞いをしたのです。当然の処置です」
「何を…っ。
何を考えているのですか?
これまで、誰のおかげで私と母上が無事でやって来れたと」
「もう状況は変わったのです。こちらが必要以上にあの家へ媚びる必要はありません」
そう言い切るジェニファーに、アレクは絶句して後ずさった。
これまで、アリスと母の仲は良好で、娘の様に良くしていたことを知っている。そんな母をアリスも慕っていた。なのに、どうして聖女が現れた途端こんなにも掌を返したことを言えるというのだろうか。
まるで初めから、損得のみで接していたと言わんばかりに。
母のあまりの変貌に、アレクはハッとして身を乗り出した。
「な…何を。
まさかーー
今になって、私との約束を反故にするおつもりですか?」
縋り付くアレクの眼差しから、ジェニファーは軽い調子でころころと笑う。
「皇太子妃と別に、〝補佐妃〟なる地位をつくるというもの?貴方との約束ですもの。
反故にはするつもりはないのよ?」
「ならば何故…追放など…っ」
「今回は身の程をわきまえる様にと警告するための命令よ。
貴方がアリスを断罪したことで、まともな縁談はこないでしょうしーー何よりあの子は貴方に惚れてるのよ。このくらい平気よ」
「母上!」
「そろそろウェルネス公爵が撤回を求めてくるでしょう。少し陛下から私が叱られて撤回して終わりよ。
そんなことより、約束を果たさせたいなら、貴方はきちんと聖女様の心を掴んでおきなさいよ。
これからいらっしゃるから失礼のないように。
そうねーー貴方もお茶会にーー」
ジェニファーが言い終わる前に、アレクは身を翻して部屋を出て行った。
早足で廊下を歩み進む中、聖女とすれ違いにこやかな挨拶を送られるが、それに目をくれることもない。
(ーーアリス、アリス!)
よぎるのは、卒業式で青ざめた顔をしてアレクを見上げた姿。そして、決闘試合でこちらの視線に気付くことなく、ラルフに花をたむけて微笑む姿。
(アリス宛に書いた手紙の返事がはじめに来ない時点で嫌な予感がしていた。
手紙を読んだにしては、反応が、予想していたものと違う)
従者が何やら「殿下!お待ちください、殿下」等々引き止める声をかける中、それら全てを無視してアレクは馬に跨る。
掌を返した様な母の姿に、身の毛がよだつ可能性に気付いた。
(もしかして母上がーーいや、直接確かめなければ)
「殿下!どちらへーー」
「ウェスタリス公爵家にいく!急ぐから共はいらない!」
「そんな訳にいきませんよ!」
従者の悲痛な声を尻目に、アレクは馬を走らせた。




