兄弟
ルフス弟が、アスハさんの首に剣を這わせ羽交い絞めにしていた。
いつの間に現れやがった……。
しかも、すぐ傍にはウォッチ。他の転移者は全員死に、数も質もあっちが完璧に上。
こんな……どうしろってんだ。
「目的は何だ」
「目的? 皆殺しっつたろ。あのおっさんが言うには、もう一回大戦をした方が金が儲かるんだと。知ったこっちゃねえけどな、俺は俺が強けりゃ、それでいい!」
手斧だけで大剣が吹き飛ぶ。最早戦闘とも言い難い力同士の押し合い。レベル3同士の力任せの、武器の叩き合い。
圧倒したのはルフス兄。レベル差のない戦いプラス、既にハデスは消耗しきっている。
これ以上の継戦能力はもう、ない。
「はっはっは、弟よ、奥に宝物庫があるかもしれねえ、人質連れて先に見てな、ここは俺で十分だ」
「ガキ! あいつを追え、今アスハが死ねば、どうしようもなくなっちまう!」
「お前は黙って俺に殺されろや!」
俺は残された体力を振り絞ってルフス弟を追いかけるが、ウォッチが立ちふさがる。
クッソ……今の俺じゃこいつらもまともに相手できる体力ねえぞ……
いや、相手にしなくていい。
ウォッチの波に飛び込む。
速さはさっきのミダスよりはない。なら――
避ける。
躱す。
防ぐ。
弾く。
最後に抜け出す。
一ミリも相手にせず、電撃作戦で抜いて行く。
最後の最後でアスハさんを解放さえすれば、状況をギリギリ打開できる。
扉を開けた先に合ったのは……まさに金銀財宝。
見たこともない輝きに思わず目が眩んだ。
それはルフス弟も同じようで、あまりの光景にアスハさんを解放していた。
王冠も金貨も宝箱も、何やら武器まである。
「すっご、っへへへへっへへへ、ようやく、ゲームっぽくなった」
「違う、ゲームじゃない、これは、現実なの。だから、あなたたちがやってることは、ただの人殺しよ」
「は? マジでさ、面白いよなぁ!」
「あがああ!」
アスハさんの足をへし折るように、踏み潰した。
悲鳴を上げる彼女を前に、俺は頭の血が沸騰してしまうような妙な感覚に陥る。
気づいたら宝物の中に突き刺さる白い剣を抜いてルフス弟に襲い掛かっていた。
動きが妙に、遅く見えた。ルフス弟が何か叫んでいるが、音が聞こえなかった。
ゆっくりとした動きの中で俺の右手に握られた美しい剣は、殺意の剣線を見せた。
そこを切れば、死ぬんだって言うのが本能的にわかった。
俺は迷いなく、ルフス弟へ剣を叩き落とす。
「そんなもの、俺が振れれば全部壊れるんだよ!」
ルフス弟のスキルは触れた物を破壊する。兄の驚異的な再生能力と対を成すような強力な技。
だから俺が剣を振り降ろした瞬間、勝負は決まったんだ。
ルフス弟の腕ごと……剣が彼を、叩き切った。
「な……に……んだよそれ……」
「はあああああ!」
思い、出した――ダンジョンで、俺は――
倒れかけても尚手を伸ばすルフス弟の胴体を……斬り割く。
力無く、その巨体を床に横たわらせて、ルフス弟が倒れた。
床に広がる血の赤が、ルフス弟が死んだ死んだってことを教えてくれた。
思わず剣が零れ落ちかけるが、俺は必死で耐えた。まだだ、まだ、終わってない……!
「カズマ、おい……嘘だろ? なあ……ゲーム、なんだよな。おまえが好きだった……。ごめんな、カズマ……もう、いじめさせねえって、言ったのにな……」
ルフス兄は弟の体を抱きかかえる。
俺が奪った命の重さを必死に掴み取ろうとするように、弟の体を抱きしめる。
ハデスがやられた……後ろにはウォッチが控えていて俺たちにもう逃げ場はない。
もう何も……
「つ……」
アスハさんが、俺の前に立ち塞がった。へし折られた足をひこずって、片手で持っていた大剣を突き立てる。体を剣に預けて、何とか立っているだけの彼女がもう、戦えるはずがない。なのに、なんで……
「次は、私があなたを守る番だよ」
「無茶だ、そんな体で!」
「いいや、そうでもないんだよ、私のスキルはね――」
「手前らみんな、皆殺しだ!」
格上の力を手に入れたルフス兄は手斧を振りかぶり、鬼の形相でアスハさんに襲い掛かる。
最早回避不可能な一撃のはずだった。
しかし、アスハさんは背中を向けた状態で、いつの間にかルフス兄を両断していた。
「私のスキルは、ダメージを受けていれば受けている程、全ての能力にブーストが入る。死にかけている今の状態なら、私は騎士長にも負けない。だから、あなたは、私が守る」
斬った、のか? 攻撃が来るよりも前に、空中のルフス兄を、斬り落とした?
馬鹿な、速いなんてものじゃない。だってもう全く、動いてすらなかったのに。
「ふざ……けんなレベル差があるんだぞ、どういうことだ、ゲームじゃレベルが全てだって……」
上半身を別たれて腹ばいになるルフス兄は、息も絶え絶えに言葉と血を吐いた。
「それを上回るのがスキルなの。現実を見ようとせずにゲームだのなんだの言っている、あなたたちにはわからないでしょうね」
「……へっ、はっは、はっはっは、そうだな、そうなんだろうさ。絶体絶命って状況は、ゲームだろうと現実だろうと、人を強くするもんさ。そうだろ、カズマ」
ルフス弟と自分に触れたルフス兄は、一瞬にして肉塊になった。
言葉通りの肉の塊。ぐにょぐにょと絡み合う肉どうしはふたりを飲み込みやがて……人型の何かを形成する。
頭部には四つの目と大きく開かれた口が出現し、おぞましい言葉にもならない音を吐き出す。
「まだ、足りねえ!」
肉塊から触手が飛び出して、ウォッチたちを全て吸収する。
突然の触手を前に、ウォッチたちは成すすべなく肉塊は取りこまれる。
さらに巨大になった塊は暴れ出し、少しの後に……巨大な人の形におさまった。
浅黒い皮膚。化物の顔に、四本の腕に屈強な足。まるで……神の姿を真似て失敗したかのような酷い姿だった。
「はあ、まったく、最悪だな。俺の再生スキルも頑張ればここまで出来んのか……なあ、なんで弟が死んで、お前たちがまだ生きてんだ? おかしいだろ、これ。なあ、おい」
最早原形をとどめていないルフス兄だったものは、手や触手を刃に変えた。
クソ……体が動かない。今になってダメージが猛威を振るってきやがった。立っていることしか出来ない。
どうする? 話でもして時間を稼ぐか? いやもう、そんな段階じゃない。こいつ、もう人間かどうかも怪しい。もうモンスターだ。帝国人の俺とは比べられない程想像も絶するほどの差がある。
「大丈夫だよ、スカイ君。私が、守るから」
「やってみろよ、お嬢ちゃん!」
叫びと同時に振り上げられた拳と刃。自分の体を支えるのに必死なアスハさんはそれでも笑顔を崩していなかった。
頭から流れる血液が目を沁みさせ、余裕は微塵もない。でも、彼女にはあったんだ。
戦場でも笑っていられる程の、強さが――
「ほら、ね?」
次の瞬間には何が起きたか、木っ端微塵に四散したルフスだったものがあった。
何も分からない。見えない。まるっきり世界が違うんだ、俺とは、住む世界が。
「ば、がな……俺、は、スキル……再生が……まざが、ぞの、剣、が?」
肉片と化した奴が指したのは、俺が握っている剣だ。
何か気づいたものがあったのだろうけど、俺にはわからない。何度も言おう、世界がもう、俺のあずかり知る場所から遠ざかりすぎた。
笑えない。俺が今まで必死でやって来たことが何もかも、無駄だった――
「ぞうが、その剣は、スキルの効果を、魔道具……でぎねえ、俺は、おどうどをすでるなら、死ぬ……なあ、お嬢ちゃん、俺は、間違えで……」
さらさらと、魔力の砂のようになってルフス兄は消えていった。
最後まで一体何が起きたのか分からないが、もう無理だ。考えたくもない。
「アスハさん、終わったよ……」
「ごめん、肩とか、貸してくれる? 動けないんだよね」
「もちろんだよ」
こうして、俺達のダンジョン攻略は終わった。最後に生き残ったのは、前と違って俺とアスハさんのみ。そして攻略官僚という事実と……記憶だ。
何もかも、思い出した。戦いながら、死にかけながら、全てを思い出した。
帝都のダンジョンが、なんだったのか――




