人質
ハデスの問いに、俺は頷いた。ぶっちゃけ公算はなにひとつありゃしないけど、やるだけマシっていう程度なものだけど、やらないよりは絶対に良い。
「スカイ君待って、やっぱり――」
「アスハ。男の覚悟を邪魔すんじゃねえ。そんなに心配なら、こいつが作る隙ってやつを、絶対に無駄にするな」
「ハデスさん――」
膝に持ってきていた指まで隠すグローブを装着。膝に力を入れて、駆け出す。
俺の速度はレベル3どころかレベル2の明日は三よりも遅い。
だが、単独かつ狙いやすい相手を、ミダスが狙わないはずがない。
案の定、奴は俺が近づくよりも先に俺の元へ辿り着き、黄金の拳を振りかぶった。
ここからは、賭けだ――
俺は横に紙一重で飛ぶと同時に奴の肌に触れる。
グローブは黄金にならない……! あいつが振れないと能力は発揮されない。
第一の賭けは、クリアだ。次、こいつの驚異的な威力を、俺の身のこなしだけでカバーできるか。
タッチした手を足場に蹴り上げ、地面すれすれでミダスの右足側に跳躍。
足元に這う虫を殺すように拳を叩き落としてくる。もう、速すぎる。拳の速度じゃない。
当たる直前にほぼ同じ速度で回転して威力を殺し、回転した力を利用。
跳躍と同時に腕に飛び乗って、顔面に向かって駆け上がる。
命懸けの連続。前までの俺なら2億回は死んでいる。
そうまでしても奴の命には指一本届きはしない。俺の必死の攻撃は攻撃とも取られていない。
転移者たちが本物の戦いをしているなら、俺はガキのお遊び程度でしかない。
お遊び十分――
俺は端からお前を殺す事なんて考えちゃいない。
駆け上がる俺を、ミダスは手を振るだけで叩き落とした。
受け身、取らないと、死ぬ――
ギリギリで堪えたが、続いて拳が容赦なく振って来る。転がって避ける。
死に際で呼吸を落ち着かせて地面を殴って体を起こし、降ってきた拳に再び飛び乗った。
まだだ、こいつの意識が、全部俺に来るまでは、耐えて耐えて、挙句の果てに挑発で止めを刺す。倒すまでは俺の仕事じゃねえ。
自分の仕事だけ完ぺきにこなすのが、ギルドの本懐だ。
まだだ、まだ死ねない。せめて、俺を殺すことでこいつが満足するまで、一瞬の隙を作るまで――
考えながら笑っちまった。
剣を取り出す。
思えば俺たち帝国人は、倒すどころか、餌になる事にもこんなに全力なのかよ。
剣を振るうが当たる前に掴まれ黄金に変えられる。
おっもて……まったく、転移者は化け物だな。こんなもの、振るってやがったのかよ。
目は速さに大分慣れたが、慣れただけで何だって言うんだ。
転移者にとっては勝利に必要な条件かもしれないが、俺にとっては本当に些事だ。
大事なのは自暴自棄。誰かが何とかしてくれるわけじゃないんだ、
耐えるなんてことはしねえ、ただまっすぐ、お前をあの世に連れてくまでの片道切符をくれてやる!
腕を駆け上がり、顔面に膝を入れて剣を刺しこむが笑えるくらい、何も……出来ない。
ミダスはようやく俺を鬱陶しがったのか、赤い瞳で俺を注視する。
化け物の注目を手に入れたところで何も嬉しかないが、目的は、達成した。
ミダスの背後を狙う二つの影。
ハデス――影を自分に纏わせて、漆黒に染まった禍々しい姿で黒剣を叩き落とす。
有り得ない程見事に、ミダスは体勢を崩し、その首を差し出した。
「俺はしばらく使えねえ! 決めろやアスハ!」
「はああああ!」
アスハさんが差し出されたミダスの首に最後の一撃を叩き落とす。
決まった――奴は防御態勢を取れていない。完璧な一撃、見事な攻撃が刺さった。
しかし……巨人は、尚も、腕を叩き受けてその身を立ち上がらせる。
狂気じみた様子でアスハさんを叩きつけ、壁まで吹き飛ばす。
「アスハ!」
既に満身創痍だった体を叱咤してアスハさんに駆け寄る。
生きているが……相当ダメージを入れられたらしい。すぐに火0ルをしようとするが、彼女は俺の手を止めた。
「いい。これを待ってたから。あいつ、黄金攻撃で終わりだったのに、ミスって普通に殴ったのが運の尽きよ」
ボロボロの体を支えるように歩く彼女の周りには、殺気のようなオーラが目に見えてメラメラと燃え盛っていた。
何だこれは……まさか、スキルか?
「一撃必殺過ぎて相性悪かったけど、こうなったらあなたは終わり。覚悟しなさい」
互いに満身創痍対決。ラストアタックの時は近い。
黄金の拳と、黄金の大剣が互いを打ち合う――
砕けたのは、黄金の拳。蓄積ダメージか、とうとうミダスの拳が破壊され、黄金が砕け落ちる。
「終わり――」
ミダスの砕けた腕から黄金の剣に生え、アスハさんの大剣を吹き飛ばした。
さらに拳が上から叩きつけられるが、間一髪でハデスが間に入って受けきった。
クソ、ここまでして、倒せないのかよこいつ……
間違いなく、あと一歩だ。だがその一歩を作るには俺の命だけじゃ足りない。
「ハデス! アスハ! 体勢を立て直せ、俺達で――」
他の転移者たちが時間稼ぐために完璧な位置取りをしていた。さすがは攻略に来ただけはある。動きが良すぎる。
俺ももう一度、命を捨てて次で完璧に倒す――
膝に今一度力を入れた瞬間……転移者たちが……殺害された。
ミダスによる攻撃ではない。位置取りが完璧すぎてミダスは背中を狙われるコースだった。
なのに……その転移者たちを後ろから刺殺したのは……ウォッチだ。
残り少ない転移者たちをあまりに静かに殺していた。
疑問と懸念で吐きそうにいなったが、先に動いたのはハデスだ。
影を出現させ、ウォッチたちを捕縛する。
「余計な力使わせんじゃねえ、クソ共が。アスハ!」
ウォッチに味方を殺される中それでも位置取りを決めたアスハさんは上空から剣を真下に突き刺す。
躱されるが、読んでいたハデスが突貫する。
驚異的な力を警戒したミダスが再度当たるが、ハデスの大剣が腕の刃を阻んだ。
凄まじい金切音と風圧が熾烈な戦いを演出する最中、俺は英雄の影から躍り出る。
なんて事のない、何の力も持たない帝国人の攻撃を、本来ならミダスは警戒する必要なんてない。
だが、殺気のこともあって、奴は俺を狙った。
想定……通りだ!
「アスハ、あとは任せる!」
「任された!」
俺の背後からさらに現れたアスハさんが俺を足場に跳躍。
既に攻撃モーションに入っていたミダスに防ぐ手立てはない。
勝った……!
「ところが、俺様がいるんだよなあこれがあ!」
全てが決まる瞬間、どこからともなく現れたのは……ルフス兄。
横から手斧で狙う一撃は、完璧なまでに、ミダスの命を刈り取った。
黄金の皇帝、ミダス・エンペラトルは膝をついて、体を力無く前に倒す。
巨人が屠られた瞬間、中から魔力が溢れ出し、光の粒子となって消えていく。
粒子は部屋の奥の扉に注がれ、固く閉ざされていた巨大な扉が開かれる。
何が起きたのかさっぱり分からない。
なんだ、一体どうして、こいつら、は?
「くっくっく……あっはっはっはっ。さすがに金持ちは頭がいいな。おめえらが倒す前にかっさらったおかげで、こんなに楽して、レベルが3になるなんてなぁ!」
ルフス兄はハデスに突っ込み、手尾の二つで大剣を完全に押し切った。
前よりも……強くなっていやがる……。
「ちっ、どういう了見だ手前!」
「どうもこうも見ての通りよ、俺達はお前らが倒すところを盗んで、ついでに邪魔な転移者を殺せっていうお仕事だよ!」
俺達……だと?
「へっへへ、お兄ちゃん、人質取ったよ、ふへへへへへへ」




