正義の味方
「はあ、はあ……それ聞いて、俺が許すと思ってんのか」
「お前の許しなんざいらねえよ。逝っちまいな、クソガキが」
手斧が、降る。感覚で分かる。死ぬ間際に研ぎ澄まされているのが、嫌でも分かる。
冷静だった。落ち着いていた。これを受けたら死ぬと分かり切った絶望が逆に、凪のように穏やかにさせた。
剣をゆっくり這わせて手斧に刺しこみ、軌道をほんのわずかにずらしつつ、体重移動でかわす。
「なに……」
「これは、弱者が編み出した意地だ」
斬り返し、太い腕に向けて、身体強化の一撃を打ち込む――
しかし……俺の剣が、逆に弾けて飛んだ。
「哀れだよなあ、ガキ。どれだけ頑張っても、どれだけやる気があっても、出来ねえもんって、一生できねえんだよな」
「えっへへ、お兄ちゃん、こいつ殺してもいいんじゃね? ギルド職員をモンスターに食わせて俺たちが討伐しちゃえばお金ももらえるんじゃね?」
「お前は本当に頭がいいなあ、さすが俺の弟だ。雑魚スライムは雑魚過ぎて消しちまったが、まあ他のモンスターにでも食わせるとしようか」
巨椀が俺に届きそうになったその刹那――
風を切るような剣線が、一瞬でルフス兄の腕を斬り飛ばした。
あんたはいつだって、俺が危ない時に助けてくれる。あんたは俺の、ヒーローだ……。
「何を、やってるの、あなたたち!」
アスハさんは叫び、剣を振るって地面を摩擦で一瞬だけ燃やした。
鬼の形相とはこのこと。紅い炎を瞳に宿した殺意の化身が、細い剣でルフス兄の腕を斬り飛ばす。
「エンドールの犬が、邪魔ばっかりしやがって」
「帝国人を守り、クエストで助ける。私たちがこの国で土地を貸してもらう見返りのはず。それが、いたぶって楽しむなんて言語道断」
「はっ、青くせえ教えだよ。住まわせてもらってるだ? こんな訳分かんねえところで命懸けで戦って、見返りは不自由な生活だと? ふざけるなよ小娘が。俺たちは好きなように生きるんだよ、それが、ここにぶっ飛ばされた俺らのセカンドライフだよ!」
手斧をくるくる回して上から振り下ろす。二本を一本の直剣で受けるにはかなりきついようで、足もとの地面が砕け散る。
しかし顔は涼しいものだ。冷静に……違う!
手斧の先にスライドさせて、腕を叩き落とす。
振り抜いた剣を地面に刺し軸にして、蹴りを打ち込む。
着地と同時に剣を抜いて回転斬り。
流れるような剣技の美しさを、しかしルフス兄はスキルで即座に傷をなかったことにする。強烈な再生能力を前に、アスハさんはさらに踏み込み加速する。
しかしルフス兄も別に切られてばかりじゃない。反撃の構えを見せ、剣と斧が互いに火花を散らして戦闘が激化していく。
強烈な戦いの火花と剣の残響に思わず体を庇った。傍にいるだけで、死んでしまう。
まるで俺は、猛獣の折に投げ込まれた小鹿だ。
「まったくクソお嬢ちゃんが、敬意が足りないな、先輩への!」
首を狙った横薙ぎの一撃。アスハさんは姿勢を低くして避けつつ反撃の剣が腕を飛ばす。
ルフス兄は右で持った斧を投げ、アスハさんが避けたところで斬られた腕を途中で蹴り飛ばす。
さらに剣で受けたアスハさんに、再生させた腕で宙の斧を掴み、上から叩き落とす。
乱暴な戦い方に捺されるアスハさんはしかし、汗だくの顔で俺を一瞬見ると、笑った。
「食後のデザートも奢ってもらおうかな」
「夜景の見える素敵なカフェを知ってるよ」
「おっけ、契約成立」
再びツッコむが、兄の横から弟が参戦する。
「お兄ちゃん、さすがにもう、待てないよ!」
ルフス弟は棘のついたグローブを着けるとアスハさんに殴りかかる。
これも剣で弾こうとした瞬間……剣が砕けた。
驚愕の瞬間に目を見開く彼女の眼前を拳が跳ぶ――
そんなものを、放っておけるほど俺は人間が出来ちゃいねえ。
すみません、先輩……一撃、もらいます。
アスハさんを庇うために背中を向けたが、ヒットしたのは肩。次の瞬間には……俺の肩が抉り取られていた。
何だ、これ……。
地面に落ちる瞬間に俺の意識が消えかけた。体の一部が一瞬で消滅した? 素の力? いや有り得ない、弱いとは言え、魔力で身体強化をしていたんだぞ
「スカイく……いやあ! スカイ君!」
「へっへっへ、あああああ、気持ちいいいいい! 最高!」
「おいおい、まったく俺の弟はやることが派手だねぇ。なんでそのスキルが俺に来てないんだかわかりゃしねえ。死んだか? んだよ、まだ生きてるじゃねえか。さっさと肉の塊にしてモンスターに食わせるぞ」
「ああ、お兄ちゃん」
「スカイ君、待ってて、今ヒールを……私の魔力量なら……!」
「させるわけ、ねえだろうがお嬢ちゃん!」
ヒールを使おうとしたアスハさんの腹を蹴り飛ばして木にぶつける。精神的にも集中的にもそんな攻撃を避けられるわけがない。
クソが、俺の、せいで、俺が弱いせいで……アスハさんが……。
「終わりだよ、小僧君」
「なあ、僕、言ったよな、止めろって。忘れた?」
俺に斧を振りかぶっていたルフス兄の胴体が、一瞬で消し飛んだ。
白すぎるほど白いロングコートの男は、返り血すらも綺麗に避けて、俺の傍に寄った。




