攻略の兆し
審問官の護衛が前に出ようとしたが、コルネ審問官はそれを手で制して前に出た。
「何かご用かしら、スカイ君」
「先輩が……カロ―シアさんがダンジョンって、そんなこと……」
「彼女は元ウォッチの精鋭。そもそもこんな片田舎で遊ばせていい才能ではないのですよ」
「だからって、ダンジョンがどれだけ危険かあなたも分かっているでしょう、それを……俺たちは……」
「転移者じゃないから危険は冒したくないと?」
「そうじゃない。でも、何かあって先輩は……ウォッチを退いたんだと思うんです」
「行きたくないから行きたくありません、というのが通る社会じゃないというは分かっているはずだけれど」
「違うわけじゃないんですけど……だったら、俺に行かせてください」
コルネ審問官は眼鏡を一度かけ直して、ゆっくりした様子で腕を組んだ。豊満な自分の体を支えるように酷く妖艶な様子で、俺の前に立った。
「あなたが? ただのギルド職員で、つい最近問題を起こしたあなたが?」
問題というの恐らくというかもちろん、デギオン・マリックの件だろう。
確かに食券を逸脱したと言われればまあしている。始末書も半分以上嘘を書いた。
バレたことが気まずいとかは一切ない。それより、何か違う意味でのプレッシャーを感じる。
「あなたにはまだ帝都での特権が生きていましたね。バランスの名において、その特権を排除し、私の目が白い内は帝都に戻さないと決めました」
「何を……」
それは俺の夢の終わりを意味する。田舎で何も叶えられず、ただ漫然と過ごして……課長みたいになっちまう。
それじゃあなんのために頑張ってきたのか分からない。いつか帝都で、俺は転移者も帝国人もない国にしたい。ダンジョンをクリアできるようにすれば、少なくとも戦闘力の溝さえ埋められれば、叶うかもしれない。ただ、このままじゃ、何も叶えられない。
「ですが、チャンスを上げます。あなたが、そうですね、ギルドのB認定を合格すれば免除といたしましょうか」
「正気ですか? 俺達では、Cランクすら難しい。ていうか、認定自体転移者向けに作られた制度ですよ?」
「その位の腕がなければ、セナ・カロ―シアの代わりなど務まりません。あなたが言っていることはそこまで重いことだということを自覚しなさい。子供ではないのだから。では、攻略まで一か月あります。それに間に合わなければ、ダンジョン攻略は彼女に任せます」
無情な言葉だけを残して、コルネ審問官は消えていった。
どうしようもない話を受け止めきれずに、俺はよろよろとした足取りでギルドに戻ったが……ギルドの背中に、小高い丘が見えた。英霊の眠る、丘。
拳をぎゅっと握って、頬をぶん殴った。ちげえだろ、俺。
俺達はギルドだ。ギルドはいついかなる時も、帝国人も転移者も関係なく生活を守るのが仕事だろうが。
この程度の困難を乗り越えなくてどうする。
戻ると、レイテシアとアスハさん、そしてカロ―シア先輩が何かを話し合っていた。
「あ、お帰りなさい」
「どうしましたの、いきなり出て行って」
「先輩。これから一か月、俺を鍛えてください」
「お前……何を話してきたんだ」
「ちょっとだけ話し合っただけです。ふたりも、悪いが今日は飲みはなしだ――」
頬を、冷たい何かが覆った。
沸騰しきった俺の頭を包み込む心地いい冷たさだ。
それがアスハさんお手だと気づくのに時間がかかった。
「私、冷え性だから。何があったか分からないけど、落ち着いて。私が危ない時、助けてくれたスカイ君は、冷静だったよ」
驚くほど落ち着いて、俺は深呼吸した後、頭を下げた。
「ありがとう」
「こちらこそ……あ、ごめんなさい、タメ口……何か、昔そうだった気がして……記憶はまだ戻ってないんだけど」
悪戯っぽく舌を出すアスハさん。可愛い。可愛いなこの人。
「いや、アスハさんがよければ、このままため口でお願いします。ああ、お願い」
「じゃあ、お言葉に甘えて。それで、どうしたの?」
「訳があって、一か月以内にBランクにならないといけなくて……飲みに行ってる場合じゃないというか」
「先程ご説明くださいましたが、先輩にその強さって、あるんですの?」
「無いから教わるんだ」
「ちょっと待て、お前、審問官と何を話した」
「先輩。おれはBランクにならないと、一生ここに繋ぎ留められると脅されました。助けてください。かわいい後輩を」
「本当にかわいい後輩は自分のことをかわいい後輩とは言わない」
それでも、先輩は最終的に首を縦に振ってくれた。礼の交換条件はもちろんひた隠しにした。言えば先輩は絶対に首を縦に振らない。先輩は何だかんだ後輩想いだし、まだ何かを隠している。これ以上、先輩に余計な心配はかけさせることが出来ない。
「そっか……でも、せっかくだから、その練習を見させてもらってもいいかな」
「俺は良いけど……」
「構わんだろう。減る物でもない」
「ではわたくしも。先輩方の勇士を見させていただきますわ」
そこまで立派なものではないが、今日から一か月、俺はまさに地獄の特訓に身を投じることになった。
おおよそ後悔しかねない程、最悪な特訓だった。
「本当に一度殺さないとお前は覚えないな」
とか。
「骨を折るぞ。心配するな、デスクワークに支障はない」
とか。
「モンスターの餌にもならない、このクズが」
だの、散々言われ続けた。
午前は仕事、午後は特訓。二重生活に俺の体は一度悲鳴を上げ、諦め、そして死んだ。
熱が引かない。体力がもたない。生きているのか死んでいるのか怪しい最悪な状況でも、仕事を怠けると先輩に容赦なくシバかれる。
「スカイ先輩、顔色が悪すぎてアドリアンテ作の逃避みたいな顔になっていますわ」「
「どんな絵画か知らないけどこんな顔してんのはなんとなくわかる」
「銅像ですわ」
「ああそう」
「少し特訓を休まれてはいかがですの?」
「……そう言うわけにもいかないんだよ」
「あの、殿方の何でもかんでも背負い込もうとするのがカッコイイと思っているところは普通に痛いですわ。見ていられませんわ」
「……ダンジョン攻略の話しは知ってるな」




