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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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後片付け ⑤

『――――さて。 本日はお疲れさまでしたね、隣人』


「……カフ子、急に呼び出さないでもらえますか?」


 丸いティーテーブルを挟んだ向かいに、鏡写しのような同じ顔がバスローブを着て座っている。

 甘音さんの屋敷に泊まっているはずが、部屋の内装は赤室の寮室そっくりだ。

 つまるところ、ここは現実ではなくカフ子が作った夢の中だ。


「というか何ですかその恰好は」


『気分です、私は風呂に浸かるという感覚は得られないので』


「さいですか……で、今回は何の用です?」


 いつの間にか目の前にサーブされていたホットミルクに口をつける。

 風味も温もりもたしかに感じられるが、どことなく虚しい味わいなのは、あくまで私の記憶から再現された情報でしかないからだろう。


『大した用事ではありませんが、たまには顔を合わせて話でもしようかと思いまして。 私とあなたの仲でしょう?』


「そこまで親密になった覚えもないんですがね」


『いいじゃないですか。 暁 悪花の解析が終わり次第、我々の目的は一気に佳境へ迫ります』


「…………」


 飲み干したカップを置き、バミューダ迷宮での出来事を思い返す。

 死を偽装した悪花さんは私に対し、「オリジンに会わせる」と言った。

 

「……悪花さんは一体どんな情報を知ってしまったんでしょうかね」


『気になりますね、その衝撃と味わいはどれほどのものだったのか』


「うーん情報生命体目線。 とはいえ、私たちにできるのは待つことだけですよ」


 バミューダ迷宮に閉じこもった彼女に対し、手伝えることはほとんどない。

 連絡を取ることすらリスクがある中、向こうから合図があるまで何もできないというのは実にもどかしい。


『あなたの先輩、九頭 歩率いる裏切り者'sの真意も読めない、あれは敵なのか味方なのかどっちだと思います?』


「どうですかね、あの人のことは昔っからよくわかりませんよ。 ただ……つまらない真似だけはしない人です」


 部長は「面白くなる」と確信したなら人類の敵にもなる究極のエンジョイ勢だ。

 出来の良い頭をイカれた運用方法で弄び、全身全霊で自分を含むプレイヤーを楽しませる。

 だからこそ心配はしていない、あの人はきっと私たちと同じ卓に座っているのだと。


「あの人たちが悪花さんを攫ったのもその身柄を保護するため、少なくとも全知無能による解析が終わるまでは敵にはなりませんよ」


『つまりその先はわからない、と。 お菓子のおかわりはいかがです?』


「…………」


 なんというか、ここ最近のカフ子は様子がおかしい気がする。

 はじめて顔を合わせた時に比べて妙に人間味が増したというか、俗っぽくなったというか。

 このお茶会も不自然だ、今さら私たちの間にこの程度の情報共有は必要だろうか?


「カフ子、あなた私に何か隠していませんよね?」


『何のことでしょうか、私があなたに対して隠すようなものはなにもありませんよ』


「…………」


 目星、聞き耳、心理学、私が持てる観察技術のすべてを用いて疑おうと不審な点は見当たらない。

 カフ子のことは心の底から信頼……しているわけではないが、同じ身体を共有する者として敵ではないと思っている。 

 だからこそ今回の意図が読めない、そもそもなぜバスローブに着替えて……


「……あれ? もしかしてカフ子、あなた寂しかったんですか?」


『…………』


 カチャン、と。 カフ子が優雅に摘まんでいたティーカップが揺れた。


「湯船に浸かる感覚が分からない、というのは事実なんでしょう。 お風呂に興味が湧かなければ出てこない言葉です」


『隣人』


「ただそれ以上に、お風呂で甘音さんと話した内容が重要なのでしょう。 “カフカを治すつもりだ”という言葉が」


『 隣 人 』


「つまりカフ子、私があなたを消すのではないかと心配で」


『 隣 人 』


「はい」


 おかしいな、同じ顔で同じ声をしているはずなのに私じゃ醸し出せない圧を感じる。

 一体どこで「笑顔を浮かべているのに怒っているように見える」なんて人間仕草を覚えたのだろうか。


『私も肉体の主導権を握れることを忘れないでくださいね、あなたが寝ている間に天笠祓 甘音と協力してフリッフリのドレスを着た写真を残すことも可能なんですよ』


「なんて恐ろしいことを考えているんですか!?」


『それに勘違いしないでくださいね、別に私はあなたたちの一糸纏わぬやり取りを羨まし気に指を咥えて見ていたわけではありませんよ。 情報生命体にそのような破廉恥な感慨などありません、まあ高次生命体としてこの星の霊長類に対する知的好奇心は存在しても不思議ではありませんが』


「は、はぁ……」


 カフ子もまだ甘い、ここまで早口かつ饒舌な弁舌を振るっている時点で語るに落ちているということを学んでいないらしい。


『むしろ私としては隣人にこそ問いたいですね。 もしすべての問題が解決したあと、私がいなくなっても寂しいとは思わないのですか?』


「むっ、そうですね……」


 カフカを治療はカフ子にとっても由々しき問題だ、やっと寄生した宿主から追い出されてしまうのだから。

 その生態こそ迷惑だがカフ子たちも生死をかけてこの星に流れ着いた存在だ。

 こうして対面して会話もできる以上、ある程度は情もある。 それがいまっさら居なくなってしまうのは……


「……少し寂しいかもしれませんね」


『…………ほう。 隣人、良く聞こえなかったのでもう一度』


「少し寂しいかもしれません」


『ふむ、そうですか。 ええそうですか、なるほどそうですか』


 今まで上品に扱っていたティーカップを呷る様に飲み干したカフ子から圧が消える。

 笑みを浮かべているのは変わらないが、圧があるどころか華が咲いたような雰囲気だ。


『今日のお茶会はこのあたりにしましょう、長居してもあなたの脳が休まりませんから。 今日はとくにお疲れでしょう』


「あなたが呼ばなければとっくに健やかな睡眠を摂取していたところなんですけどね……」


『細かいことは気にしない。 それではおやすみなさい、愛しき隣人』


 カフ子が指を鳴らすと、天井の照明が消えてあたりの景色が煙のように消えていく。

 勝手に人のことを呼び、勝手に解散する。 なんとまあ傍若無人な宇宙人だろうか。

 

「……でもまあ、たまのお茶会ぐらいなら付き合いますよ」


 頭の奥からふつふつと蘇ってきた眠気に身を委ね、意識を手放す。

 遠い遠いところからやってきた寂しがりな異星の友人との付き合い方は、まだまだ勉強が必要だ。


 ……なお後日、甘音さんから身に覚えのないフリッフリゴスロリドレスをバッチリ着こなした写真が転送され、どうにかこちらから処刑場おちゃかいに招待できないかと考えるのだった。

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