よくある休日の1日 ①
「おかき、服を買いに行きましょう」
「……今度は何を思い付いたんですか、甘音さん?」
立て続けの事件から日を跨いだ翌朝、甘音さんのよろしくない思い付きが始まった。
対する私は朝食にフワッフワでトロットロなフレンチトーストをたくさんいただき、ポンポンがギチギチで今はただこの余韻に浸っていたい。
隣のウカさんもほぼ同じ状態だ、つまるところせっかくのお誘いだが断りたい。
「申し訳ありませんが私どもは忙しい身の上です、本日のところはまことに僭越ながら辞退させていただきます……」
「3人とも今日は全休だってキューからお墨付きをもらってるわ」
「おのれキューさん……」
「あとたくらみも何もないわよ、単純に服が足りてないでしょあんたたち」
「まあ……せやな……」
たしかに私のが持っている服のレパートリーはカフカになったばかりのころ、ウカさんたちに奢ってもらったものがほとんどだ。
つまり秋服冬服ばかりでこの夏に着る服がまるでない、それも今までは制服で乗り切っていたわけだが……
「さすがにね、私のお古ばかりじゃいたたまれないもの……まんま女児にしか見えないし」
「誰が子ども体型ですか!!」
「やっぱり嫌よね? じゃあちゃんとした夏服買いに行きましょうか」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「おかき、諦めぇや。 お嬢には一生勝てへんて」
「そんなことはありませんよそんなことは……というか私はともかくウカさんと忍愛さんも服足りないんですか?」
「うちらはまあ、任務中にボロボロんなることも多いねん」
「ああ、なるほど……」
非戦闘員の私ですら、ダメになった制服を何度か新調した覚えがある。
前線で戦う2人ならその摩耗速度は私の比ではない、思えば2人が着る服は常に真新しかった気がする。
「というわけでショッピングに行きましょ、山田も一緒に来るでしょ?」
「ん……行くぅー……」
ファッションに一番うるさそうな忍愛さんは覇気もなく、グデングデンに溶けていた。
よほど悪花さんの件を引きずっているのか、いつもの調子に復帰する気配が丸でない。
(山田もずっとこの調子じゃない? 気分転換に連れ出すのを手伝ってよ)
(まあ……そういう事情ならやぶさかではありませんが)
忍愛さんがずっとこのままではこちらの調子も狂う。
それに悪花さんの死を隠している負い目もある、元気づけるためにも夏服の一着や二着ぐらい安いものだ。
「よし、そうと決まったら早速出かけるわよ! おじいちゃーんちょっと来てー!」
「おお、なんじゃい甘音。 ワシに何か用かい?」
「呼んだら秒で来ましたね」
「孫大好きすぎるやろ」
「これから友達と買い物に行ってくるわ、お昼ご飯は外で食べてくるからね」
「おお、そうかそうか。 ならお小遣いをやろう、友達と仲良く遊んできなさい」
――――辛蔵さんのサイフから取り出された札束は、レンガブロックのような厚みを帯びていた。
「ワ……ァ……」
「あかん、おかきが突然の大金にショートしてもうた!」
「もーおじいちゃん、そんなお金持ち歩けないわよ。 それに服ぐらい自分のお金で買うわ」
「おおそうかそうか、甘音も大きくなったもんじゃのう」
「おじいちゃんこそいつまでも孫甘やかしちゃダメよ、またお母さんに怒られるんだから」
「ワアァ……ァ……!」
「お嬢、とりあえずその大金しまってや! おかきが過呼吸起こしとる!」
――――――――…………
――――……
――…
「製薬会社って……製薬会社ってそんなに儲かるんですか……!?」
「まあパラソル言うたら同業の中でも頭抜けた大企業やろ?」
「実業も好調だけど会社の利益は社員に還元してるわよ、うちのお金は家族で稼いだものだから」
「ウカさん、別次元の話過ぎて私なんだか具合悪くなってきました」
「大丈夫かおかき? 水ならあるで、なにゃ外国のめっちゃ高そうなボトルやけど」
「ウワーッ!!」
朝から大金を拝み、早乙女 雄太時代なら縁もゆかりもなかったリムジンに乗り、目の前で一本何万円かわからないボトルのキャップを切られる。
もうこの車内だけで生涯の豪遊ゲージが何本分振り切れたか分からない、思い返せば朝ごはんのフレンチトーストもどれほどの値段か恐ろしくなってきた。
「私は新薬の実績と美容部門の商品開発、お爺ちゃんは海外で色々取引して、お母さんは医者として働いてるわ」
「父ちゃんはどないなん?」
「パラソル製薬の現社長、おじいちゃんから厄介な肩書押し付けられてからずっとヒーヒー言ってるわ」
「苦労人なんですね……」
「自慢のお父さんよ、面と向かってなかなか言えないけど」
「もったいない、伝えられるときに伝えた方がいいですよ」
「おかきが言うと重いなぁ」
「………………」
……私たちが姦しく話に花を咲かせている間も、忍愛さんはぼうっと窓の外を眺めているばかりだ。
外の空気を少しでも吸えば何か変わると思ったが、これは相当難しい。
(でも意外ね、山田なら折れても立ち直りが早いタイプだと思ってたんだけど)
(かなり参ってますね、少しでも元気になってくれるといいんですけど……)
会話が研ぎらたことで車内が気まずい沈黙で満たされる。
思えばこの時、もっと忍愛さんに話しかけるべきだったのかもしれない。
彼女がなぜ窓の外ばかり見つめて、何を警戒していたのかを。




