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藍上 おかきの受難 ~それではSANチェックです~  作者: 赤しゃり


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在りえない話 ①

「あ……っ゛……ッ!!」


 熱した針で脳髄を搔き回されるような激痛に悲鳴すら出ない。

 全身から冷や汗が噴き出し、視界がチカチカと点滅する。 

 身体の感覚があやふやで自分が今立っているのか、倒れているのかすらわからないのに、ただ意識だけがハッキリしていた。


「おかきちゃん!? イオルド、なにをした!」


「何もしてないが!? なんだ、持病とかじゃないのか!?」


「アホ抜かせ、おかきは身長と体重以外メディカルチェックは毎回A判定や!」


「身゛長゛へ゛の゛言゛及゛必゛要゛で゛し゛た゛か゛ぁ゛……!!?」


「割と元気そうだけどヤバそうだよパイセン」


 こんな状況でも聞き捨てならない言葉に反応してしまうこの身体が恨めしい。

 自分の声が頭の中を反響して余計に頭痛がひどくなる、おのれウカさん。

 だが恨みがましい視線を向けようにも私の視界はぐんにゃり歪み、だんだん竜宮城とはかけ離れた景色が見えてきた。


『気を付けてください、愛しき隣人。 一次的に我々の認識情報がハックされています』


「う……カフ子……?」


 気づけば隣には私と全く同じ姿の少女……カフ子が申し訳なさそうに肩をすくめて立っていた。

 同時にあれほど苦しかった頭痛の波は余韻すらなく消えている、数秒前までの苦痛が思い出せないほどに。


『簡潔に説明します、私が本と接触した際に得た情報を味わ……分析していたところ、迂闊にも罠を踏んでしまいました』


「今味わってたって言いそうになりましたね」


『ゴホン。 ともかくあなたの頭痛はオリジンのせいです、人間の脳には許容ぎりぎりの情報量データを一気に流されたはずですので』


「とんでもないことしてくれますねオリジンとやらは……で、この景色が流し込まれた情報ってやつですか?」


 鬱屈した竜宮城の景色から一転、私たちはいつの間にか豪奢な宮殿と思わしき内装の部屋に立っていた。

 キューさんたちの姿はない、カフ子が隣にいることからこれも精神世界の一種なのだろう。

 私たちは今、オリジンとやらが流し込んできた膨大な情報量に飲み込まれ、幻覚を見せられているのだ。


「おそらくヴァルソニアの宮殿ですね、SICKで見た映像と似ています。 ただ実在はしていないはずですが……」


『情報生命体である私たちなら介入は可能ですよ、そこにいる本人に話を聞いてみればよいかと』


「……話ができればいいんですけどね」


 イオルドが送ってきた脅迫ビデオレターに酷似した空間の中、これ見よがしな玉座には1人の男が座っていた。

 糊の利いたスーツを着こなした男。 体格から辛うじて性別は判断できるが、年齢はわからない。

 なぜなら男の顔にはノイズのような黒い靄が掛かり、髪の毛一本すら認識できなかった。


『――――やあ、こんにちは“   ”。 こうして顔を合わせるのは初めてだね』


「……?」


『“   ”は私という個体の識別符、太陽系生命体には発音と認識はできませんが名前のようなものです。 オリジン(あいつ)が勝手に割り振ったものですが』


 隣のカフ子が面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 私には聞き取れないが、どうも気に入らない名付けだったらしい。 オリジンとの仲は険悪そうだ。


『ははは、失礼。 君たちを銀河の外から呼びつけるには個体の識別が必要でね。 さて、自己紹介は必要かな』


「オリジン、この地球に最も早く飛来した最初のカフカ……と考えてよろしいですかね」


『すばらしい、そこまで情報が共有されていたか。 君はカフカ症例の中でも特に異例だ』


「…………」


 男の声には機械音声のような加工が施されているが、上ずった調子から気分が高揚しているのは分かる。

 白手袋をつけた手で拍手を鳴らし、感情を抑えきれずに革靴をトントンと鳴らす様は、この出会いを心の底から喜んでいるように見えた。


『ではあらためて、オリジンと名乗らせてもらおうか。 とはいえこの場にいるのはヴァルソニアの書物に残した残留思念のようなものだけどね』


「残留思念……幽霊のような存在ですか?」


『ふむ、本体は生きているので少し違うかな。 まあ優秀なチャットAIとでも思ってくれていい、こうして会話する分には本体と何ら変わりはないはずだ』


「そうですか、つまりこの場であなたを殴り倒しても意味はないと」


『恐ろしいことを考えてくれるね君は』


 オリジンは両腕を抱えてわざとらしく震えて見せる。

 どうしてこの手の胡散臭い連中は身振り手振りが大げさなのだろうか、やっぱり一発パンチしてやろうか。


『まあお察しの通り私を殴っても意味はない、憂さは晴れるかもしれないがお勧めしないよ、 強い衝撃を受けると霧散しかねない』


「……むぅ」


 むかっ腹は立つがオリジンの言う通りだ、暴力はストレス発散以上の意味がない。

 とはいえこのままカフ子のようなお茶会にしゃれ込もうという雰囲気ではない、わざわざ本を解析する存在に対する罠を用意した真意があるはずだ。


『御託は結構です、オリジン。 私の隣人を脳死寸前まで追い詰めた意味を聞きましょうか』


「えっ、私死ぬ寸前だったんですか?」


『ああ、その点については申し訳ない。 人間を傷つける意図はなかったんだ、少し加減を間違えてね』


 オリジンは玉座に座ったまま頭を下げ、指を鳴らす。

 すると宮殿の内装がぐるりと一転し、ちゃぶ台と畳が敷かれた日本らしい茶の間へと変貌した。


『視覚の情報量を落とした、脳への負担は減る。 この方が君にもなじみ深いだろう』


「たしかにあの豪華絢爛な宮殿より落ち着きますが……対話の意思はあるとみていいですか?」


『もちろん、私は君たち人類との調和を目指しているからね』


 黒い靄のせいで表情は読めない、それでもなんとなくオリジンは笑っているような気がする。


『そうだな……まず殺しかけたお詫びとして1つ、君の質問になんでも答え』


「イオルドを唆したのはあなたですか?」


『――――……驚いた、その質問でいいのか? ほら、もっと私の正体とか興味を持ってくれるものかと』


「必要ありませんよ、おおよそ絞れています。 ()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 黒い靄のせいで表情は読めない、それでもなんとなくオリジンは目を見開いた気がした。


「そしてSICKの内情に詳しい、これだけで容疑者はだいぶ絞られます。 迂闊でしたね、オリジン」


『…………』


「私は探偵です、あなたから配られたカードなんていりませんよ。 人間として、あなたの正体を突き止めてやりますから」


『――――……あは』


 黒い靄のせいで表情は読めない、それでもやはり――――オリジンは、笑っているのだろう。 

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