在りもしない国 ⑤
「ん……おかきちゃんから通信だ」
「おっ、来たか。 なんて言うとるん?」
「ちょい待ち、モールスだから解読が……いや長いな、えーっと――――ん?」
「トラブルならうちがちょっと様子見てくるで」
「いや、なんというかその……かなり複雑な状況っぽいぜぇ……」
――――――――…………
――――……
――…
「……というわけで王子とイオルドの身柄を確保しました、彼女を乙姫様にしましょう」
「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」」
「ウカっち、ちょっと胃薬ないか探してきてくれない?」
「あったとしてもたぶん消費期限切れとるで」
「血吐くレベルはもう手遅れだと思うよキューちゃん」
端折りすぎた結論のせいでキューさんの胃がとうとう爆散してしまった、私とともに研究所に集まってきた兵士たちも盛り上がっている。
そんな興奮冷めやらぬ空気の中、忍愛さんが両手を打ち鳴らして兵士たちを黙らせる。
「はいはい静粛に! まだボクがお姫様ってこと忘れないでね、最後に一分一秒までこの地位にしがみついていく覚悟だからな!」
「醜い王冠やな」
「とりあえず話を聞こうかおかきちゃん、どういうロジックで王子を犠牲にする結論に至った?」
「いえ、王子を犠牲にするつもりはありませんよ。 じつは……」
キューさんたちにこれまでの経緯と、イオルドの真意について説明する。
兵士たちに囲まれて縄で縛られている本人は終始面白くなさそうな顔をしていたが、最後まで黙って話を聞いてくれた。
「……なるほど、過去改変のコントロールか。 おかきちゃん、おいらたちも乙姫とヴァルソニアの関連資料を見つけてね」
「乙姫の日記が見つかったんよ、うちにはよう分からんけど小難しい理論とか書いてあってな」
そう言ってウカさんが渡してくれたのは、かなり風化したボロボロの冊子だ。
強く握るだけで崩れそうなその紙面をめくると、辛うじて識別できる文字……識別……し、識……
「……ま、まるで読めない……」
「うーん、さすがにおかきちゃんでもギャル文字はダメか。 カルチャーショック」
「えぇ……あっ、これ暗号になって……いやなってるんですかこれ?」
「解読方法はあとでじっくり教えるよ、内容としてはヴァルソニア王国の構築を裏付ける証拠だ。 間違いなく“どこにも存在しない国”の起点はこの竜宮城にあった」
後ろで聞いていた王子とイオルドの肩がピクリと反応する。
さらに王子は何か言いたそうに口を開くが、話す言葉も見つからずに口を閉じた。
「この資料にはもう1つ重要な点がある、“それは乙姫と浦島太郎は実在していた”ということだ」
「たしかに驚いたけどそれがどうかしたん?」
「ヴァルソニアの住民は虚構だけの存在ではないのさ、少なくとも王族の人間は乙姫&浦島の血を引いているだろうね」
「で、デス……?」
「乙姫は誰にも邪魔されない愛を望んだ、だから“干渉された過去を対象人物ごと改変する”という特性を付与したんだ。 王族の持つ改変特性もこの血を引き継いだ影響だろう」
「不幸な事故死を事実ごとなかったことにしちゃおうってこと? でもそれ本末転倒じゃない?」
「たしかにペットのイナゴを殺したくないから0匹のイナゴを飼育するような話だ、だけどある意味合理的でもある」
キューさんは納得してるが、合理的で片付けるには恐ろしすぎる人物像だ。
実害を被っているイオルドに至ってはたまったものじゃないだろう、後ろを振り返るのが怖い。
「……けど血の繋がりがある、というのは良い情報ですね」
「おかきちゃん、そろそろ君の考えを教えてくれ。 王子をこの竜宮城の主にしてどうするつもりだい?」
「ヴァルソニア王国の問題は“実在しない”という不安定さにあると私は仮定しました、なので国はここに実在するという既成事実を作ってしまおうかと」
「まさか……竜宮城をヴァルソニアの国土にしようって言うのかい?」
「ええ、イオルドも元々は同じことを考えていたと思います」
後ろで「ふん」と鼻を鳴らす音が聞こえる。
もしイオルドの計画が上手く行って家族を取り戻せたとしよう、そうなると次の問題は国が持つ不安定な特性だ。
ヴァルソニアの国民である限り、常に過去改変に巻き込まれる危険性が伴う。 これは実在しない国で過ごす限り避けられないリスクだ。
「私も専門外なので詳しいことは分かりませんが、実在する国の土地で過ごせば過去改編の影響は避けられませんか?」
「だってさキューちゃん、そこんとこSICKに詳しい人いないの?」
「うーん、おいらもちょっとは齧ってるけど……いやでも前例が……本で改変の影響をコントロールすればあるいは……いけるか?」
「……本当は王子の死を日本の責任に押し付けて戦争を仕掛ける手はずだったんだがな」
「ここで止めて正解やったな」
過去改変を操るイオルドが率いるヴァルソニアとの戦争、考えるだけで頭が痛くなりそうだ。
これから救援が到着次第、SICKによる検討は必要になるが、この策が上手く行けばヴァルソニアの特性も封じ……
“――――解決に向かっているところ失礼します、少し横から良いですか?”
(カフ子? 何かありましたか?)
今まで仕事を頼んでいたカフ子が突然頭の中に話しかけてくる。
彼女にはイオルドが立てた仮説、「改変による影響を元に戻すことができるのか?」という点を検証してもらっていた。
これは実際に本に触れ、過去改変を行使した彼女にしか頼めない仕事だ。 そのため集中して話しかけることはなかったのだが、トラブルでも起きたのだろうか?
“検証のために本から得た情報を咀嚼していたのですが、その中に気になる記録が見つかりました。 イオルドが初めて本に触れた時のものです”
(たしかにきっかけについては私も気になっていたのであとで問いただすつもりでしたが……)
“余裕がないので単刀直入に申します、彼の犯行にはオリジンが関わっていました”
「……なんですって?」
“そして大変申し訳ありません、下手を打ちました。 私の介入が奴にバレています”
「ちょっと待ってくださいカフ子、それってどういう――――」
“――――やあ、どうも。 ずいぶんと深入りしてくれたものだね”
針で刺されるような頭痛が走った瞬間、私の頭の中にカフ子ではない何者かの声が響き始めた。




