在りえない話 ②
『――――聞かせてもらおうか、なぜ私が君と会ったことがあると?』
「あなたカフ子に向けて言いましたよね? “こうして顔を合わせるのは初めてだ”と」
オリジンは下手な否定はせず、私の言葉にただ耳を傾けている。
心底余裕ぶっているというよりも、この状況を一種のエンタメとして楽しんでいる節がある。
まあそれに関しては、私の後ろで「どんなもんだい」とふんぞり返ってるカフ子も同じようなものだが。
『たしかに言ったね、冗談ではなく顔合わせは初めてだった。 それが?』
「あなたのセリフはカフ子にだけ向けられたものだった、そこが気になりました」
表情や目線がノイズで見えなくとも、身振り手振りや言動は十分な手掛かりになる。
オリジンが「初めて」と言った対象に私は含まれてなかった、つまり彼は私とどこかで会ったことがある。
「次にあなたはカフカ症例と言う名称を使いましたね? たしかに私はカフカです、しかしその名称はSICKが名付けたものだ」
『……なるほど、迂闊だったね』
「ええ、その症名を知っているならあなたはSICKの内情に詳しい人間だ。 そこまで絞れるなら十分ですよ」
私と出会ったことがあり、SICKとつながりがある存在。 この2つの条件に合致する存在は少ないはずだ。
SICKで働く職員やエージェント、もしくはLABOのような因縁深い組織か。
ともあれここまでの情報を搾り取れたなら、オリジンから渡された質問権を消費しなくても……
(……楽勝、なんてのはさすがに見栄ですけどね)
正直後悔はしている、もっと他にうまい使い道はあったんじゃないかと。
だけどオリジンの証言に信用が持てない以上、どんな質問を投げても結局意味はない。
なにより、ゲームが始まる前からヒントを投げつけようというその態度が気に食わなかった。
『いや素晴らしい、期待以上だ。 ここまで到達したのが君たちで良かった、ヴァルソニアを使ったのは正解だったよ』
「……その言い方ですとやはりイオルドを唆したのはあなたなんですね」
『うん、彼には“本”の在処と国の真実を吹き込んだ。 自分の存在を根底から覆されたショックでしばらく固まっていたよ』
私の質問にオリジンはつらつらと感情もなく語り始める。
『だから少し面倒だったな、会話を再開するのに5分24秒かかった。 情報の伝達手段に言語を用いらなければならないという不便さを痛感したね』
「……あなたは人間に対して好意的と聞いていたのですが」
『いや、あれは人間じゃないだろう? ヴァルソニアというシステムが作り出した作品だ、人の形をしているが内包した情報量の厚みがアレにはない』
「意見の相違ですね、私にはそうは思えません」
後ろでカフ子がそうだそうだと首を縦に振っている。
後ろを見なくても「ね? だからあいつ嫌いなんですよ私」という感情がひしひしと伝わってくるのは、私とカフ子が同じ存在だからだろうか。
「彼らは私たちと同じように自分の意思で悩み、考え、泣き、行動しています。 作られたものだからと簡単に選り分ける真似はできません」
『ああ、そういえば君はグラーキの件でも死骸を人間と扱っていたね』
「…………」
カフ子の意見に私も全面的に同意しよう、オリジンとは決して相いれる気がしない。
『話を戻そうか。 えっと……なぜ彼らに本を与えたのか聞きたいよね?』
「そうですね、あなたの目的が読めない。 ヴァルソニア国民が人間じゃないというなら興味もない存在では?」
『実験に使えるかなって。 彼らの存在は虚構に定義された曖昧な物、過去を遡って改編するだけで在り方も大きく変質してしまう、だから予行練習にちょうどいいかと思って』
「……全人類に対する品種改良、ですか」
『おっと、もう“ ”から聞いていたのかな』
全人類に対してカフカを寄生させ、虚構にのみ許されるような超常的な能力を与える。 それがオリジンの計画だ。
この世界に蔓延る異常存在たちに対抗する、それだけのために。
『あらためて宣言しよう、私は君たち人類に対しとても好意的な感情……愛を抱いていると言ってもいい。 0から1を創造し、莫大な情報量を生み出す君たちに敬意を抱いている』
「だったら余計な干渉はやめてほしいんですがね」
『だからこそさ、君もSICKに入って思い知っただろう? この世界は人類に厳しすぎる、抗うためには改良が必要だ』
「人間という器を脱ぎ去ってでも、ですか?」
『大事なのは中身だよ、器はなんだろうと問題じゃない。 ほら、君がヴァルソニアの製造物を人間と扱うように』
「あなたの計画は大きな混乱を招きます、カフカの力を手にした人間が悪意を持たない保証もない」
『だとしても君たち人類なら乗り越えられると信じている』
恐ろしい体験だった、言葉は通じるのに話が通じない。
ただ1つだけわかるのは、この場で私がどれほど説得しようともオリジンは自分の考えを曲げないということだ。
『人を憎悪する不死身の蜥蜴、滅びを齎すクジラの鳴き声たち、吊りあげられる地球の心臓。 こうしている間に殺人事件は無間に続くし、エベレストにもイエローストーンにもオリンポス山にもこの星にもはや安全な場所などない。 陳腐、だろ?』
「何の話を……」
『わかるだろう? 君たちはとても薄い氷の上に立っている、いつか抗う術もなく滅ぶ時が来る』
「…………」
『理不尽は君たちに時間を与えない、私も君たち人類には滅んでほしくない。 だから手を取り合おう、という提案だ』
オリジンは握手を求めるように右手を差し出す。
汚れ一つない白手袋がはめられた、その手を。
『私たちは協力し合える、お互い損のない契約だ。 私たちは君たちに力を与えられる、この星と命を守るための力を』
「…………」
正直、オリジンの言葉には一理ある。
SICKが守っているこの平和もいつまで続くかわからない、いずれ人類の限界を超える脅威が現れるかもしれない。
だが……
「……カフ子、いいですか?」
『ええ、奇遇ですね隣人。 いっせーので行きますか』
『おお、“ ”も同意してくれるか。 まったく今日はいい日になる……』
『いっせー――――』
「のぉー……でッ!!」
まさか破談になるとは一欠けらも思っていなかったのだろう。
その隙だらけな顔面目掛け、息の合った私とカフ子のダブルパンチが心地よくクリーンヒットした。




