在りもしない国 ②
「……よし、これでウカっちの電気を供給できる。 急ごしらえだからどこまで持つかはわからないけどね」
「あり合わせで作ったなら上等や、キューちゃんいなかったら何も出来んかったで」
「ワハハ、ここなら道具も素材にも困らないからこんなもんよ。 そういうわけでホイ」
宮古野が研究所から拝借した配線を渡し、それを受け取ったウカが電流を流す。
すると久方ぶりの電源供給に歓喜の声を上げるような駆動音が鳴り、乙姫の研究所にポツポツと明かりが灯り始めた。
「よっし、上手く行ったな。 これで色々調べやすくなったんとちゃうか?」
「んー、まだまだ電気が足りないな。 悪いけどウカっちはそのままジャンジャンバリバリ電気出しちゃって」
「ほいほい、あとで稲荷でも奢ってやー」
ウカの狐耳に静電気が迸り、研究所に灯る灯りの量と、稼働する機械の数が増えていく。
いつの間にか集まった海産生物たちもそのたびにどよめき、かつての栄光が戻って来たことに両手を上げて喜んでいた。
「姫サマー」
「あなたこそ姫サマ」
「ダブル姫サマ」
「我らが救世主ー」
「ワハハ、こうして目に見えて喜んでくっるとやる気も出てきちゃうぜ」
「なんや調子ええやつらやな、大人しく山田崇めててええで」
「山田言うな! なんだよもーみんなあんなにボクのことチヤホヤしてたくせに!!」
「おっ、姫様来よったわ。 サボりか?」
「違うよ! エビちゃんもカニちゃんもみんなこっちに集まっちゃったからボクの仕事がないんだよー!!」
「あー、そっか。 彼らにとっちゃ研究所の復旧が一番気に……ん? 山田っち、それなんだい?」
はだけた着物も構わずに泣きわめく忍愛の手には、セピア色に褪せたノートが丸めて握られていた。
「ああこれ? なんか電気通る様になったら開けられる扉増えたからさー、なんか金目のものがないか探したら見つけた」
「おうコラ」
「そんな如何にも重要そうなものを雑に振り回すんじゃあないよ、おいらにも見せてくれ」
「えー、どうしよっかなー」
「ヘイ君たち! あの姫様代理からノート取り返してきてよ」
「ぬわー!? ボクは姫様だぞ!!?」
宮古野の号令により海産生物たちに囲まれた忍愛は、そのまま多勢に無勢でなすすべなくノートを奪取される。 竜宮城史上初の謀反であった。
そして恭しく宮古野に献上されたノートの表紙には、丸っこいペン字で「乙姫ダイアリー♡」と書かれていた。
「うん、どう見ても重要物。 山田っち、しばらくそこで反省してな」
「クソー! そのノートを取引材料にして姫様ナンバーワンに返り咲くボクの計画が!!」
「儚い夢やったな」
経年劣化でクシャクシャになった表紙を慎重に捲り、宮古野は中身を検める。
内容としてはごく平凡な日記、ただし著者はSICKも把握していなかった未知の技術者だ。
「キューちゃん、何書いてあるんや?」
「待ってくれ、ギャル文字が多くて解読が難しい……そもそもボールペンの筆跡だぞこれ、いつ時代の字なんだ」
●月✖日、話し相手がいないことに寂しさを覚えて海洋生物の培養を始めた。
◇日△日、成長を促すために培養液内の時間を加速させることに成功。
◎月■日、副産物として発生した老化ガスをボンベに圧縮して破棄、これを「玉手箱」と命名。
そんな日々の記録の中、宮古野の目が留まったのは“浦島太郎”が現れてからの記述だ。
「……この日がターニングポイントか、乙姫が恋をして駆け落ちするまで……の……?」
「どないしたキューちゃん、読んだらアカン系の罠か?」
「いや、認識に対する汚染情報は仕込まれていない。 ちょっと解読が難しいけどこれを見てくれ」
こめかみを抑えた宮古野がウカに冊子を手渡す。
ウカが促されるままに内容に目を通すと、獣のように細いその眼孔が見開かれた。
「……なるほど、ここの記述やな?」
「なになに何の話? ボクも混ぜてよ」
「ごめんね山田っち、今は真面目な話をしてるんだ」
「ボクの存在が真面目じゃないとでも!?」
「なあキューちゃん、うちにはここ“誰も追ってこない国を作ろう”って書いてあるように見えるんやけど」
「それだけじゃないぜ、次のページからは具体的な方法と理論が展開されている。 現在に至る痕跡を消し、過去の事象にのみ存在できる国の作り方が」
「つまり、竜宮城は――――」
――――――――…………
――――……
――…
「――――ヴァルソニア王国の前身だった」
「ギギ?」
エビさんが小首をかしげる、彼らにとってヴァルソニア王国なんて初めて聞く話だろう。
つまり王子がこの竜宮城に落ちてきたのはまったくの偶然であり、彼らが意図したものではない。
「ちょっと、ちょっと待ってください……だとしたらどういう奇跡的な巡り合わせですか……?」
「姫サマ、頭痛いか?」
「すみません、混乱しているだけなので少し時間をください」
シナリオ中に振ったダイスがすべてファンブルしたような不運だ、せめて何らかの原因があってほしい。
……いや、あり得る。 現在の出来事に帳尻を合わせるため、過去を変える術を私たちは知っているではないか。
「エビさん、1つ質問いいですか? この城内に厳重保管されている本や機械の類って……」
「ギギ! 脱走ー! 脱走ー! 姫サマ候補とムサイ男が脱走ー! 者ども集合ー!」
そして混乱冷めやらぬ私にとどめを刺すかのように、どこか遠くから兵士が叫ぶ声が聞こえてきた。




