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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第15章 最後の審判
129/139

15-3

 


 ほんの少しの寂しさと、輝く未来を語る友人の話を聞いて執務室に戻ると、ハインリヒ様とアレクシス様がローブを着て待っていた。傍らには豊かな鬚を蓄えたシュトライヒ公爵様がゆったりとソファに座っていた。


「········少し遅れたが、最後の王命が出る。今日はアレクシスも同伴し、見届けることになった」

「·········はい。シュトライヒ公爵様」

「長年の魔女の功績と王家への助力に、私からも謝意を述べたい。·······有り難う、そして、すまなかったな」

「私ごときにそのような言葉は勿体ないです」


「······では、先代『審判の魔術師』にして魔術裁判所裁判官アレクシス・ヴァンゲンハイム、当代『審判の魔術師』ハインリヒ・ヴァンゲンハイム、当代『贄の魔女』ティアナ・クルル、国王陛下がお待ちだ。王城へ向かいたまえ」


 3人で馬車に乗り込み、王城へと向かった。



 今日のローファーはピカピカに磨いてある。始めてあの城を訪れた時には、靴の汚れを酷く気にしていたっけな。


 広く美しい廊下を、3人のローファーのカツカツという音が響き渡る。突き当たりを曲がり、しばらく細い道を行くと陰で魔法陣を展開すると、古語がびっしりと書かれた石のドアが現れた。


 左右を確認してからドアの中に入り、私達は石造りの部屋で、跪き、頭を垂れた。


 今日も隙間ぐらいの小さな窓からうっすら外の光が見えるだけだった。


「おいでになります」


 どこからともなく男性の声がし、目の前に二人の足が忽然と現れた。


「面をあげよ」


 恰幅の良い体に髭を蓄え、冠と煌びやかなマントをした男性が私達を見下ろし、傍らには片眼鏡をした線の細い男性が控えていた。


「·······本日、最後の審判を行い、これをもってヴァンゲンハイム家は『審判の魔術師』の任命を解除する」

「畏まりました」


  ハインリヒ様は静かに言った。


「ハインリヒ、アレクシス·······すまなかった。本当に·······そなた達には、王族として違う未来があったにも関わらず、それを奪ってしまった。今更ながら、本当にすまなかった」


「そんな······陛下、お止めください。我々はやるべきことを、やっただけです」


 アレクシス様が見上げた視線の先で、輝く王冠を被った国王陛下の目には涙が滲んでいた。


「『審判の魔術師』制度が出来た時から、ヴァンゲンハイム家に全てを押し付けてしまったことは歴代の国王もずっとわかっていたのだ。ずっと後悔を抱えていたのだ·······アレクシスが動いてくれたことで、やっと君たちを開放出来る·······本当にすまなかった」


「陛下、顔をお上げくださいませ。あなたは統治者として素晴らしい判断をいつも下されておりました。歴代の国王陛下も、皆様素晴らしい方々でした。だからこそこの国は魔法無しでもここまで栄えてきたんです。全てはあなた様の英断あってこその平和な御代にございます」


 陛下は涙を大きな手で押さえ、低い声でゆっくりと続けた。


「··········『贄の魔女』ティアナ・クルルよ」

「はい、国王陛下」

「そなた達、歴代の『贄の魔女』には謝罪してもしきれん。どれだけの責務と重圧をその小さな体に背負わせてしまったか··········」

「とんでもこざいません。私は出来ることをしたまでです」


「·········最後になるなら、余もそなたに告白しようぞ。歴代の国王には、夢枕に「白の神」よりお告げを賜る。これは王族の中でも代々国王のみに起こるのだ」


「·········そう、なんですか」


「お告げは、国王就任の際と、国の有事に賜るのだが········歴代の国王が就任時に賜る「白の神」の言葉には、必ず『贄の魔女』について言われていることがある」


「·······はい」


「『贄の魔女』を国をもって慈しみ育てよ。『贄の魔女』を害することなく、自由と幸福を与え、影から見守り、愛し愛されよ。『贄の魔女』こそこの国に与えられし祝福。彼女が幸福と愛で包まれている限り、彼女はこの国を守り、国は栄え続けるだろう、と」



 ────ノエル········



「建国から5年目の魔法大戦、最後の対決の最中に当時の国王は、白昼夢を見たといわれている。我が国の王と、クレンペラー国王と、光輝く「白の神」の3人で何も無い空間に立っていたそうだ。2人の王は神に問われたのだ。『私の愛しい『贄の魔女』を預けたら、そなた達は彼女をどうするか?』とね。クレンペラー国王は言った、「魔女など魔物を呼び寄せる厄介者は追い出してやる。魔法使いのみがこの国の支配者である」と。我が国の王は言った。「魔法使いも魔女も魔力を持たない者も全ては愛し愛される存在だ。神の愛し子もまた同じように愛します」とね」


 静かな部屋で国王陛下は目をゆっくりと伏せ、続けた。


「白昼夢から覚めて目の前に戦場の光景が広がった瞬間、気がつくと先程までいたクレンペラー王家の魔法使いは1人残らず消えていたそうだ。その後は、知っての通り。魔法使いと呼ばれる程の魔力を持つ子供は生まれなくなり、魔法使いも魔女もこの地から絶滅したといわれている」


「··········はい」


「君の前任者達が、ヴァンゲンハイム家に協力し、この300年ずっと国を支えていてくれた。それなのに、神の愛し子であるそなたに、表立って何も出来ず、ただただ重い責任だけを押し付けたまま、300年といい気の遠くなるような時間だけが過ぎてしまった。ここで改めて謝罪したい。300年、本当に申し訳なかった········」


「え·········いや、その、あの、私はそんな愛し子とか、そんな大層な人間じゃないんです。陛下が謝罪なんて、そんな、私は········ヴァンゲンハイム家には私は迷惑ばかりかけてしまったんです。謝罪をすべきは私の方なんです。ご迷惑おかけして、本当に申し訳ありませんでした」


「········そなたは優しき魔女なのだな。この期に及んで厚かましいとは思うだろうが、願いを一つだけ言わせておくれ。差し支えなければ、ヴァンゲンハイムの者の想いを少しばかり汲み取っておくれ、魔女よ。魔女を失う度に、ヴァンゲンハイム家当主はその身が壊れんばかりに嘆くのだ。我が血筋の者は皆勤勉にして、一途な者ばかりなのだ。この300年、ヴァンゲンハイム家の者は魔女に恋をしてはフラれ、プロポーズをしては玉砕し、何も出来ぬまま魔女を失っているのだ。少しでも、良いと思うなら婚姻をむすんでやってくれんかのう」


「こ·······婚姻?!」


「アレクシスもハインリヒも、一族の同世代の中では一番の整った顔をしておるんだがな。駄目だろうか?」


「あの········えっと········」


「今すぐでなくとも良い。返事は余ではなくヴァンゲンハイムに返してやってくれ。色良い回答を期待しておるぞ?」


 ニコニコと笑う陛下に再び頭を下げると、マントを翻しガタンと音が聞こえると姿は既になかった。




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