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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第14章 魔女の断罪
121/139

14-3

 


「お·······オハヨウゴザイマス·······」

「ティアナ!」


 朝、ダイニングに魔術庁の制服のまま『今日のお(ぐし)セット』を持って向かうと、私の姿が見えるな否や椅子から立ち上がるハインリヒ様は、乙女のような花咲く笑顔で私の名を呼んだ。


「もう体調はいいのか?もしかして登庁する気か?」

「する気です。昨日も丸1日自室にいたんです。どこも悪く無いのにあんまり籠っていると逆に体を壊します」

「しかしな······」

「お願いします、ハインリヒ様」


 目覚めてからダラダラと部屋で過ごしてきたが、別に私は病気ではない。ただ、ちょっと長めの夢に落ちていただけだ。


「ティアナのお願いに、俺が弱いの知ってて言ってる?······本当に具合悪くないのか?フラフラもしないか?」

「しません。ばっちりです」

「······少しでもおかしな様子があったら即早退させるからな」


 ハインリヒ様からやっと許可を貰い、私は4日ぶりに登庁することになった。


 馬車に乗り込むと、ハインリヒ様は隣に座り、ドアが閉まるとすぐに私の頬を撫でた。


「ティアナ、ごめん」

「何がですか?」

「お前の体調がきちんと整ってから、ちゃんとデートをしてと考えていたんだが······抑制がきかない」

「だから何が······」

「キス、したい」

「ふぁ?!」


 狭い馬車の中で、あっという間に距離は縮まる。


 ハインリヒ様の髪が私の肩に落ちて彼の香りが鼻を掠めるとくらりとした。


 どうして

 なんで


 早まる鼓動に、近づく彼の顔に、拒否が出来ない。


 ついこの間までは首を横に触れたのに。


「ティアナ······好きだ·······」


 言葉と共に唇が重なると、啄みながら、彼の大きな手が背と頭に回る。


「ん·····あ····っ」

「ティアナ······ティアナ········」


 うわごとのように私の名を呼ぶ声に、背筋がゾクリと震え、だんだんと深くなった口づけに、恍惚となって口を軽く開けると、すぐにハインリヒ様の舌が私の口を蹂躙する。


 私のものが彼に、彼のものが私に、注ぎ混じり合った唾液は酷く甘くて、脳も体も蕩けてしまいそう。



 ガタンと、馬車が止まり、崩れかけた服と弾む息を整えを馬車を下りた。


 相変わらず正門には女性ファンがたくさんいて、私はいつものように少し後ろを離れて歩いていたけど、ハインリヒ様は何を思ったかくるりと後ろを見ると、私の手を取りそのまま引っ張って歩き出した。


「·······!!ヴァンゲンハイム様が女性と手を?」

「あれって、ハインリヒ様の弟子の······」

「やだ!あのピエロ女、私達のヴァンゲンハイム様を······!」


 玄関ホールはどよめきとヒソヒソ声で異様な空気になった。


 廊下をずんずんと手を引っ張って進むハインリヒ様に

 私は声を上げる。


「ハインリヒ様!あれじゃみんな誤解をしますよ!」

「誤解?俺とティアナの仲をか?誤解じゃない。真実だろ」

「·······!で、でも」

「俺は隠す気は無い。誰の前でも、お前が好きだと言うぞ」

「ハインリ·······」

「お前も、いい加減観念しろ。もう何処にも逃がす気は無い。誰にも渡す気は無い」

「ハインリヒ様········?」



 いつものように紅茶をお入れしてから、弟子会に向かったが私はまるで講義に集中出来なかった。


 唇を触りながら、朝のハインリヒ様とのキスを思い出すと、急にカアアと顔に熱が溜まる。



 私、本当にハインリヒ様が好きだったの?

 ラルヴァは吸血鬼の幼体だ。咬まれた際に媚薬的な成分が体に入った可能性もある。


 本当は恋愛的に好きじゃなかったとしても、一時的なにそう思い込んだということはない?


『大好きです、ハインリヒ様』


 自分で言った言葉にまた恥ずかしくなる。

 でも確かにあの時、本気でそう思った。


 ハインリヒ様は私にとって師匠であり、大事な屋敷の主人であり、助けるべき『審判の魔術師』で······



 ────ズキンと胸が傷んだ。



 ああ。そうだ。そうだった。

 ラルヴァが残した影響がもうひとつ。

 ランダムにしか見れていなかった過去の魔女の記憶。


 寝ていた3日間、私はずっと『贄の魔女』の記憶を見ていた。2代目から順を追ってひとつずつ。


 先代『贄の魔女』エレオノーラは全てを解き明かそうと決めて、魔女の記憶の一部の掘り起こしをノエルに頼んだ。


 ヴァンゲンハイム家を『審判の魔術師』にしてしまった経過を知るため、『審判の魔術師』から彼らを開放すべく動いたかつての自身の足跡を辿るため、そしてノエルと交わした過去の魔女全ての契約を明らかにするめに。


『審判の魔術師』に『贄の魔女』が協力したのではない。『贄の魔女』こそが本当の『審判の魔術師』だった。ヴァンゲンハイム家はただ巻き込まれただけだった。


 この家を、『審判の魔術師』にさせてしまったのは、私だった。全ての罪の源は、全ての犯人は、『贄の魔女』である私だった。


 それを知ってしまった。


 エレオノーラは過去の魔女達から託されたヴァンゲンハイム家開放の手段を既に作っていた。あとは実行を託したノエルとアレクシス様が今、どれ程の進捗か確認中するだけ。完了していれば、私はヴァンゲンハイム家に贖罪をし、この家を離れなければならない。


 図書室別室にあった古語で書かれた本は魔女の手記で、ヴァンゲンハイム家を『審判の魔術師』から開放しようと、一人で足掻いた過去の私の足跡の1つだった。古語は初代『贄の魔女』アルの村で使っていた公式語。全ての『贄の魔女』が引き継ぐ唯一の言語だ。


 ヴァンゲンハイム家に関わり300年近くを経過してなお、彼等を縛ってしまった私の罪は重い。いくら謝っても謝りきれるものじゃない。


 罰を下して貰うと同時に、二度とヴァンゲンハイム家に関わらぬよう離れて······



『ティアナ······好きだ·······』



 ハインリヒ様の声が頭にこだまする。

 落書きだらけのノートにポタリと雫が垂れた。



 馬鹿みたい。

 離れると決めてから思い知るなんて。


 ノートは落ちた水滴が増える度にインクの染みが広がった。


「ハインリヒ様········っ」


 彼が好き。

 離れたくない。


 どうして今更気付いてしまったのだろう。


 このノートも教本も、ハインリヒ様を思って書いた彼の絵でいっぱいで、私の部屋の机の引き出しは、彼の為に買ったリボンで埋め尽くされていた。


 この制服もローファーも、ハインリヒ様に買ってもらったから大切にしていた。踵が擦りきれても、ピカピカに磨いて。


 ローブの白いエンブレムは私の誇りだった。彼の弟子であることを周りに自慢できたから。


 彼を守ると口実をつけて、ずっと傍にいた。


 少しでも笑いかけて欲しくて、おどけながら引っ付いた。



 ハインリヒ様、ハインリヒ様


 私、ずっとあなたが好きでした


 出来の悪い、頭の悪い弟子だから、気付くことすら出来なかった。


 ごめんなさい、ハインリヒ様

 もっと早く気付くべきでした


 でも、もうすぐ終わるから

 全てを終わりにするから


 あなたも、ヴァンゲンハイム家も、みんな自由になれるよ


 私という悪魔からあなたを開放してあげられる


「ごめんなさい·······ハインリヒ様·····っ」


 もうすぐお別れです


 大好きなハインリヒ様



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