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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第13章 贄の魔女 【3】
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13ー6 九代目『贄の魔女』エレオノーラ

 


「これ、捨てろ。吐き気がする」


 魔術庁から戻ってくるなり、この若きヴァンゲンハイム家当主アレクシス様は不機嫌なまま執事に薔薇の花束を押し付けた。


「毎度毎度反吐が出る。特にこの花。世界で一番嫌いなんだ」


 なんとまあ爽やかな笑みで、汚い言葉を吐くのかしらこの人は。あの花束だって、あなたのファンの職員ががわざわざ庁舎に持ち込んで、渡してくれたものだろうに。


 階段の上から様子を伺っていると、ひょいと上半身だけこちらに向けて、彼はにこーっと笑った。


「エレオノーラぁ、ふふ。帰ってきたのに僕には挨拶も無しかい?」

「お、お帰りなさいませ、アレクシス様」


 トントンと二階に上がってきた彼は張り付いた笑顔のまま私の腕をガシッと掴み、そのままずるずると自室に連れて言った。



「今日も図書室に行っていたのかい?」

「あ、はい。調べたいことがあって」

「用意させた君の好きなチョコレートケーキ、食べてくれたのかい?」

「ええ。とても美味しか·····っ」


 部屋に入るなり、定例のごとくベッドに押し倒され、ほんの少しの会話ですぐに唇が重なった。


 逃げようとしても強く上から押しつけられ、何度も何度も角度を変えて塞がれる。


 ちゅ····っとリップ音が響き、乱れた吐息のまま少しだけ顔を離すと、彼はスルリと白い手で私の頬を撫であげた。


 薄暗い部屋の中で、ライトも着けず、彼は私だけをじっと見詰める。窓から入る微かな光で、ほんの少ししか離れていない彼の美しい顔がぼんやりと見て取れた。


「今日も君のことばかり考えていた」

「お仕事はどうされたのですか」

「ちゃんとやったさ。君を傷つけてばかりの憎い魔物を殺しながら、早く君に会いたくてずっとため息ばかりついていた」

「はあ。それはまた、魔物も災難ですね」


 アレクシス様は私よりも7つも年下で、出会った頃は酷く意地悪な少年のようだと思っていた。


 頭の回転が早く、いつも笑顔で周囲の受けが良い彼は、本当は酷くさみしがり屋で皮肉屋で、純粋で一途な一人の人間だと知ったのは、彼の『審判の魔術師』の初仕事の時、震える彼に変わって仮面を着けた後からだった。


 姉と弟のように、慈しみ触れ合い、彼が傷つかぬように、泣かぬように笑顔を守るべく支えてきたと思っていたのだ。


 その関係が崩れたのはいつからだったのだろう。


 初めはただ寂しいのかと思っていた。時間があると猫のように私に擦りつく彼は、皮肉と冗談以外何も言わなかったから。


 それがある時、彼の言葉に変化が生じた。私がずっと好きだったと。


 少年のような面差しの彼の目に、熱と欲が入り交じるようになった。


 若さ特有の一時的な熱だろうと、時間と距離を少しずつおき始めた。触れ合うことも止め、彼から離れて前世から託された課題に向き合う日々を過ごした。


 躱し続けていたある日、焦れた彼は唇を求めるようになった。


 承知して重ねた訳じゃなかった。


 でも嬉しくて、とても嬉しくて、生まれて初めて求められた喜びで頭は爆発寸前であった。


 だけど、私は既に35才で、しがない平民で。比べて彼は王弟の末子。ロイヤルな家系の本物の貴人で、若さも才能も溢れる今一番持て囃される国家魔術師だ。


「結婚の承諾、今日こそしてもらうから」

「それは······出来ません」

「どうして」

「何度も言いましたよ。私はあなたに相応しくない」

「君は······酷い。僕がどれだけ君に助けられて、どれ程僕が君を愛しているのか、知ろうともしてくれない」


 また、熱が体を包み、唇が重なった。深く、深く、舌と舌が絡まり合い、混ざり合った唾液は甘く、私を潤していく。


 拒めばいいのに。拒絶してしまえばいいのに。

 わかっている。悪いのは私だ。


 人に求めてもらうことの、なんと幸せなことか。

 知らなかった。こんなに甘く切ないきもちがあることすら。


 本当は彼が欲しい。喉から手が出るほどに。

 でも言えない。私の罪だらけの魂では、彼の隣に相応しくない。


 荒い呼吸のアレクシス様が唇をそっと離した。唇と唇が手錠のように糸で繋がれたまま。


「······私ね、手がかりを掴んだの。過去から未来へ、やっと繋がったの。これで次に進める」

「手がかり?何の」

「私の転生は、回を増すごとに少しずつ良くなっている。アルだった頃の後悔だらけの人生ではもう無いの」

「エレオノーラ······」

「それなのに、過去の私が犯した罪は今もあなた達に振りかかっている。私はそれがどうしても納得出来ない。私ばかりがどうして幸せになれる?あなたは今も『審判の魔術師』の仕事に苦しんでいるのに······」

「僕は君さえいれば他に何もいらないよ」

「私は嫌よ、アレクシス様。あなた達だけが延々と苦しむなんて」

「僕が苦しいのは、君が僕を受け入れてくれないことだよ」


 アレクシス様を押し退け、体を起してポケットから図書室の別室の鍵を手渡した。


「図書室の別室······君はあそこが好きだね」


「あそこしか考えられなかったの。もしも、私が来世の私にメッセージを置いておくなら、当主と魔女しか入れない場所。劣化防止の魔法陣があちこちに張り巡らされてるあの場所」


「メッセージ?過去の君が残した本やメモがあそこにあるというの?僕はあそこを全て見たけど、そんなもの何処にも······」


「魔女にしかわからないように書いてあったから、あなたには読めなくて当然だわ。7代目と先代の8代目の手記が残っていたの。全て古語でね。見つけたのはもうだいぶ前なの。でも頭の中で整理するのにだいぶかかった。心が、どうしてもついて行かなくて」


 アレクシス様の表情が変わった。かつての魔女達の記録があるなんで、この家の当主である彼が知らないのであれば、おそらく書いていた歴代の魔女は全てを秘密にしていたのだろう。


「······何が書いてあったの?」


「········自分の人生とヴァンゲンハイム家のこと、初代の記憶、あとノエルのこと··········それに『審判の魔術師』を終わらせるための画策と懺悔ね」


「画策?」


「考えていた通りよ。過去の魔女は何度も挑戦しては挫折をしていた」


「挫折?なんの話だ」


「······私の前任の魔女は随分悩み抜いて考えたのよ。仮にノエルへ願い、『審判の魔術師』をいきなり終わらせたとしても、弊害の方が大きい。ならば、丸投げで託すより手足となって助けてもらい、代わりの対応策を私達が準備する。始めたのは人間側。恐らくは魔女である私なの。ならば終わらするのも人間であるべきよ」



「終わらせる······?『審判の魔術師』をか?」


「そう。だけど今の私には出来ないの。最後の幕引きは、次の魔女、10代目になるはず。ごめんなさい、アレクシス様。次世代の魔女への引き継ぎは、私の死と引き換えにしなければならないの」


「何を考えているんだ、エレオノーラ」


「私は········寿命より前に死ななくてはならないの。最後の魔力と引き換えに、次の魔女は『贄の魔女』であったすべて契約に関する記憶を呼び起こしてもらう。2代目から6代目の願った契約がわからないから。特に、『審判の魔術師』を作り出したと思われる2代目ローザの記憶は、終わらせるためにどうしても思い出さなくては」


「死ぬ······?なんだよ、それ、どうして······」


「条件が整い次第、今度こそ全てを終わらせる。今度こそ、ヴァンゲンハイム家を悲しみの連鎖から救ってみせるわ」


「冗談は止めてくれ、エレオノーラ······!終わらせるために、どうして君が死ぬ必要がある?!」


眉を寄せ私の手を握るアレクシス様を見つめながら、私は静かに笑った。


「今すぐじゃないわ。でもあと残りはあと少しだけね。だから魔女として、初めてあなたに私がしてきたことを告白するわ。あなたにも、大きな宿題を残していかなければならなくなった········ごめんなさい、アレクシス様。私はあなたに愛を誓える程そばにはいてあげられないの」


愛する人の頬を撫でながら、私の瞳からは涙が落ちた。



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