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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第12章 ラルヴァ
108/139

12-4

 


 風に花びらが舞う季節が訪れた。


 今年も新たな魔術師達が魔術庁に登庁を始める。真新しいローブと制服に身を包み、希望に胸踊らせ、重厚な庁舎へと足を踏み入れた。


 魔術庁の向こう側には昨年雪が降る前に完成したばかりの新しい建物に次々と内装業者が出入りしていた。そのため、窓を開けていると彼等の業務音や声か鳴り響いてせっかくの春なのに仕事中は春爛漫の空気を楽しめない。


「楽しむ必要はないだろう。仕事しているのだから」

「雰囲気の問題ですよ、ハインリヒ様」


 アイスブルーの美しい髪が流れるように肩に掛け鶯色のリボンをつけた我が師匠は、今日も荘厳なる人外の美しさで執務室での仕事に励んでいた。


「新しい事務官達がたくさん入庁してましたね。今年は大量採用したのでしょうか?」

「春に間に合わなかったからな。次の人事異動に向けての人材確保だろう」


 ハインリヒ様は、昨年私達が捕まえた黒髪の男が『鈴蘭』の一人であることが発覚し、魔術公安と一般警察が現在総力を上げて関係者を洗い出していると言っていた。


 彼は私には詳細は語らなかった。ただ、もう少ししたらこの件で、公の処罰が下るからそれに伴い大量の人事異動があるだろうとだけ聞いている。


「皆さん、ハインリヒ様のことを凄い潤んだ瞳で見てましたね。中には顔を真っ赤にして泣きながら触ろうとした方もいましたけど········なかなか積極的です」


「ほかの女なんかどうでもいい。俺が触れあいたいのは恋人のお前だけだよ、可愛いティアナ」


 ハインリヒ様のあっっっまい台詞に思わず苦笑いが溢れた。


 彼との恋人(仮)関係は絶賛継続中である。


 正式な答えを出すまでの猶予期間としてこの関係になったわけだが、私の方は早々に既に答えを出していた。


 私は彼の恋人には相応しくない、である。


 あんな煌びやかな元王子にそもそも私みないな頭のおかしな平民が恋人として成り立つ訳がない。


 何度かハインリヒ様にそれを伝えようと、声をかけたが、彼はこの話をし始めると急に忙しくなったり、体調不良になったりとまるで耳を貸してくれない。寧ろ、わざと耳を塞いで物理的に聞こえないようにしていた。


 別に急ぐ話ではないので、取り敢えずそのままにしてはいるが、まさかハインリヒ様は私が諾というまであの態度でいるつもりなのだろうか。


 私は私で、答えを出しているにも関わらず、ついハインリヒ様の優しさに甘えてしまう。


 相変わらず、乙女のように微笑み、私を優しく撫で、時々すり寄りながら溶ける程甘い言葉を囁く彼は、最近は季節と相まって周囲のオーラが花が咲いているような幻覚さえ見える。


 そんな彼の好意を利用し、私は自分の精神安定のために日々ハインリヒ様のベッドに忍び込んでいた。


 最近は部屋に私がベッド近くまで行くとハインリヒ様自ら中に入れてくれる。


 ベッドの中で体を包む彼の匂いが、彼の体温があんまりにも心地よくて、抱き締めれると酷く切なくて離れがたい。


「········唇にキス、したい。していい?······ティアナ」


 それでも毎日のように投げ掛けられる言葉に私は頷くことはどうしても出来なかった。


 拒んでいるのは自分なのに。

 なんでかわからないけれども胸が痛くて、苦しくて切ない。


 泣きそうに笑うハインリヒ様が、同じく泣きそうになる私をまたきつく抱き締め、進展のない日々を送っていた。


 気になるのは図書室の別室に、ハインリヒ様自ら入り浸るようになったことだ。彼がいるので、私は読んでいた本を自室に持ち込み、なるべく離れて過ごしていたが、以前のように私を追いかけてきてまで一緒に過ごそうとはしていない。何やら調べ事が出来たようだ。


 これは私にとっては吉報で、いまの恋人(仮)関係から少しでも以前の関係に戻れる可能性があると思っていた。


 ハインリヒ様とこの関係を解消するにあたって、痛みはなるべく少ない方がいい。彼を傷つけるのは嫌だから。


 窓の外から垣間見える真新しい建物を見ながら、私は彼との今後についてどうすればよいのか、ぼんやりと考えていた。



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