12-2
恋人(仮)関係になった私とハインリヒ様だったが、真面目な彼は仕事中はさほど以前と変わりはなかった。
年明けすぐのように仕事中にスイッチが入り、指を舐め回すこともしない。冷静さを失わない、いつもの真面目なハインリヒ様だった。
だが、魔術庁の外に出るとそれまでの彼とは少し異なっていた。
今まで屋敷内で別々に食べていた食事も、必ず一緒に摂るように言われた。
スーパー早起きな上に、朝はハインリヒ様の髪の手入れに命をかけて取り組んでいる私は、朝食だけは別々にしてほしいと強く主張し、なんとか了承してもらったが夕食は一緒に摂らざるを得なくなった。
しかもハインリヒ様と同じメニューが出され、私は小声でフォルカーさんとアンナさんに依然のワンプレート賄い飯に戻して欲しいと懇願したが無視された。
屋敷内で、ハインリヒ様は私を見つけるとそれはそれは嬉しそうに走り寄ってくる。あれじゃあまるで乙女だ。今ならユニコーンもハインリヒ様の膝で寝てくれるだろう。その姿は最早、家人がいようがいまいが関係なくなっていた。
平気で人前で頬を撫で、平気で溶ける程の甘い台詞を吐くのだ。
それなのにアンナさんやフォルカーさんは、さもそれが当たり前のように振る舞い、ニコニコと笑うだけだった。
「みんなおかしいよ!ハインリヒ様がこんなに変なのになんで笑ってるの?」
「うちの家人は皆優秀だぞ?何が不満だ」
ぶつぶつと不満をこぼしながら図書室の別室の床にブランケットを敷いて座って本を読み漁っていると、ハインリヒ様は後から私の肩に頭を乗せて寄りかかって自分で持ってきた本を読んでいた。
「ハインリヒ様は床なんかに座っちゃダメですよ!汚れちゃうじゃないですか!」
「しょうがないじゃないか。俺の可愛いティアナは我が儘で床で本を読むと言ってきかないんだから」
何を言っても聞いてくれないのは、ここ最近のハインリヒ様の行動からわかっていた。無視をして、今日やっと見つけた夢で前世の私が見ていた本を、読み続けていた。
「ティアナ·········その本、もしかして全部古語か?」
「そうですよ」
「お前、古語読めるのか?」
「読めますよ」
「·········古語が読めるに、なんで構築式が覚えられないんだ?あれは全部古語だぞ?」
「読めることと、暗記することは違います」
「俺でも古語は、魔法陣の単語ぐらいしかわからないぞ?本当にわかるのか?」
「む。だからわかりますってば·······何してるんですか」
「膝枕。ふふ、やってみたかったんだ。恋人の膝枕で寝るってやつ」
ハインリヒ様は最近穏やかモードだったのに、またおかしな雰囲気になりつつある。ただ前のように狂った感じではない。乙女なのである。
以前彼は「ちゃんと話そう」といっていたが、良くも悪くも行動と共に言葉で伝えてくるようになった。そして私の反応を見ながらまた言葉を紡ぐのだ。
「なあ、ティアナ·······唇にキスをしようか」
「だ······ダメですよ。まだ仮の関係なんですよ?ダメです」
恥ずかしくなり顔を背けると、顎のラインを指でなぞったあと、ハインリヒ様はふにふにと私の唇を押し始めた。
「仮であっても恋人は恋人だ。恋人はキスをするんだぞ?ちゃんと実地で覚えよう?」
「実地って·······いや、ダメですよ。それにキスじゃなくとも仮の関係で膝枕も、少しおかしくないですか?」
「なら、お前が俺の匂いを嗅ぐのもおかしいだろう?」
「はっ!それを言われてしまうと········!」
「恋人未満と恋人以上のボーダーラインは、対象となる二人によって違うらしいんだ。ならば、俺とお前のボーダーラインは唇へのキスだ」
「ハインリヒ様········いったいどこからそんな情報を······」
ハインリヒ様がニコリと笑って見せてくれたのは、『初めての恋を成就させる方法』、『鈍感な彼女を虜にさせる方法』、『恋人未満から恋人以上の関係へ』と書かれた三冊の本だった。
「俺は教本の勉強なら得意だぞ」
「きょ·····教本?!」
「たくさん発注しているんだ。まだまだ届くぞ」
こんな怪しげな題名の本を教本扱いしているハインリヒ様が心配である。しかもまだあるの?
「······『初めての恋を成就させる方法』······?ハインリヒ様、·······あなたみたいな綺麗な人が、私が初恋とか言わないですよね?」
「初恋だよ。だから俺も知らないことがたくさんあるんだ。でも問題ないよ。俺は成績は優秀だし、実技も覚えが早いんだ」
「実技って······」
どうしよう。ハインリヒ様が変な学問に目覚めてしまった。しかも馬鹿みたいに熱心だ。
「俺の勉強のモットーは何だ?ティアナ」
「『記憶、実践、反復』です。師匠」
「記憶は俺がしてやる。実践と反復はお前が相手しろ」
「じ······実践と反復·······?何を?」
「フフ、可愛いな、ティアナ。お前は何をして欲しい?」
頭を私の太ももにに乗せたまま、私をうっとりと見つめ、自分の唇をぺろりと舐めて笑った。
「手、貸して?」
私の手のひらと彼の手のひらを合わせて、指を絡ませる。幸せそうにそれを見ているハインリヒ様はやっぱり何処か様子がおかしかった。これが世間で言う恋する乙女というものだろうか。
絡ませた手を潤んだ瞳でじいっと見ていた彼は、なにを思ったのか、私の手の甲にちゅっ、とキスを落とした。
「は、ハインリヒ様?!」
そのまま何度もキスをすると、絡まった私の手の甲を舌で弄び始めた。
「や····ちょっと!何ですか?!」
「なあ·····ティアナ。お前が俺の匂いを定期的に嗅ぐように、俺もお前を定期的に舐めたいんだ。ダメか?ティアナの肌って甘くて、凄く柔らかいんだよ。ティアナの肌に舌を這わせると俺も溶けそうになる」
「何を言って······」
「また泣かせたく無いから普段は必死に抑えてるだけ。本当はね、前みたく衝動のままにお前に触れたいっていつも考えてしまうんだ」
下から見つめるハインリヒ様の瞳は潤んでいて、ほんのりと頬が染まっていた。
「······大丈夫。泣かせたくないから、しないよ。唇も、しばらくは難しいかな。手なら許してくれる?」
「え······えっと······」
「俺が怖い?」
「怖くないです」
「俺を軽蔑する?」
「しませんよ」
「手だけでもまだ恥ずかしいの?」
「凄く、恥ずかしい······」
「そう。心臓は·····?」
「鼓動が早い······です」
指を絡ませた手をぎゅっと握り、ハインリヒ様はまたうっとりと私を見つめたて薄く笑う。
「ほら········触れられて胸が締め付けられたり、鼓動が速くなるのは、相手を好きってことなんだよ。ティアナは俺が好きなんだよ?」
「好き········?」
頬を一撫でするととハインリヒ様は小さく囁いた。
「親とは、こんなことしないだろ?」
「し······しない······」
「ララちゃんとは?」
「するわけない」
満足そうに笑うハインリヒ様から視線をわざと外した。
「あの、さっきから本が読めませんよ」
「そう?それはすまないな」
クスクスと笑いながら、ハインリヒ様はご自分の本を
読み始めた。私の膝枕を使いながら。




