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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第12章 ラルヴァ
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12-1

 


 少しずつ陽の出る日が増え始め、王都の雪が溶け始めた。だけど北風はまだまだ冷たくて、外に出ると息は白いままだ。


 今年度も魔術師資格試験が執り行われ、もうすぐ合格発表がある。弟子会も、試験が近い時期は酷くピリピリしていたが今はそわそわした人でいっぱいだ。


「私達には関係ないしね」

「まあね。お腹空かない?ティアナ。購買でお菓子買ってこよっか」


 相変わらず呑気な私とララは、試験よりもお腹の満たされ具合に意識が向く。


「おいお前ら。来年は俺らも受験なんだぞ?少しは危機感を覚えたらどうなんだ」


 ここ最近になって身長が少し伸びたレナルドは、腕組みをしながら椅子に座るララと私を見下ろした。


「レナルド、マティアスさんに挨拶してきたんじゃないの?」


 マティアスさんは魔術師資格試験は受けず、ここ最近は法律関係や行政関係の資格をいくつも取得していた。


「してきたさ。あの人やっぱり凄いよ。ここ一年の間の勉強だけで、4つの国家資格を取ったんだ。ふつうの民間企業の秘書だってあんなに難しい資格持っている人いないのに」


 マティアスさんは宣言どおり、春からアルレット様の魔術秘書になる。そのために色々と動き回っていたようで、最近では弟子会に姿を表すことも少なかった。


 今日でここを正式に卒業する彼は、他の弟子達に最後の挨拶に訪れていた。


「寂しくなるね」

「ああ。俺もマティアスさんを見習って今年は本腰を入れて勉強しないと」


 レナルドの目にはメラメラと燃えるものがあったが、ふと横を見るとララはつまらなそうに頬杖をついたまま小銭を数えていた。


「ララ?大丈夫?」

「え?あ、うん。お腹すいただけ」


 私はララと弟子会を抜け出し、購買に向かった。


 今年は弟子会講師のグラーツさんが年明け前に退職したと聴かされ、代理の講師が何人か交代で弟子会に来ていたが、春前に予定されていた模擬試験は行われないことが決定していた。


 お陰でただでさえ試験が苦手な私やララはますます復習から遠ざかっていた。


 さらに私の方は最近ハインリヒ様と一悶着あったせいでまた頭を悩ませていたのである。



 ハインリヒ様の誕生日の日、彼は突然私を好きだと言い出したのだ。何の心構えをしていなかった私は直後放心した。


 そのまま気がつくと自室のベッドで寝ていてので、あれは夢かと思い、いつものように翌朝早くにシャワー後、ハインリヒ様の部屋に侵入をしたのだ。


 部屋に入り目にしたのは、一睡もせずにソファに座り項垂れていた師匠の姿だった。ローテーブルには空のワインのビンが5本転がっていて、それなのにハインリヒ様は全く酔っていなかった。


 急いでベッドに寝かせて、一体何があったのか聞くと、ハインリヒ様は深いため息とともに死にそうな顔で呟いた。


「さすがに酷いと思う」


 そこからハインリヒ様のベッドに無理やり連れ込まれ、羽交い締めにされた状態で2時間近く愚痴と恨み節と説教を聞かされ、ようやく彼の告白が現実のものだと理解した。


 どうも私はあの日、何を言っても体を揺さぶっても反応がなく、その後勝手に自室に無言のまま帰るとすやすやと寝てしまったらしい。


 当然目覚めた今も何の答えも用意していなかった。だが、昨日よりは落ち着いて考えられる。少し口ごもってから声に出した。


「あの、とりあえず時間をくれませんか?いきなり言われても何にも考えられないです」

「········ティアナ、お前、俺に触られると嬉しいって·······心臓が馬鹿みたいに早くなるって言ってたんじゃないのか?」

「言いましたよ。その通りですが、あの·····その······嬉しいは嬉しいのですが、あれはもしかしたら不整脈かもしれないし。私変な病気なのかも」

「··········不整脈ときたか」

「もしかしたら、あの心臓の締め付け········心筋梗塞とか·········」

「ティアナの脳ってどうなってんだよ。どういう思考したらそれに辿り着く?」

「でもハインリヒ様は、全世界から嫌われていて思考回路がおかしな私のことが、その······好きだとか言ってるということは、あなたも世界一変わった人なんですよね?」

「いや、嫌われてるとかそう思っているのは、最早世紀を越えたお前の思い込みだと思うんだけど······俺がお前を好きなのは紛れもない事実だ」

「それは凄く嬉しいのですが、その····それって······気の迷いとか、無いんですか?」

「無いな。どうしたってお前が好きだ」

「弟子として、とか家族として、みたいな愛情とは違うんですか······?」

「違うな。お前、家族の体を触りたいと思うのか?」

「···········あ、でも小さい頃は、しんどい夢を見ると、パパとママのベッドに走って二人の匂い嗅いでました。多分心音も聴いてたと思います」

「俺は家族の体なんか触らない。そもそも母はだいぶ前に亡くなってるし、父は触れることは許される存在じゃない」

「あ、なるほど」


 そう考えると、ハインリヒ様の『好き』は、家族へのそれとは一線をかくしているのはなんとなくわかるが。


「ティアナは、俺以外に触られて嬉しくなるのか?」

「親に触られるのは嬉しいです。頭撫でて貰うのは未だに好きですし。それにララとは、お化粧の勉強で二人で顔を触りまくってます。ララは器用だから素敵なメイクを施して貰うとすごく嬉しいです」


「はあ·········わかった。お前の場合、恋愛のいろはから教える必要があったんだな。はあ。俺が甘かった。そういえば、お前は馬鹿みたいに手のかかる、覚えの悪い弟子だったな」


「れ、恋愛の意味ぐらい知ってますよ!」

「親子の愛と俺の愛を履き違えてる奴が理解してるとは思えない···········よし、ならこうしよう」

「何ですか」

「仮に恋人になったらどうなるか、二人で一緒に試そう」

「仮?」

「お前の場合、いくら本を読もうが何をしようが自主性に任せていても考えないだろ。行動で示してやらないと」

「ええ······っ?!」

「そのかわり正式な回答は待ってやる。お望み通り時間はやるさ」


 ベッドの中で私の頬に触れ、ハインリヒ様は眉を下げて小さくため息をついた。





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