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ヴァンゲンハイム家の魔術師  作者:
第11章 贄の魔女 【2】
103/139

11ー9 十代目『贄の魔女』ティアナ 9

 


 私達はノエルの転移でヴァンゲンハイム邸に戻った。


 自室のソファに座らせたハインリヒ様は項垂れたまま動かなかったが、やがてポツリと零すように言った。


「知っていたのか······いつからだ?」

「『審判の魔術師』のことですか?ノエルから聞いたのはついさっきですよ」

「何故、気づいた······?」

「········あんな真っ青な顔のハインリヒ様初めて見ましたから。あなたがああいう風になったきっかけは、王城で言われた『黒薔薇』と『審判』という言葉からです。ノエルに聞いたら、答えてくれましたよ。ヴァンゲンハイム家が『審判の魔術師』を担っていることも、歴代の『贄の魔女』がノエルを使って記憶を消していたことも。『贄の魔女』を代々喚んでいた召喚魔法陣もノエルと一緒に見て来ました。図書室の別室で」

「そうか·········」


 それだけ言うと、彼はまた俯いた。せっかくのサラサラの綺麗な髪は、雪に濡れて掻き上げた跡がついて乱れていた。


「そもそも、ノエルは何故かやたらこの家に詳しかったんですよね。もっとはやく気づくべきでした。過去の繋がりがあったから、弟子申込会もノエルがあなたの元に行ったんですね」

「ああ······」

「ハインリヒ様は、私が来る前にノエルを見ていたんですね。『贄の魔女』が13才になる前の召喚魔法陣は、代わりにノエルが応じることになっていたから。先代様が当主の時、ですか?」

「そうだ·······すまない······」


 彼の手は微かに震えていた。


「何故謝ってるんですか?」

「何故って····!·····悪人であろうと、人を裁くという行為は重い。俺はこれを王家の仕事として任されていたのに、ティアナに代行させてしまった······!」


 ハインリヒ様はテーブルに置いてあったワインボトルからグラスになみなみと注いでぐっと飲み干すと、ひとつ、またひとつ、呟くように1から私に教えてくれた。


 黒薔薇は『謀叛人』の隠語であること、ヴァンゲンハイム家は王家の血筋の魔術師が王命により代々密かに任命されること、当主である彼は魔術師を裁く『審判の魔術師』であること、そして、家とこの裏稼業を引き継ぐためにハインリヒ様自身は第5王子の身分を捨て降下したことを。


「拒否すれば良かったのに」


 そんな辛い役割を何故断りもせず担ったのか不思議に思う。


「王命なら逃げられない。それに俺がいなくなれば、その役割を誰かが担わなければならない。可哀想じゃないか」

「ご自分はそうではないと?そんなに辛そうな顔する癖に」


 今回の相手は、魔法陣による爆破計画をたてていた老齢の魔術師だった。爆破は結局行われる前に魔術公安の調査が入り、ハインリヒ様に王命が下ったという。


 犯人の魔術師をこのまま一般警察に引き渡しても、魔術が使える以上は同じことを企む可能性がある。犯人の行動を止めるには、彼の魔術師としての記憶を奪うか、魔力を根こそぎ奪うしかない。


 魔力を全て奪えば人は死んでしまうので、犯人の記憶を奪うのが最善なんだとハインリヒ様は語った。


 しかし、「記憶を奪う魔法陣」による記憶の消去は時期を指定出来ない。発動してしまえば、人としての記憶の殆どを無くし、廃人同然になってしまうという。語ったハインリヒ様の瞳には暗い陰りがあったのを私は見ていた。


「なるほど。だから魔女達はヴァンゲンハイム家に手を貸していたのか。ノエルの記憶操作は人間と違って完璧ですからね。魔術以外の記憶はちゃんと残るし。あの魔法陣は使っちゃいけないと私も思います」

「すまない」

「だから、あなたが謝る必要なんてないでしょう?ハインリヒ様。勝手に手を貸したのは魔女の方ですよ。あんな召喚魔法陣まで残して。わざわざ13才未満の時にはノエルが来るように手配までしておいて」


「いや、違う····俺は·······俺はヴァンゲンハイム家の当主なのに。王家の血筋の者なのに······」


 また俯いて両手で顔を覆う彼は、自分で自分の言葉に縛られているように見えた。


「そんなにガッチガチに考えるから疲れちゃうんですよハインリヒ様。真面目だなあ」


 私は、ソファに座る彼の隣に座って花の幻影魔法を手のひらから繰り出した。反対の手でハインリヒ様の肩にそっと触れると、彼はゆっくりと顔を上げる。


 ふわふわと薄桃色の花びらがいくつも出てきて、ヒラヒラと部屋中をダンスし始める。


 舞い散るように、降るように、花びらを部屋の中をくるくると踊らせると、ハインリヒ様の目には涙が滲んだ。


「キレイでしょう?これ。初代の『贄の魔女』であった頃に妖精から教わった魔法なんです」


「ああ、本当にキレイだ」


「ねぇ、ハインリヒ様。私はね、悪人であろうとも犯罪者であろうとも、命の重さに気づいて、最後まで考え抜いたあなたは立派だと思うんです。何も思い出せない私を巻き込むまいと悩んだあなたは立派だと思うんです。そんなあなたを、誰が責められると思います?」


「誰が······誰も責めなくても俺自身が自分を責める。まして今回は師匠から引き継いで、一人で行う初めての審判だった。それをティアナにさせてしまうなんて」


「初めて······と、いうことは、ハインリヒ様はまだ一度も審判を行ったことは無いということですか?」

「······そうだな、すまない」


 視線を伏せ沈痛な面持ちの彼に私は肩を揺らして言った。


「何を謝っているんですか。良かった!つまりあなたは本当に誰も傷つけていないんですよ。だって私が来る前にも一度もあの記憶を奪う魔法陣は発動していないのでしょう?良かった!本当に」


 ハインリヒ様はボサボサの髪のまま、目を丸くして私を見ていた。ポカンと口を開き、まるで子供みたいな表情で。


「今日の魔術師だって、魔術の記憶が無いだけで、普通に暮らしていけますよ?ちゃんと更生の余地を残してあげられたんです。かなりおじいちゃんだっただから寿命が先にきちゃうかもしれないけど」


 安堵した私はニヒヒと笑いながら花びらを降らせ続けた。


「ハインリヒ様。私はね、過去世でノエルに審判を手伝わせたのはヴァンゲンハイム家じゃないと思いますよ。きっと私の意思による指示です。そうでなければノエルは動かない。罪を最初に犯していたのは恐らく魔女だと思います。全然記憶はないですけどね」


「······?」


「しかもね、大昔からずーっと悪魔と友達し続けてるんですよ。人間を裏切った罪悪の権化というか、代表格みたいな存在だと思いません?」

「そんなこと······」

「無いと言いきれます?ま、あなたは真面目だからそう言われると考え込んじゃうでしょう?でもね、ハインリヒ様」


 私はハインリヒ様の上にゆっくりと薄桃色の花びらを降らせた。花弁は彼の髪に、肩に、手に、ゆっくりと降り注がれては消えた。


「こんな罪まみれの私でも、輪廻転生を繰り返し、温かい両親の元に生まれて愛されて育ててもらえたんです。妖精たちは変わらず私に魔法を教えてくれます。魔物には······いつの時代もエサ扱いされてますが。だから、あなたがそんなに罪の意識に苛まれることなんて無いんです。私の方がもっと多くの罪を背負いながらも明るく楽しく生きてますから、あなたも笑って生きてくださいよ」


 ヒラヒラと降る花びらは積もっては消え、また躍りながら降っていた。


 ハインリヒ様の濃紺の瞳からは大粒の涙が溢れていた。


「一人で抱えるのは、辛かったですよね」


 頬に手を添えるとハインリヒ様の顔がさらに歪んで、彼は子供のように声を上げて泣いた。


「一人で泣かないで。ハインリヒ様。私はあなたの弟子なんですから。あなたの叫びも涙も、ちゃんと私が受け止めます。私があなたの傍にいます」


 嗚咽を洩らしながら、こんなにも苦しそうに泣いているのに

 彼の涙はどうしてこんなにも綺麗なのだろう


 ハインリヒ様が綺麗なのは外見だけじゃない


 優しくて、優しくて

 彼は自分で自分を苦しめた


 思い出さない私を巻き込むまいと

 自分1人で何とかしようと


 誰にも打ち明けず、たった1人で抱え込んでいた


 あなたのその真面目さが

 あなたのその弱さが


 あなたの美しさを際立たせていたのね

 私が見つけた、絵本の中の王子様


 あなたが傷つくのなら、私があなたの盾になる

 あなたが強くありたいのなら、私があなたの剣になる


 泣かないで美しい王子様


 私があなたを守ってあげるから

 美しいあなたに私の忠誠を捧げるから


 私はあなたを傷つける全てから守る騎士になる

 あなたの笑顔も、その美しさも、壊れることの無いように


 私があなたを守ってあげる


 たとえこの命に代えてでも




 そのまま、彼は私の胸に顔を埋めて嗚咽を漏らし泣き続けた。


 アイスブルーの長い髪を撫でながら、私達は抱きしめあったままソファで目を閉じた。


 リン······と鈴の音とともに猫の鳴き声がする。


「食べていいよ。お休みなさい、ノエル」と私は呟いた。


 傍らにフサフサの獣が寄り添うのを感じたまま、私は眠りに落ちた。



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