11ー8 十代目『贄の魔女』ティアナ 8
弟子会にも馴染み始めた冬のある日、ハインリヒ様の執務室に戻るとすぐにローブを着るように言い渡された。
「すまないティアナ、急ぎで王城に行く。·······一緒に来てくれるか」
「え?······ハイ」
初めて入る王城で、私は靴の汚れだけを気にしていた。魔術師の弟子になったらこういう場所にくることもあるのか。なら、いつでも綺麗な靴でいられるように帰ったらフォルカーさんに靴の磨き方を聞かなくては、と。
美しい城の廊下を曲がり、私達は魔術で隠された古びた部屋に入った。何がなんだかわからないまま、ハインリヒ様には
「いいか、頭を垂れて跪け。顔は上げるな。絶対に口を開くなよ」
とだけ言われて、そのとおりにしてた。
王城からの帰りの馬車から、ハインリヒ様の様子は明らかにおかしかしくなっていた。表情は固まったまま、汗が顎を伝っていて、それなのに顔は真っ青だった。
「ハインリヒ様?!どうしたんですか?様子が変ですよ?」
「·········ティアナ·········。ヴァンゲンハイム家に弟子に入る際、お前はノエルから何も聞いてないんだよな·······?」
「·····何がですか?」
「いや········何でもない·······」
そのまま屋敷に戻ったが、ハインリヒ様は自室に籠ってしまった。ノックをしたが返事がない。
落ち着け。
ハインリヒ様が変わったのは、王城であの低い声の人に言葉をかけられてからだ。あの声の主はなんと言った?
「黒薔薇がいる。審判を下せ」
そう。確かにそう言った。黒薔薇の意味も審判の意味も私にはわからない。でも、あの冷静で真面目なハインリヒ様が明らかに動揺している。放ってなんかおけない。
「ノエル!!」
自室に戻った私が頼ったのは、私の永遠の守護者。魂を見分け、過去の記憶を見れる、私の絶対的な味方だった。
「ハインリヒ様の様子がおかしいの!ノエル、審判って何か分かる?黒薔薇ってどういうことだか知っている?」
「·······黒薔薇は謀反人の隠語。ヴァンゲンハイムでずっと使っている」
「ずっと·······?」
「ティアナ。今回は契約外だったし、聞かなかったから言わなかったけど、君が質問するなら僕は偽りなく答えるよ······ヴァンゲンハイムが云う審判は、魔術師が魔術師を裁く行為のことだ。ヴァンゲンハイム家は『審判の魔術師』を継いでいる」
「『審判の魔術師』······?」
◆◆◆
細い三日月が雲に隠れたその日の夜、ハインリヒ様は静かに1人で屋敷を出た。
空からは雪が降り始めていて、手先が冷え吐息は白かった。
街灯が少ない街外れの小さな小屋から黒い小さな玉をいくつも持った老人が汚れた歯を見せながらニヤニヤと笑い、木箱に丁寧にそれを詰め替えていた。
その様子を真っ黒なフードを被り、手には白い仮面を持ったままハインリヒ様は見ていて、彼は建物の影で動かなかった。散々街中を探し回っていた私は、隣の建物の屋上からノエルに抱えられ、やっと彼を見つけた。
遠目からでもハインリヒ様の手が、震えているのがわかった。
老人は相変わらず汚ならしい笑みを浮かべていて、キョロキョロと辺りを伺うと小屋を離れようとしていたがその時、ハインリヒ様の体が一瞬揺れた。
ダメ········!!
ダメだよ、ハインリヒ様!
「ノエル!ハインリヒ様のところに下ろして!」
物陰からハインリヒ様の震える右腕が上がり白い仮面を着けようとした瞬間、私は走って彼の腕をグッと掴んで下げ、仮面を奪い取った。
「ダメです。私がやります」
「ティ······っ!お前······っ!何を!」
そのまま、彼が着けようとした仮面を顔につける。
冷たい風が強く吹き、小さな雪が冷えた手足に吹き付けたが、私には寒さも痛さも感じない。バサバサとローブのはためく音がした。
「ノエル。こいつまだ誰も殺してないね?誰も傷つけてないよね?」
「まだしてないよ」
「なら、私が審判を下すわ。ノエル、こいつの魔術と犯罪に関する記憶を全て消して。あと今日こいつは馬車で跳ねられたことに記憶を改竄して」
「いいよ。ティアナが言うなら」
ノエルが答えるや否や、男の目がぐるんと回り、泡を吹いて倒れた。
「······どういうことだ、ティアナ·······!」
「こいつ、まだ犯罪を犯した訳じゃない。ちゃんとあなたが駆けつけて未然に防いだんです。そして、あなたは誰も傷つけてなんかいません。何の罪も犯していません。大丈夫です、ハインリヒ様」
「······っ」
三日月は雲の間から顔を出し、小さな雪降る空の合間に煌々と光り私達を照らした。
「ノエルは記憶の消除も改竄も完璧に出来ます。この犯人は魔術や犯罪の記憶以外の人として暮らせる記憶は残したままです。廃人にはなりませんよ」
「何故······」
「さっさと命じてくだされば良かったのに。私を巻き込むことに躊躇しましたか?ノエルなら出来ると、知っていたんでしょう?だって、ヴァンゲンハイム家はずっとノエルの能力を使って審判をしていたのだから」
「ティアナ······どうして······」
風で私の長い鳶色の髪が揺れた。
白い仮面被った私が着ているのは黒いフードではなく、ハインリヒ様とお揃いで着ている濃紺の魔術庁のローブで、胸元には弟子の証の白いエンブレムが輝いていた。
「ごめんなさいハインリヒ様。私が弟子志願なんてしたばっかりに、先代までと手順が違ってしまいましたよね。だから、あなたは『記憶を奪う魔法陣』を使おうとしたんですよね?私が何も知らなかったから」
「ティアナ、お前······っ」
「あなたは何もかも一人で背負おうとしすぎです、ハインリヒ様。私はあなたの弟子であり『贄の魔女』なんです。あなたにはあの魔法陣は使わせない。何があってもです。あなたにかかる罪があるとするなら、全て私が引き受けます」




