事例01-7 情報整理
冒険者紛争調停審理室、その奥にある静まり返った執務室の中で理人は個別聴取で書き留めたメモを広げる。各証言から一致する内容と矛盾する内容を整理し、事実と争点を洗い出す。調停におけるもっとも重要な作業である。
まずは1点目、原告は『ずっと支援魔法を使っていた』と継続的に支援を行っていた旨を主張。これに対し被告3名は初回の探索時以外は使用していた様子を見ていないと主張。
この点について真っ向から対立している状況である。
続いて2点目、被告の1人、路上 隼人は探索の3回目に原告に対して支援魔法の使用を要求、これに対し原告は『ずっと支援魔法をかけている』と既に能力を使用している旨を返した。そしてこのやり取りはパーティ契約の解消に至るまで繰り返されている。
この点については原告、被告共に証言が一致している。パーティ『鳳』の入退出の記録は9回。『パーティ組んでダンジョン潜ったのが10いかないぐらいのはず』という被告である隼人の証言にも矛盾はない。この点については事実と考えて良いだろう。
まとめると、現時点における争点は、原告は本当に継続的に支援魔法を使用していたのか、ということになる。原告と被告、どちらかが嘘の供述をしているということであれば話は単純である。
「気になる点は他にもある」
そう、被告3人のパーティ契約解消直後の不調と負傷である。1人なら偶然かも知れない。2人でもダンジョンという危険地帯ではそういうこともあるかも知れない。だが3人全員ともなればもはや偶然では片付けられない。
「これらを結びつけるものは一体……」
理人が呟いたそのとき、インターホンの音が鳴り響く。調停官の執務室は審理室のその奥にあるため、審理室の外から来室を知らせるためのインターホンが設けられているのだ。
理人は立ち上がり、審理室を抜けて扉を開く。そこには二宮 美麗の姿があった。彼女は書類が入っていると思しき封筒を右手に抱え、左脇にはあまりに似つかわしくない無骨な剣を抱えていた。
「お疲れ様です、一ノ瀬調停官。病院からの郵便が届きましたのでお届けに参りました。片手ですみませんが、こちらになります」
「いえ、ありがとうございます。わざわざすみません」
美麗から差し出された封筒を理人が受け取る。その中身は先日の聴取後に提供を要請した、路上 隼人、春野 ひばり、仁科 飛鳥の被告3名の診断書である。電子化が進んでいる中、紙での原本提出という慣例が未だに残っているのだった。
「良いんです。ついでですから」
「ついで、ということはその剣の?」
ひと目見たそのときから違和感のあった、彼女の左脇に抱えられた剣へと理人が視線を向ける。彼女はダンジョン管理局の職員であり、冒険者ではない。そんな彼女が、手垢にまみれ摩耗の痕の見える使い古された剣を持っていることは自然ではない。
「おや、これは初心者に格安で貸与される剣、ですね」
「はい、そうなんです。Cランクになるまで1年以上もずっと使い続けていた方がいて、ようやく返却されたんですよ」
美麗の言葉に理人は驚きを覚える。ダンジョン管理局から貸し出している武器は、はっきり言って最低限の質でしか無い。ダンジョンで大量に回収できる低品質の金属を用いて鋳造された量産品であり、真っ当な刃がついていないために切れ味は最悪、芯材なんてものは入っていないために必要以上にしなって扱いづらいと劣悪な代物だと有名だ。最低限の稼ぎを得たらさっさと新しい武器を買って返却するのが一般的だ。
もちろんあくまで一般論であり、節約だなんだと言って使い続ける者がいないわけではない。しかし、ダンジョン管理局では貸し出した武器は、返却された際に必ずメンテナンスが行われる。刃こぼれがあれば研ぎ直され、超音波検査などを行い内部の微細なヒビなどがあれば鋳潰して再生される決まりである。つまりはこうまで傷んでいるということは、一度も返却すらせずに使い続けていたということである。
「これをずっと使い続けていたんですか。なんともまあ、珍しい方もいたものですね」
「良し悪しは私にはわかりませんが、1年以上もずっと使い続けた方は初めてだそうです」
美麗がくすりと笑う。受付業務中は張り詰めた真剣な表情しか見せることの無い彼女の笑顔は、北区のダンジョン管理局に帰属する冒険者たちにとって垂涎の的であろう。しかし理人はハッとした表情を浮かべたかと思いきや、思考の海に沈み込む。
「……ずっと?」
「一ノ瀬さん?」
美麗が怪訝な顔を浮かべて理人の顔を覗き込むも、彼は気に留めることもなく思考を続ける。そんな彼を見つめる彼女は呆れた表情を見せつつも、その目はどこか楽しげな色が浮かんでいる。
『支援魔法をずっとかけてる』
『植えたその種が芽吹いた』
『いつも以上に身体が軽い』
『魔法使ってる様子もねぇ』
『身体が重い感じがして』
『筋力や敏捷性が上がって、私の魔法も強化されて』
『魔法の発動に伴う魔力の揺らぎとかもまったく』
『パーティ契約を解消した、その日です』
『使ってたところを見た覚えはないです』
『いつもなら避けられた攻撃なのに避け損ねちゃって』
理人が目を見開き顔を上げる。
「そうか、そういうことだったのか……」




