事例01-8 対面審理-1
冒険者紛争調停審理室、普段は人の居ないその部屋には7人の人間が居た。これから始まる審理を取り仕切る調停官たる一ノ瀬 理人。審理の記録係を務める局員の女性、三枝 文。この審理の始まりである申し立てを行った原告である井上 翔真。申し立ての被告にあたる3人、路上 隼人、春野 雲雀、仁科 飛鳥。そして最後の1人は審理の警護を務めるダンジョン管理局直属のBランク冒険者である。
「これより、事件番号R20-131172-03号、井上 対 路上、春野、仁科の対面審理を開始します。本審理の進行は調停官384号、一ノ瀬 理人が務めます」
理人が審理開始の宣言を述べる。その瞬間、部屋の中に満ちていた緊張した空気が一層重みを増し、どこかヒリついた匂いを漂わせ始める。
翔真と隼人は互いをにらみ合い、雲雀は目を伏せその内心は伺い知れず、飛鳥はどこか所在無さげに目を泳がせるのだった。
「本審理は、双方の主張を直接確認し、争点を整理することを目的とします。発言は調停官の指示に従って行ってください」
理人が相対するように向かい合う4人に順に視線を向ける。その視線は有無を言わせぬ力強さで満ちていた。
「原告、氏名を述べてください」
「は、はい! 井上 翔真です!」
翔真が力強く答える。その声には緊張と敵愾心が滲んでいた。
「よろしい。続いて被告、手前から順に氏名を述べてください」
「路上 隼人だ」
「……春野 雲雀」
「に、仁科 飛鳥です!」
隼人は翔真に対する威圧感を隠す気もなく漂わせる。雲雀は未だその胸の内をひた隠し続けており、飛鳥の声には緊張が色濃く現れていた。
「よろしい。本審理では代理人や同行者の事前申請はなく、この場にも出席は確認していませんので、代理人・同行者の確認は省略します。最後に記録係、氏名を述べてください」
「はい。本審理は東京都北区ダンジョン管理局記録課の三枝 文が記録係を務めさせていただきます」
文の抑揚の少ない声は仕事に徹する職人かのようであった。
「本審理の出席者は以上となります」
理人は警護の冒険者に触れることなく審理を進行する。警護は出席者ではない、何事もなければただ置物に徹するだけの存在、暴力に生きる冒険者を制する物理的な圧力なのだ。
「調停官が把握している事実経過は以下の通りです――
・原告、井上 翔真と被告、路上 隼人、春野 雲雀、仁科 飛鳥の3名は冒険者契約法に基づくパーティ契約を締結。
・パーティ契約締結直後、初回のダンジョン探索において、原告は、被告の3名に対して支援魔法を使用した。
・その後、3回目のダンジョン探索にて被告の内の1人、路上 隼人は原告に対して支援魔法の使用を要請。これに対して原告は『ずっと支援魔法を使用している』と反論を行った。以後、パーティ契約の解消に至るまで、このやり取りは繰り返された。
・これを受けて被告は原告の協力義務不履行を理由とし、原告とのパーティ契約を解消。
・原告は協力義務不履行という理由に基づくパーティ契約の解消が不当であるとして、申し立てを行った。
――この事実経過について、明確に異議がある点があれば述べてください」
理人が4人に視線を向ける。
「ありません」
「ないぜ」
「何も……」
「ないです」
翔真の力強い肯定に続き、隼人の不遜な声、雲雀の消え入りそうな呟き、そして飛鳥の震える声が続いた。4人全員の返答を確認した理人は懐から懐中時計を取り出し、審理を続ける。
「原告側は、本件についてどのような主張がありますか。3分以内で要点を述べてください」
「はい! 俺はずっと支援魔法をかけていました! なので協力義務不履行というのは当てはまりません!」
「は?! お前、この期に及んで!」
「路上さん! 今は原告の主張を述べる時間です。調停官の指示があるまで、発言は許されません。反論の時間はありますので、それまでは静粛に願います」
理人は思わず割り込んでしまった隼人を制し、翔真に続きを促す。
「えっと、さっきも言ったように、ずっと支援魔法をかけていました。支援魔法で3人共強化されていました! だから何もしていないとかサボってるとか、そんな理由でパーティ追放されるのは間違っています! 俺の主張はそれだけです!」
翔真が自らの主張を高らかに叫ぶ。その一言一句が隼人の怒りを刺激し、ボルテージが上がっていくのが傍からでも、手に取るように見て取れた。
「原告側の主張は以上ですね。では被告側は原告の主張に対してどの点が異なると考えていますか。同じく3分以内で要点を述べてください」
「どこが違うか? そんなもの全部だ! 俺達は支援魔法なんてかけられちゃいねえ! 最初のダンジョン探索のときだけだ!」
隼人は怒りをぶちまけるように一口で言い切る。
「お二人も異論はありませんか?」
理人が雲雀と飛鳥の2人に視線を飛ばす。2人に異論がないことを見て取った理人は先に進める。
「現時点における争点は1点、原告は本当に支援魔法を使用していたのか、となります。争点について異議はありますか?」
「ないぜ」
「ありません」
「よろしい。ではこの争点に関して双方の証言と調査結果、その要点は以下の通りです――
・一つ、原告、井上 翔真は『他者強化』能力を有しており、他者の能力を強化することが可能である。
・一つ、ダンジョン管理局での能力検査では効果量、つまり強化度合いは軽微であり、効果時間は計測不能で井上 翔真本人の意思による解除が可能である。
・一つ、パーティ契約締結後、初回のダンジョン探索にて原告は被告の3名に対して支援魔法をかけた。
・一つ、パーティ契約解消直後、被告の3名はダンジョン探索において思い通りに戦えず負傷した。
――以上です」
「へぇ、負傷してたんだ」
翔真がまるでザマァとでも言いたげに侮蔑の表情を浮かべる。その顔は、自身の力を否定し罵倒した当然の報いだと雄弁に語っていた。
「井上さん、私は常識に囚われ、見誤っていました」
「え?」
突如として放たれた理人の言葉に、翔真の顔が困惑に染まる。
「『ずっと』という言葉の意味を履き違えていたのです」
理人の脳裏に浮かぶのは一度も返却されることなく使い続けられた剣。その使い潰された剣こそが思考の闇を切り開く。
「そう私も、被告の3名も」




