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事例01-1 冒険者紛争調停官

 2038年、朝の日差しが東京のビルの隙間から差し込み、未だ夜の余韻を残したアスファルトを照らし出す。通りを行き交う人々はまばらで、街はまだ目覚めきっていない。その静けさの中、1人の男の足音が淡々と規則正しく鳴り響く。その胸元には朝日を浴びて銀色に輝くバッジがあった。


 ダンジョンというものがこの世界に現れてから10年。多くの混乱が生じ、物語の中の存在でしかなかった冒険者というものが当たり前となって久しく、そんな激変した世界に、しかし人は順応し、新たな秩序を築く。だが、その陰で諍いを生むのもまた人である。冒険者という新たな存在同士の諍いは、その存在が増すにつれて当然に増えていった。そんな彼らを法の下に裁く新たな天秤の担い手が必要だった。


 銀色のバッジ、そこに描かれているのはダンジョンを表す六角形に中立を示す天秤と下部に刻まれた0384の数字。これこそがダンジョンという混沌の現れた世界で秩序と公正を支えることを許された数少ない人間、冒険者紛争調停官『一ノ瀬 理人(いちのせりひと)』、その証である。


 理人(りひと)がとある建物に入る。それは世界に現れたダンジョン、そしてそのダンジョンを探索する冒険者を管理する公的機関、ダンジョン管理局の庁舎だ。


「おはようございます」


 始業に向けた準備に慌ただしい庁舎の中、理人(りひと)はすれ違う職員たちと挨拶を交わし合いながら自らの執務室へと向かう。


一ノ瀬(いちのせ)調停官、こちら昨日付けで受領した新しい申立書となります」


 理人(りひと)を呼び止め書類を手渡すは、冒険者たちの間で美人受付嬢と名高い女性『二宮 美麗(にのみやみれい)』である。もっとも受付嬢などという役職はなく、ダンジョン管理局の受付業務に配属されただけの職員、要は公務員に過ぎない。

 理人(りひと)はきっちりと角の整えられた書類を受け取り、チラリと中身を確認する。その片隅には偽造を防ぐため小さな魔法陣が刻まれている。


「ありがとうございます、二宮(にのみや)さん。確かに受領しました」


 受け取った書類に問題がないことを確認した理人(りひと)は、美麗(みれい)に礼を告げて再び歩き出す。『冒険者紛争調停審理室』と札のついた扉をくぐり、その奥にある執務室の椅子へと腰を降ろすと、先程受け取ったばかりの書類を広げる。『冒険者紛争調停 申立書』と書かれたその紙は、冒険者同士の争いを法の下に解決を求めるためのものである。


 理人(りひと)は原告、被告の欄を一旦読み飛ばし、内容を確認する。


『パーティ契約の不当解消』


 残念なことに珍しいものではない。パーティを組んだは良いものの期待した能力ではなかった、反りが合わない、報酬の分配に納得できない、理由は様々だが、パーティを組み続けることを受け入れられなくなり一方的に破棄した結果、こうして係争に発展するなんてのはよくある話だ。彼はそのまま申立書の内容を読み進める。


「『支援魔法でサポートしていたにも関わらず、何もしていないとしてパーティから外された』か。あまり聞かない話だな」


 ダンジョンはその内に入り滞在することで、一部の人間は超常の力、いわゆる魔法などの物理法則や生物学的限界を超越した力に目覚める。だがダンジョンが出現した直後ならいざ知らず、現在ではダンジョンの入退出は厳格に管理され、能力者についてもどのような能力を得たのか徹底して管理される。もし能力を偽ってパーティ契約を結ぼうとしても、ダンジョン管理局に申請した時点で登録情報との差異で弾かれるのが関の山である。


 それ故にこの一件は不可解であった。役に立たない、効果が弱い、ならば納得もできよう。だが、何もしていない、というのは不自然である。原告にしても被告にしても何らかの事実に即していなければ出てこない理由だろう。


「これは手強い事件になりそうだな」


 理人(りひと)はそう独りごちると、パソコンを立ち上げ調停官用の管理ツールに申立書の内容の入力を始めるのだった。


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