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ドイツ空軍データブック(1)戦闘機による地上支援

レン・デイトン『戦闘機』は私が若いころにはハードカバー版しかなく、それでも日本語で1940年バトル・オブ・ブリテンの技術と戦術と組織を関連させて語ってくれる稀有な書籍でした。早川文庫に上下巻で入ったのは1998年のようですから、(相対的に)若い皆様は御存じでしょう。


 この本ではついでのように、9月以降のドイツが戦闘機によるロンドン爆撃に踏み切ったことについて触れていました。多分私がErprobungsgruppe 210(第210実験飛行隊)について初めて知ったのは、この書物です。すでにBf110(Me110)双発戦闘機は「戦闘機としては」さんざんな戦績を見せており、すでに試作機が飛んでいた新型機Me210への更新が予定されていました。その運用方法を試験するという触れ込みのこの部隊は、「戦闘機による地上攻撃」の実験部隊となりました。


 1940年9月には、この部隊の一部はBf109Eを装備していました。Bf109Eは薄く小さい主翼内の空間をやりくりして、短銃身の20mm機関砲MG-FFを2門装備したものでした。これを廃止して、プロペラ回転軸に20mm機関砲を積んだのがBf109Fで、「1門だけで故障したらどうする」とガラントが反対してBf109Eの使用を継続した様子は『戦闘機』にいきいきと描かれていました。この1門だけの機関砲は当初MG-FFでしたが、1941年にかけて長銃身15mm機関砲、そして長銃身20mm機関砲(MG151/20)へと切り替わっていきました。短銃身では全金属製になった戦闘機の胴体に当たってもこちら側だけに穴が開き、向こう側まで破壊されないので、高初速を得られないMG-FFは不利なのだ……という話も『戦闘機』にありましたね。


 Bf109Eにはもともと、爆弾を下げる翼下ラックがありませんでした。1940年5月~6月に図らずもフランスにあっさり勝ち、いきなりそこを基地にイギリスと戦うことになったドイツ空軍は、戦闘機に落下増槽をつける決断と手配が遅れました。ようやく1940年8月も末になって、翼下ラックとそこへの燃料パイプを持ったBf109E-7が間に合い、落下増槽をつけられるようになりました。すでに生産されていた分に燃料パイプを今更仕込むのは無理としても、翼下ラックをつけたBf109E-1/BやE-4/Bへ改修することはできました。模型も発売されていますからご存じの方も多いでしょう。


 そういうわけで、携行弾数が少ない問題はあるものの20mm機関砲を2門持ったBf109E(各種)に爆弾も積んで、第210実験飛行隊はロンドンへ向かったのです。目標が巨大すぎて、量的に大した損害を与えることはできなかったようです。この部隊はソヴィエト侵攻が近づくと東部戦線に移動し、I/Schnellkampfgeschwader 210(第210高速戦闘航空団第I飛行隊)というインスタ映えしそうな名前をもらいました。それまでにBf109Eは返納してBf110だけになったようです。


 いつごろからかわからないのですが、こうした戦闘機で地上攻撃を行うとき、ドイツ軍がもっぱら使った方法があります。離陸前に「着発後x秒(最大10秒)で爆発」するよう延期信管を調定し、目標の真上を低空で飛び過ぎながら投弾して逃げるのです。もちろんスピードが足りないと自分も巻き込まれて落ちますし、そうした事例もあります。


 以前私のサイトに書いた記事で、北アフリカ戦線での航空機損失記録について触れました。この記事に関係あることだけを書くと、Ju87は戦闘機によく落とされているのに対し、Bf110はたいてい対空砲で落とされています。そして、まとまった数のBf110が1ヶ所で落ちることはほとんどありません。つまりJu87は堅い敵陣地を大挙襲撃し、敵戦闘機も出てくるような使い方をされるのに対し、Bf110は少数で後方移動妨害に出て柔らかい目標を襲撃し、ときどき車両部隊の対空砲などで落ちていたと思われます。


北アフリカでのBf110損失記録

https://seesaawiki.jp/maisov/d/Bf110loss


 ただし東部戦線のBf110部隊には、もうひとつ仕事がありました。飛行場襲撃です。英語版Wikipedia「Schnellkampfgeschwader 210」はスウェーデンで出た本を典拠に、SKG210(第I飛行隊に加え、1941年4月に第II飛行隊もできました)はバルバロッサ作戦開始から7月26日までに、ソヴィエト機地上撃破823機、撃墜92機を記録したと書いています。もちろん皆さんお気づきのように、撃破報告はあとで喪失記録と照合すると過大なことが多いのですが、地上撃破と撃墜の比率は実相を示しているでしょう。爆弾と合わせて、Bf110機首には長銃身20mm機関砲(MG151/20)が4門ありますから、地上の航空機は十分に撃ち抜けますね。


※模型を作られる方はご存じと思いますが、Bf110機首の写真には1~2ヶ所の銃口にだけすすがついているものが多く、残りは重量軽減のために降ろしていたのだろうと言われています。ハリケーン戦闘機に7.7mm機銃8丁を主翼に並べたサブタイプがあるように、一瞬で飛びすぎる敵機に可能な限りの弾を叩き込んで命中を出すという考え方は戦間期からあり、現用兵器のバルカン砲などはまさに6門を束ねて一瞬で多くの弾を浴びせているわけです。それはもちろん、「撃ち続ければ秒で弾切れ」と裏腹なのですが。


 残念ながらMe210は飛行機としての操縦性に問題があり、早手回しに政治力で量産契約まで取っていたことでウィリー・メッサーシュミットが軍法会議にかかりそうになりましたが、ずっとあとになって改良型のMe410が登場してようやく折り合いがついたころには、もうコンセプトが時流に遅れてしまっていて、Bf110より早く生産を終了する結果になりました。


 双発爆撃機は、例えばセヴァストーポリのような大規模な要塞のことは知りませんが、北アフリカでの喪失記録を見ても、小規模な野戦陣地への攻撃にはドイツ空軍も使わなかったように思えます。Ju88は急降下爆撃が「できた」と言っても、シュツーカなどと違って45度の降下がせいぜいだったようですし、精密な投弾に限界があったのでしょう。


 少し話がそれました。遠い昔に手に入れた本で、書名としては無料コンテンツでご紹介したこともある本ですが、ドイツのソヴィエト侵攻当時の空軍地上攻撃部隊についておさらいをするのに好都合な本があります。


Price, Dr.Alfred[1997]、 'The Luftwaffe Databook'、Greenhill Books(London)


 なぜかいまだに電子書籍になっていません。大戦中のいくつかの時点を選び、そのときのドイツ空軍の航空機部隊戦闘序列と、その構成部隊を独立中隊レベルまで、配備機種・保有機数・稼働機数とともに書き並べた表が中心です。そのうち1944年5月以降の1年分は厚めの解説をつけて独立した本になりました。朝日ソノラマ文庫『最後のドイツ空軍』としてご記憶の方もおられるでしょう。これだけは今でも英語版Kindle版で「The Last Year of the Luftwaffe: May 1944 to May 1945」として入手可能です。


 この記事のために使うのは、1941年6月24日のデータです。東部戦線の3つの軍集団に、北から第1、第2、第4航空艦隊が協力する態勢です。SKG210の2個飛行隊は航空団本部小隊を合わせて保有83機です。同じ第2航空艦隊にZG26(第26駆逐航空団)の2個飛行隊もいて、保有78機。ZG26は英語版Wikipediaがやたら細かく書き込まれていますが、やはりバルカン戦役でも東部戦線でも地上攻撃、とくに飛行場攻撃を中心に働いたようです。たまに双発爆撃機の護衛にも加わっています。ZG26から欠けている第III飛行隊はアフリカ方面で戦いました。


参照:96~97頁「バルバロッサ作戦:1941年6月」


 教導航空団は機種や戦術の試験を行う部隊で、II/LG2(第2教導航空団第II飛行隊)はやはり第2航空艦隊に属し、Bf109を38機とHs123を13機持っていました。Hs123は旧式化した複葉急降下爆撃機で、荒れた短い滑走路でも作戦できることから若干数が使われ続けていました。


 東部戦線のJu87シュツーカは、3個急降下爆撃航空団 (Sturzkampfgeschwader)の合計7個飛行隊が273機のJu87を持っていました。つまり東部戦線のドイツ空軍で、双発爆撃機を除く地上攻撃部隊はみんな第2航空艦隊に集まっていたのです。これはおそらく、中央軍集団が国境のブレスト=リトフスク要塞をまず打ち破る必要があったためで、ずっとそうだったわけではありません。


 例えば南方の第4航空艦隊に属するI/LG2は、本来空戦戦術そのものを研究する飛行隊ですが、Bf109を持つ3個飛行中隊のひとつだけをII/LG2と同様の地上支援に当てていました。このように戦闘航空団の単座戦闘機であっても、1個飛行中隊だけを地上攻撃任務に指定し、あるいは専用の第10飛行中隊などを作る例が増えていくので、だんだんプライスの粗い絵では追いきれなくなっていきます。


 一部の単座戦闘機に地上支援をやらせる方向性は、やがてFw190A、さらにもっぱら戦闘爆撃機として作られたFw190FやFw190Gへと引き継がれ、Ju87の発展型や「新鋭」機Hs129も加わる中でBf110の系譜は一足先に消えていくのですが、それはまた別項目を立てることにしましょう。



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