表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金のキサーラ  作者: 橘 那由多
12/14

第十一話 白き神殿の問い

# 第十一話 白き神殿(しんでん)の問い


 リムナ・ヴェルへ戻る道は、行きよりも長く感じられた。


 実際(じっさい)距離(きょり)は変わっていない。


 森を抜け、石の水路に沿って歩き、低い丘を越えれば、境界都市(きょうかいとし)の外壁が見える。ただそれだけの道である。


 だが、キサーラ・ディナン・メルの内部では、情報の重さが変わっていた。


 月はまだ(てき)ではなかった。


 古い観測局(かんそくきょく)が示した、その記録(きろく)


 月面の避難都市。


 人類を救うために作られた月上統合知性(ルナリス・ノウス)


 地球を保護(ほご)するはずだった精霊(せいれい)基盤。


 そして、いつかどこかで生じた断絶(だんぜつ)


 守ることが、管理になり。


 管理が、支配(しはい)になり。


 支配が、いつしか神話になった。


 その過程を、古樫谷の地下施設は知っていた。


 少なくとも、その一部を記録していた。


「キサーラ」


 ニム・アラタの声で、彼女は思考を中断した。


「歩きながら、また怖い顔になってる」


「表情制御を修正します」


「いや、修正というか……まあ、それでいい」


 ニムは少し困ったように笑った。


 森の出口に近づくにつれ、リュカ・セレネは何度も足を止めた。枝に触れ、水辺に膝をつき、苔の上を指でなぞる。


 挨拶(あいさつ)


 以前なら、キサーラはそれを儀礼行動として分類しただろう。


 今は少し違う。


 リュカは森を通過するたびに、森へ自分の通行を知らせている。森もまた、彼女をただの移動物体ではなく、知った者として扱っている。


 これは通信であり、信頼であり、礼節(れいせつ)である。


 礼節。


 かつて海王星の演算核にとって、それは社会的摩擦を減らすための手続(てつづ)きにすぎなかった。


 だが、地上では違う。


 礼を欠いた者は、森に嫌われる。炉に嫌われる。水に嫌われる。人にも嫌われる。


 そして、嫌われた者は、情報を得にくくなる。


 つまり、礼節は合理的である。


 そう結論することは可能だった。


 だが、キサーラの中では、その結論だけでは足りなかった。


「どうしたの」


 リュカが振り返った。


「いえ」


 キサーラは首を振る。


「あなたの所作(しょさ)を観察していました」


「また観察?」


「はい」


「感想は?」


 感想。


 これも難しい語である。


 キサーラは少し考えた。


「静かで、効率的です」


 リュカは目を細める。


「褒めてる?」


「肯定的評価です」


「なら、まあいい」


 ニムが小声で笑った。


「だいぶ上手くなったな」


「何がですか」


「地上での生き方」


 キサーラは、その言葉を処理するのに一拍遅れた。


 生き方。


 彼女は生きているのか。


 義体(ぎたい)は機能している。感覚はある。判断もある。記憶も増えている。現地の者たちと同行し、食事を取り、危険を避け、約束を作った。


 それを生きると呼ぶか。


 まだ、答えはない。


 だが、否定する理由も減っていた。


---


 リムナ・ヴェルの西門では、昨日と同じ女門番が待っていた。


 いや、待っていたというより、彼らが戻る頃合いを見計らっていたようだった。


「帰ってきたね」


 門番は四人を見回した。


「全員そろってる。怪我もない。だけど顔が重い。つまり、何か見たね」


 ニムが、即座に笑顔を作った。


「水路の上流を確認した。古い設備(せつび)が少し動いていた。危険は今のところ限定的(げんていてき)。詳しくは組合へ報告する」


「便利な言い方だ」


「無難な説明を覚えたんだ」


 門番はキサーラへ視線を移した。


「誰から?」


「私です」


 キサーラは正直に答えた。


 ニムが額を押さえた。


「そこで正直に言うか」


「虚偽は避けました」


「無難って難しいな」


 門番は呆れたように笑い、通行札を返した。


「まあいい。マイラが待ってるよ。それと、もう一つ」


 空気が少し変わった。


 門番の声が低くなる。


「月神殿から人が来てる」


 リュカの表情が固まった。


 バルグが小さく舌打ちする。


 ニムは笑顔を消した。


「早いな」


「昨日の水車小屋の件と、今朝の古樫谷方面の精霊乱れ。神殿の水盤(すいばん)にも出たらしい」


「どのくらい?」


「詳しくは知らない。ただ、名指しではないけど……」


 門番はキサーラを見た。


「黄金の女行者に話を聞きたい、とさ」


 キサーラは瞬きをした。


「私はまだ正式な行者ではありません」


「そこは問題じゃない」


 ニムが低く言った。


「神殿が見てるってことだ」


「月系探針の再接近が、現地神殿の反応を誘発した可能性があります」


「それ、神殿では言うなよ」


「了解しました」


「本当に頼む」


 リュカは静かに言った。


「神殿では、まず聞く。答えすぎない。月を悪く言わない」


「月を悪く」


「今のあなた、月の話になると目が鋭くなる」


 キサーラは驚いた。


「表情に出ていますか」


「出てる」


 ニムとバルグも同時に頷いた。


 キサーラは、自身の顔面制御を再点検する。


 異常なし。


 だが、現地人から見れば異常がある。


 こういうことは増えていた。


 内部では平静のつもりでも、義体は微細な反応を出力している。眉の角度、瞳の焦点、呼吸の間隔、声の硬さ。


 つまり、彼女はすでに、完全な無表情の端末ではなくなりつつある。


「注意します」


 リュカは頷いた。


「それでいい」


---


 境界行者組合では、受付のマイラが待っていた。


 広間には昼のざわめきがあったが、マイラは四人を見た途端、奥の小部屋を指した。


「話は中で」


 小部屋に入ると、マイラは扉を閉め、さらに窓の精霊灯へ指を当てた。


 青い火が一度揺れ、部屋の中の音が外へ漏れにくくなる。


「簡単に」


 マイラが言った。


「古樫谷で何を見た?」


 ニムが答えようとしたが、キサーラが先に口を開いた。


「旧文明の環境観測施設が半活動状態で残存していました。森精霊と融合し、限定的な意思応答を示しました。月系の探査を受けましたが、偽装応答により回避しました。また、同施設は十万年前の月面統合知性成立初期の記録を保持していました」


 小部屋が静まり返った。


 ニムが目を閉じた。


 バルグが天井を見た。


 リュカは少しだけ肩を落とした。


 マイラは、長い沈黙のあと言った。


「簡単に、と言ったんだけどね」


「情報密度を下げるべきでしたか」


「いや、むしろ下げないでいい。今のは、下げられる話じゃない」


 マイラは額に手を当てた。


「月系の探査。旧文明施設。記録。しかも月神殿がもう動いてる。最悪ではないけど、面倒の階段を二段飛ばしで上がった感じだね」


「撤退すべきですか」


 キサーラが問うと、マイラは首を横に振った。


「もう遅い。神殿から逃げれば、逃げた理由を探られる。会うしかない。ただし、話す内容はこちらで絞る」


「無難な説明ですね」


「そう。覚えたなら使いな」


 マイラは机の引き出しから一枚の紙を出した。


 そこには、簡単な報告文が書かれていた。


「表向きはこうだ。西水車小屋の上流水路にて、旧施設由来の精霊乱れを確認。危険な魔王汚染は現時点で認められず。月神殿には、精霊鎮静への助言を求める。以上」


 バルグが眉を寄せる。


「嘘ではないな」


「嘘じゃない。全部は言ってないだけだ」


「無難な説明です」


 キサーラが言うと、マイラは小さく笑った。


「飲み込みが早いね。ただし、神殿の神官は馬鹿じゃない。特に今日来ている相手は、厄介だ」


「誰ですか」


「セレス・ヴァナ。月神殿の調律官(ちょうりつかん)だ」


 リュカがわずかに目を細めた。


「調律官」


 ニムが説明する。


「精霊の乱れや、神殿の水盤に出た異常を読む役目だ。普通の神官より、ずっと現場向き。疑い深い。ついでに、言葉が柔らかい」


「それは問題ですか」


「柔らかく聞く人間ほど、答えすぎると危ない」


 マイラは頷いた。


「キサーラ。セレスには、聞かれたことだけ答える。分からないことは分からないでいい。月の網、月系探針、ルナリス・ノウス、そのあたりの言葉は出さない」


「了解しました」


「ニム、あんたが横につきな。リュカも。バルグは……」


「俺は?」


「黙っている努力をしな」


「難しい注文だ」


「知ってる」


 バルグは不満げだったが、否定はしなかった。


 マイラは最後に、キサーラの額を見た。


「その琥珀は隠せるかい?」


「物理的に覆うことは可能です」


「いや、無理に隠すと逆に怪しいね。出しておきな。ただし、光らせない」


「出力を抑制します」


「頼むよ」


 その時、扉の外で軽い足音がした。


 組合の若い使いが、控えめに声をかける。


「マイラさん。神殿の方がお待ちです」


 マイラは息を吐いた。


「早いね」


 ニムが立ち上がる。


「さあ、黄金の新人。次の依頼だ」


「依頼内容は何ですか」


「神殿で、余計なことを言わずに帰ってくる」


 キサーラは真剣に頷いた。


「難度が高いですね」


「分かってきたじゃないか」


---


 月神殿は、リムナ・ヴェルの東側にあった。


 大きくはない。


 しかし、その建物は都市の中で明らかに異質だった。


 白い石。


 淡い銀の飾り。


 左右対称の柱。


 窓には透明な薄板がはめられ、内側から冷たい光が漏れている。


 森や炉や水路と混ざってできたリムナ・ヴェルの建物群の中で、月神殿だけが、まるで別の規則で組み立てられているようだった。


 整いすぎている。


 清潔すぎる。


 静かすぎる。


 キサーラは、その感覚を得た。


 リュカが小声で言う。


「月の建物は、音が少ない」


「吸音構造が優れています」


「そういう意味じゃない」


「では?」


「人の気配を消すのが上手い」


 キサーラは神殿を見上げる。


 門の上には、白い月を模した紋章(もんしょう)が掲げられていた。


 その紋章の奥に、微弱な月製精霊の反応がある。


 敵性はない。


 だが、見ている。


 中へ入ると、空気が変わった。


 香の匂い。


 白い布。


 水の音。


 正面には、浅い円形の水盤があり、その水面には月光のような白い光が浮かんでいる。


 昼であるにもかかわらず、そこだけ夜の月を映しているようだった。


 水盤の前に、一人の女性が立っていた。


 年齢は、外見上は三十前後。


 銀に近い淡い髪。白い神官衣。細い金属環を額にかけ、首元には月の紋章。


 表情は柔らかい。


 だが、その目は水の底のように静かで、容易に底を見せない。


「ようこそ、境界行者の皆さま」


 彼女は丁寧に頭を下げた。


「私はセレス・ヴァナ。この神殿で、月の水盤(すいばん)と精霊の乱れを見ております」


 ニムが一歩前に出る。


「ニム・アラタです。こちらはリュカ・セレネ、バルグ・オルム。それから、キサーラ・ディナン・メル」


 セレスの視線が、キサーラへ向いた。


 金髪。


 金の瞳。


 額の琥珀端末。


 セレスは、それを見ても驚かなかった。


 いや、驚きを見せなかった。


「あなたが、森から来られた黄金の方ですね」


「はい」


「お怪我は?」


「ありません」


「それは何よりです」


 セレスは微笑んだ。


「昨日、西水車小屋の水精が落ち着いたと聞きました。まずは、そのことに感謝を」


「私は単独で解決していません」


「では、皆さまに」


 セレスは、もう一度礼をした。


 礼節はある。


 言葉も柔らかい。


 しかし、キサーラの額の端末は、微細な警戒を示していた。


 この神官は、話しながら水盤を通じて彼女の反応を読んでいる。


 攻撃ではない。


 だが、観察である。


 観察される感覚。


 それは、奇妙に不快だった。


 自分は観測者であるはずなのに。


「本日は、少しだけ確認をさせてください」


 セレスは静かに言った。


「古樫谷の方角で、今朝、月の水盤に小さな乱れが出ました。魔王の影ではない。狂精霊でもない。けれど、白月の加護にも属さないもの」


 彼女の目が、キサーラを見る。


「その場に、あなたはいましたか」


 ニムが答えようとした。


 だが、セレスの問いは明らかにキサーラへ向けられていた。


 キサーラは、短く答える。


「いました」


「何を見ましたか」


 無難な説明。


 聞かれたことだけ。


 月の網と言わない。


 ルナリス・ノウスと言わない。


 キサーラは、言葉を選んだ。


「上流水路の古い設備が、精霊の乱れを起こしていました。私たちは確認し、危険が広がらないことを確かめました」


「古い設備」


「はい」


「旧文明のものですか」


「その可能性があります」


「動いていたのですか」


「一部だけです」


 セレスは水盤へ視線を落とした。


 水面に、淡い波紋が広がる。


「その設備は、月の加護を拒みましたか」


 空気が止まった。


 ニムの肩がわずかに硬くなる。


 リュカの指が、袖の中で弓弦を探すように動いた。


 バルグは黙っている。珍しく。


 キサーラは、セレスを見た。


 この問いは核心に近い。


 神殿は何かを感知している。


 完全ではないが、古樫谷の施設が月系探針へ偽装応答を返したことを、水盤は何らかの乱れとして受け取ったのだ。


 嘘をつけば、見抜かれる可能性がある。


 すべてを言えば、危険である。


「拒んだ、というより」


 キサーラは、ゆっくりと言った。


「古い設備が、外部からの干渉に(おび)えていました」


 セレスの目がわずかに変わった。


「怯えていた」


「はい」


「あなたには、そう見えたのですね」


「はい」


 それは嘘ではない。


 古い観測局は、月を拒んだ。


 だが同時に、月を恐れていた。


 管理者不在のまま十万年働き続けたものが、上位からの冷たい探査に震えていた。


 その表現は、無難でありながら、完全な虚偽ではなかった。


 リュカが、わずかに息を吐いた。


 セレスはしばらく黙っていた。


 やがて、静かに微笑む。


「あなたは、精霊を道具のようには見ていないのですね」


 キサーラは即答できなかった。


 少し前なら、構造として見ている、と答えただろう。


 今は違う。


「まだ、分かりません」


「分からない?」


「私は、精霊を構造として検出します。しかし、構造だけでは説明できない反応を、複数確認しています」


「それを、心と呼ぶ者もいます」


「その可能性を保留しています」


 セレスは、小さく笑った。


「不思議な方ですね」


「よく言われます」


「でしょうね」


 セレスは水盤へ手をかざした。


 白い光が揺れる。


「最後に一つだけ。あなたには、月の加護がありません」


「はい」


 ニムが思わず口を挟んだ。


「旅の剣士には、そういう者もいるでしょう」


「もちろんです」


 セレスは柔らかく返した。


「加護なき者は珍しくありません。ですが、キサーラさんの額の琥珀は、加護なきものではありません。むしろ、加護とは別の形で、何かと深く結ばれている」


 キサーラは黙った。


 セレスの声は変わらない。


「それは、魔王の影ではない。少なくとも、私にはそう見えます」


 ニムが少しだけ安心する。


 だが、次の言葉で空気は再び冷えた。


「けれど、月のものでもない」


 セレスは、キサーラを見た。


「あなたは、どこから来たのですか」


 その問いは、リュカが最初にしたものと同じだった。


 どこから来たのか。


 キサーラは、いくつもの答えを持っている。


 遠い場所。


 海王星圏。


 トリトン地下深部。


 旧文明の外縁知性。


 十万年の沈黙。


 だが、ここで言える答えは一つだけだった。


「遠い場所です」


 セレスは静かに頷いた。


「そうですか」


 追及はなかった。


 だが、信じたわけではない。


 ただ、今は聞かないことを選んだのだ。


 ニムが軽く頭を下げる。


「調査の報告は、組合から正式に出します」


「承知しました」


 セレスは神官らしく礼を返した。


「キサーラさん」


「はい」


「古いものは、時に自分が何を待っていたのかも忘れます。もし古樫谷の精霊があなたに何かを求めたなら、どうか慎重に」


「助言として受理します」


「助言というより、願いです」


 願い。


 その言葉に、キサーラは少しだけ眉を動かした。


「分かりました」


 セレスは満足したように微笑んだ。


「月の光が、あなたの道を妨げぬことを」


 祝福の言葉。


 だが、キサーラにはそれが、少しだけ奇妙に聞こえた。


 月の光が、道を照らすのではなく。


 妨げぬことを。


---


 神殿を出ると、昼のリムナ・ヴェルはいつも通り騒がしかった。


 商人の声。


 荷車の音。


 鍛冶場の槌音。


 精霊灯の小さな明滅。


 神殿の静けさとは別の世界である。


 ニムは大きく息を吐いた。


「生きた心地がしなかった」


「生命活動に異常はありませんでした」


「そういう意味じゃない」


 バルグがぼそりと言う。


「俺は黙ってたぞ」


「偉かった」


 リュカが短く言うと、バルグは少し得意げに胸を張った。


「もっと褒めろ」


「一回で十分」


 キサーラは神殿を振り返った。


 白い壁。


 月の紋章。


 その奥にある水盤。


 セレス・ヴァナ。


 柔らかい言葉の奥に、確かな観測眼を持つ神官。


 敵ではない。


 少なくとも、今は。


 だが、彼女は月に近い。


 そして月もまた、完全な敵ではなかった時代を持つ。


 分類が難しい。


「キサーラ」


 リュカが声をかけた。


「大丈夫?」


「はい」


「神殿、嫌だった?」


 キサーラは少し考えた。


「観察されるのは、不快でした」


 ニムが笑った。


「いつも観察してる側が、される側になったわけだ」


「はい」


「どうだった?」


「有益ではありません」


「だろうな」


 リュカは静かに言った。


「でも、それを知ったのは大事」


 キサーラは頷いた。


「はい」


 その時、彼女の額の琥珀端末が、ほんのわずかに熱を持った。


 古樫谷からではない。


 月神殿からでもない。


 もっと低い。


 もっと黒い。


 地の底から、炉の底から、古い鉄の奥から滲むような信号。


 短い。


 だが、はっきりしていた。


 ――白き月に、聞かせるな。


 キサーラは立ち止まった。


 ニムがすぐに気づく。


「どうした」


「信号を受信しました」


「どこから?」


 キサーラは、ゆっくり視線を南へ向けた。


 山火ドワーフ同盟の鉱山路が伸びる方角。


 黒炉系列。


 魔王系に近い、だが完全には一致しない、古い残存知性の影。


「南方。鉱山方面です」


 バルグの顔から血の気が引いた。


「……黒炉か」


 キサーラは静かに答えた。


「その可能性があります」


 白い神殿の門前で、四人はしばらく動かなかった。


 月は問いを投げた。


 古樫谷は記録を開いた。


 そして今度は、黒い炉の底から、何かが警告してきた。


 白き月に、聞かせるな。


 その言葉は、忠告か。


 脅迫か。


 あるいは、同じ過去を知る者からの呼びかけか。


 キサーラには、まだ分からない。


 ただ一つ分かるのは、彼女がすでに、単なる観測者では済まなくなっているということだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ