98話目
98話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
年明け後の冬休みがどうしてかいまいち冬休みっぽく感じられないのは、多分、特別な休日感というのが無いからなんじゃないかと思う。
夏休みであれば大抵毎日親は働いて、なのにこっちは毎日休みという優越感的な物があるから、夏休みだと日々実感できる。だが、年明けすぐは親は大抵毎日家にいて、だからそれが優越感のない、普通の休日のように思わせてくるのではないだろうか。
まぁ、別にそんな謎を解いた所で特に意味はないのだが、そんな事を考えてしまうぐらい、冬休み明けの一月というのは暇なものだった。
学校行事も昨年でほぼ全てが終わり、残りの三年生に上がるまでの時間というのは言うなれば余生みたいな状態。
二月の真ん中にイベントがあるにはあるが、あれは学校行事ではなく社会を巻き込んだイベント。
俺たちの年齢が一番謳歌してはいるのだが、関係のない人も当たり前ながらいる。
去年までの俺も母親と妹から市販のが貰えるだけだったのだが、今年は万が一の可能性があるんじゃないかと、どうしても自惚れてしまう。
そんな気持ち悪いのに心を任せておくと、いざ貰えなかったときに無駄に深く精神的な傷を負うだけで、こういうのは常に最悪を前提にして動くべき。
そうすれば貰えなくても傷は少ないし、貰ったのなら喜びが倍増する、お得な考えである。
矢波先輩達は今まさしく受験勉強の最中なのだ。
勝手に意識してるアピールをして優しさに訴え、無闇に時間と費用を使わせるわけにはいかない。
それに結局それも二月の話であり、まだ半分も終わっていない一月の解消には無関係。だが、クラスの雰囲気には何処かそこを意識した妙な空気が流れていて、結果無関係なのに時間潰しに頭が考えてしまった。
…そこからまた幾つか日が過ぎ、余生のようだった一月が最後の週を迎えた月曜日。
矢波先輩達がセンター試験を終え、残すところの二次試験を念頭に、きっと今頃二人は家で勉強に勤しんでいるのだろう。
冬休みが終わった筈なのに未だに二人に家に呼んでもらっているため、そこのところの詳しい事情は知っているが、知っているからこそ無意味に長居は出来ないと考え、居る時間を俺の意思で少しずつ減らさせてもらっている。
桜丘先輩にはすっごい不満そうにされたし、矢波先輩には炬燵の下で軽く数回げしげし蹴られもしたが、こればっかりは何をされても譲れなかった。
まぁ今日に関しては特に呼び出しは掛かっておらず、放課後になった今、後は自宅に帰るだけ。
買い物もしたかったが、お年玉が貰えず懐が暖まらなかった以上、余計に冷やすことはあまりしたくない。
店先の商品に釣られることなく一直線に家に帰ろうと意気込んで、横に掛けた鞄を拾い席を立ち上がった時、不意に誰かに肩をちょんちょん叩かれた。
振り向けばそこに立っていたのは鞄を肩に掛けた城戸さん。
てっきり時間帯的にも部活にいるのだと無意識の内に思っていて、戸惑い混じりで会釈をしてしまう。
「仁田、これから少し時間を頂いてもよろしいでしょうか」
何処か不満染みた、怒りのような感情の見える面持ちでそう尋ねられる。
「まぁ…はい、暇ですし…良いですけど」
「ありがとうございますわ。…それでは、今からわたくしの家に行きましょうか」
「え、家ですか?」
学校から城戸さんの自宅ともなれば、車を使うのが前提になるぐらい、結構な距離になる。
交通の便からして時間が馬鹿みたいにかかるわけでは無いが、理由も聞かずに安易に遠出をする気にはなれない。
「理由は後で話しますから、さ、早く行きますわよ!」
だが、俺のはてなに染まった顔を城戸さんは特に気にすることなく、俺を先導するように廊下へと足早に出ていってしまう。
城戸さんに時間をあげると明言した以上取り消す事も出来ず、困惑しながらもコート越しの背中を追いかけていく。
今日は授業の数が少なかったため外はまだ暗くはなく、玄関先に狙ったかのように丁度付いた城戸さん家の真っ黒なリムジンもはっきりと見える。久しぶりな気のする執事さんがそこから出てきて、リムジンの扉を開けると城戸さんはそこに入っていく。
流石にそろそろ一年経つし、目立つこの車に対して通りがかりの生徒達が好奇心の目を向けることはない。
俺も時々見掛けてはいたし、見慣れてもいたのだが、いざ入るとなれば緊張してしまい、執事さんに失礼しますと小さく呟きながら乗車する。その際、返事をしてくれた執事さんの表情が俺にまるで同情するようなそんな風になっていて、どうしてか解らぬまま、執事さんは頭を下げ運転席に戻っていった。
少ししてリムジンは発車し、車特有の小さな振動を見せずに、普段滅多に使わない道を一定の速度で走っていく。
どう過ごすのがここでの適切なのか分からずに視線をあちこち動かしていると、城戸さんがいつの間にやら取り出していた一冊の本を、食い入るように熱心に読んでいるのが視界に入ってくる。
うーんと唸りながらその本をひたすらに読んではページを進め、時折、指を止めると睨むように眉を寄せ、目付きをむっと険しくさせる。
明るいピンクを基調にした色合いの表紙をちらりと覗かせてもらうと、そこには大きく『初心者でもできる!簡単手作りチョコ!』と本の名前が上部に書かれていた。
副題もあるにはあったが、一撃必殺と危険な文字が書かれていたのを見て、視線を横に動かすのを意識的に無理矢理止めさせる。
本をいくつか読んでいると文字の最後の最後まできっちり読みたくなったりするときがあるが、そういうのが余計な情報を拾ってしまって苦しくなるときもあるのだ。
とりあえずざっくりと状況を纏めるのならば、手作りチョコの味見係として呼ばれたのが一番に挙げられる。
男という立場ぐらいしか共通点はないし、味覚は人それぞれではあるが、何事も誰かに見たり食べてもらったりすると成長が早まるものである。
だが、それはつまり城戸さんはチョコ作りを早く成長させたいということであり、レベルによっては未知の物体を食べさせられる可能性だって当たり前ながらある。
ましてや、城戸さんはお嬢様。料理には縁遠い場可能性もあれば、お菓子作りなんて真っ平かもしれない。
加えてまだ一月も終わっていないのに呼んだということは、今日作った物が新崎に渡されるなんて事は絶対にありえないし、二月からの練習では不足するからという事だって考えられる。
体のいい犠牲として呼ばれたんじゃ…と不安が身体を駆け巡り、ここに浅はかにも乗ってしまった事に後悔の念が生まれる。
一度それだと思ってしまうとさっきの執事さんの同情や、城戸さんの険しい顔。どれもこれもが料理下手という結論に導いていく。
歳を積みすぎたが故の慢心。子供の頃に聞いたいかのおすしを高速道に上がった今になって思い出し、僅かに速度を上げた車内で後戻りはもう出来ないと後悔の吐息が漏れた。
車の落ち着いた揺れというのは何処か心地よく感じられるもので、長くくらくらさせられていると眠気が現れてくるはずなのだが、心にはもう後悔が住み着いているため逆に目が覚めてずっとそわそわしていると、久しぶりの城戸さんの家に車は到着してしまう。
自動で開いた門を越え、玄関の目の前丁度になるよう、ひたすら回っていたタイヤがその速度を次第に落としていく。
スピードか止まる手前まで落ちると城戸さんが読書を止め、本を大事そうにぎゅっと抱えて執事さんが開けてくれた扉から外へ降りていく。
俺もその後ろにびくびくしながら付いていき、城戸さんの豪勢な家に足を踏み入れた。
そして、髪が左右に揺れる城戸さんの背中を追いかけていくと、着いた場所はやはり厨房。
半年近くぶりに来た懐かしい場所なのだが、あの頃とは違い壁を挟んで聞こえる楽しげな声は失われ、まるで別の場所と錯覚してしまうぐらいそこは物静かなところだった。
傍に付いてきてくれていた筈の執事さんもまるで手伝うように、いつの間にか姿を消していた。
キッチンの一角で城戸さんはぴたっと足を止め、抱えていた本と鞄を重ねて脇に置くと、身体をこちらに向けること無く真剣さが窺える声を発した。
「…来る二月の真ん中。乙女の祭典と言っても過言ではない事が控えておりますが…もちろん仁田もご存じですわよね」
「…バレンタインデー…ですよね」
「えぇ、正解ですわ」
くるっと勢い良く城戸さんは身体を回して今度は俺を真正面に捉えてくる。その表情は雰囲気同様に重く固い物で、正解に対しての喜びは全く湧いてこない。
「この国においてのバレンタインデーと言えば、チョコレートを渡すのが一般的ですわよね」
「まぁ…はい」
「そして、渡されたチョコが愛の詰まった手作りならば、当然受け取った側も嬉しいですわよね」
既製品でも貰えるならば普通に嬉しかったりもするが、手作りという言葉にはその喜びを軽々と越える、並々ならない魔力が込められているのは確かに分かる。
人によってはそう言われて渡されただけで、一瞬の内に恋に落ちたりもするだろう。
もし落ちなかったにしても、その子のことをちょっと意識してしまうぐらいには心の内に潜り込んでくる魔法の言葉。
昔に数回、妹から貰ったぐらいしか経験はないが、今思い出しても凄い嬉しいのだから絶対にそう。
だから、深く頷いた。
「ですが…」
城戸さんは近くに置いたチョコの本の表紙に指をそっと当てて優しく撫でる。
本に下ろされた瞳には何処か哀愁が滲んでいて、声音にもあまり覇気が感じられない。
長年の夢を諦める寸前の日というのはこんな感じなのかもしれないと、そう考えてしまうぐらいに城戸さんは普段の元気を無くす。
「…ですが、わたくしはチョコが全くと言っていいほどに作れませんの…」
「普通の料理の方は…」
お菓子作りと一般的な料理に求められる技術を同じ区分にしているわけではないが、キッチンに何度か立っているならば飲み込みも流石に一も知らない初心者よりかは上になる。細かい道具の使い方の差あれど、作ること自体に臆さないだけでも光明は見えるんじゃないかと、そうであって欲しいと聞くいてみたが、城戸さんは答えるのを嫌がるようにすいーっと目線を壁へと逸らす。あぁ…。
しかし、逃げることは城戸さんの心に反しているのか、少しすると苦い顔をしながらもしっかり答えはしてくれた。
「…少し、見栄を張りましたわ。わたくし、チョコどころか料理自体がろくに作れませんの。仁田を呼ぶ前にここの使用人を呼んでチョコの他にもいくつか試していたのですが…もうここには誰も来てはくれません」
「そうなんですか…」
確かに辺りからは俺と城戸さん以外の声や足音は一つとして聞こえず、不気味さがひたすらに漂っていた。
「これを機会に料理の全てを上手くなろうなんて、無謀だったのだと気づきましたわ…。…ですが!せめて!せめてチョコだけは人並み…いいえ、人より少し劣っていても良いですから完成はさせたいんですの!」
グッと強く拳を作り、城戸さんはメラッと覚悟の炎を瞳の奥に赤く燃やす。
「…ですから仁田には、味見係をしていただきたいんですの」
「…分かりました」
「ふふ、良い返事ですわね。それじゃあわたくしは着替えて来ますから…えっと、ここで待っててください」
近くに置いてあった丸椅子を城戸さんはがたがたキッチンから僅かに離れた位置のテーブルまで引っ張ると、俺に座るよう促して厨房から駆け足で出ていった。
ここに来てしまった時点で俺の負け。
もし断ったとしても、車を出してもらわなければ俺は帰ることさえままならない。
近くの街に降りるまでも距離があるのは途中で見ていたし、どっちにしろ帰宅時間が何時になるか分からないのなら知り合いがいるこっちの方が良い選択なのだとそう信じたい。
置かれた審査員席みたいな椅子に腰掛け、鞄を膝に置いてそのままボーッとしていると、20分もしたところで城戸さんが私服の上にシンプルなデザインのエプロンを着ながら厨房に帰ってきた。
「よし…準備は万端ですわ」
むんとエプロンの紐をぎゅっと絞め、キッチンに立つと近くの冷蔵庫から材料が入っているっぽい袋を取り出して、蛇口の水で手を洗う。
「…俺もお皿洗いとかぐらいなら手伝えますけど」
「いいえ。作るのはわたくしの手作りチョコですから、それをしたら仁田とわたくしの合作チョコになってしまうでしょう?」
「…確かに」
何度かやっていたというのは一応本当の事らしく、細かい道具や材料に無駄な物を混入させているようには見えない。
市販のっぽいチョコを一度湯煎で溶かし、グルグルかき回しているのが背中越しに微かに覗ける。てっきりカカオから作るのかとも思っていたが、色々手間や時間も考えてなのだろうか。チョコ作りを詳しく知らないために無意味な口出しは出来ず、揺れるエプロンの結ばれた部分と綺麗な髪を見ながら待っていると、一時間足らずで「完成ですわ!」と満足げな声が響く。
…チョコ作りに関しては本当に初心者なのだが、それでも一度冷やしたりするものが大半という事ぐらいは頭に入っている。だが、出来上がったチョコが冷蔵庫を一度通した記憶は俺にはなく、ぽっと現れた心の不安が、俺の知識不足故なのか、それとも城戸さんの実力不足故なのか分からなくなってくる。
何故かスープとかを入れる真ん中のへこんだタイプの食器を城戸さんは手に取り、背中で壁をしながらチョコらしいものを注いでテーブルにかつかつ歩いてきた。
「さ、仁田。食べて味の感想を聞かせてください」
かちゃりと音を鳴らして置かれた食器。
チョコのはずなのにスプーンも添えられ、ついそれを手に取ってしまう。
「チョコレート…」
まるでエメラルドを溶かしたように鮮やかで透き通った緑色の液体がチョコレートの名を冠して出され、困惑して反射的に城戸さんを見上げる。
「…まぁ、えぇ、言いたいことは分かりますわ。ですが、とりあえず一口ぐらいは」
視線を困ったように逸らしながらもお皿を指でずずいと押し、味の感想を求めてくる。
明らかに食べなくとも感想の見当は付くのだが、万が一、億が一がありえるかもしれない。コース料理の一つに混じってそうな翠玉色にスプーンを入れすくうと、天井の明かりを受けて朝露のようにキラキラと光を身に宿す。
「…あの」
「これは抹茶味ですわ」
抹茶と言う割には香りにそれを感じられず、味に全てが詰まっているのかもしれないと自分を騙して口に含んだ。
…いっそ、気絶するぐらいに不味ければ良かったのだが、水のようなさらさらとした液体が喉を通るほんの一瞬だけ薄い抹茶を通らせ、なんとも言えない微妙な味で終わってしまう。
改良の余地があるのは確かなのだが、考えて出てきた言葉がより美味しいスープを作る前提の言葉で、チョコレートに対しての言葉では無かった。
城戸さんは俺が飲みきったのを確認すると、テーブルの下に上半身までをすっぽり隠すようにしゃがんでうっすら期待を忍ばせた瞳を上目遣いにして尋ねてきた。
「ど、どうですの…?案外ー、とか…意外にー…とか、そういうの、あります?」
「無いです…」
険しい表情で呟くように言うと、城戸さんの表情も真似たような物に変わる。
「ぐ…ま、まぁこれでも一応進化はしているんですのよ?最所の時なんて完成した頃には気体となって全てが消えていましたし…液体を越え、後は固体にすれば…」
「気体…」
「今はちゃんと全部液体ですのっ!」
ぷくっと頬を怒りで膨らまして、城戸さんはまだエメラルドスープの残っているお皿を持ち去っていく。
そしてキッチンにそれを置くと、持っていた本の完成図と交互にうーんと悩みながら見比べ始める。
ここまで酷いのならば誰かにきちんと教えてもらうのが一番手っ取り早いと、多分城戸さん本人も分かっているはずだろう。思い付く辺りでは同じ部活で料理上手な笠木さんなのだが、話を聞く限り、最初の内はしていたとかそういう風には思えない。
だが、手作りどうかは分からないが確実にあの人ならばチョコを用意するだろうし、なら、部活内で話し合いながらみんなで作る的な話が挙がってても不思議はない。
教えてもらうような話の流れが何度かあったのではないかと、思い立って城戸さんに聞いてみる。
「…その、笠木さんとかと作ったり、しないんですか」
言うと、遠くからうぐ…と攻撃を受けたような苦しげな声が流れてきた。動きもビクッと跳ねるとそれを以降固まり、触れてはならない部分だったのかと、見えないのに顔を覗き込むような動きを取ってしまう。
「えぇ、まぁそう言う話は確かに部活内でありましたわ…。けれど、色々あって断ってしまったと言いますかなんというか…」
「はあ…」
尻すぼみにもにょもにょと小さくなっていく声に控えめな相づちを打つ。
「わたくしと秋葉は言ってしまえばライバルな訳ですし…?その頃のわたくしは自分は思い通りに料理が出来る、と根拠のない自惚れがありまして…」
「冬花ちゃんとかも…ですか」
聞くと、城戸さんはえぇと首を縦に振る。その動きは何処か落胆にも見えた。
「冬花が秋葉に付いていくと言うと二葉までもがそっちに…」
「今からでも教えてもらった方が…」
「い、いいえ!先程も言った通り、一応は進化しているんですの!逆境に立たされてこそ才能というものは開花するものですわ!…ですから、仁田には最後まで付き合って頂きますからね!」
つまるところ、城戸さんは自分自身の力でしか成長する気はないらしい。単純に笠木さんに対して前言撤回するのが嫌なだけにも思えるけれど。
俺の周りでチョコを教えられるぐらい簡単に作れそうな人は思い当たりはするが、その人達は今、それどころではない状態。
呼べる助っ人は俺の交友関係の狭さの結果皆無で、ならば、俺がせめて味見係を真っ当するしか城戸さんに恩を返すことは出来ないらしい。
城戸さんは自分の失態を誤魔化したいのか、慌ただしくボウルの中に用意した新しいチョコをぐるぐるゴムベラでかき回していた。
城戸さんの家にチョコの味見係として行く事が多くなってきた、二月の始まり。
終わりの頃には暖かさを取り戻すらしい時期に、二次試験を目の前にした矢波先輩と桜丘先輩は学校が準備した対策テストを受けに高校に来ていたらしく、昼になると教室に迎えに来てくれて、いつもの静寂に囚われた家庭科準備室で昼食を取った。
だがその間の二人の行動がいやに不自然で固く、ここに来るまでの廊下も、昼食の時も、そして食べ終えた後も、何故か結構な頻度で横目での視線が俺をちらちらと刺してくる。あまり人と関わってこなかった人間は大抵そういうのに敏感で、向けられる視線が何かしらの意味を持っているのも追加で気付いたりもする。というか、意味がない限り俺になんて基本視線は向けられない。
だから、その意味を頭の内で手当たり次第に考えてみるがこれという物は思い付かない。矢波先輩の家の帰宅時間うんぬんはあったが、それはその時色々ありながらも一応は解決してもらっていて、きちんと片付けた話を掘り起こしたようには考えにくい。
城戸さんの時とは違い見当が付かず、俺も視線を時々二人にちらっと向け、三人で視線上の腹の探り合いを繰り広げていると、一番最初に口を開けたのは桜丘先輩だった。
「あのね…灯くん」
「は…はい」
先輩は矢波先輩を挟んで話そうとしたが、やはり気になってしまうらしく椅子をがたっと持ち上げると、俺の隣にまで移動してくる。そして、椅子を置くとそこに腰を落とした。
「チョコの事なんだけど…バレンタインデーの」
「…はい」
無意識の底に閉じ込めていたはずだったのに、まさか桜丘先輩には欲しそうな気配が見抜かれていたのかと、一瞬言葉を失ってしまう。
だが、そういうことではないらしく、申し訳なさそうな雰囲気で話を続けた。
「ほんとはね、やーちゃんと話して手作りで灯くんにあげたいなって思ってたんだけど…その、思ってたより忙しくなっちゃって…だから…」
桜丘先輩は先の言葉を視線で矢波先輩に渡す。
俺が視線を追わせると矢波先輩はテーブルの上に伸ばした指をぐにぐに争わせながら、まるで拗ねたように口を尖らせて渡った先の言葉を呟く。
「………チョコ、難しいかも」
「…まぁ、受験ですから」
隠した本音を言えばとてつもなく欲しいしバレンタインデーと言葉が出た時には胸の内で期待もしたが、だからと言って身勝手に我が儘を言って要求していい立場ではない。ましてや、俺は年明けに二人の合格を祈った身なのだ。
そう決まったのなら否応なしに受け入れるのは普通で、だから分かりましたと頭を小さくこくりと振った。
「ごめんね…作れるのに売ってるのだと、何か手抜いちゃってるみたいに思えちゃって…」
「…大丈夫です」
受け入れる言葉を述べたが、桜丘先輩は薄々でも俺の心の底を感じ取ったのか、もう一回ごめんねと付け足した。
「もー…なんで次の試験とバレンタインデーが近くにあるのかなー…」
「ほんとね」
争わせていた両手は右手が勝ったらしく、左手を右手の下に置いて矢波先輩が不満げにぶすっと言う。それに桜丘先輩がこくこく髪を大きく舞わせながら頷いていると、矢波先輩の声が小さく続いた。
「…ちなみに、灯くん。その、当日に自分にチョコくれそうだなーって、思う人、いる?」
「母親と妹の…合作ので一個なら」
「…そ。流石、灯くん」
「ふふっ、良かった」
「ん、だね」
静かな部屋に、二人の密やかな微笑みが響いた。
桜丘先輩が漏らしたその言葉の意味を深く考えると、気持ちの悪い主観だらけの自惚れが出てしまいそうで、現れたその気持ちを無意識の箱の底の底に閉じ込める。
…俺自身のこの二人に対して持っている感情が、普通の人には得ない、特別な物なのは無意識に沈ませようとしてはいるが、だからこそはっきりと気付いてはいる。
しかし、それを自分自身の心の真芯に理解させて住まわせてしまうと、二人のただの優しさや暖かさだけかもしれない言葉を勝手に意味付けし、挙げ句勘違いしてしまって余計な事をしてしまいそうになる。
それが二人にとって迷惑なのは、高校生にもなればいい加減想像も付く。
これがもしもっと若い頃の内ならば、無駄に勇気を振り絞って、結果砕けていただろう。
臆病になってしまった今、俺はなにか確証を得ないと動けなくなってしまった。
バレンタインのチョコに期待を微かながら持っていたのも、二人の俺に対する感情が特別なものだと、そう思いたいという気持ち悪い部分が招いた欲だろう。
そんな部分を暖かく守ってくれた二人には、絶対に見せたくはない。
だから何も気付いていないように、二人の会話に普段通りの無意味な相づちを打った。




