97話目
97話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
お魚、もといたい焼きをくわえた可愛い猫を脇に、茶袋を両腕でしっかり支え、神社の裏側へ足を運ぶ。
木で組まれた背もたれのない横長のベンチが距離を離してあちこち置かれているその場所では、人が数は少ないが座わっていて、大抵が年明けを話題にしているのを横を抜けた際に耳が捕まえる。
で、肝心の先輩達は何処にいるのかと辺りをグルーッと見渡すと、一番奥に矢波先輩と桜丘先輩が座っているのが見え、俺が気付くのと同時にあっちも気付いたらしい。
矢波先輩は足を上下にぱたぱた遊ばせながら、こっちに向かって手を大きく左右に振ってくれる。
その目印に従って気持ち早足で向かい、妹が矢波先輩の隣、ベンチの一番端にぽふっと座る。すると、俺の場所は必然的に桜丘先輩の隣になり、先に座っていた枯れ葉を手で払ってからそこに腰を落とした。
「お帰りー。たい焼き、ありがとね」
「お金、いくらだった?」
そう言って桜丘先輩が財布を取り出そうと、持っていた鞄に手を突っ込む。
だが、女性にお金を貰う光景は、あまり端から見て良いものには映らないだろう。貰えるなら貰っておきたい思いも無くはないが、結局断る方向に流れるような言葉を選んだ。
「いや…まぁ、そんなでしたし」
たい焼きの入った茶袋をぐいっと二人の前に差し出すと、矢波先輩が「そう?」と納得して袋を受け取り、たい焼きを中から一匹捕まえる。
そして大きく口を開け、ひっくり返したたい焼きの尻尾にがぶっと噛みついた。
だが、桜丘先輩だけは不満そうに矢波先輩の膝に乗ったたい焼きの袋を見下ろしていて、でもとこっちに向き直ってくる。
「…やっぱり、ダメ?」
話す瞳の奥には、揺るがない固い意志が覗けた。
残念ながら俺の少しずつ増えていたら良いなと思っている話術にそれを砕くのはなく、試しの生半可な言葉でもどうにもならないのは瞬に理解出来た。ならば、これまで何度も心でした固い誓いや意志を砕かれてきたこっちが今回も譲るべきで、五匹の合計を割った値段を渋々口にした。
「えっと…それじゃあ、これ」
「…どうも」
手に乗った金額は桜丘先輩だけの分ではなく、矢波先輩のもしっかり足されていた。
と、矢波先輩が俺の言った数字を聞くと、袋の中と妹のたい焼き、最後に自分のたい焼きを見て不思議そうに首こてんとかしげる。
「灯くんこれ六匹だけど?」
「なんか…兄妹だからって一匹貰って」
「へー…フルーツ…」
「…いります?」
「んーん、いいや。春、ほいつぶあーん」
先輩も俺同様に無闇にああいうのには手を出さない慎重なタイプらしい。
袋からたい焼きを一つ取り出して渡すと、桜丘先輩がありがとねとお礼を言ってそれを受け取った。
たい焼きの受け渡しを終えると、矢波先輩の瞳が今度は俺を捉えてくる。
「灯くんのってどれ?妹ちゃんと同じのかな?」
そう言えば、肝心の自分のたい焼きもあの中に入ったままだった。
「あ、いや、先輩のと一緒です」
「んじゃ、これ」
がさごそ袋を揺らし、あんこの色をイメージしたらしい紫の文字で『つぶあん』と書かれた包み紙に尻尾を突っ込んだたい焼きが、矢波先輩から渡される。
「ありがとうございます」
それを小さく頭を下げて受け取り、俺も三人を真似るようにしてたい焼きをほうばる。
生地とつぶあんをモグモグしながら何の気なしに奥を見れば、妹がちゃっかり二匹目のたい焼きを手に持っていて、溢れる黒い中身は、袋の残りで考えればチョコで決まり。中々気に入ったらしい。
ボーッと四人揃ってベンチに腰掛けたい焼きを食べていると、ふと桜丘先輩が「あ」と言葉を漏らす。
辺りの喋り声の端くれと、枯れた木が風でかさかさ揺れる微かな音しかないこの場所では、それはしっかりと聞こえ、俺と矢波先輩、妹の視線が自然とそこに引かれる。
集まった視線の中から桜丘先輩は矢波先輩の方向を選び、身体をくるっとそっちに回して話しかけた。
「ね、やーちゃん。ここっておみくじ屋さんの近くで確か甘酒配ってたよね」
「あー…あった、ね」
思い当たる記憶が先輩にも蘇ったらしく、言葉の合間合間で思い出すような時間を取りながらも、うんとそれに頷く。
「やーちゃん飲んだらすぐ酔っちゃったし、あんまり覚えてないかもね」
「芽…野先輩って…酔うんですね」
二人だけで終わる話だったかもしれなかったが、変に割り込んでしまうぐらいその話が個人的に気になってしまう。
しかし、誰しも意外な一面というのを変に触れ回られるのはあまり気分の良い物ではない。矢波先輩がトゲのある表情で、桜丘先輩の後ろから俺をじとっと睨んでくる。
だが、当の桜丘先輩はそれに気付くこと無く、ほんわかやんわり微笑んだ。
「酔うけど、別に変な事したりとかそういうのじゃないんだよ?あんまり呂律が回らなくなったり、足元がふらふらしたり。あ、それとちょっと素直にもなるかな?可愛かったなぁ…あのやーちゃん」
「むー…」
「ふふっ」
その素直で可愛い姿がぱっとイメージ出来るわけではないが、桜丘先輩がああも楽しそうに話すということはかなり珍しい姿だったらしい。
「…灯くんも、甘酒飲ませたら案外そんな感じになったりして」
ふと矢波先輩がそうぽつりと呟くように、けれど周りに一字一句はっきり聞こえるぐらいの声量で声を出した。
これ以上掘り返されないために、話の矛先を俺に逸らしてしてきたらしい。見事にその作戦に引っ掛かった桜丘先輩が、何処か期待を感じさせる瞳でそうなの?と俺の方に身体をぐいっと捻る。
「いや…あんまり飲んだことないですし…」
甘酒を飲む機会があるこういうような場所自体、最近はろくに来たことがなかったし、普段から理由もなく自ら進んで買うこともない。
奥で矢波先輩が嘘かどうかこっそり妹にあれこれ確認していたが、妹は俺の考えていることとほとんど同じ事を発言していた。
そして妹から一通りの調査を終えると、先輩はふむと顎に手をやり一つの結論を導き出す。
「…つまり、酔うかもしれないってことだね」
「…まぁ」
特に意味もなく可能性の一つを否定はしない。
と、桜丘先輩が急にたい焼きを一口でぱくっと食べきると、ベンチからすっと勢い良く立ち上がり俺たちを見下ろす。
「わ、私、甘酒貰ってくるけど…やーちゃんたちはどうする?」
しかしそう尋ねた視線の先に俺は含まれておらず、矢波先輩と妹がさっきまでの話の流れを考慮してか首を横に振って断ると、俺にいるかどうか結局聞くこともなく先輩は取った手袋をコートに片付け、包み紙を道中のゴミ箱に捨て、そして神社の表に早足で駆けていってしまった。
「あの、俺酔わしてなにか意味あるんですかね…」
「もしかしたら、甘えん坊でもっと可愛い部分が出てきたりするかもよ?その確認っていう意味があります」
「…」
もっと。という言い方だとまるで今の俺でさえも矢波先輩達にとっては可愛い存在であると、そう言われているような気がしてどうにもちゃんとした形の言葉が返せない。
自分が作ってしまった妙な間をたい焼きを食べることでなんとか持たせていると、桜丘先輩が早々に帰ってくる。
その両手には貰ってきたであろう紙コップが一つずつ見え、溢さないよう一歩一歩、慎重な足取りでベンチに歩いてくる。
そんな桜丘先輩に矢波先輩が声を掛けた。
「春お帰りー。速かったね」
「うん、おみくじ屋さんの傍じゃなくて神社の近くになってたから。…はい、灯くん」
「…ありがとうございます」
右手に持っていた紙コップが渡され、断ることも出来ずにそれをたい焼きのないもう片方の手で受け取る。
湯気を上らすそれはあまり嗅いだことのない独特な匂いではあったが、飲む気が無くなるような嫌な匂いではない。
だが、その甘酒の量が隣に腰を下ろした桜丘先輩のよりも格段に多く、紙コップの縁で変に揺らしてもないのにたぷたぷ外に逃げようと小さな波を何度も起こしている。僅かにでも傾ければ結構な量がコップから流れ出るぐらいのなみなみとした、それぐらいの量。
こうなった理由を求め、桜丘先輩に瞳を動かす。
その手にある甘酒は、紙コップの半分にも届かないくらいかなり控えめな量だった。
「な、なんか量、間違えちゃったみたいでね…その、残っちゃってたし折角だから、みたいなー…ね?」
続く言葉が見つからなかったのか、俺の視線にそう苦しそうに答えると、口をごにょごにょしながら少しずつ身体の向きを逸らしていき、ある程度行くと口をむぐっと閉ざしてしまう。
けれど、瞳だけは俺をきっちりと横目で捉えていて、後ろの矢波先輩も行く末が見たいのか表情を晴れさせながらジッとこっちを見てくる。
妹は興味無さげにたい焼きをぱくぱくもぐもぐ美味しそうにほうばっていたが、それでも二人に見られながら飲むのは居心地が悪く、俺も身体を少しそっぽに逸らす。
そして、貰った甘酒に恐る恐る口を付けた。
ほとんど初めてに近い、例えられない味だったが別に飲めない事はない。
マフラーに溢れてしまわないよう、注意しながらも一気にぐいっとあおる。
すると、身体を流れる血液にまるで火種が混ざりこんだように一瞬で体温が上がったが、これが酔っているのかどうか、酔うこと自体がバカでもしない限り知らない未成年には確証を持った自己判断が出来ない。
「どう…かな?」
桜丘先輩のその質問は、甘酒の味の感想ではなく酔ったかどうかの質問。
言われ、身体の異変を意識してみるが頭はしっかり意味もなく回っているし、視界もぐんにゃりと歪むことはない。
やはり、身体に実感できる異常は特に無かった。
「大丈夫…ですけど」
だが、俺には分からない外側ではなにか起きていたらしく、桜丘先輩がくすりと子供を眺めるような慈愛の笑みを漏らす。
「ふふ…でも、ほっぺちょっと赤いよ?」
俺の頬を先輩の手袋越しの指先がそっと優しく突いてくる。だが、当の先輩も瞼が微かにとろんと沈んでいるように見えた。
その後ろで矢波先輩が最後のたい焼きをごくんと飲み込み、少しガッカリしたように言葉を放つ。
「…ま、でろでろに酔った灯くんも見てみたかったけどねー」
「そ、そうですか…」
頬に刺さっていた手袋がゆっくりと落ち、離れていく。
こういう場合の視線の行く先は未だ決まっておらず、あちこち必死に良い無意味な場所は無いかとふらつかせる。
結果、神社の影になっている背中をひたすらに見ながら、途中だったたい焼きを食べ終える。
しばらくすれば、木々に遮られない冷たい風で体温も心臓も落ち着きを取り戻し、矢波先輩達の方に視線と身体を戻す。
すると、妹が奥でまた新しいたい焼きを食べているのが瞳に写った。袋の残りを考えれば、中身はフルーツソースで確実。
味は大丈夫なのかと一瞬不安にもなったが、それは不味さでは出ない、幸福に満ちた笑顔を見ればすぐに消え失せた。
矢波先輩も桜丘先輩もほーと妹を見て、俺同様に声を上げて驚いていた。
「中々チャレンジャーだね…妹ちゃん」
「…結構美味しいです」
「へー、そうなんだ…」
あの店のたい焼きがかなりお気に入りになったらしい。
最後のパリッと黄金色に焼かれたたい焼きのしっぽをごくんと飲み込むと、ふぅと満足げに息を吐いた。
それを見て、矢波先輩が包み紙を受け取り茶袋に纏め、くしゃっと小さいサイズに潰す。
「皆食べ終わったし、後はおみくじ引いて終わりかな?」
「うんっ。人も少なかったし、丁度良いと思うよ」
「なら決まり。ほら、仁田兄妹も立って立って!」
足に力を込め、幅跳びでもするかのように腕を大きく振って矢波先輩が立ち上がると、俺たちにそう促してくる。
桜丘先輩も矢波先輩の後に続いてんっと息を小さく漏らして腰を上げ、付近にゴミが散らかってないか確認を始める。
俺も妹も促されるままに席から立ち上がって、一応ベンチの上にもゴミが残されてないかざっと見回した。
桜丘先輩と俺との二人体勢で変に拾い忘れたゴミが無いことをチェックし終えると、矢波先輩がオッケーだねと言って、おみくじを四人で引きにいった。
おみくじを引いた結果、四人の内一人として大吉が出ることはなく、俺と矢波先輩が中吉。桜丘先輩が吉で、妹に至っては凶というなんとも言えないおみくじだった。
だが、特にそれが雰囲気を重くすることはなく、むしろ先輩達は、後は自分の努力だねと話し、勉強の意欲が増していたのが見て取れた。
引いたおみくじは近くにあった結び所に全員くくりつけ、絵馬も考えはしたが、人も少しずつ増えてきたし時間も喰うだろうと描かずに、見慣れた自分の街の駅にまた帰ってきた。
駅前広場には流石年明け、人が大量に駅に吸われ吐き出され、その端にいても押し出されるようにして少し離れた場所に流されてしまった。
駅前に比べれば人通りの少ないそこで電車の混雑と揺れの疲労で、矢波先輩が腕を後ろで組んでんーっと身体を天に伸ばす。
「んー…疲れたー…やっぱり年明け混んでるね」
それに続いて桜丘先輩も、疲れた息をふうっと吐く。
「私もちょっと疲れちゃったな…」
「…あ、春、もうお昼だって」
矢波先輩が組んでいた腕をパッと解くと、コートからスマホを取り出して画面を覗く。俺も細かい時間が気になって自分のスマホを見れば、確かに丁度昼時。さっきの人混みの原因にはこれも一つ、理由として加わっていたのかもしれない。
妹も知りたかったのかひょこっと顔を脇から出してきて、画面を見やすいよう少し下にスマホの場所を下げた。
そして、ねぇと裾をつんつん引っ張ってくる。
「今日、午後に人来るから帰ってこいってお母さんが」
妹が言うと、それを耳にした矢波先輩がそっちもと視線を向けてくる。
「灯くんの家も人来るの?」
「…らしいです。先輩のところもですか?」
「うん、まーね。親戚が少しだけ」
「やーちゃん、急いだ方が良いかな?」
「…そうかも。灯くんと妹ちゃん、そろそろ解散で良い?」
万が一に備え、妹にも解散で良いかどうか聞き、頷いたのを見てから先輩達に分かりましたと答える。
「ありがとね。春、急ご」
「うんっ。それじゃあ、二人ともまた今度ね」
手をふりふり振り、くるっと半回転して二人は家の方向に向かって人混みに飲まれていった。
揺れる髪とコートを見届け、完全に見えなくなったところで妹に視線を運び、帰ることを口に出さずに伝える。
家までのルートを頭の中で計算して、これが最短だろうと目星を付けた所で、ざっくりそれを妹に口で伝えて先陣を切る。
ここら辺ならば矢波先輩達の家から帰る時のルートにあるし、何時だか詳細の分からない午後には余裕を持って間に合う。
入ったことはないが外装が派手でオシャレな、勝手に目印にさせて頂いているブティックの前を通り、甘い香り纏うスイーツ店がひしめく道を抜け、ある程度家まで近づいた静かな住宅街でふと妹が後ろから一つの質問を投げ掛けてきた。
「お願い…何にした?」
本人の顔を見ても特に含みも感じられず、何かの探りではない。ならば、単純に興味なのだろう。
だが願いが願いな以上すんなり答えられず、含みがあるかどうか妹なのに顔を見たのは、どうやって隠そうか、言い訳の紐を固く結ぶための模索の行動。
「まぁ、去年色々あったし…そういうの」
口から出した答えは実に無難で、解かせてしまう紐のほつれも無いような上手い言葉だった気がする。
「ふーん…」
「…そっちは」
そして、ダメ押しに話を逸らせば完璧。
「私は変に周りと関係が悪くならないように…って」
「…そう」
より一層良くなるように、ではなく悪くならないように。
実に大人染みた願いというか、子供らしくない願いというかその半分で折った願いに思える。
まぁ、とにかくこれで突然のピンチは回避出来ただろうと、マフラーの下でこっそり安堵の息をふっと吐く。
何となく横に並んできた妹の顔をまた覗けば、彼女が俺よりも先にこちらをまじまじ見上げてきていて、なに…と顔が訝しむように固くなる。
「…お願いしたの、矢波さんと桜丘さんの事?」
「………いや」
人間、不意に事実のど真ん中をドンピシャに射抜かれるとここまで動揺し狼狽するのだと、自分でも分かるぐらい声帯の限界域まで声が裏返る。
ボイスチェンジャーを使ったようなその俺の明らかに不審な声に、妹の瞳が懐疑的な色に染まる。
「…二人の合格祈願とか?」
俺があの二人の事をお願いしたという前提の元、またドンピシャな話が振られる。
しかし、時期が時期。
三年生の二人へのお願いともなれば、大抵は皆合格祈願を願うもので、実際、俺もそうしている。
だから今ならまだ言い訳も遅くはないはずで、前提を崩そうと、いやだからと取り繕う言葉を割り込ませる。
けれど妹はそれを冷たく「そういうの良いから」と弾いてしまい、無いと思っていた紐のほつれをするっと引き抜かれ、本心を妹に教えてしまった。
ましてや、隠そうとした事自体が意味合いを変にねじ曲げてしまったような感じもするし、自分で自分の首を締め付ける終わりになる。
いっそ、素直に妹に心境を話して、それをあの二人に口外しないようお願いした方が安全なのかもしれない。
「…まぁ、それで当たってる。矢波先輩も桜丘先輩も、受験勉強忙しそうだったし…そんな感じ」
「……ね、今日玄関で会ったとき、矢波さんと桜丘さんの事ちゃんと名前で呼んでたよね」
「それは、なに…なんていうの」
恥ずかしいという事を言うのが何よりも恥ずかしく、言葉を適当に濁す。
「……」
その真意も妹には筒抜けらしく、呆れるような馬鹿を見るような、冷ややかな視線が俺をため息混じりに見てくる。
桜丘先輩と似たような観察力ではあるが、これは多分兄に対してだけ発揮するものだろう。最近はどうであれ、昔はかなり仲が良かったのだ。その頃に知った俺という存在でも、妹にしたら十分嘘を見破るのには事足りるのだろう。
居心地悪くも分かれ道で右に曲がり、また自宅との距離を近付けていく。
甘酒と丁度高い場所に位置した太陽が体温を上げたままにし、結構歩いた事も合わさり暑くなってきた。
せっかく綺麗に形を得たマフラーだが、変に汗を付けさせるわけにもいかない。
するりと首元から取って、持ちやすいよう折り畳んで本みたくして、だらんと下ろした腕と脇で挟んだ。
「そのマフラーも矢波さん達から?」
声に釣られ妹を見れば、冷ややかな視線を止めた代わりに、今度はマフラーに視線を注いでいた。
「…余り物みたいな感じではあるけど」
「ふーん…」
立て続けの質問に一瞬、お兄ちゃんを取られたくないとか定番どころの理由が頭をよぎったが、声音や基本山中並みに低温度な表情から察するに本当に一身内としての好奇心なのだろう。それでも、聞いてきたのだからせめてもう少し会話を広げられる返事をしてほしいが、多分これぐらいの、会話の続かない距離感がこの兄妹にとって一番正しい距離感なのだ。
端から見れば険悪にも見えそうな距離だが、誰だって性格や関係を元にした適切な距離というものがある。
ならば、変にそれを詰めずにそのままにしておくのが正しく関係を続ける秘訣だろう。続けられなかった人間が言うのは説得力に欠けるんですけどね…。
…そろそろ我が家も近くなってきた。
そして部屋に戻ってしまえばこの話は終わりとなってしまい、矢波先輩達への口止めをするのに話を掘り返すという、余計な勇気を使うことを求められるかもしれない。
だから、言うならばこのタイミング。
ちらりと視線を向け、妹がそれに気付いた所で頭に浮かべた言葉を声にした。
「あー…その、出来たらさっきのやつ…矢波先輩達には言わないで頂けると…」
出来たらではなく絶対なのだが、お願いする立場な以上、強くは言えない。
顔色を横目で窺いつつ、ありがたいのですけれど…と続きの言葉を固く言うと、妹は前に向けていた視線を地面に下ろす。
そして少しの間を経た後、ぽつっと小さな呟きを漏らした。
「…明日、買い物行くんだけど」
「あ、あぁそれなら…まぁ、分かった」
「…うん」
酷く遠回りな言い方の誘いに頷けば、妹もこくんと頷いて取り引きが成立する。
一体何を買いに行くのか肝心な部分を話してはくれなかったが、多分、年明けセール的なのを利用して大量に買うのかもしれない。ならば、その日に求められるであろう俺の役目は、荷物持ちだろうか。
ボーッと髪を吹いていく風に任せて現れた見慣れた道を、迷う事のない足取りで歩いているとやっと我が家が近くに見えてくる。親に伝えていたかどうか知らないが、およそ二時間家に居なかったのだ。
娘が大好きな二人はさぞや不安でいるだろうと、玄関を開けて妹に身体を横に逸らし、先にどうぞと道を譲る。
とてとてその道を妹は小さなお礼と共に通り、ぱぱっと靴を脱ぐとリビングに駆けていく。俺もそれに次いで同じ工程をし、リビングへと向かった。
…お年玉は頂けませんでした。




