↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブに慈悲はない…?  作者: いす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
96/110

96話目

96話目です

誤字・脱字があったら申し訳ありません

 クリスマスのちょっと後パーティーが終わってから大晦日までの間。

 勉強や適当な暇潰しに時間を費やしていれば、それはあっという間に感じられ、何となく付けたテレビには普段からそうしておけば面白いのにと思うぐらい特番や一夜限りの復活と名を冠した懐かしい番組で埋まっていた。

 そして、右下に置かれた時刻は年明けまで残り一時間を切っていて、けれど何をするでもなく、付けっぱなしのテレビをボケーッと自分の部屋のストーブの傍で眺めていた。

 すると暇な頭がざっと今年を振り返らせてきて、一頻りしてみると今年は人生でもっとも濃い一年だったと断言できるぐらい色々な思い出が蘇ってきた。

 ただその思い出の、主に前半はあまり思い出したくないものの集まりで、脳内に蘇らせたのは後半、冬辺りが大半を占める。

 結局、今年中に雪をお目にかかる事無く、冬は冷えた風と暗い天候ばかりを見せてくれただけ。来年の天気予報の後ろに雪だるまのマークが付いていたが、その日までまだまだある以上、正直期待はしていない。

 というか、雪が降ると雪が降るぐらい寒いのだと思い込んで必要以上に寒がってしまうかもしれない。

 まぁそれでも、積もると夜でも街灯や淡い月明かりを反射して白く輝き、家の中で見ている分にはそれが割と楽しかったりするものである。

 こんな調子で今年も一人で年越ししてしまうのかな…と独り身の苦しさの端が分かったような気でいると、こつこつと部屋の扉が誰かに叩かれる。

 それにんーと鳴き声に近い声で返事をすると、開けられた扉から妹が顔だけひょこっと出してくる。

「ね、お蕎麦出来たから。早く食べてだって」

「ん」

 言い終えると扉を少し開けたまま妹は顔を引っ込め、たんたん階段を早足に降りていく音が隙間から流れてくる。

 丁度コマーシャルに突入したテレビを消し、ぎぃぎぃ揺れる半開きの扉に手を掛けて廊下に出た。

 底に溜まった冷たい空気と床に足をひぃひぃさせながら、歩調のスピードを少し上げて階段を降りていく。

 ふと窓の外を覗けばどこの家の窓も光を強く放っていて、多分皆、中では俺たちと似たような年末らしいことをしているのであろう。

 遠くから間隔を挟んで響く除夜の鐘に戸の開ける音を混ぜて、温風を貯めたリビングへと入っていく。

 テーブルを囲む四つの椅子の内の三つは埋まり、テレビには俺が見ていたのとは違い紅白が流れている。今流行りらしい詳しくは知らないアイドルグループの曲。

 必然的に余った椅子に腰掛けることになり、それを耳にしながら目の前に置かれた年越し蕎麦を箸を取ってのんびりと食べていった。

 蕎麦を食べ終えまた部屋に帰り、cmどころかさっきまで見ていた場面から大きく動いたテレビをまた眺めていれば、右下の時刻が0を指すまで数分の所まで来た。

 ここまで来ると気になってしまうのはテレビよりも時間で、テレビも一応見はするもののちらちら時刻に視線を向けてしまい内容がいまいち入ってこなくなる。

 と、0まで残り3分を指したところで急にスマホがブルブル震え何かを伝えてくる。

 年明けのその時にてっきり連絡が来ると思っていて、不意の出来事に身体を大きく跳ねさせながら、震え終えたスマホを手に取った。

 画面に表示されているのは山中一(やまなかはじめ)

 一通の、昨今存在意義が薄れていくメールを受け取ったらしく、メールボックスの数字が一つ、それで増えていた。

 ぽちぽち画面に触れてメールの箱を開き、一からのを開く。

 中には短い一文が添えられていた。

『仁田先輩!あけましておめでとうございますっす!』

「え」

 まさかもう年が明けてしまったのかとテレビを慌てて見上げたが、まだ残り2分のところ。時刻表示がズレている可能性も考えたが、スマホも壁掛け時計も全て残り2分。

 俺と(はじめ)の時空が歪んだか、もしくはこれただの操作ミスなんじゃ…と画面を見つめながら考えていると、また手の上でスマホがブルブル暴れ出す。

 差出人はまたもや(はじめ)

 メールの箱の数字がまた一つ増え、その中身をさっきの繰り返しをして確認する。

『今のは間違えたやつっすから気にしないでくださいっす』

 さっきのメールとは違う、元気を無くした文字がそこには書かれていた。

 変に茶化しても良かったが、スマホの右上の時刻が59分へと切り替わり、そこでスマホをテーブルの上にかたりと置いた。

 そのまま待っているとついに日付が変わり、瞬間、また置いたばかりのスマホが待ってましたと震え出す。

 一通目に届いたのは(はじめ)のメール。新年の挨拶の下には、さっきのメールを必死に取り消そうとする文が新たに長々添えられていた。

 そして、そこから少し行間を空けた場所に二葉と名が書かれていて、下にスクロールしてみると山中が打ったのだろう、堅苦しい、彼女らしい挨拶が追加で乗せられていた。

 二人のメールに返信している間にも連絡先を交換したほとんどからメールが届き、俺の去年…じゃなくて、二年前は一体なんだったのか分からなくなる。

 二年前は覚えている限りは登録した通販の値引きのお知らせと、後ゲーム内での運営からのお知らせぐらいだった気がする。どっちもメールという扱いで良いかは分からないけど。

 とにかく、終わったばかりの去年は本当に大きな変化の年で、悩みながらも生まれた関係を繋ぐために一通一通返信をしていく。

 矢波先輩と桜丘先輩、そして笠木さんからのメールは届いていない。冬花ちゃんからも届いていないが、そもそも彼女は携帯を持っていないため仕方ない。…仕方ない。

 先輩二人に関しては前々から年明けは会いに行くとか話していたし、そこで言うつもりなのかもしれない。

 笠木さんとは思い返してみれば修学旅行の後、一度も俺は会っていなかった。流石に学校内で見掛けていないという訳ではないが、そのほとんどが後ろ姿だったり、距離があったりと、満足に会話が出来たり声を掛けられる状態では無かった。

 だからと俺からメールを送りきっかけを作る勇気もなく、一通り返したところでスマホをまたテーブルに戻して眠りに付かせた。

 さっき食べた蕎麦とストーブのお陰で、十分に広がった暖かい空気と満腹感。合わせて暇で現れた眠気が脳内を埋め、くあっと大きく欠伸を漏らしてしまう。

 ぼんやりとしていく頭は思考を鈍くさせていき、テレビから溢れる音もそれを晴らすのには足りない。加えて、眠いと意識してしまったことも更に眠気を活発にさせ、もう気合いで起きている事も辛くなっていく。

 まぁ、年明けだからと一日中無理して起きている必要もない。

 テレビとストーブを消して、また漏れた欠伸をそのままにさせながら部屋の電気もポチっと消す。

 のそのそいまいちはっきりとしない足取りで布団へと入り、横になってすぐに落ちていった瞼には抵抗しない。

 音を消したことで強く聞こえてきた除夜の鐘も、眠気を奪うには程遠かった。


 俺が部屋に貯めた暖かい空気は何処へやら、定番の妹のお布団イベントの代わりなのか、冷たい空気が布団に望んでもいないのに隙間から入り込んできて自然と目が覚めていく。

 だがその自然に抗い、二度寝に挑もうともしたのだが正月に高校生がそれではなんかダメな気がして、自分の身体をベットから落とすように降りる。

 年明けだからと言って特別部屋になにか変化が訪れたわけではないが、何の気なく見渡すと、寝る前捲り忘れていたカレンダーを見つけ、去年の数字を上に置いた12月の紙をペリペリ音を立てて取っていく。

 剥がしたそれを何となく見てみれば、予定がちゃんとあったはずなのにその日には何も書かれていない部分がある。今までカレンダーに書くほどの重要な予定が無かったし、もし病院とかあったとしてもそれは頭で覚えるためそもそもの習慣が付いてないのだ。

 その結果、一度も手を加えられなかったカレンダーを折り畳み、サイズが小さくなったらゴミ箱へ放り込んだ。

 一階へとのんびり眠気に足を遅くさせながらも降りていき、年明けの挨拶を親と交わし、いつもより豪勢だった朝食を一人で食べてまたふらふら部屋に帰っていく。

 壁掛け時計の短針は10を越えていて、結構な間睡眠を取っていたらしい。妹もさっきの朝食の場には出ておらず…そう言えばさっき、親と会ったときにお年玉を貰い損ねていたがあれは損ねたのか、意図的に渡されなかったのか、一体どっちなのだろうか。

 祖父からも貰えなくなり、加えて親からも貰えなくなると子供のお年玉を狙い発売されるゲームを買うにはかなりの無理が必要で非常に困る。

 いや絶対あれは貰い損ねただけで、そうなんだと一人でうんうん納得しながら、テーブルに乗せっぱなしだったスマホに手を伸ばす。

 年明けの豪華なログインボーナスもあるが、先輩達辺りから連絡が来てないかとも思い開いてみる。だが、メールは一通として増えていない。

 心の隅にいた変な感情の正体に気付かぬよう、元々こっちが本題だったのだと自分を騙しながらゲームを立ち上げて大量のプレゼントを頂く。

 だが、貯まったからといってすぐそれを使ってしまうとその考えを読まれた追加ガチャで痛い目を見ることになるのは俺はもう分かっている。運営との心理戦をし、絶対使わないからな…とガチャの画面でひたすら悩んだ後に、なんとかスマホをスリープ状態にした。

 と、また昨日のように部屋の扉がノックされ、音に反応して身体をんーの声と共にそっちに向ける。

 すると入ってきたのは昨日同様妹で、これから外にでも出るのか防寒対策にあれこれ冬用のをたくさん着込んでいる。

「…その、これから初詣、行くんだけど」

「あぁ」

 妹は言葉選びに悩んでいるのか、もぞもぞ小さく動きながらえっとと間を取る。

「…い、一緒に行かない」

「…二人は」

 一階にいる親を指して、顔を少し下に向ける。

「友達が来るからって言ってある」

「友達いるなら俺いらないんじゃ…」

「と、とにかくそろそろ来てると思うし外、先行ってるから」

 バタンと大きな音を出して扉が閉められ、遅れて階段をとたとた駆け降りていく足音が響いた。

 まぁ、呼ばれたのであれは付いていかせてはもらう。

 これがもし変な男友達とかだったら兄としてやらねばならぬ義務があるし、初詣にも久しぶりに行っておきたい。

 今までは基本的に家族三人で行くことがほとんどで、寒さに負けた俺はいつも家で暖まっていた。

 去年が変化のあった年なのだ。

 今年ぐらい、感謝とか平穏を名もない神様に祈ったりしておきたい思いはある。

 最近外出が多いために奥にまで押し込んでなかったコートや手袋をぱっぱと身に付けて、最後に桜丘先輩から貰った濃い青のマフラーを階段を降りながらくるっと首に巻いていく。

 窓の外は昨日の夜とは違い、街を照らす明かりは空に丸々と浮かんだ白い太陽が担っていた。

 これならば外はそんなに寒くないんじゃないかと軽い気持ちで玄関を越えたが、すぐに顔を刺すような冷気が容赦なく当たってくる。

 太陽があると言っても季節は冬のど真ん中。

 そもそも太陽が見えていたのに廊下が冷えている時点で思い出すべきだった。

 寒い寒い言いながらマフラーにぼふっと埋めた顔を上げると、妹が誰かと楽しそうに和気藹々と喋っているのが家の入り口に見えた。

 その表情はここ最近ろくに見たことが無い年相応の可愛らしい笑顔で、話し相手が誰なのか兄として無性に気になってしまう。

 しかし、その人は上手い具合に家の周りの塀に隠れていて見えず、駆け足で妹の近くまで向かう。

 これで俺に勝ち目がないぐらいの新崎ばりの爽やかイケメンだったらどうしようか…。

 妹とも上手いこと関係を着々と築いてって、最終的に家族みんなにとって見慣れた存在になってしまうぐらいならば、俺は妹ではなくジャニーズを勧めることによって世間的に見慣れた存在を目指して頂くよう、壮大な策を仕組んでしまいかねない。がしかし、塀の外をちょっと敵対心を滲ませた顔で覗けば、そこに立っていたのは妹よりも俺の方が見慣れているであろう二人組。

 俺の顔を見るなり暖かそうな服を着込んでいるその二人はくすりと柔らかく和やかな笑みを浮かべた。

「あけましておめでと、灯くん」

「灯くん、あけましておめでとうございます」

「…どうも」

 矢波先輩は俺の挨拶を聞くと、それでいいの?と八重歯を覗かせた顔を傾ける。

 確かに年が明けた時に使う挨拶ではないし、正しい答えならさっき親に言ったばかり。

「…あけまして、おめでとうごさいます。芽野…先輩と、春先輩…」

「ふふっ」

「ん、よろしい♪」

 未だ慣れない行動の結果ご近所さんの家に逃がした視線の端には妹が写り込んでいて、その顔はへーと俺たちの関係性に驚いてるような、ともすれば興味深そうにしたようなそんな感じのもので、元々あったかも分からない兄の威厳が心配になる。

 それより、一体いつの間に妹はこの人達の事を友達と、そこそこある年齢差を無視してそんなフランクな呼び方をするぐらい親しくなっていたのだろうか。

 俺が思い当たる関係が深められた場所なんて風邪を引いたときのあれぐらいだが、2、3時間程で友達と呼べるぐらいになるものか体験がないためにいまいち俺には分からない。悲しいけど。

 それとも、俺の知らない内に何処かで会っていたとも考えられる。

「いつの間にそんな…」

「ふふん、共通の話題があれば女の子はすぐに仲良くなれるものなのです」

 気になった疑問を呟けば、矢波先輩が得意気に鼻を鳴らしてそう答えてくれる。

 横にいた妹に目を向ければ、その通りと自分の頭をふんふん頷かせていた。

 その話題というのが何を指しているのか見当が付かないが、俺の変な過去とかでない事を祈りつつそうですかと口にした。

「そうなの。…じゃ、そろそろ初詣行こっか。大学合格お祈りしなきゃ」

「だね。やーちゃん」

 妹も駆け足で矢波先輩の隣へと向かい、自然と幅を広くして邪魔にならないよう、道を並んで歩く三人の少し後ろを俺が付いていく。

 だが、それが周りから不審者とでも思われていないか不安になっていると、桜丘先輩がこっちに振り返り、俺の気まずそうな態度に気付いてか歩調を落として隣に並んでくれた。

 そしてマフラーに視線を落とすと、嬉しそうにふふっと大人びた微笑みを見せる。

「灯くん、マフラーの使い心地、良いかな?」

「…まぁ、とっても」

「良かった…あ、でも」

 桜丘先輩がふと足を止めると付けていた手袋を外し、指が細く綺麗な手を冷気に晒す。そして俺のマフラーをするっと首に伝わせながらほどいていく。

「あの…」

「ごめんね、寒いかもだけど、ちょっと気になっちゃって」

 マフラーを完全にほどき終えると、桜丘先輩は手に持ったそれをまた俺の首に上からふわっと被せる。

 そして、今度は俺がやったよりも形を綺麗にしてくるりと丁寧に巻いていく。

 その際、ほとんど身長差のない先輩の身体が目の前まで近づき、ふっと漏れる白い吐息が間近に見え、息が無意識に止まってしまう。

「…これでバッチリかな」

 俺が雪だるまの如くその場からびくともせずにいると、先輩は俺の首を柱にして上手く巻き付いたマフラーを両手で完成と満足げにぽんと優しく叩いた。

「い、良いですか…」

「うん。自分があげたのだからどうしてもね」

「…なんか、ありがとうございます」

 これとほとんど同じやり取りをパーティーと年明けの間の訪問で一回やって気を付けていた筈なのだが、今日も直されてしまったとなると俺のマフラーの巻き方はもしかしてそこまで下手くそなんでしょうかと心が辛くなる。

 巻き直されたマフラーに、心境が少し溢れた顔を隠すため鼻ぐらいまでぼふっと埋める。

 すると相変わらずの距離のまま、桜丘先輩がぱぁっと嬉しそうに笑顔を咲かせた。

「ふふっ、今度は無くしちゃダメだからね?」

「…気を付けます」

「灯くーん、はーるー?どうしたのー?」

 今のやり取りで少し遠くに離れてしまっていた矢波先輩と妹が、こっちに戻ってきながら間延びした声で呼んでくる。

 それに桜丘先輩が「ううんー」と同じく間延びした返事をして、俺に行こっと柔らかな瞳を向けてくる。

 先輩が外した手袋を付け直すのを一度待ってから、二人で矢波先輩達の元へと歩いていった。


 …割と近場な有名どころを目指すのだろうと、そう思いがたがた電車で揺れていたのだが、遠出して着いた場所はそこよりも一回り程小さい神社。

 冬の影響で葉を枯らした木々達が辺りを取り囲んでいるそんなに広くはない、普段はとても静かな場所なのだろうと簡単に想像の付く雰囲気を纏っている。

 そこで多種多様な露店が、隙間から伸びる植物を這わせた石畳の参道の脇に並びそこそこの参拝客で賑わっていた。

 形だけで見れば、夏祭りを思い出す。

 しかし、人の海でごった返す有名どころと比べれば流石に落ち着いていて、四人で横に並んでも結構なスペースは有り余っている。

 てっきり受験合格を祈るのなら大きい所でするものと思っていて、矢波先輩のつむじを見下ろす。

 声を掛けるまでの短い間に、さして長くない参拝客の列の最後尾に俺たちも並ぶ。

 これなら、今からする話も丁度良い時間潰しに変わってくれるだろう。

「…ここでいいんですか?その、合格とかな訳ですし」

「僕たち、高校生になってからは毎年ここに来てるから。ほら、春あんまり人多いと逃げちゃうからさ」

「あぁ…」

 当の桜丘先輩を見れば、なにかを思い出したのか神社の鈴辺りを捉え、くすっと唇を綻ばせる。

「ここね、やーちゃんが人が他よりも少ないからって、あちこち探して見つけてくれて。嬉しかったなぁ…」

 懐かしむように言うと、どうしてか矢波先輩が呆気に取られた顔で珍しく戸惑い出す。

「な、なんで色々探してたの知ってるの…ひっそりやってたはずなのに…」

「ふふ、やーちゃんの事なら私が一番詳しいって断言できるから」

 桜丘先輩の観察眼と矢波先輩との子供の頃から貯めた思い出が合わさったものにかかれば、ひっそりの行動も筒抜けになってしまうのだろう。

 さっきの喜びを包んだ言葉も、神社に行ける事に対してではなく頑張って探してくれた事に対してのだったのかもしれない。

「もー…」

 矢波先輩もそれを分かったらしく、勝ち誇るように胸を張る先輩に機嫌悪くして低く唸っている。

 よく見れば石畳から生える、冬のせいで元気を奪われていた植物をちょんちょん靴先でつっついていた。

「…」

 と、さっきからろくに喋らない妹が気になって首を左に動かすと、妹は何処か一点に視線を注いでいて、追ってそっちを俺も見てみればおみくじ屋の近くにたい焼きの露店が構えていた。

 つぶあんこしあんクリームの定番からチョコだったり、中にはフルーツソースと滅多なものも商品の名前の欄に書かれており、どれを選ぶのか見当は付かないが、たい焼きを食べたいのは間違いないと思う。お年玉を貰い損ねた身ではあるが、流石にたい焼きぐらいなら無理をしなくとも手が届く。

「あー…たい焼き、食べたいならあとで買うけど」

 言うと、驚かせてしまったのか妹の身体がびくっと跳ね、少し戸惑った面持ちのままこちらに振り返る。

「え、うん…あ、ありがと」

「…どういたしまして」

 お礼を打ち消すと、妹は妙な空気に困ったのか自分のコートの裾をぎゅっと握り、ふいっとまたたい焼き屋の方に身体を背けてしまった。完全なそっぽでは僅かに覗く横顔も髪に隠れ、表情は窺い知れない。

 妹とは一ヶ月ぐらい前から割と順調に仲を戻していっていると勝手に思ってはいるのだが、会話の距離感はどうも俺も、そして多分妹も掴みあぐねている。しかし、それでも会話がほとんど無かった一時と比較すれば、格段に良くなったのだから挫けてはいけない。

「わ…似てるー…」

 とりあえず、たい焼きを買うことを確定させ密かに満足していると、矢波先輩の声を耳がふと捕まえてくる。

「…なんですか」

「いや、今の妹ちゃんがそっぽ向いたの。灯くんもよくしてるよ?」

「…まぁ、そうですね」

 実際、俺は今も図星を突かれて視線をそっぽに逸らしている。

「そっぽ向くときって恥ずかしかったり、困ったりした時によくするんだよね」

「別にそんな恥ずかしいって訳じゃ…」

 分かりやすい弱点を晒してしまった感じがして慌てて反論すると、矢波先輩が身体(からだ)が触れるぐらい距離を詰めてきて、俺のコートの裾をそっと掴むと何も言わず丸い瞳でこちらをジーッと見上げてくる。

 一瞬いたずら心の混じったそれに視線を返したが、10秒もすると少しずつ俺の瞳は意思に反して左に移動し始め、最終的には首ごと彼方へとふいっと逃げる。

「ほらー、妹ちゃんと似てるー♪」

 楽しげに弾んだ先輩の声に耳がくすぐられ、体温が上がり、折角巻いてもらったマフラーを寒さを取り込むため手で少しだけ緩める。本当に兄妹なんだなって…。

「やっぱり恥ずかしい時みたいだね、ふふっ」

 兄妹共々視線を変な方向に逸らしているとぼちぼち列が消化されていき、時間もそんなに掛かることなくお賽銭箱の前に四人で並び立てた。

 露店のお陰か俺達の後ろに新しい列は生まれておらず、願い事を考える時間にはそれなりの猶予があった。

 しかし俺達がここにいるから並んでいないとも考えられ、長々と時間を費やす訳にもいかない。

 お賽銭を各々投げて、天井の僅かに錆の見える鈴を揺らして鳴らす。

 二礼二拍手をし、一礼の前に瞑目する。

 なにか叶えて貰いたい願い事があるか、ここに来る途中電車に揺らされながらあれこれ考えていたのだが結局今になっても見つけられていない。何を願おうかと冷えた風でストーブで鈍くなった頭を冴え渡らせる。

 俺の受験は来年で、ならば今年わざわざ頼む必要はない。

 となると、日常生活に関した願いが一番無難なのだろうが久しぶりの初詣なのだ。欲張りかもしれないが、特別な願いを言っておきたいという思いが強くある。かといってお金持ちとかそんな途方もない事を願うのも子供っぽく、頑張って頭を捻らすがこれと決められる願い事は見つからない。

 というかそもそも、俺個人の範囲で考えてしまうから駄目なのではないだろうか。もっと範囲を広げれば、その分、願いの範囲も広がってくれる。

 …そう考えたとき、真っ先に頭に出てきたのは矢波先輩と桜丘先輩の事だった。先輩達の願いは多分、最初に玄関先で会ったときに言っていた合格祈願から変わっていないだろう。そして、合格するためにとここで単に願うだけでなく、毎日勉強に必死になっているのも俺は傍で幾度も見てきた。話し相手として付き合うだけで先輩達は満足と言ってくれるが、勉強を見て貰っている立場も重なればそれだけで十分お礼ができているとは考えられない。

 なら、ここで願い事を二人の合格にすれば、所詮自己満足でしかないが俺自身もちゃんと納得してくれるかもしれない。

 けれど、それを願い事にする事を頭が躊躇ってしまう。

 元々、トンカツを食べて受験に勝つとか、売り上げ目的っぽい合格に関連した商品だったりとか、そういう験担ぎっぽいものが俺はそんなに好きではない。

 まるでその人の実力やこれまでの努力を信用していないみたいに思えてしまう。いや、少しでも不安を取り除ければとか、心の余裕を持って欲しいとかとかそういう想いの詰まった行為なのだろうが、どうしても俺はそんな風に受け取ってしまうのだ。

 そしてこの願い事もそれと同じ枠なんじゃないか、先輩の努力を信頼していないんじゃないかと、冬花ちゃんの時に散々迷惑を掛けた俺の頭が面倒くさい邪魔を仕掛けてくる。

 何より、これで決めた後、二人から何をお願いしたと尋ねられた時、どう答えれば良いのか全く分からない。

 素直に吐けば矢波先輩がタダでは済ましてくれないだろうし、適当に誤魔化し隠せば、桜丘先輩の嘘を見抜いた疑惑の目が突き刺してくる。

 矢波先輩の直球さと桜丘先輩の観察眼が合わさると、俺ではもはやどうやっても太刀打ちができない。

 もしかして俺はとんでもない二人に捕まったのではないかと今頃思っていると、流石に長々考え過ぎたらしい。

 矢波先輩は願い事を伝え終えたらしくふぅと漏れた吐息が聞こえ、それに反応してか左隣の妹が動く気配を感じた。

「…灯くん?終わったー?」

 ここでまだですと横に首を振ってしまえば時間を長引かせてでも願っておきたい事とはどんな願いなのかと、矢波先輩の心に興味が生まれかねない。

 そうなると、この人は確実にそれを聞いてくる。

 俺がこれまで見てきた矢波先輩という人なら、絶対にそうする。

 聞かれないことをついでに名も知らない神様に祈り、二人の受験合格を素早く心中で呟き、一礼の後、瞼を上げた。

 長時間閉じていたせいで、開いた瞳に写る日光がかなり眩しい。

「お願い事、した?」

「…まぁ」

 ひょこっと俺の視界に顔を覗かせた矢波先輩に頭を下げて、先輩に続き神社の短い石階段を降りていく。

 と、急にコートの裾が後ろからくいくい引っ張られる。

 振り向かせた身体をまた元に戻せば、妹がさっき買おうと話したたい焼きの露店を指さしていた。

「たい焼き。チョコの」

 今すぐ買ってこいと言うことなのだろう。瞳の奥が期待でキラキラしている。

 普段の冷めた態度で忘れてしまっていたが、妹はまだ中学一年生。

 立場や性別が違うから断言こそ出来ないが、子供心が完璧に抜けきれている年ではない。少なくとも、そのぐらいの頃の俺はそんな感じではあった。闇とか剣とか凄い好きでした。

「か、芽野先輩。その、たい焼き買ってくるんで」

「あ、じゃ僕のもー。つぶあんでおねがーい」

「私も同じの、頼んでもいいかな?」

「…はい」

「ごめんね」

 コートから財布を取り出して、先輩に一言言って抜けるつもりだったのだが、ちゃっかり出費を増やされそれを了解してしまう。

 まぁ、たい焼き一匹の値段はそうでもない。いっそ、まとめ買いにした方が数匹追加で増えてお得。

「灯くん、私たちあっちの方で待ってるから」

 桜丘先輩が指した方向、神社の裏側を覗けば木のベンチがいくつか設置されていて、木漏れ日を受けながら他の人たちもそこで引いたばかりのおみくじを見たり、のんびり買った物片手に休憩を取っていた。

 分かりましたと俺が頷くと、矢波先輩がおいでーと妹をぺいぺい手招く。

 だが妹は控えめに首を横に振り、俺の傍を陣取ったまま動きたがらない。

 それを見て、矢波先輩が俺を不服そうに睨んでくる。

「むー…僕よりもお兄ちゃんの方が良いのか…なんか負けた気分」

「先行ってよっか」

 俺と妹を見て桜丘先輩は微笑ましそうに口を手で押さえ、むくれる矢波先輩の背中を押して神社の裏側に歩いていった。

 妹が今どんな顔をしているのかちらっと横目で窺う事も出来ず、先立ってたい焼き屋へと足を運ぶ。

 すると、とたとた慌てて石畳を踏む靴音が後ろから聞こえて、俺がたい焼き屋の前に立つとそれもぴたりと止まる。

 たい焼き屋のこの時期なのに半袖で挑んでいるおじさんに、言われていたつぶあん二つとチョコを頼む。

 だが、食べやすさ重視なのか少しばかりたい焼きのサイズの小さいここではいくつか纏めて頼まないといけないらしく、三個頼むのなら五個入りにしなければならない。

 ならと、追加で適当にチョコ一個と俺用のつぶあんを注文し、それで計五個ぴったり。

 フルーツソースも選択肢にあるにはあったか、ここで挑戦意識に任せて挑むのは無謀。お祭りムードに流されて作られたっぽいこういうのは、大抵何か間違った方向に進んでいるものがほとんどなのだ。

 一応これで良いか後ろを振り向けば、少し離れた位置の妹が拗ねたようなつんとした顔をこくんと頷かせる。

 矢波先輩が言ったことが本心を当てられたからなのか、でも、それは勝手な自惚れとも取れてしまうし、単純に判断も付かないが、あまりお気に召していないらしいのははっきりと分かる。

 しかし、兄が好きかもしれないのは兄としては嬉しい限り。

 端から見ればこの距離感はただの知り合いか友達ぐらいとも思われそうで、実際、たい焼き屋のおじさんも「後ろの、友達か?」と尋ねてきて、兄妹ですと否定すると、悪いなと大声で笑ってたい焼きが一匹おまけで袋に入れられる。

 ただ、フルーツソースのエリアの余っていたっぽいたい焼きを入れたのは、在庫処分な可能性もある。

 兄妹って言わなくてもこれ入れられたんじゃない…。

 ちょっと嫌そうな顔になりながらも財布から千円を取りだし、数百円のお釣りを手の皿で貰って今度は財布にそれをちゃらんと放る。

 そしてそんなに重くないたい焼きの詰まった茶袋を貰い、矢波先輩達の座る神社の裏に足の目的地を変えた。

 両手が塞がれた状態で歩いていると横にやっと妹が並んでくれて、足を伸ばして袋の中をんっと吐息を漏らしながら覗いてくる。

 ざっと中身を見終えると、今度は俺を見上げる形で視線を移動させてくる。

「チョコ、どれ?」

「あー…あ、包みに書いてある」

 そう言えばどれがどれだか確認しそびれていたが、よく見ればたい焼きの尻尾を持つための包み紙にチョコだったりつぶあんだったり、少し見辛いが隅に書かれている。

「…どれ?」

 だが、妹は足を伸ばすのに精一杯で見えていないらしい。代わりに袋を片手で支えてチョコに手を伸ばす。

 取り出したそれを渡せば妹は嬉しそうに受けとってくれた。良かった…お兄ちゃんが触ったのだから嫌だとか言われなくて。

「…ありがと」

「え…あぁ」

 それに加えてお礼まで言われ、心が勝手に踊り狂ってしまう。

 妹があむっとたい焼きに頭からかぶり付くと、胴体からかなりの量のチョコが一気に溢れてくる。時々お腹ぐらいまでいかないと中身が無かったりのもあるが、あの店、中々大サービスである。

 チョコも温度が高いらしく、空に立ち上らせる蒸気の勢いが増す。

「美味しい…」

 お陰で妹の表情がゆるっと蕩け、可愛らしい笑顔が表に現れる。

 新鮮な表情にずっとそうしていればとも一瞬思ったが、そうしてしまうと逆にあの冷たい表情がいつか新鮮になってしまうのだろう。

 繰り返せば繰り返すほど慣れてきて、最初ほどの新鮮さや驚きはどんどんと失われていく。

 だから変に何か言うこともせず、わざわざ笑顔を元に戻させないよう視線を遠くに置いた。

 でもその理論でいけばいい加減俺はあの二人に慣れてなければおかしいのだが、全然全くどうしてか、慣れている気がしない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。