↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブに慈悲はない…?  作者: いす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
81/110

81話目

81話目です

誤字・脱字かあったら報告して頂けるとありがたいです

二日目の仕事は特になにかあるわけでもなく、慣れてきた物を淡々と繰り返してそれで終わった。

昼になっても前のように誰かが俺を連れていく訳でもなく、本当に、ただ暇な時間をクラスの出し物で使っていた。

昨日練っていたちゃっかり家に帰ってお昼ご飯食べちゃおう大作戦を決行してみたが、そもそもなにも持たなくても普通に通してくれた。

まぁ、ここには大勢の人が参加する。いちいち制服を気に掛けて注意深く見るのも面倒なのだろう。

そんな雑で良いのかとも思うが、それのお陰で楽が出来たのだ。お礼を心の中で呟く。

家庭科室には普通のお客としても行く気にもなれず、そんな感じの二日目だった。

そして三日目。

最終日である今日は中庭の、二日前にアイドルが使っていた舞台がそのままミスコン会場として再利用され、また大盛況を見せているらしい。

実際に見ようにも今日も昼まで骸骨を落とさなければならない。

そして俺がこれをやるのは最後であるわけで、そうなればしっかり全うしようという気には嫌でもなっていく。

鈴が壁を挟んで鳴り、扉が開く。

足音から読むに、二人。

その推測を確かなものにするように、暗闇に震えた声と、やけに落ち着いた声が響き出す。そしてそれは妙に聞き慣れた声でもあった。

「や、やーちゃーん…ぅぅ…」

「もー、そんなに怖がらなくても大丈夫」

正体を意識して掴もうとしなくとも、脳が誰であるかを記憶の中から無意識に探り当て、うっかり口に漏れそうになったものをグッと飲み込む。代わりに心中で呟いた。

桜丘先輩と矢波先輩…。

別に先輩達がここに来ることになんら不思議はない。

元々、ここには来ると文化祭の前に言っていたわけだし。

ただ、矢波先輩にこのお化け屋敷が通用するのかというこっち側への心配は湧いてくる。

ホラーは何度も見ているから耐性もあるだろうし、ここの出来が良いと言ってもそれは高校生がとして捉えた、当社比的な物でしかない。

ついこの間に映画を観せられた時も、隣にいた矢波先輩は驚くのではなくアトラクションか何かで遊んでいるような幸福感に満ちた笑顔だった。

実際、飛び込んでいったゾンビマスクの彼も、帰ってくると「奴には俺の攻撃が効いていないのか!?」みたいな動揺と驚愕と絶望が入り交じった顔が脱いだマスクの下にはあった。

桜丘先輩の悲鳴がよく聞こえてくるが、矢波先輩から何一つとして聞こえない。まるで、あっちが幽霊のようですらある。

三日続けて皆、自信を得てしまっているらしい。

勇ましい顔で飛び込んでいっては「あっれー?おかしいなー?片方は驚くのになー?」みたいな困惑が出た反応だらけ。

聞こえてくる暗幕の奥の声の音は軽やかで明るかった。

「灯くんはどれかな~♪この後かな~♪ふんふ~ん♪」

「うぅ…」

「春、足震えてるよ?そんなに怖くないよ?」

「それはやーちゃんが特別で…」

「あ。あれがお札かな?」

鼻唄を歌う余裕すら見せ、リズミカルな足音が札の後ろに備えている俺に近づいてくる。

狙うタイミングとしては札を取る瞬間ではなく、取った後。人も動物も油断するのは獲物を捕らえた後って何か聞いたことがある。

それに、その手法は夏休みの城戸さんの家で俺が喰らったものなのだ。あれがこんにゃくではなかったら本当に全力で走り出していたぐらいに恐怖で息が止まった。

何か別の事を考えていたような覚えもあるが、と、そんなことを考えている内に矢波先輩達はお札を取ったらしい。

静かな空間ではペラッと言う紙に触れた僅かな音でさえ、凝らせば耳が捕まえてくれる。

「よーし、これで帰れば良いんだよね」

「は、早く帰ろ?は、走ったりとかして…!」

「…それは反則じゃない?」

矢波先輩のその言葉が最後に達したとき、紐をグッと勢い良く引いて骸骨を落とした。

直後、轟いた大きな悲鳴。

「きゃぁーっ!」

「あ、春っ!…行っちゃった」

まるで効いている気がしない。いや、桜丘先輩にこそ効果覿面ではあったが、むしろ効きすぎてプロジェクターのスイッチが間に合っていない。

だが、当の矢波先輩には本当に無意味だったらしく、ピカピカ場違いに光っているであろう骸骨を指で弾いたのか、カランと軽い音が響いた。

「…帰ろ」

その言葉と足音を聞いた茶髪ガールがプロジェクターのスイッチをポチっと押す。

それに合わせ「おー」というリアクションが出たが、その声音は驚いたというよりかは技術の進歩への感嘆の物に近かった。

皆が、最後の最後でラスボスに出会い、空しい顔を見合わせ暗い雰囲気がより増していく。

そこに昼を迎えたチャイムが鳴った。

「…そ、それじゃあ、三日間お疲れさまだったね。…その、最終日皆で楽しんできてねーっ!」

誤魔化すように茶髪ガールが声を上げ、それに何とも言えない反応で他も何かを納得させるようにこくこく頷いた。

油断していたのは先輩達ではなく俺達の方だったのかもしれない。この三日間、絶え間なくお客を驚かせ、楽しませ、獲物を捕らえ続けていた。

でも、もし矢波先輩か一回目のお客だったとしても満足に驚かせられる自信はない。

あれはどうしようもない人だったのだと諦めて、後半の人へとフックに紐を掛け、託した。

三日間の間、腰の痛みは徐々に積み重なって立ち上がるのも一苦労。トントン叩き、グニグニ腰を回して痛みを減らす。

先輩達がこの時間に来たのは多分、この後俺を連れ回すためだろう。二日前に言われたこと、流石に忘れてはいない。

終わる時間も山中がちゃっかり俺からの質問で答えてしまっていた。

扉を開けて日光に瞳を少し伏せていると、目の前に人混みを抜けて二人が現れる。

「やっほ。お疲れさま」

「どうも」

手をひらひら揺らす矢波先輩にいつもの挨拶を返す。

その先輩の表情には前の陰りも見えない。治ってくれたならこちらもありがたい。

そしてもう一人桜丘先輩にもと思ったが、こっちは今体験したお化け屋敷から治っていないらしい。

疲れたように床の一点をジッと見下ろしていた。

「怖かった…」

「春。見ての通り怖かったみたい」

「…こっちも先輩の悲鳴はよく聞こえてました」

桜丘先輩はこうなのに、やはり矢波先輩の方は顔を見ても恐怖一つ伺えない。

圧倒的強者感が感じられる。

ジーっと見ていると、矢波先輩が誇らしげにへへんと笑う。

「ふふん、僕を驚かせたかったからもっと凄いものを用意しなきゃ」

「…そうですか」

「で、最終日も終わったわけだしさ、君が何の役をやってたか、教えてもらっても良いんじゃないかな?」

「まぁ」

例え矢波先輩達がもう一度ここに来るとしても、その時の骸骨は俺ではない。

何をやってたかぐらい終わったのなら話しても構わないんじゃないだろうか。

時々ネットで『前まで○○やってました!』みたいなのも見たことあるし、なんだったらそっちにも取り上げて頂きたい。ピンポイント過ぎて絶対広まらなさそう。

「最後の所の骸骨が担当でした」

「あ、あれにーにゃんくんだったの!?」

「うぉっ」

急に桜丘先輩が距離を詰めてくる。涙で滲む瞳がむーっと睨んできて、その怒りはひしひしと伝わってきた。

香る控えめな柑橘系の匂いにたまらず間抜けな声と共に後ろにのけ反ったが、その分すぐに一歩とまた間を詰められてしまう。

距離を取っては近づかれる一進一退の攻防の後ろであっけらかんに矢波先輩が口を開く。

「骸骨って春が一番驚いてたやつだね。あれ、灯くんだったのかぁ。へー」

「い、いきなり落ちてきてビックリしたんだからね!?」

「…そういう仕事だったんですけど」

「う~…!」

「おー…春が珍しく怒ってる…。灯くん、早い内に謝っとかないと大変だよ?」

「えぇ…」

お化け屋敷で驚かせてしまったから謝るというのはどう考えても違うと分かる。

だが、謝らなければどうにもならない。ツンと背けられながらも覗ける横顔は怒りをひしひしと見せてくる。

「お、驚かしてしまって…すみませんでした」

俺の声はすぐに辺りの喧騒に呑まれてしまったが、それでも、桜丘先輩の耳にはきちんと届いてくれたらしい。

ゆっくりと恐る恐るに怒りの抜けた表情が俺へと向き、こくりと頷いて答えてくれた。

「…うん」

「…どうも」

「じゃ、これで解決ってことで。そして、春のわがままにも謝ってくれた灯くんには、何処を回るか一番に決める権利をあげよう!」

「…やーちゃん。素直に前の事のお詫びならきちんとお詫びって伝えないとダメだよ?」

「う…い、良いでしょそれは!この権利はそれとは無関係なの!こほん。…それで、灯くんはどこか行きたい場所は無いの?」

「…そう言われても」

もう文化祭も三日目。

行きたいところへはほとんど自分だけで行って来てしまったし、けれど強いていうなら出店が意見として出てくる。

時刻は昼。また矢波先輩達のお世話になるのもあまりしたくはない。

先輩達が昼を済ませてしまっていたなら無駄に付き合わせる事になってしまうが、出店の中にもアイスやフルーツも確か混ざっていたはず。

選択肢としては十分のはず。

うんうん悩むのを解いて、じゃあと言葉を切り出す。

「…外の出店で昼食とか」

「あ、やーちゃん。そう言えば私たちもお昼まだだったね」

「だね。灯くんナイスアイデア」

三人で大きく広がらないよう間隔を狭めて横に並び、通る人達の流れに任せるようにして玄関の方へと歩き出した。


とりあえず、たい焼きやら唐揚げやら菓子パンやらを買い、三人で丁度埋まった中庭のベンチにそれを抱えて腰を下ろす。

あまり昼食には向いていない食べ物も混ざってはいるが、お祭りなんだから一日ぐらいそれであっても構わないだろうと三人で納得し合って食べ始める。

良い感じにここからはミスコンの舞台が見え、俺含めて全員の視線はそこに自然と釘付けにされる。

モグモグたい焼きをしっぽから食べていた矢波先輩が、ごくりと飲み込んで口を開けた。

「ミスコン、まだまだ募集してるみたいだって」

「うーん…私は無理かなぁ…」

「灯くんは?」

「…ミスコンの話ですよね」

そもそも参加資格が無いのに話を振られてもそんな言葉しか返せない。

なら、暇潰しにからかってきただけなのだろう。

表情は見るまでもなく分かりそうだが、やはり俺の反応を楽しむようないじらしい笑顔でいた。こんなことが出来るということは本当に二日前の事は終わったという証拠。

出来ていた心の隙間のようなのが埋まり、棒に刺された唐揚げを食べればすんなりと喉を通っていく。

ミスコンの舞台には体育祭の時にいたような放送部員がマイク片手に開始までの場を小粋な話で繋いでいて、そこに集まっていく人と視線。

看板を持った生徒達が声高らかに宣伝しながら駆けていく。

空気だけで見るならば体育祭の時と同じものがある。

だが、時間は巻き戻らずに過ぎていて、触れる風は昼なのにもうあの日の夜のように冷たく感じられる。

吹く秋の風には冬が微かに混ざっていた。

矢波先輩達にとってはこれがきっと高校最後のイベントとなるはずだ。

後に控えているのも無くはないが、それでもこんな大がかりなのは今日がラスト。

受験を目前にすれば、もしあったとしても意識はそっちに向けられる。

もしかしたら今ですらそうなのかもしれない。

だというのに、俺の目的に付き合わせてしまって良いのだろうか。

これまでの二日がどう過ごしてたのかこそ知らないが、それでも三日目だけは俺のためにここで無意味に時間を消費するのではなく、先輩達にこそ有意義に行きたいと思う場所に向かうべきではないだろうか。

しっかりと頭で言葉を選定し、喋るのに邪魔になるものを噛んで腹へと送った。

「…あの」

「んー?やっぱりミスコン出る?女の子になるなら僕と春が手伝ってあげるよ?」

「いや…そうじゃなくて」

「うーん…メイクで誤魔化せても髪の毛はどうしようも出来ないよ?やーちゃん」

何故だか話が違う方向へスライドしていくが、んんっと咳払いをして二人を止める。

そして、そのはてなが見える視線は答えを持つ俺を指し、少しばかり言葉が詰まりながらも、しっかりと発した。

「…こ、これ食べ終わったらその、先輩達が行きたいところ、付いてきますけど」

いや、でも本当に行きたいところがあったとするならその時は俺はいらないのでは…?と、万全に考えて作り上げたはずの話に心で疑問を呈していたが、当の先輩二人は何かキョトンとしていて、無性に視線が泳ぎ出す。

ここが池だったらヌシって呼ばれるぐらい大きく泳いでたかもしれない。

「あー…」

「…あ。やっぱりもうほとんど回っちゃってたかな?」

「いや…それもありますけど…」

もう少しまともな会話の技術を学んでおけば良かったと後悔で頭をグシグシかいていたが、そこで矢波先輩「あ」と声を漏らす。

「…もしかして、僕達の文化祭が最後だからって、気遣ってくれた?」

「……まぁ…はい」

動きまくる視線を最終的に葉の残る地面に固定して、尻すぼみに呟いてそれを認める。

すると、横目にいる二人は顔を見合わせ、くすくす口の端を緩めて笑い出す。

それがバカにするようなのではあればいっそ開き直れたが、微笑ましい物を見る優しい笑いだったが故に尚一層辛くなる。

反論しようにも照れが勝り、今喋りだしてもちぐはぐにしか言葉を成せないだろうと代わりに視線を少し睨むようにして意を唱える。

「………」

「ふふ。拗ねないで。僕も春も嬉しかったんだよ?」

「うんっ。優しいね、灯くんは」

「…どうも」

誉め言葉だったのだろうが、今の状況がそれを真に受けさせることを妨げでくる。

苦い顔をどうにも出来ずにいると、スッとしっぽの消えたたい焼きが伸びてくる。

「…本当に嬉しかった。だから、そのお礼に一口あげる。丁度あんこがたくさんの所だよ?…あ、き、嫌いだったりする?」

「…いや」

先輩の伸びていた腕が引っ込む。

個人的にも好みのつぶあんではあるが、しかし、食べかけともしたことがあったとしてもやはり憚れる。

が、矢波先輩の手は嫌じゃないと聞くと俺の口へと運ばれてくる。

「じゃあ、ほら。ほーら。口開けて。開けないとこの鯛が君の口に突っ込んじゃうぞー」

「………」

仕方なく、ぎっしりあんこの詰まったたい焼きのお腹を少し食べた。

それを見て矢波先輩はまた微笑み、どうしてか次は桜丘先輩がメロンパンをちぎってググッと迫ってきた。

「それじゃあ、私からも。メロンパンは嫌いじゃないかな?」

「大丈夫…ですけど」

周りの目こそミスコンに集まっていて気にする者はほとんどいないがこの二人に見られているのが緊張を身体に走らせる。

引く気の見えない白く柔らかい指が持つメロンパンの欠片を、口が触れないよう気を付けて頂く。気分は釣られる魚。

さっきのたい焼きも全然喉を通れておらず、メロンパンと合わさると甘さが際立った味を作り上げていた。

その後も事あるごとにあれこれ食べさせられ、そのお陰もあってか胃袋は満腹に十分達しそうになっていた。

最後の菓子パンを桜丘先輩が食べ終えると、矢波先輩が話を切り出す。

「ね、さっきの話なんだけど。甘えちゃってもいいかな?」

「行きたいところ、あるんですか?」

「うんっ。というか、元々この三人で観たいなって春と話してたやつなんだけど」

「どこですか?」

「新崎くん達の劇、なんだけど。二回目だったりする?」

「…いや」

何処へでも付いていくとさっき言ったばかり。

例えそこであったとしても意見を翻す気はない。

何より、気の持ちようだと思う。まともに観られないと分かっているならば、観なければ良い。

劇団の方のをしっかりと観劇すれば適当な感想ぐらいは捻り出せる。

首を縦に振ると、「ありがと」と矢波先輩がスカートをなびかせてベンチから立ち上がる。

「じゃ、体育館に行くにしてもまずはこのゴミを片付けて来てからだね」

「だね」

「了解です」

主人公とヒロインその最後の公演へと向け、校舎の壁に掛けられた時計が静かにその針を進めていた。



劇が行われる体育館は中庭からでも向かえるのだが、混雑を解消するためか道に柵が設けられていて、遠回りながらも一度校舎の中へと戻って廊下から歩いていく。

今の時間でも結構な人が出し物を見ながらも体育館へと向かっており、俺たちもその中に混じる。会話の種には一階に揃った出し物で困らない。

途中、タダ券を返そうかと聞いてみたが「そのままで良いよ」と断られてしまった。

使い道の分からないタダ券を財布の奥に入れて顔を上げると、動く人の塊に逆らうようにして珍しい取り合わせがこっちに向かってきていた。

あちらの一人も俺に気づいたらしい。ぴょこぴょこ飛び跳ねて駆け寄ってくる。

「あ!仁田先輩じゃないっすか!そ、それに桜丘先輩もっ!」

「…僕もいるんだけどね」

矢波先輩の無視した事に密やかな怒りを覗かせた眼差しに(はじめ)が苦笑いを浮かべ、その後ろから生徒会長に山中、それと佐登先輩に眼鏡の四人が現れる。

その内の佐登先輩にわーっとご機嫌に桜丘先輩が駆け寄る。

「あ、みやちゃん!風紀委員のお仕事?」

「えっへん!春ちゃんその通り~♪」

嬉しそうに鼻息をむふーと漏らす佐登先輩の腕には大量のお菓子が抱かれている。

見回りというかハロウィンで子供がお菓子を貰いに家を回っているようにしか見えない。談笑し始めた桜丘先輩と佐登先輩の後ろで生徒会長が疲れたようにはぁと深いため息を吐く。

「こんにちは。仁田先輩」

「…あぁ」

山中も形式的な挨拶を言ってくれる。が、その手の先に冬花ちゃんはおらず、代わりに何か見回りで見たものを紙にまとめてるのか、ペンも挟まったクリップボートを掴んでいた。

どうしてかと山中を見ると、表情を落ち込ませ、怨みを感じさせる声音で喋り出した。

「昨日、私クラスの方に出てたんです。それで、冬花ちゃんをレジの近くに置いてたら、いつの間にかお菓子とかたくさん貰ってて…そこが気に入っちゃったみたいで今日も…」

そこに矢波先輩から解放された(はじめ)も割り込んでくる。

「さっきから二葉、何回もあれこれ理由をつけて自分のクラスに寄ろうとしてて、正直困ってるんすよー…」

「もしかしたら…変な人に付いていってしまうかもしれません…あぁぁ…」

山中がプルプルわなわなしながら冬花ちゃんの身を按じる。

確かに、そうなってしまったら人類の損失。

いや宇宙の損失と言っても足りないぐらいかもしれない。

そうならないためにも、山中が行けないならば行ける人間が行くしかない。

そして、その人間は限られている。

「…まぁ、仕方ない。…俺が行こう」

「いえ。一応、友達に頼んでおきましたから。大丈夫…なはずです。私も、終わったらすぐに迎えに行きますし」

「いや、でも念には念を…」

「結構です」

諦めきれずに言葉で押そうかと口を開けたが、「良いです」とそれを山中の言葉が封じる。

その瞳と声音は意地でも俺を警護に当てる気が無いことが伝わってくる。

と、不意に誰かに手が握られた。

「君。さっきの僕たちへの優しさは嘘だって言うのか」

「…すみません」

視線を下に落とせば矢波先輩が文句ありげにむっと睨んできていた。

「春ちゃん。この後仁田くんと何処か行くの?」

「うん。劇、観に行こうかなって」

「劇…?そんなのあるの?きーくん」

「きーくん?」

聞き慣れないあだ名のような物が首をかしげる佐登先輩の口から発せられ、誰だ誰だと皆がお互いを見合わせる。

そこに「うっ」と嫌そうな声が抜け、自然とその声の持ち主に全員の瞳が集まる。

居心地悪そうにしてお堅い表情がより堅くなっていた生徒会長が、その声の出所(でどころ)だった。

「雅…その呼び方はなるべく控えてくれと…」

「え~どうして?きーくん」

「ふっ…」

「一、今お前笑ったな?」

「い、いやいやいやそんなことないっすよ!」

見れば、一だけでなく山中も先輩二人も、笑い声こそ漏らさずとも身体を震わしてそうならないように耐えていた。

「きーくん♪」

佐登先輩が可愛くほんわかとした笑顔で呼び、きーくんが堅い顔をバッと背ける。

そんなやり取りの中、一切口を開こうとしない眼鏡が気になって探してみれば、端に寄っていたとは言え、集団を作ってしまっているからかやはり邪魔になっているらしく、上手く交通整理をしてくれていた。

目が合うと日光に眼鏡がキランと輝く。

やだ…かっこいい…。

俺もその気づかれない優しさを得るため、こっそり眼鏡の傍で交通整理を真似始めた。

二人体勢ということもあってか、綺麗に人は流れていく。

「それで、きーくん?劇って一体なんなの?」

「…体育館でやっている、劇団とここの演劇部の公演。そして、今日の2時が最後だ」

「え…!私それ見てないよ!う~どうしよ、きーくん~!い、今から観に行けない?」

「……見回りがあるからな」

だから無理だときーくんが直接言わずに伝えると、佐登先輩がうぅと唸って顔を俯かせる。

そんな彼女を見兼ねてか、山中が口を開けた。

「…佐登委員長。生徒会がカメラを置いて舞台は記録してますし、後で特別に見せてもらえば良いと思いますけど」

「……」

だが、反応はよろしくない。

ゆっくりと下げていた顔を上げると、瞳の端にうるうると涙が貯まっていた。

…ついさっきも似たようなのを見た気がする。

けれど、今回は立場が違うから気楽に居れる。

「…このあとの観に行っちゃ駄目…なの…?」

「ぐっ…」

きーくんが唸ったのは泣きそうな佐登先輩に、ではなく辺りを通る人のあいつ女の子を泣かせているという肌に刺さるようなキツい視線。

関係ないはずの俺もなんだが無性に距離を取りたくなるぐらい冷たく、当の本人ならばより一層だろう。

テレビにも出てしまっているし、ちょっとした有名人なのかもしれない。通りかがりの女子中学生も「うわー…かわいそー」ときーくんを辛辣に睨む。

そこに矢波先輩もウッキウキで乗っかる。

「生徒会長が女の子泣かせたー。うわーひどーい」

「や、矢波っ…!」

「きーくんの…バカぁ…」

「うぐ………わ、分かった…。今のをとりあえず提出したら、一旦休憩ということにする…。はぁ」

「やったー!…あっ!」

まるで元からそうだったかのように佐登先輩の表情がころりと明るくなり、バンザイまでして喜ぶが、その拍子に抱いていたお菓子が床へと落ちる。

散らばったそれをため息を吐いていたきーくんとダブル山中が俺たちが拾う間もなく慣れた手つきで回収し、また佐登先輩の腕へと返した。

その手早さは、何回も繰り返しているようだった。

「…まぁ、そういうことだ。そろそろ行かせてもらう」

「ふふふ~♪やーちゃん、春ちゃん、仁田くんもじゃあね~!」

「うんっ、みやちゃんもじゃあね」

「じゃーねー」

俺も先輩達に続いて小さく頭を下げた。

佐登先輩を傍にして生徒会長が歩いていき、一も桜丘先輩に向かって腕をブンブン振って人の波に追って飲まれていく。

「…では、私も。…冬花ちゃんが待ってますので」

佐登先輩の笑顔にこっそり釣られていた山中も、さりげない自慢と会釈をして去り、眼鏡もいつの間にか隣から姿を消していた。

眼鏡…ありがとう…廊下の平和は君のお陰で救われた。

別れると、話していて空いた三人の距離が自然と埋まる。

それじゃあと目配せをして、止まっていた足を動かし始めた。

何となく、ふと湧いた疑問を話題になればと振ってみる。

「あの…佐登先輩も矢波先輩も、なんであんなに泣く演技上手いんですか…ちょっと怖いんですけど」

桜丘先輩は当てはまらないが、矢波先輩もあれぐらいころっと変わった。

聞くと、前と同じようにあからさまに演技っぽく泣き崩れる。

「ううっ…灯くんが僕を怖いって…そんな…ぐすん…」

「…そういうところです」

そして、やはりころりと表情が戻る。

「ま、女の子だからね。あ、でも多分みーやのあれは演技じゃないんじゃないかも」

「そうなんですか…。…なら、あのもしかして…」

「わ、私は本当に恐かったんだよ!?」

俺がまさかと眼差しを向けると、声を上げて桜丘先輩が否定する。人混みにそれは響いてしまったようで、集まる目にううっと顔を朱にして桜丘先輩の身体がきゅっと縮こまった。

「む、まさか春ってば以外と悪女?」

「や、やーちゃんも変なこと言わないでっ!」


窓には暗幕が垂れ下がり、そこから微かに漏れる日光が、ざわめきを響かせる体育館で照明代わりに機能していた。

そこそこ早めに付いて見上げることも遠いことも無い良い席が取れ、けれど結構な時間待たされるのかと思い、先輩達の適当な会話に相槌を打っていると、舞台の下に置かれたマイクに劇の説明係が立ち、満席になったために繰り上げて始めると全体に伝えた。確かに、振り向けば空いているような席は見受けられない。つまり、そこまで人気なのだ。

暗幕の隙間も閉じられ、ライトが舞台を煌々と照らし、すでに置かれていたセットが色をはっきりとさせ姿を現す。

最初は劇団の方かららしい。

ゆっくりと舞台が幕を開けた。


その話は静かな港町から始まった。

そこに住む少女は父親を昔に亡くし、母親が一人で切り盛りする店をこれまでずっと手伝ってきた。

だが、その母親も難病に侵され父親から受け継いだ店も休むことを強いられてしまった。

一人、ボーッと海を少女が眺めているとふと、噂話が耳に届いてきた。

それは摘めば永遠の幸せを手に入れられるという幻の虹色の花。

その話を聞いた少女は、母親を救うため港町を出て、遠く具体的な場所すら知らずに旅を始めた。

寄った街や村で友人や知り合いを作り、そして探し求めていた花の噂が何の根も葉もない情報だということ知ってしまった。

気落ちして港町に帰ったが家に母親の姿は無く、もう墓の中で静かに眠っていたという中々重いお話。

だが、少女は挫けずに旅先で得た友人達の力を借り、残された母親の手紙を読み、なんとか店を引き継ぐ決意をする。

そして店は港町一番の物となり、その庭には誰に摘み取られる事もなく、儚げに虹色の花が風に揺れていた。

…そこでエンディングを迎え、この場全体に涙を誘うような空気を残して舞台の幕が降りた。

次の準備までの短い休憩が持たれ、その間、辺りはこそこそと感想を言い合う場所と変わる。

少女の健気に頑張る姿は人気だったらしく「頑張ってほしい」とか「幸せになって」とか雑談の切れ端が耳に届く。

その中になんかやけに近くからぐすんぐすん聞こえると思って矢波先輩を挟んで隣を見れば、桜丘先輩の瞳が潤み、ハンカチでそれをくしくし拭っていた。

そしてその潤む瞳と視線がぶつかってしまう

「…すみません」

「ううん…ぐす…お話も良かったんだけど…久しぶりにこういう話が見れたことにも感動しちゃって…」

「……」

「む、な、なにその灯くんの文句ありげな目は。た、確かにちょーっと偏って見せちゃってるかもだけどー…」

感動の方向が違うことの原因である矢波先輩をちらりと見ると、視線が逸れ非を認めるような言葉が尖った口から発せられる。

よく見ればかく言う先輩の瞳の端にも、うっすら涙のような物が見えていた。

が、俺が気づくとそれはすぐに制服の腕でスッと拭い取られてしまう。

「ぐす…やーちゃんも、ハンカチ使う?」

「ん、良いよ。春の方が凄いことになってるから。…拭いてあげるからやっぱり貸して。本当に春凄い事になってるけど…」

「うう~…」

矢波先輩が桜丘先輩の真っ白なハンカチを取り、ポンポンと溢れている涙を綺麗に拭いていく。だが、拭いても拭いてもすぐに追加の涙が頬を伝って落ち、あーあーと声を漏らして矢波先輩がまたそれをハンカチで拭う。

何度もそれを繰り返すと、やっと涙が出てこなくなる。

「やっと止まった」

「ぅぅぅ…」

「もー、そこまで泣かれると僕が悪いみたいになるじゃん…」

「実際悪いじゃないですか…」

「う…灯くんが僕に堂々と文句を…」

ちゃんと反省はしてくれているのか、恨み言のように言葉を放ると向いている背中がしゅんと小さくなる。

ハンカチを返し、前を向いたその顔は反省してくれているような、何処か不満のようなそんな感じの顔だった。

と、そこでまた説明係がマイクの前に現れて次の準備が整ったことを話し、そのタイトルを体育館に告げる。

次の舞台はシンデレラ。

劇団の方がかなりの出来ということもあり、そのプレッシャーは中々の物だろう。

だが、それもきっとこれまでの二日間で慣れ、最後のこの公演は何にも邪魔されること無く最高の形で仕上がっているのだろう。

降りていた幕が上がり、先程とは変わったセットが光を受けた。

やはり、ほとんどが知っている有名な話だけあってか、子供の無邪気な声が所々に聞こえる。

だがそれに阻まれること無く演劇部は物語を進めていく。

普段ならば見ることすら無い、質素な服に身を包んだ城戸さんもといシンデレラが舞台に現れた。

シンデレラはその美しさ故に周りに虐げられながら、お城で開かれると言う絢爛豪華な舞踏会を夢見ていた。

周りがドレスに身を包み、シンデレラを演技とは思えない高笑いで見下して、その舞踏会へと繰り出していく。

残されたシンデレラは一人立ち上がり、窓の外に写る夜の暗闇の中、太陽のように輝くお城を羨ましそうに思い耽けて見つめる。

「…あぁ」

そのため息のような声が観客の喋り声を奪い、静かに響き、複雑な心情を現した横顔は人を惹き付け息を呑ませる。

ぽつりと頬を伝う涙が光を乱反射して宝石のように耀く。

そこに魔女が突然姿を見せる。

ただ一人羨むシンデレラに、カボチャの馬車と純白のドレス、そしてまるで今の涙のように透き通るガラスの靴を渡した。

「これを…私に…?」

「あぁ。ただ、忘れるんじゃないよ。その全てが12時を過ぎれば魔法が解け、元の形へと戻ってしまう」

「12時…」

時間に囚われながらも、夢にまで見た舞踏会へと駆けていくシンデレラ。

ドレスに身を包み、整えられた金色の髪を揺らし、舞台でコツコツとガラスの靴を鳴らしていく。その本来の美しさに、矢波先輩も桜丘先輩も観客全員が言葉を失って視線を釘付けにされていた。

まるで本物のシンデレラのようだった。その気品も所作も振る舞いも何もかもが前に笠木さんに連れられて見た物を優に越えていた。

物語としてなのか、はたまた本当に城戸さんの美しさに見惚れてしまってなのか、舞踏会へと向かえばシンデレラはすぐにでも周りの視線を全て彼女に集めさせ、彼女は楽しい一時を過ごしていく。

「…あなたは?」

聞き慣れた声。

貴族風の服を着た新崎、もとい王子が舞台の脇から現れる。

爽やかな出で立ちということもあってか、その服に違和感も不似合いも見つけられない。これまでの制服の方がむしろ似合わなかったのではないかと思うぐらいに。

シンデレラがその質問に答えようとしたとき、時計の針が12時を間近にしているのが彼女の目に入り込んできた。

魔法が解けてしまえば元の姿をここで見せてしまうことになる。慌てて、シンデレラは質問にも答えられずに逃げ出し、その時に片方のガラスの靴が脱げ落ちる。

「あっ!」

だか、追ってきた王子が見え、拾うことも出来ずにお城からシンデレラは離れてしまう。

そして、王子は残されたガラスの靴を見つけ、あることを閃いた。

王子は全ての娘を集め、一人一人ガラスの靴を履けるかどうかどんどんと試していった。

合えば、その娘と結婚すると告げて。

それを聞いて出来た長い列にはもちろんシンデレラもいた。

シンデレラを虐めていた女性達が履けない中、ついに順番が彼女へと回ってくる。

恐る恐るそのガラスの靴へと足を伸ばせば、すんなりと靴は持ち主を現した。

「あなた…だったのですね」

「…はいっ」

シンデレラを見上げた王子はその手を掴み、ぎゅっと強く抱き締め、そこで幕がゆっくりと降りていった。

てっきり同い年付近が抱きつくと言う行為で色めき立った声の一つでも上がるかと思っていたが、響いたのはパチパチと感動を音にした拍手だけ。

矢波先輩達もハッピーエンドに微笑んで、拍手を繰り返していた。

…俺はただボーッと観ていただけだった。

けれど、だからこそ分かったことがある。

演劇部の実力は考えていたよりも高かった。

きっと、何回も台本を読み重ね、自分で幾度となく練習をしてそれで得た実力なのだろう。

まるで役一つ一つがはまり役のように見え、無駄な動きも失敗も違和感も脇役なのに見せることは無かった。

そして、新崎と城戸さんも急に出ることになったはずだったというのに、演技は完璧だったとしか言いようがない。

けれど、どうしてかという理由は深く考えずともすぐに分かってしまった。

新崎も城戸さんも主人公とヒロインを演じていたのだ。

城戸さんは急ごしらえとは思えない演技力の高さ。

元々、本当にお姫様をやっていたこともあるのかもしれない。

城戸さんの細かい所作も言葉も、お客に伝われば雑談さえ発することを止め、皆、息を呑んで次に発せられる言葉を静かに待っていた。

体育館が一瞬、舞台の上以外には誰もいないかのように錯覚させるぐらいに、静寂が広がっていた。

新崎も本当に似合っている。

立ち振舞いも、表情も王子らしく、だが不必要に気取ることはなく。

元々は子供向けの童話のはずが、それを崩し、その上子供達もしっかりと惹き付けていた。

そこに自覚は無かったにせよ、主人公らしい行動とヒロインらしい行動。

それを無意識の内に行っていれば、物語を完璧に演じることなど造作もない。

元々、役になりきっていたのだ。

だからこそ、息を呑ませ、視線を集め、感動を伝える事が出来るのだ。

この劇の出演者全体が、適材適所という言葉が当てはまり、一片の綻びもなしに物語を演じきった。

ならば、面白いに決まっている。

人目を引くに決まっている。

劇はこうでなくては面白くない。

物語はそうではなくては人気は得られない。

…なら。

あぁ。

やっぱり、俺にあの物語(ばしょ)は似合わない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。