↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブに慈悲はない…?  作者: いす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
80/110

80話目

80話目です

誤字・脱字があったら報告して頂けるとありがたいです

文化祭の開祭式が行われ、昨日も似たような事を

やったはずなのにまたクラスで円陣を組み、結託を確認し、持ち場へと皆が移動を開始していく。

暗幕で光が遮断され、真っ暗となったクラス。

まだ始まったばかりだからかこの階に人が集まっている様子はなく、しかし、窓の外から小さく届く人の声がいることをはっきりと伝え、緊張が全体に密やかなざわめきとして駆けていく。

リーダーとして頑張ってくれていた茶髪ガールが携帯のライトで足元を確保し、今の内にと一人一人に「頑張って!」や「ファイト!」とあちこち声を掛けて士気を高めていく。

そしてその声援はただ紐を引っ張って骸骨を降ろすだけの俺にも向き、それに目線と会釈だけで答えた。

と、そこで扉のガラガラと開く音。

そして暗幕の足元に光が抜けた。

どうやら一人目のお客が来たらしい。すぐさま携帯のライトはパッと消され、「それじゃ」と、闇の中へと影で黒に染まった茶髪を揺らして消え去っていった。

ギイッと扉の閉まる音は不気味に雰囲気を醸し出した。


そろそろ結構な人を驚かせてきたのではないだろうか。

お客の並んでいない今。

気を抜いて辺りでこしょこしょと起こる雑談や、じゃれついておどかしあったりしているのを聞きながら、大きく光が溢れないようポケットから少しだけ出してスマホを付け、時間を確認する。

長々やってきたつもりではあったが時計はまだ昼には程遠く、11時までもそれなりの時間があった。

となれば、今新崎達は絶賛体育館にて劇の本番だろうか。

初日の一回目。

妹に返して貰ったパンフレットを読むに、何やら今回は劇団と演劇部は一緒になってするわけではないらしい。

記憶を辿るに、投票でどちらがより票を獲得できるかというバトルのような形を取るらしい。

思い返してみれば前に体育館に連れてかれた時も、劇団員らしい人達はいなかった。

シンデレラという劇の選択も、子供受けを狙ってのことだったのだろうか。子供がしっかりと練りに練られた評価を出して投票するとは考えにくい。

ならば、とりあえず知っているからという理由だけで演劇部が選ばれる可能性も高くなるものだろう。

いや、こんな姑息な考え方でやっているわけじゃないんだろうが、とにかく票は拮抗した良い戦いを見せるかもしれない。というか、まぁ主人公がいる時点で大団円なのは間違いないのだろう。

俺の仕事のシフト上、劇を観に行くとしたら午後の2時の方の講演となるが、やっぱりどうしても行く気にはなれない。観に行ったとしてもやはりまともにそれを観れる自信がない。余計な考えに阻まれ、劇を観るのではなく主人公を見に行くだけになるのだろう。

それは物語の楽しみ方としては間違っている。

…いやでもラノベでは絵しか見ないとかいう人も結構いそうだし…。

と、そんなことを考えていると扉の奥、つまりクラスの受付け口の方からシャンと鈴のがなる音がした。

最初こそお客が来ても何も鳴らしていなかったが、事前の通達も無しに来られると結構バタバタすることが分かり、急遽(きゅうきょ)、このお化け屋敷の中のセットから開始の合図になればと鈴を受付が見繕って行ったのだ。

お客もそれは演出として受け取っていてくれるだろう。

鈴の音に少し遅れて、ひそひそと会話を立てて、声から察するに男女のペアらしいのが扉から入ってきた。

のそりと暗幕に制服を擦らしながら、フックに掛けておいた紐を手に構えた。


…もういい加減解放してくれても良いんじゃないだろうか。

このしゃがみながら骸骨を降ろす単調作業。思いの他長く繰り返していると疲労を貯める仕事だったということが解った。

しかし、前日までの俺もそしてここのクラスメイト達も長時間という程の時間、通しをやっていなかったがためにそれには気づいていなかったらしく、俺一人に丸投げで昼まで交代も休憩も設けてはくれなかった。

それこそただ紐を引っ張って骸骨落として回収してだったら良かったのだが、そのタイミングをこっちで集中力を使って図らねばならず、他の直接驚かしに行くのとは違って一定回数事に予備の人と交代みたいなのも無いから身体もギシギシと痛くなってくる。

ホワイトに見せ掛けていたが中身はとんだブラック。チョコの入った饅頭である。

文句を言おうにもこの苦しみを誰も知らないがため、話したとしても軽く流されそうな気がしてならない。

時々さっきみたいに少しばかり客が途切れて休みも取れるが、それだけで満足な休息だとは言えない。

このぉ…このぉ…。

直接そのまま何も無しに出ていっても悲鳴の一つを上げられそうなぐらいに周りの奴等を怨みを込めてジトッと睨んでいると、不意にちょんちょんと背中になにかが触れ、ゾワッとして身を震わせながら振り向く。

向けば、茶髪ガールが手持ち看板片手に立っていた。

「もうお昼の休憩に入っても大丈夫だよ。お疲れさま」

「え…あぁ、はい…」

口に手を当てこしょっと内緒の話みたくそう言われる。

戸惑いながらも頷くと、その茶髪ガールは他にもちらほら声を掛けながらクラスから出ていった。

同じことを言われたのか、声を掛けられた奴等がドンドンと使っていた小道具を適当に置いて、んーっと背伸びだったりをして早々に出ていったりしていく。

持っていったあの看板は一旦終了ということを外に示すのが書いてあるのだろう。

俺も骸骨の紐をフックに引っ掛け、立ち上がって痛む腰をグッと伸ばす。

そのままグニグニ身体を労りながらクラスから出ると、久しぶりの日光が強く照りつけてくる。

空は快晴と例えるに等しい天気で、それによって生まれた人混みに流されないよう気を付けながら窓の奥のグラウンドを見渡す。

グラウンドの場所取りを制したのだろうか、野球部らしき部活が真ん中辺りに的当てゲームっぽいのを立て、それが和気あいあいと盛り上がっているのはこっからでも分かった。

それで、どうしたものか。

お昼という時間的にも腹はぼちぼち空いてきてはいるが、だからと言って家庭科部に行くのも乗り気にはなれない。

タダ券を貰っているとは言え、果たしてこれに効力があるのが疑わしい所でもあるし、もしかしたら全く無くて良い値段取られるかもしれない。

そう言えば玄関の方にはあれこれ屋台が揃っていたはず。

クラスからの他にも、学校側が用意した名前の聞いたことのある店も並んでいるとかなんとか。

まぁ、最悪こっそり家に帰って適当に済ましてくるという案もある。戻るときには適当に飲み物詰めたビニール袋とか片手に小走りで帰れば勝手に買い出しか何かと勘違いしてくれて教師からも止められることはないだろう。

俺の一般人の演技力、舐めて貰っては困る。伊達に長らく一般人やってない。

どちらにせよ、ここで立ち止まっていては意味がない。

時間潰しも兼ねて他のクラスを覗きながら行こうと決め、廊下の奥に視線を運ぶと、まるで運命的かのように視線がパッと合う人がいた。

「……」

「………」

…妹。

友達と一緒に来ているのか、似たような背丈の女子と一緒に談笑をしていたようだったが、視線が合うと妹の動きがぴたりと止まる。

その異変に友達の方は気づいていなかったが、すぐに妹の方はハッとして顔を背け、また会話に戻っていってしまい、最終的には友達の腕を取ってクラスの中へと消えていってしまった。

別に俺視線が合ったら何がなんでも来るポケモントレーナーとかじゃないんですけど…。

せめて一言ぐらい会話はさせて欲しかったが、あんな態度を取られてはそれも失せてしまう。心に空しさを抱えながら、本当に家に一旦帰ろうかと止まっていた足を進めようとすると、不意に俺の腕も誰かに取られた。

そんな!本当にポケモントレーナーじゃないんです!

ポケモンレンジャーなんです!

と、振り向けば見慣れた黒髪が下に見えた。

「はぁ、見つけました…」

「…山中」

「ちょっと来てもらって良いですか?」

「なに」

逃がさないようにか取られた腕に力が入り、そのままグイッと身体を引かれる。

「なに…本当になに」

何度も尋ねるが答えは帰って来ず、人の隙間隙間を縫って彼女は廊下を進んでいく。

途中、妹の入ったクラスの前を通り何となく覗いてみたが、美味しそうにアイスをほうばっていた。

「…ん?」

視線を横に向けたとき、もう一つ見慣れた頭が下に見えたような気がして、視線を床に落とす。

「灯…?」

「ふ、冬花ちゃん…」

そこにいたのは野良の天使。

俺と視線が合うと小さく首をこてんと捻り、俺と同じようにして腕を引っ張られていることを見せてくると、「おそろい…?」ととてつもなく嬉しいことを言われた。

しかし、尚更この状況がどうなっているのか分からず、冬花ちゃんに変な馬鹿がまとわり付かぬよう、辺りを細心に警戒し、冬花ちゃんの前に出て守護するようにしてまた山中に声を掛ける。

「なに、これは…」

「とりあえず付いてきたください」

付いてくるもなにも腕が掴まれている以上、足を止めることも逃げることも出来ず、素直に山中に引っ張られていくしかない。…レンジャーなのに。

廊下を進み、階段を一階まで下りていく。

一階も一階でやはり人は多い。というか、一番混んでいるかもしれない。

ふと見えた中庭にはテレビで見掛けたことのある今流行りのアイドルも舞台にいた。

しかし、すぐに壁がそれを遮り、視線を山中の背中に変える。

と、そこで山中の足が止まった。

「到着です。冬花ちゃん、我慢してくれてありがとね、お腹、結構空いちゃったよねー?」

「うん…」

冬花ちゃんのもこもこふわふわの髪を撫でることに嫉妬を感じて、それを視界から外すために上を見上げると、その部屋の名前が書いてあるプレートが目に入る。

家庭科準備室と書かれたプレートに、隣を見れば家庭科室があり、昼食のためかかなりの人が行列を成していた。

漂ってくる香りも空腹を誘ってくる良い香り。この並んでいる人も同じものに誘われたのだろう。

山中が準備室の前に置かれた『立ち入り禁止』と貼り付けてある椅子を少しどけて冬花ちゃんを連れて入り、俺も誘われるがままにそこに入っていく。

「失礼します」

「ご飯…!」

「お、二葉ちゃんに冬花ちゃん。ちゃーんと灯くんを捕まえてきてくれたね」

桜丘先輩に加え面識もない他の家庭科の部員が丁寧に料理を作り上げていく中、食器をカチャカチャいじってた矢波先輩がすぐに反応してこっちを向く。

他の部員は俺らが来ることは知っていたのか、ちらりと見ることはあってもこそこそと話し合う様子はない。

それは前の荷物持ちの時にトラウマになりそうなぐらいにされた。

開かれた家庭科室に通じる扉の奥に、ウェイトレス姿の佐登先輩と栗原先輩、それに家庭科の部員が慌ただしく接客に励んでいるのが見えた。

「ええ。頼まれた通りです」

山中が冬花ちゃんを真ん中にある大きなテーブルの椅子に誘導し、自分も隣に腰かけながらそう話す。

「なんでそんな事を…」

自然と口から疑問が漏れ、それに矢波先輩がスプーンやなんやをテーブルに並べながら答えた。

「灯くんの事だからどーせ、ここに食べには来ないんだろうなーって思ってたから」

「………」

「当たってるでしょ?」

見事に図星で言い当てられ、視線が彼方に泳いでしまう。

その動きが正解と告げてしまったようで、ふふんと得意気に先輩は鼻をならした。

俺が面倒くさい人間ということを理解している…。

ここまで連れてこられてしまってはと諦めて、俺も山中から少し離れたところに椅子を引っ張って座った。

「だ・か・ら。そんな灯くんを無理矢理にでもここに連行して来ようってことで二葉ちゃんにお願いしたの。最初は僕が自分でって考えてたんだけど、お昼は見ての通り大忙しだったから行けなくて」

「私は本当は嫌だったんですけど、終わったらご飯食べさせてくれると言われて…」

「山中がそれに食い付いたのか…」

腹ペコキャラは山中も持ってたの…と、見たがそんな彼女の優しい視線は何故か下に落ちている。

「その話に付き添っていた冬花ちゃんが食い付きまして。これはなんとしても達成しなければって思って」

「…そう」

まぁ、冬花ちゃんの犠牲になれたと考えれば悔いは残らないし、冬花ちゃんも食いを満喫できるから皆ハッピー。

スプーン片手にまだかまだかとルンルンそわそわしている冬花ちゃんの瞳を見て、矢波先輩が「それじゃ、作ってくね」と台所へとくるりと向き合った。

変に話しかけて集中を削いでも迷惑だろうと、話で気なったところをなんとか山中に切り出す。

「…ずっとクラスの前で待ってたのか」

もし具体的なシフトを知らなかったならば、山中はいるかも分からない俺をひたすらに待っていたか、もしくは歩き回って探していたこととなる。

適当にクラスの奴の誰かに俺の動向を聞いていたならばそれで良いが、もしも待たせていたのならば結構な時間を食わせてしまったかもしれない。一年生は一回目の文化祭。それにプラス初日。

ビックイベントの邪魔をしてしまったのかと罪悪感が小さく芽生えてきてしまう。

謝りの言葉でも考えていたが、山中はいいえと首を横に振った。

「一に頼んで先輩の時間、見てきましたから。文化祭の提出書類に昼に一気に交代で、午前の方に先輩の名前が」

「…何故そこまで」

「冬花ちゃんのためです」

「ご飯…ご飯…むふ~…♪」

「…まぁ…うん…なるほど」

淡々と答えられ、生返事みたいな声音で返事をする。

きっぱり冬花ちゃんのためと言い切れる辺り、本当にもしかしたら俺よりも想いが勝っているのかもしれない…。

時間が冬花ちゃんへの想いを断ち切らせていてくれたものだと思っていたが、新崎関係無しにこう関わってしまうと動悸が止まらなくなっていく。今の俺を車のエンジンにしたら割と良い速度出る。

と、恋煩いに悩んでいると家庭科室でわちゃわちゃ働いていた佐登先輩の瞳がこっちに向き、そしてキランと光り輝いて、猛スピードで飛び込んできた。

「二葉ちゃーんっ!」

「うっ…さ、佐登委員長…」

首に腕を回され、ぎゅーっと締め付けられながら山中が辛そうに言葉を漏らす。

その瞳も段々に鋭くなっていき、それに合わせてグググと佐登先輩を離していった。

「は、離れてください…!苦しいんですからっ!」

「も~♪二葉ちゃんたら照れちゃって~ほら、もう一回、ぎゅ~!」

「あ、あの…うぐ」

「……」

「あの二人はね」

「…えっ、あ」

どういう仲なの…とボケーッと二人のやりとりを眺めていると、急に耳に至近距離から声がしてビクッと跳ねながらそっちを見れば、桜丘先輩が俺に耳打ちをしていた。

「あ、ごめんね。急に驚いちゃうよね」

「いや、すみません」

「ふふっ。それでね、みやちゃん、前に委員長って言ってたけど、あれ実は風紀委員の委員長さんなんだ。二葉ちゃんも、確か風紀委員だったよね」

「風紀委員長…」

確かに、それならそこの委員である山中と関わりが合っても不思議はない。

だが正直な話、佐登先輩が風紀委員長と言うそこそこの大役を全う出来ているとも考えにくい。今も、消えた佐登先輩を探して追ってきた栗原先輩に首根っこを捕まれ、「うわ~ん!二葉ちゃ~ん…!」とじたはだしながら家庭科室へと連れてかれていた。

その姿に風紀委員長という姿は重ならない。

解放された山中は疲れたように「…ふぅ」と吐息を漏らして乱れた制服をぱっぱと払い整える。

「……」

「…なんですか」

「…いや、別に」

一に委員長に山中に苦労を掛ける人間が多くて大変そうだなー…と考えているとそんな山中の腕を冬花ちゃんがぎゅっと握った。

「むー…」

「ど、どうしたんですか?冬花ちゃん」

「うー…」

うーうー唸っていた冬花ちゃんだったが、首をかしげる山中を見上げると握っていた腕に今度は強く抱きついた。

それに山中が「はぁっ…!」と何か凄い声を出し、反射的に目を背けていた俺にあのあのと声を掛けてちょんちょん背中を叩いてくる。絶対に見ない。

しかし、目は見えずとも距離が近いために声はしっかり届いてくる。

「二葉…あの人…だれ…?」

「佐登先輩…私が入ってる委員会の委員長、ですが…あの、冬花ちゃん私に、私に、抱きついてど、どうかしたんですか?」

ちゃっかりアピールされ、身体を完全に背け丁度炊き上がった炊飯器の置かれたキッチンへ指す。凄く艶のある良いご飯だなぁ…。もちもちで真っ白で…まるで冬花ちゃんのほっぺみたいだぁ…あぁぁ。

「分かんない…けど…ちょっと…モヤモヤ…したの…」

「も、モヤモヤ…ですか?」

「うん…」

「そ、それって…!」

山中も冬花ちゃんにとってかなり親密と言える程の友好関係を築いていたらしい。

くーっと唸るような声を抑えるような感嘆の息が聞こえ、「先輩!先輩っ!」と声嬉しげにまたバンバン肩を叩いてくる。

一度叩かれる事に肩が落ち、気分も落ち、ついでに椅子からも落ちそうになって体勢をしっかりと直す。崖からも落ちそうだった。

と、俺が遠くを見つめてからしばらくすると、カチャッと金属のような音がしてちらりと向けば、テーブルに三つのオムライスが乗っかっていて、矢波先輩がえっへんと胸を張った。

「かんせーい!どう?凄いでしょー?」

「ぉぉ…!」

チキンライスの上に衛生的な問題故だったのか半生ではなくしっかりと火の通ったオムレツ、それにデミグラスソースがまんべんなく掛かっている。

その出来映えは見てすぐに分かるぐらい良く、冬花ちゃんの視線もオムライスに釘付けとなり微動だにしない。山中がちょっと落ち込んでた。

だが、お世辞無しに本当に店にありそうなもので、ここに人が並んでいる理由も分かったような気がする。

「灯くん、僕の実力召し上がれ♪…あ、やっぱりこっちじゃなくてケチャップでハートとか描いた方のが良かった?」

「…からかわないでください」

「んふふ~♪お茶持ってくるねー」

にひひと笑い、先輩がターンのようにくるりと踵を返して傍の冷蔵庫を開け出した。

山中と冬花ちゃんが「いただきます」と、手を合わせたのを俺も真似て、ステンレスのスプーンを手に取る。

チキンライスとオムレツ、デミグラスソースを一気に纏めて掬いぱくっとほうばった。

「美味しい…」

「…ほんと?」

「えぇ」

紙コップ片手に帰ってきた矢波先輩が俺のリアクションを見て、首をかしげながら覗き込んでくる。

ほのかな酸味がーとか玉子に混じった旨味がーとかそんな知識も舌も何もないから具体的な事はろくに言えないが、それでもはっきりと美味しいことは口に出せる。

隣の山中も口に手を当てて、クオリティの高さに驚いている。冬花ちゃんは言わずもがな。

こくりと頷いてもう一口食べると、先輩の口の端が緩む。

「ふふ、そっか~♪ふふ~もう、灯くんってば僕にメロメロか~♪」

「なんでそんな言い方に変えるんですか…」

「あ、お代わりあるみたいだから、欲しかったら私に言ってね?」

桜丘先輩がそう言うと真っ先にほっぺが風船を詰めたみたいに膨れ上がった冬花ちゃんが何も残っていないお皿を掲げ、「おかわり…!」と宣言した。

かく言う俺は何故だか矢波先輩に真正面に席を置かれ、まじまじと観察されていて居心地が悪い。

「…あの、ちょっと食べづらいんですけど…」

「んー、気にしない気にしない。ほら、もっと食べて?」

もっと食べるための会話だったと言うのに、流されてしまってはどうしようもない。

無意識の内に背筋が伸び、変な所を見せないようにと一つ一つの動きが丁寧になってしまう。お嬢様みたいな所作になってた。

「灯くん、キノコ嫌い?」

「…まぁ」

普段あまり進んで食べていない事もあってか、無意識の内にチキンライスに混じっていたマッシュルームを避けてしまっていたらしい。米に沿うようにして残していたそれが段々に壁を作り始めていた。

「しょうがない、僕があーんをしてあげよう」

「いや、食べれますから…」

「照れなくても大丈夫だって。ほら、スプーン貸して」

貸したというか半ば奪われるようにしてスプーンが先輩の手に渡り、残していたキノコを一気に全部掬ってそれを俺に指す。

一個一個ならともかく、流石にこれは厳しいものがある。

が、そんな俺の意など介さずに「はい、あーん♪」と愉しげにスプーンを近づけてくる。

「だからあの…」

「隙ありーっ!」

言葉のために口を開けた瞬間、スプーンが差し込まれてキノコを口に残して去っていく。ピッコロみたいに吐き出すわけにも行かず、大量のキノコを噛んでいく。

嫌いである噛んだときの汁みたいなのが全体に溢れ、自然、顔が嫌悪感で歪んでいく。

なんならちょっと涙がこぼれたかもしれない。

流石に傍若無人も俺のしかめっ面を見て色々悪いとやっと思ってくれたのか、不安げな瞳がちらと俺を覗き込んできた。

「あー…だ、大丈夫…?お、お茶、飲む?」

「やーちゃん、流石に一回であんなにたくさんはダメだったんじゃ…」

「うー…ごめんね…?」

何とかお茶で腹まで流し込み、うっすら残った味は耐えるしかない。

文句を言おうにも、しおらしくされては攻めるに攻めれない。まぁ、キノコがどれぐらい嫌いかなんて矢波先輩は知りようがなかったのだ。

俺が明確に伝えないと知りえない物に文句を言うのは違うだろう。

それにさっきからお茶を飲みきる度に桜丘先輩から「大丈夫?」と声を掛けられながら新しいお茶がわんこそばのように汲まれ、そろそろ胃がタプタプしそうになってきた。

キノコよりお茶の方がむしろ嫌いになってしまいそうになる。

「お茶…もう大丈夫です…」

「あ!コーヒーとかに変える?」

「いや、飲み物が…」

「…あ」

結構大きめなサイズの容器に入れていたお茶が、4割近く減ったことにやっと気づいてくれて、あはは…と気まずそうに微笑んで容器を冷蔵庫に片付けた。

「一も最初はそんな感じでした…」

「急になに…」

ふと山中から声がして見れば、過去を振り返っているのか遠くを見つめてしみじみ感慨深そうに喋っていた。

奥の冬花ちゃんは俺のことなんて気にせずに三杯目のオムライスに幸せを感じている。

だよね。

「いえ、昔の一(はじめ)もピーマンが食べれなくて、いっつも泣きそうになって…今はもう平気なんですけど」

「そう…」

一応共通の知り合いということもあってか、そののほほんとした思い出話に桜丘先輩がくすくすと小さく微笑む。

なんで一の好感度がちょっと上がったの…。


昼食を食べさせて貰い、1時を回ったところになると山中と冬花ちゃんが新崎の劇を観に行くからと準備室から駆け足で出ていった。

俺も初日だし適当にブラブラ回ってみようかなと続いて席を立とうとしたが、真正面に座っている矢波先輩が未だにに少し落ち込んでいるのが目に写り、そのままにしておくのも考え物だと椅子にまた腰掛ける。

そんな俺に桜丘先輩が小声でごめんねと謝ってくれた。

そしてそれは遠回しにこれを解決するようにと頼まれたこととなる。

「うー…うぅ…」

「…今回は両成敗ってことで良いんじゃないですかね」

「でも…損したの君だけだし…」

「…その分はオムライスが補ってくれてますし」

実際、キノコを一気に食べたお陰もあってか残りのオムライスは無駄な手間もなしに美味しく味わえた。

元々は荷物を運ぶ引き換えとしてではあったが、バスがほとんどだった輸送で全て引ききれる訳ではないぐらいに本当に満足。

ならば、もうこれでチャラで良いんじゃないかと言ってみる。

もし一方的に全ての罪を俺が被ろうとしても、自分の行動がはっきり悪いことだと思ってしまっている以上、先輩は認めてくれないだろう。

ならば、その罪悪感を消すのではなく軽減させればいいのだ。

しっかりと二人で罪を認めて、それで恨みっこ無し。

テーブルに頬を乗せ遠くの壁を見ていたであろう視線が、頭と同時にこちらへ向く。

「まぁ、二人が悪かったって言うことで」

「………ん、分かった」

やっと先輩の身体が上がる。

その頬はずっとくっつけていたせいかじんわりと跡が赤く残っていた。

「ふぅ、これで解決だね。にー…灯くん。あ、なんだったらこれから休憩だし三人であちこち回ってみる?」

「まぁ」

手をパンっと合わせ鳴らし、閃いたと桜丘先輩が提案するが、矢波先輩はううんとそれを断り、てっきり付き合わされるかと思って立った俺の足が止まる。

「良いよ。灯くんも一人で行きたいところとかあるでしょ?春の案は最終日のお楽しみに取っておく」

「え。いや、暇ですし…今日からでも…何処へでも付いてきますけど」

「んーん」

口を結んで首の振りで答える。

「ほ、本当に良いの?やーちゃん」

「…うん」

「まぁ…じゃあ…その失礼させて頂きます…い、良いんですよね?」

「うん。文化祭、楽しんできてね」

思っていたよりもショボくれているのか、はたまた単に用無しという事なのか、何か足りないような気がしながらも悩む頭を下げて廊下に出る。

相変わらず一階も外も賑やかで、お昼を挟んだからかその声は一層ボリュームを増しているかのようだった。

そう言えば、タダ券も相変わらず財布の中なのを思い出す。まぁ、他で使い道がある訳でもないし、言っていた三日目に会えばそこで返せばいい。

やっぱり今の無しとバンと扉が開かないかと、振り向いてみるが、椅子が塞ぐ扉は静かに次の出番を待っているだけだった。

毎回毎回嫌だ嫌だと内心不満を連ねていたが、いざこうなると不安というか……なに。

寂しさのような妙な感情が思考を遮ってきてしまう。

それを解消するため、もう一度もしかしたらと扉を見る。けれど開かないそれを背中に文化祭へと繰り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。