79話目
79話目です
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更にまた期間が空き、渡された仕事に没頭していればついに明日に文化祭は迫っていた。矢波先輩の方の仕事については、本当に最後の最後まで荷物持ちだけの役割で、女子だけの家庭科部に気まずく荷物を運べば、タダ券と丸い可愛らしい文字で書かれた手作りっぽい紙を渡されて、そこでお役ごめんとなった。
まぁ仕込みなんかの準備に至っては、それを毎日こなしている家庭科部の皆さんの方が冷凍食品混じりの俺なんかよりも得意で頼りになるだろう。
貰ったそれは財布に突っ込んである。当日にこれを家庭科部の店で使う勇気が起こるかどうか分からないけど。あの気まずさをまた堪えられる気がしない。
目前の文化祭の準備も兼ねながら、二年生だけ別の事をもう一つ考えなければいけない。
文化祭が終わればすぐに二年生は修学旅行が迫っているのだ。それを同時進行で計画していかなければならなかった。
三人で作る班決めに関しては新崎と城戸さん、そして俺ですぐできてしまい、何の事前の会話もなく自然と三人で集まってしまっていた辺り、やはり、俺に小さな居場所があるのは確かなのだろう。そこに何の疑問も違和感も持てずに加わってしまった。
今日のHRでは班で回るルートが決められ、修学旅行に向かう街である京都のあれこれを調べさせられていた。
文化祭と修学旅行。
その二つのお陰で授業が削られ、この階全体が浮き足立っているような感じがした。
昼休み。
余って使われていない部屋に皆で机や椅子を運びだし、空いたスペースに暗幕、赤いインクで血のようにして一部を塗った小道具に、LEDを纏ってちょっとしたクリスマスツリーみたいにピカピカに電飾されるであろう骸骨を運んでいく。
後ろの棚に置かれたプロジェクターも位置を細かく調整して何度も幽霊を呼び出し、念入りにお化け屋敷を完成させていく。
他のクラスもドンドンと看板やなんやを立てていき、廊下全体が綺麗に掃除されて準備を完了させていた。
泊まりがけの準備は禁止されている。だから、早いうちにどのクラスも行動を起こしているのだ。
黒板の何度も書き直された完成図をちょくちょく見ながらその通りに作業していると、本来ならば五限の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
それがお化け屋敷の完成のチャイムと代わり、黒板の前に茶髪ガールがいつの間にかのリーダーとしてドンと立ちクラス全体を見渡す。
そして大きく息を吸ってそれを声と共に吐き出した。
「みんな!ここまで計画通りに作ってくれてありがと!
明日から三日間の文化祭!絶対に盛り上げで一番を目指そうねーっ!おーっ!」
「「おーっ!」」
立ち上がって腕を掲げ、迫った文化祭への気合いを皆で声に出す。
後ろがお化け屋敷のセットで詰められていることもあり、狭いスペースの中にその声は大きく響いた。端的に言うと凄いうるさかった。
けれど、それぐらいに全員が熱心にやっていたのだ。
しっかりと考えられたルートに丁寧にこだわった装飾。
太陽を間接照明にしていた道のりも、黒の混じった赤い色の紙でライトを覆い、恐ろしげな雰囲気を作り上げた。
今の声はその出来に対しての称賛だったのだろう。
「それじゃー!みんな、明日のためにも!体調崩さないようにしてねー!かいさーん!」
茶髪ガールがそう発して、最終日の準備が終わったのだということが告げられる。
皆、一様にして返事をし、ワイワイと楽しげに話し込みながら自分の鞄を拾ってクラスを後にする。
その顔には期待と興奮が入り交じり、それを会話として分かち合っていて、まさしく青春。やはり、新崎がいなくてもこういうのは成り立っているものらしい。
俺も窓の下に並び立て掛けられた鞄の列から自分のを拾って、ちらりと当日にやる必要のある骸骨に横目を向けて部屋から出ていく。
前回にやった通しの際はそれを作っていた役がそのままだったのだが、正式に一から適職を見つけていった結果、俺に回ってきたのはあの骸骨だった。
未だ、作業に勤しんでこちらを羨ましそうに見てくる隣のクラスを抜けて、当日の動きを脳内で再確認する。
骸骨を出す場所はラスト。
箱に入ったお札を取ろうとしたときに、真上から降らして驚かせるというのが役目らしい。中々重要なポジションじゃないのかと最初は思ったが、本命は俺ではなくその驚いた後、百発百中そうなるかは知らないが、逃げようとした人が振り向いたところにあの作り物の幽霊を投影するらしい。挟み撃ちの形となる。
もし俺が失敗してしまったとしても、そうなればきっとその一瞬は逆に安堵してしまって油断しているに違いない。
不意の幽霊という一撃がヒットしてくれる、という算段らしい。まぁ、ゾンビの仮面を被って適当なところで呻めきながら出るよりはマシな仕事。それも、午前中とお昼のちょっとだけやればいいホワイト企業。楽だと分かればやる気も湧いてくる。骸骨と心をシンクロさせるためにも骨休めをしっかり取らなければならない。具体的には家に帰ったら本読んでゲームして寝る。変わらないいつもの繰り返しである。
早めに帰れる事にルンルンしながら階段を下りて玄関へ向かう。
校門をアーチ状の文化祭と書かれているであろう門が上に乗せられ、玄関口もあちこちが装飾されて当日を満を持して控えているのが伝わってくる。丁度振り向いた方にあるグラウンドも運動部がミニゲームのような施設をちらほら立てていた。
出来映えにほーと感心して辺りをあちこち見ていると、ふと見知ったような後ろ姿が見えてしまった気がする。
玄関の戸を抜けてすぐそこの階段。
そこで腰掛け、談笑に耽っている身長差のある二人の女子。あんきらみたいに凸凹なそれと似ている人を俺は知っている。
…まぁ、万が一もあるし。
本当にあんきらとかそんな可能性も無くは無いわけですし?
どう考えても見知った髪型の頭ではあるが、変に意識をしてしまえば逆に目につく行動に走ってしまうかもしれない。今は自分の仮説を信じて、平常心でその前を難なく通り抜けることが大事となる。
全然へっちゃら大丈夫…
全然心配いらないさ…
…というかそもそも、矢波先輩の目的が俺がどうかも怪しいのだ。
単に校内校外から集まり並んだ出店を見て暇を潰しているだけかも知れないし、俺に絶対関わってくるというのは勝手な自惚れだ。
証拠も確証も無いのに言うなんて恥ずかしいことこの上ない。
だから大丈夫ですよね…。
何故だが勝手に動きが慎重になる。脱いだ上履きを下駄箱に静かにサッと放り込んで、置いた靴に足を通す。
靴を履いた足で玄関を抜け、階段を降りていく。外は思いの外風が吹いていて、二階の窓から落ちる垂れ幕をバサハザ揺らしていた。
脇を通り抜けるその時に、きちんと二人に会釈をして別れを告げておくことを忘れてはいけない。忘れるからそれを求めて声を掛けられるのだ。
俺の今の一連の動きに間違いはなく、かつ違和感もない。
良し…。
「…体育祭の時もそうだけど、灯くんはどーして僕たちを流そうとするかなー?」
良くなかった…。
おっかなびっくり向けば、膝を台にして頬杖を付く矢波先輩が眉を寄せて不満げにしていた。
今の言葉も一人言のような声音で、だが確実に俺を狙っての発言だった。
「どうも」
「うう…質問も流すなんて…はーるー…!」
あからさまな演技で涙ぐんで、隣に座る桜丘先輩にうわーんと抱きつく。
「あー、やーちゃん泣かせちゃったー。にーにゃんくん、謝まってあげないとダメだよ?」
「桜丘先輩…」
何故か演技に続く桜丘先輩を見るが、「ふふっ」と微笑むだけで冗談、とは言ってくれない。つまり、謝らなければいけないのは本当ということになる。
まぁ、それが別れの言葉の代わりになるのなら。
「…すみませんでした」
「うむ、よろしい」
「うわ早い」
すみませんの『せ』辺りで涙ぐむ姿も悲しげな声もパッと消え、納得げに笑顔を見せる。
その変わり身の早さに自然と声が漏れ、桜丘先輩がくすりと笑う。
「じゃあ」
とにかく、これでお話はお仕舞い。もう一度頭を下げて、踵を返す。すると、後ろから「りょーかい」と声がして、解放されたことを教えてくれた。
良し…。家に帰ったらのんびり本でも…。
「僕たちも帰ろっか」
「うんっ。だね」
そんな声がしたと思えば、さっきの逆のように俺の脇からタンと靴の鳴る音がして矢波先輩と桜丘先輩が並んで立ってくる。
「………」
「一緒に帰ろうよ?」
目だけで尋ねれば、そんな答えが返ってくる。
「いや、方向違いますし…」
「駅までは一緒でしょ?そこまででいーからさ」
俺と矢波先輩の家は駅を真ん中にして大体真反対の位置にある。
そして大抵のここの学生は駅や駅周りに集まった豊富な店で放課後の時間を潰す。そしてそれは俺も一緒だった。
急ぐ必要がなければほとんどの学生がそのルートになる。
だから、パッとすぐ断る理由が出てこない。恥ずかしいという理由も言うのが恥ずかしいから口には出せない。
ならば、相手がこの誘いを取り消す理由を探し出せばいい。
「…文化祭の準備、とか、良いんですか?」
三年にとっては最後の文化祭。納得がいくまで凝りたいものだろうと何となく言ってみたが、いまいち反応はよろしくない。渋った顔で矢波先輩が口を尖らせてぶすっと呟く。
「…追い出されたの、家庭科部。後は私たちがやっておきますからーって…」
「え」
「当日も最後なんだからパーっと遊んできてください、ってあんまり長い間入れてもらえなくてね」
「最後だからこそ、家庭科部を全うして終わりたいのにー…」
桜丘先輩の言葉に続いて、矢波先輩が頬をぷっくり不機嫌に膨らませる。
聞いてはいけないことに触れてしまったらしく、睨むような視線が下からじとりと覗き込んでくる。
「…すみません」
「申し訳ないと思うんなら、僕達と一緒に帰ってくれる?」
「了解です…」
墓穴を掘ったのは自分自身。
慣れていない物に頭を使っても無駄になるだけらしい。
機嫌悪く一歩先を進む矢波先輩の後を、桜丘先輩と一度を目をちらりと交わして隣に歩んで並んだ。
矢波先輩の後を付いていく形で帰路へと着けば、いつもならば通ることのない木が生い茂った広い公園のような道へと進んでいく。
吹き付ける風によってその木たちはカサカサ音を立ててざわめき、床に駆ける枯れ葉がカラカラ音を混じらせる。
体育祭の片付けの時に矢波先輩は寒さで桜丘先輩にくっついていたが、やはり寒いのは苦手らしい。
風に当てられる度にうぅーと悲鳴のように小さく唸って桜丘先輩の身体に身を寄せてひっついていた。
そして当の桜丘先輩と言えば、何やらさして厚くない紙を読み耽っており、俺と同じ物に矢波先輩も食いつく。
「春、それなに?」
「明日の文化祭のパンフレット。気になるところとかないかなーって」
「あ、それ僕親に渡しちゃったかも…。見せてー」
「うん。はいっ、どうぞ」
捲っていた手を止めて矢波先輩の高さに紙を下げる。
二人仲良く読むそれの端が、風でペラペラと勝手にはためく。
パンフレットに関しては文化祭に直接関係ない一般のお客は当日配布だが、俺達のような学生には事前に配布されている。俺もちょっと前に同じものを貰って家で読んでいたが、本校紹介みたいな内容の一ページ目が終わる辺りで妹に「当日行くから見せて」とぶんどられた。
だから、他のクラスの出し物についてはほとんど知識がない。
「……」
ちょっとどんな感じが気になってちらちら視線を向けてしまっていると、流石に気づかれてしまったらしく桜丘先輩と目が合う。
「にーにゃんくんも家族に渡しちゃった?」
「…まぁ、そんな感じです」
「だったら、三人で見よっか。やーちゃん」
「ほい、灯くん」
矢波先輩がパンフレットを一人で持って、それを俺と桜丘先輩の二人で覗く形となる。
そうなると自然と先輩との距離が近くなり、風で揺れるスカートがぺしぺしと制服のズボンに当たる。
妙にもどかしくなって少し距離を取り、パンフレットの小さい文字故にいまいち見辛いがそれでも心はホッとする。
思いの外のかなりのカフェ率ではあるが、だからこそそうじゃない店が目立つ。
「ん、一年生のこことここ、合同で間違い探しだって」
「へー…そんなのもあるんだ…」
見れば、確かに並んだ二つのクラスに間違い探しとある。
基本的な物の配置が同じ故の発想らしい。正直、思い付きはしなかったし、中々面白そうに感じる。他にも日が近くにあるからかハロウィンの文字もあちこちに載っている。
俺らのクラスのお化け屋敷は本格派を目指したが故にそういうのは作らなかった。
「ね、やーちゃん。新崎くんと城戸ちゃんの劇って何時にあるか分かる?」
「んー、あった。10時と2時の二回。これ、灯くんは観に行くの?」
不意に問われ答えに詰まる。
…観に行った所で、あるのは主人公とヒロインのいつものだ。自ら飛び込んでストレスを抱えにいくほど厄介な事はしたくない。
けれど、素直に行かないと言えば掘り下げられそうな気がして、はぐらかした答えを代わりに口にする。
「まぁ…分からないですね」
「そっか。灯くん、本とか好きだしてっきり絶対観に行くのかと思ってたけど」
「…色々することもあるんで」
「にーにゃんくんの所はお化け屋敷…だよね。何か凄く出来が良いって噂で聞いたんだけど…。やーちゃん、本当に当日行くの?」
怯えた声で桜丘先輩が聞くが、それとは真反対の明るい声で矢波先輩は「うんっ!」と頷く。
それにガクッと桜丘先輩は肩を落とした。
「うぅ…」
「ちなみに灯くん。どんな格好で驚かせるかって教えて貰ってもいい?灯くんのだけで良いからさ」
「それ知ってどうするつもりですか」
「そりゃもちろん灯くんががおーって驚かしてきたら逆に驚かしてやろうかなって」
「ちょっと、なに考えてるですか…」
「驚かす側って驚かせられるとは思ってないでしょ?だから、案外有効なんじゃないかなって」
「…絶対教えませんよ」
むーっと唸って見上げてくるが、そんなお化け屋敷本来のコンセプトを無視する遊び方をされてはたまったもんじゃない。
ホラー物に慣れてしまったが故の新しい楽しみ方なんだろうけども…しかしやっぱりダメである。何より、俺を標的にしているのが怖すぎる。
怯え混じりで頭をブンブン横に振ると、諦めてくれたのかまたパンフレットに視線を落としたが、すぐにその頭にぴこんと電球が現れた。
「そうだ!」
「…?やーちゃん、どうしたの?」
「ふっふっふっ…。僕は先輩だからね、灯くん、君のお化け屋敷のクオリティアップを手伝ってあげよう」
「…なんです、急に」
パシッとパンフレットを閉じて何かを考える不穏な表情が、抜ける冷たい風ではらはら揺れる髪の奥に見える。
俺と桜丘先輩が首をかしげると、矢波先輩は不適に笑い、口を開いた。
「灯くん。一般的に物を上達するためには何が必要だと思う?」
「え、あー…何回も練習するとか、まぁ実践あるのみとか」
「ふふふ…他にもあるんだよ。春、なにか分かる?」
「えーっと…あ!自分より上手な人のを見る…とか?………あれ?」
「…ん?」
この世の中で本職の幽霊と言えば本物の方ではなくて、偽りの、言うなればお化け屋敷なんかに勤めているのがそれに当たるだろう。だが、矢波先輩がそれに繋がるコネクションを持っているとも考えにくい。ならば、もっと簡単に触れられ、ホラーについて詳しくなれるものと言えば…
…嘘でしょ?と、矢波先輩を見るが、俺の考えに察しがついているらしく「ほんと」と声を出さずに桃色の唇だけを動かす。
「やーちゃん…わ、私…」
桜丘先輩も見当がついたらしい。冷や汗を流して震えるが、傍若無人にそれは通用しない。
矢波先輩はゆっくりとにやりと笑っていた唇で言葉を一つ一つしっかりと紡いだ。
「え・い・が♡」
多分、映画よりも恐ろしいのこの人なんじゃないの。
駅近くにある映画館で、今話題で流行りのホラーを一本見させられ、桜丘先輩と俺は矢波先輩に連れられるがままに、入ったカフェのテーブルにぐったりと身体を預ける。
映画一本時間を潰して、スマホの時刻は3と50を指し示していて、丁度0が1へと切り替わる。
冷たい風を遮ってがたりと揺れる窓の外はまだそれなりに明るく、街灯はただ光を放つことなくその場に立っていた。
くるくる天井で回るファンを視界の端に置いて放心していると、ルンとした加えて満足そうな声が耳に届いてくる。
それは人の不幸せを得て幸せになっている矢波先輩から。
「んふふ~流行ってたから一回三人で見てみたかったんだ~♪灯くん、あれ、参考になりそうだったかな?」
「いや…あれエイリアンだったじゃないですか…。俺がやるのあんな大層なのじゃ…」
ずしりと重い身体を起こして矢波先輩にそう話す。
三人で見たのはホラーと言えばの洋物の奴。
ふと大雨に見舞われて数人で迷い混んだお屋敷。そこで未知の生物が順々に人を襲い喰らっていく全く参考にならない話。
血みどろとかそういうのが押し出されているタイプかと覚悟をしていたが、ビクッとさせる演出の方が多くて見当違いで苦しんだ。喰われる人より呻いたかもしれない。
映画の後遺症は矢波先輩の隣に腰掛ける桜丘先輩も大きいのか「うぅ…うぅ…」と小さく唸って涙ぐんだ顔を上げた。
「やーちゃーん…」
「…春もたくさん僕に付き合わされてきたんだしそろそろ慣れても良いんじゃない?」
「むーりー…」
森久保みたいな感じでまた唸り、矢波先輩の身体にぼふんともたれる。そこに頼んでいたコーヒーやらホットミルク、カフェオレにそれとクッキーが運ばれ、ウェイトレスが何事かとちょっと引いて帰っていく。俺も帰りたい。
いや、やっぱり怖いからもうちょっとここに居たい。
テーブルに並んだ進化の過程を踏んだ三つのカップを矢波先輩が分けて、俺も注文したコーヒーを渡され受けとる。
矢波先輩はここまでの道のりで手が冷えきっているのか、カップを両手で包んでで暖を取り始めた。
「春、ほら、カフェオレ来たし飲んでホッとしたら?」
「うん…」
「この状況を作ったの先輩ですよね…」
「まーね。そんな嫌そうな顔の灯くんにはクッキーをあげよう」
「…どーも」
四角形型のクッキーを適当に貰う。コーヒーよりもミルクに甘さが合わされているのか、少しばかり控えめ。
「んー、でもそっか参考にはならなかったかー。良い案だと思ったんだけどなー」
「なんで私も付き合わされたの…?」
湯気を立たせるカフェオレをずずっと飲む桜丘先輩がポツリと尋ねた。
「春は最近家に帰ったら勉強ばっかりでしょ?息抜きは大事」
「息抜き…出来たかなぁ…」
「…逆に詰まりそうな気がしたんですけど」
俺の文句を隠した呟きに矢波先輩は笑みだけで答えてくる。
それに瞳を少し鋭くしながらまたクッキーを一つ頂く。
「ね、これ、僕のより美味しい?」
「…え?」
「ほら、前に作ってあげたでしょ?クッキー。あれとこれ、どっちが君のお気に入り?」
「え、いや…そんな急に」
急に言われても困ると言ってみるが、矢波先輩は話を変える気は無いらしい。
どっち?とこてっと首をかしげて答えを急かしてくる。
桜丘先輩にとりあえず視線を向けてみるが、カップに口をつけたのをそのままに答えてあげてと微笑むだけ。結果は変わらない。
あれからそれこそ半月ぐらいは経っているし、具体的に味を思い出すことは不可能。
けれど、その時に女の子の手作りのお菓子に家に帰って内心喜んでいたのは覚えているし、なんならちょっと丁寧に一個一個食べた。
そんな補正が掛かれば、このお店には申し訳ないけれども勝つのは矢波先輩のクッキーになる。
二人のワクワクを覗かせる視線が集まって言いづらいが、自分から言わなければ言わされるだけだろう。
「あ…その…まぁ…矢波先輩の…でしたけど…」
声小さく、最初を濁して言ってしまったが、それでも矢波先輩は満足げに微笑んでくれた。
「ふふ、ありがと。今度また作ってあげよっか?」
「いや…先輩も本当に勉強頑張らないとですし…」
照れ隠しにカップを持ち上げ、言葉を放ってグッと中身を飲み干し終えると、下ろしたカップの先で矢波先輩の表情がムッとしたのに変わっていた。
「む、君も後輩ちゃんみたいなお小言を言ってくるようになったか」
「今日も同じことを言って追い出されちゃったんだよね」
「…すみません」
触れてほしくない事であっても、何故だがこの話は自然と口からこぼれてしまう。それぐらいに、三年生にとってイコールの存在と頭が勝手に紐付けてしまっているらしい。
少しの間を置いて、矢波先輩が口を開いた。
「…ね、同じ二年生的にはやっぱり先輩って早くいなくなってくれたほうがありがたいって思っちゃうのかな?」
それはどうだろうか。
確かに、上の人間がいるだけで圧力と言うものが掛かって思うところもあるだろう。
けれど、それでもその中に楽しさや有意義さを見出だしているだろうし、女子だけの特別な部活ともなればもっとかもしれない。それは男子だけの部活だったとしても同じだろう。
でも、男子だけの部活は一人女子が混じるとむっちゃ静かになる。ついでに水面下での心理戦とかも起きる。
映画化したら面白い。
とにかく、きっとそれこそ全てがというわけではないだろうが、ほとんどは善意なんかで他には上に立つことに慣れておきたいのではないだろうか。
まぁ、部員の全員が言ってるのか、話で言った二年生からだけなのかで変わるかもしれないが、とりあえずの結論はこうなった。
「…先輩のことを考えてるのと、後の家庭科部の事を考えての責任感みたいなの…じゃないですかね」
言うと、桜丘先輩が言葉を繰り返す。
「責任感、かぁ」
「頼りがいがないって心配されたくない…みたいな」
「んー…そっかー。でも、まだ僕たちだって先輩だし、変に気を使われちゃってもなぁ」
「それ、俺に言っても意味ないと思いますけど…」
家庭科部ですらない人間に言われても反応に困る。
近くに来たウェイトレスに空になったコーヒーのお代わりを頼んだ。
まだ先輩とも言うが、存外しっかりと考えてみれば先輩が先輩の時間は多いとは言えない。
卒業式までなら結構な時間は残されているが、それでも2月3月ともなれば受験も終わり、高校にすら行かなくて良くなる。矢波先輩の進路がどうなっているかは知らないが、とにかくそれまでなんてあっという間。大人になれば気づけば年明けな感じに時間が歪むらしい。大人を混ぜた子供である俺ら高校生達はそれと似たような感覚を体感してしまうかもしれない。
ボーッとそんなことを考えていると、視線が当の矢波先輩に勝手に向いてしまう。
クッキーをほうばり、悩みは解消されたのかやんわり笑顔を浮かべる先輩と、パチリと視線が合ってしまう。
目線をすぐに反らしたが間に合わなかったらしい。声が耳に届いてきた。
「君も、頼りたかったら僕らに相談してくれても構わないんだよ?どうかな、ない?」
「…大丈夫です」
悩みはあるが頼ってどうなる。
いっそ、愚痴のように言えていたなら会話の種ぐらいになっただろうが、それを行うためのレベルが俺には足りない。
頼っていいから頼る。
それを簡単に行える程、俺は人と接してきてはいなかった。
追加のコーヒーを持ってきてくれたウェイトレスに小さく頭を下げている間に、断りの言葉を入れる。
顔を合わせて断るとボロが出てしまいそうな気がした。
「…にーにゃんくん。本当に、頼ってくれても良いんだからね?」
新しく湯気を放つコーヒーを飲んでいると、桜丘先輩が俺をジッと見つめてそう言った。
「…まぁ。ほんと、大丈夫ですから」
「うん、なら良いんだけど」
桜丘先輩はそう言って、カップを両手で持ち上げた。
明日の文化祭についての雑談や世間話なんかに付き合わされていれば、いつの間にやらスマホの時計は5時へとゆっくり数字を変える。
秋という季節は冬ではないとは言え、日はすぐにでも落ちてしまうものであり、窓の外に写る景色は風で流れてきた厚い雲と暗さが合わさってしまい夜のような暗黒を作り出していた。
しんと佇んでいただけだった街灯や窓の奥で通り抜けていく車のヘッドライト、建物のが集まり太陽の代わりに、けれど比べれば弱い光源へと化した。
長いことここに居座ってしまっていたが、ちょくちょくコーヒーや追加のお菓子を頼んでいたからかそのままにされていた。
最初に頼んだクッキーも残り一枚となり、砂時計の砂のようにしてその一枚を矢波先輩が食べ切るとそろそろ帰宅の空気となる。
桜丘先輩も忘れ物がないか辺りをキョロキョロ確認する。
俺も帰宅に合わせ底で波打つ砂糖を入れたコーヒーを一気にあおる。
「んーっ。結構長く話しちゃったなー」
矢波先輩が指を組んで伸ばしきり、身体をぐーっとほぐしていく。
そしてそれをやり終えると、ふぅと息を漏らして俺を捉えた。
「ね、灯くん。分かってるよね?」
テーブルに両腕を立ててそこに顎を乗せて、質問を一つ。
まぁ、端的な言葉ではあったが、今の状況を鑑みれば答えは自ずと導けてくる。
「全額…払います…」
女の子と話すのにはやっぱりお金とか…そういう世知辛い物なんだなって…まぁ、受け入れるしかないよね…。
伝票を確認して財布から渋々お金を引っ張り出そうとしたが、矢波先輩が「そうじゃなくて」と言葉で遮ってくる。
「お金じゃなくて、その後の事なんだけど」
「…はあ」
言葉を返したが、表情には分からないと出てしまっていたらしい。
頬をぷくっと膨らませて矢波先輩は説明し出した。
「もー、体育祭の時だってそうだったでしょ?暗い夜道、か弱い女の子だけでー、ってやつ」
「あぁ…」
「お金は自分で頼んだのだけで良いのに。まったくー…女の子を何だと思ってるんだか」
でも実際世の中にはそれを当たり前だと思っているのも中にはいるって聞いたことありますし…。
「私からも今日はお願い出来ないかな?…ちょっと、映画のが残ってるから…あはは…」
不満を心中で垂れていたら、桜丘先輩も困ったように笑って「駄目かな?」と首をかしげて矢波先輩の発言に同調してくる。
流れに生きている者として、二対一の構図が出来上がってしまえば抗う術はない。
何より、俺も桜丘先輩に映画の話を言われ、色々さっきの映像がフラッシュバックしてき出した。次回作が決定してた。
心のざわめきを落ち着かせるためにも、ゆっくりと頷く。
「灯くんも春の話で怖くなってきた?」
「…見抜かないでください」
「あ、にーにゃくん。ご、ごめんね?」
「まぁ、いえ…」
「僕が付いてるから大丈夫!ほら、行こ?」
一足先にと矢波先輩が伝票をひょいと取って席を立ち上がった。それに続いて俺と桜丘先輩も立ち上がって追いかける。
付いているから大丈夫と胸を張って言われたが、不安にさせるような事をした犯人が矢波先輩本人であることを忘れてはいけない。




