76話目
76話目です
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降り続けた雨が止むことはなく、文化祭の準備期間に入ってもなお、外は黒々とした雲に何処までも覆われていた。
ここの文化祭の人気故に、午後の授業を潰すなりして長く準備の時間は設けられていて、屋外で出店をやる部活やクラスから悲鳴が聞こえることは無いが、それでも幾度として通る校門や玄関に何も立てられていないのは違和感を感じてしまう。
静まり返った外とは裏腹に、暇を持て余している生徒も溢れているのか、いつもよりも騒がしい校舎の俺のクラスで、教卓の上に置かれた一つの箱を城戸さんがベシッと叩くように手を乗せた。
「なんだ、それ?」
「ふふふ…よくぞ、聞いてくれましたわ!陽斗!」
ベシッともう一発箱を叩くと、それを合図にしてどこからともなくいつもの執事さんがシュッと現れる。
そしてその箱を何やらいじり始めた。
後ろに寄せられた机の山。
大きなテーブルと化したその下付近で、もうなんのために切っているのか分からない折り紙を一人で細かく切りながらそんな光景を眺めていると、俺のすぐ側に暗幕が執事さんの手によって立てられた。
プロジェクターか何かなのだろうか。周りの骸骨の装飾に勤しんでいた奴らも執事さんを忘れて、行く末を見届けようとしていた。
「完了です」
その一言を言って、執事さんはまた光速で消えていった。
いつの間に執事さんと言えば強いみたいな感じになったんだっけ…。と、これまでの執事さんの歴史を振り返ろうとしていると、プロジェクターらしき箱から強く光が溢れた。
その光の先にある暗幕に、いつぞや見たことのある真っ白い幽霊が浮き上がった。
その姿におおと驚いたような声が所々に聞こえる。
「あれって…夏が驚いて泣いたやつだよな?」
「ぐ…そ、そうですわね…。夏の合宿で使用したのと同じのですわ…。設定すれば、この光もほぼ無いぐらいに出来ますし…折角だからと持ってきたんですの…」
城戸さんは苦い顔で視線を反らし、浮かび上がった幽霊と目も合わせようとしない。
向けた視線の奥は、窓にぶつかり歪んだ水滴と曇った空ぐらいしか見えない。
まぁ、俺もさっきから幽霊の足元しか見ていないし、なんだったらちょっと肌が綺麗で美白とかそんなくだらないことにも気づいた。
かなり有益な物を持ってこられほーと声を漏らして、文化祭の準備を仕切っていた茶髪女子が執事さんが置いていってくれたらしい説明書を読み始める。
学生の文化祭なんてと油断している人に対して、これは中々有効ではないだろうか。
プロジェクターだから突発的に現れることも消えることも可能で、全て生徒達がやると思い込んでしまっているならば、摩訶不思議で恐がってくれるかもしれない。
そしてそうなれば客足も伸びるだろう。実際、廊下で作業してたのか単に暇なのか知らないが、気になってちらちら瞳を向けている者もいる。
後は噂でも何でも広めてもらえば万事オッケーのはず。
と、俺が集客を予想しているとパッと浮かんでいた幽霊が消える。
どうやら、説明書を見ていた茶髪の女子が試しにと触ってみた様子。
ふむふむ唸って他のボタンも説明書を確認しながらいじっていた。説明書を読んでるなら、変な間違いも事故も無いだろう。
「ふふん、どうです?わたくしにとって、始めての文化祭ですから、必要でしたら惜しまず何でも提供しますわよ!」
「高校の文化祭レベルで終わるので頼むぞ夏…。高校丸ごとお化け屋敷のあれも絶対に無しだからな」
「むぅ…あれはかなり良い発想だと思っていたのですけれど…」
「はぁ、全く…。あ、これ、任せるな。俺たちは他の暗幕余ってないか確認してくるから。ほら、夏行くぞ」
「はーい…」
新崎がプロジェクターを茶髪女子に任せ、それに彼女は元気良く「うんっ!」と答える。それに新崎は笑顔を返し
て、城戸さんを後ろにクラスから開きっぱなしの扉から出ていった。
残された茶髪さんの頬がうっすら赤い。説明書を巻き込んで胸に両手を当て、ぽーっと新崎を見送っていた。
でもね、あなた今から頑張っても負けヒロイン以下なんです。運良くあのモブ可愛くない?みたいな感じでこっそり盛り上がらない限り出番はない。
叶わぬ恋をちらりと横目にして、帰ってきたジャックの称号を手に紙をチョキチョキ切っていく。大まかな色合いとしてはよくあるホラーのそれ。赤と黒がメインに、ゴールのお祝いようにか金や黄色も合わせて切らされている。
黒板にチョークで描かれたお化け屋敷の完成図を見るに、形としては合宿でやったやつとほぼ同じで、クラスの奥に設置された箱に向かって進み札を回収してゴールの係員に渡せば終わりとなる。
その要所要所に驚かせる仕掛けをし…まぁ、ほとんどのお化け屋敷と大差ない。
スペースの広さについても椅子や机を除ければ十分取れるはず。
だから、このまま進めて大きな問題でつまずく事も無いだろう。
天気の雲行きこそ怪しいが、作業の雲行きは明るかった。
しかし、だからこそ疑問が出てくる。主人公がいるクラスで果たしてそんな起伏の無いストーリーで良いのだろうか。この出し物で主人公とヒロインがいつものをする展開が読めない。
でもあいつらどんな状況になろうともくっつくんだよね…。
決まってもなお分からない先に、悩みながら紙を切り続ける。どうせ、他にすることも行く場所も見つからないし。がしかし、安易にこれを片付けてもいけない。終わらせてしまえば、追加で別の雑事が回ってくるのだ。
例えば、窓の辺りで行われている看板の色塗りや、雑談を楽しみながらの暗幕の縫い合わせ。回される物は富にある。
そして、その全てが俺に適してはいないのが見て取れる。ながら仕事で針とか指に刺さらないと良いですね!
仕事が次へ次へと来るのは一が実際に体験したのを見たし、先人の知恵ならぬ犠牲に習ってスピードを抑えつつハサミを動かす。
五等分の花嫁以上に紙を断っていき、用意されてちっこい箱に纏めてぽいっと放り投げる。
というか、一はまた文化祭の委員に回ってたりするのだろうか。
自分を磨く。
文化祭委員はそれに合った行動だし、何より体育祭の時には片付けの最中、桜丘先輩にも偶然会っている。次もを夢見て自らやりだしていても不思議はない。
まぁ、実際にそうだったとしても俺が自分から関わったり聞きに出向く必要は皆無。
今はのんびり、けれどサボりとは見られないよう適切な働きを頑張れば良い。
…ただひたすらに切って切って切って切りまくっていると、折り紙が到頭足りなくなった。途中、またつまらぬ物を切ってしまった…とかなんとか楽しんでいたのだが、これではそれが出来ない。
それに、三日間続けて行われる文化祭。この紙の量では上からまだ足りないと突っぱねれることだろう。
幸い、確か折り紙の予備は1階の隅の部屋にあったはず。
体育祭で同じことをしていたのが項を奏した。普通ならば誰も知らないであろう紙の在処を知っていることに、小さな優越感を感じる。
他の生徒達はきっと教師から言い渡された別の部屋で、厚紙やなんやの小競り合いを起こしているに違いない。
ふふふ…争え…争え…。
まぁ、クラスに分けられた予算もかなりの額だし、戦闘民族でも現れない限り、起こることは滅多にないだろう。
長らく座って痛む腰を伸ばしながらフラフラとした足取りでクラスを後にした。
廊下に出れば喧騒と賑わいが合わさった煩さが一挙に耳に届く。
えっほえっほと体育会系の奴らに運ばれていくテーブル。
廊下の半分を邪魔して書道部っぽい奴が客引き用にか垂れ幕の文字を筆で書き、その脇を感心しながら濡れたビニール袋を揺らして買い物帰りらしい生徒達がドンドン通りすぎていく。
壁に立て掛けられ、大きな筆で描かれていくポップな文字にアニメ調のイラスト。
可愛い女の子のイラストが視界の端にでも入ると必ずそっちをちらりと見てしまう癖って皆あるよね。
それで、「あーいうの興味あるの?」とか聞かれると、ラノベとか持ってきている癖してちょっと答えに悩むし、出てくる言葉もえーとかあーとか濁る。
でもやっぱり気になるからこっそりチラチラあとで見に行くし、で周りから怪しまれる。エッチなのじゃないから良いじゃないですか!
俺も怪しまれないよう、目線を見てくれと言わんばかりの垂れ幕から外して往来の激しい廊下を紐のようにするりするりと抜けていく。
そして階段を下りて一気に1階まで降りていく。
あとはそのまま右に曲がって一直線に進めば辿り着くはず。1階も1階で部活や同好会が準備に明け暮れているらしい。さっきまでとは言わないが人通りは十分だった。
家庭科部もそう言えば1階にあるんだっけ…怖いなぁ怖いなぁ…と、身を縮こめて怯えていると案の定、俺の名前が廊下に響いた。
「仁田先輩っ!」
「ん…?」
が、呼び方が少し違う。
向けば、玄関近くで一がブンブンと手を振り上げていて、隣には一と体育祭の時に一緒だった眼鏡もいる。
まぁせっかく呼ばれたのだ。
警戒は外さずに、一達の元までそろそろ歩み寄る。
「先輩、体育祭以来っすかね?」
「あぁ。で、何してるんだ」
その質問に眼鏡が淡々と答える。
「文化祭実行委員の仕事です」
「やっぱり、自分を磨くためにはこういうのに参加しないとっすから!」
あぁ…やっぱり…。
得意気に鼻をへへんと鳴らす一に眼鏡が何処か嬉しそうに眼鏡を光らせる。
きっと、仕事大好きになるために的な感じで一が委員を頑張っていると勘違いしているのだろう。
それで出来なくなった仕事が押し付けられないか不安になり、表情にもそれが出てしまう。
一はそれを察したのかはたまた単に会話の流れなのか、「大丈夫っすよ!もう手伝わせないっすから!」と
ポンと笑顔で肩を叩いてきた。
「そう。…ていうか、玄関に立つ仕事ってなに」
「部活の出し物のチェックです。細かい備品や道具の。…主に野球部やラグビー部なんかはそういうのが雑ですので」
丁度それに該当するのが通りかかったのか、眼鏡をかちゃりとかけ直して瞳を鋭くする。睨まれた通りがかりの奴は「あはは…」と乾いた笑いを貼り付けて体育館へぴゅーっと逃げていった。
こうして見ると、この眼鏡は山中に似ている気もする。
だから、一の世話焼きみたいなのもしているのだろうか。
一の子犬みたいな所は刺さるところには刺さるだろう。
そんな一が緊張したような声でぽつりと溢す。
「か、家庭科部もい、行くんすよ…」
「…まぁ、頑張れ」
「は、はいっす!」
なんとか出た威勢の良い返事を聞いて、じゃあとそろそろ俺も本来の目的を果たしに話を終わらせる。
折り紙のために凄い寄り道をしてしまった気がする。
くるりと半回転をして今度こそ廊下の先を目指した。
…黒い雲に覆われた空。
そのせいか廊下の奥にはろくに光が届いておらず、廊下もまだ蛍光灯が付いていないためにここだけ中々不気味。
少しここの廊下だけ飛び出すように設計されているためか、振り向いても一の姿は見えず壁しか見えない。
これでもしここが異世界とか孤独な幽霊少女との出会いとかになったらどうしよう…と、期待半分に扉を横にズラす。
すると、そこにいた一人の少女。
ガサゴソと箱を探る後ろ姿。それに合わせはらはら左右に揺れる黒髪。
本当に居てちょっと驚き、身体をビクッと跳ねさせると、相手も俺が立てた扉の音に気づいてゆっくりと振り返った。
黒髪はまともに光源が無くとも艶めいて輝き、それと同じの暗闇のように真っ黒な瞳は、冷静さが見るだけで感じられるぐらいに鋭い。
…そしてその整った顔はどうみても山中で、むしろ山中以外あり得なかった。
「…どうも」
「…あ、あぁ」
山中の会釈に俺も追ってそれを真似する。
思い返してみれば、ここの隠れた備品室の場所を教えてくれたのは山中だった。
となれば、ここに彼女が居てもおかしくはない。
妙な気まずさを感じつつも、確かあそこら辺だったっけ、と記憶を辿って目的の物を探す。その間、男と二人きりという状態はやっぱり山中も油断ならないのかちらちらと鋭い横目が刺さってくるが、俺もそんな目に加えて何を言われるか怖くてたまらず、山中よりも一刻も早くここから出たく急いで紙を探していく。
紙!神!どっちでもいいから俺を助けて!
と、緊張に焦りを加味していると、静まり返った部屋にぽつりと呟くような声が広がった。
「あの…体育祭の時に話した冬花ちゃんの話ですけど」
「…あぁ」
それはあまり蘇らせたくない話ではあったが、かといって無視して良い話ではない。
何の意味もなく腹の探り合いのために行われていた視線の交差は、山中が視線を下ろしたことで俺が一方的に表情を見ることとなった。そして、見えた彼女の表情は落ち込んでいた。
きっと、俺と同じ見解まで辿り着いたのだろう。いや、もしかしたら直接察してしまうような話を冬花ちゃんからされたのかもしれない。
新崎と冬花ちゃん、二人ともが山中は好きな分、色々複雑な感情を抱えてしまったのだろう。そんな感情をうっすら表に、山中は口を開く。
「冬花ちゃん…楽しそうでした。新崎先輩の話をしてるとき、珍しく笑顔で可愛くて…あと…キュートで…チャーミングで…それと可愛くて…」
「だろうな」
本心を吐露し続ける山中。
俺も想像だけで大体一緒の考えなのでコクコク頷く。
吐露し終えると山中は顔を落ち込ませた。
「だから、ライバルとかそういう立場になれないんです。いっそ、城戸さんと笠木さんみたいに取り合えて、だけど仲良しみたいになれたら良いんですけど…冬花ちゃんはまだ子供ですから」
冬花ちゃんは多分、恋とかそういう感情が芽生えたことにはっきりとは気づいていないのだろう。
言葉に出したとしてもモヤモヤとかチクチクとかそんなフワッとした言葉のはず。
そんな相手に恋愛で真っ向勝負なんてズルいにもほどがある。まぁ、新崎視点だとそれ全部キャッキャウフフで終わるんだけど。
けれど、だからこそ気負いする必要はないのでは無いだろうか。新崎はもう何回どころの頻度で言ってきては無いが、主人公だ。
無駄なギスギスも複雑な心境も、やすりみたいに丸くしてくれることだろう。
「…そう」
だが、その考えは口には出せなかった。
複雑な考えで言わなかった訳ではない。
彼女を助ける。
彼女の悩みに答える。
そんな、まるで主人公の様な行動をするのが単に嫌だったのだ。端にいる自分が、そんな似合わない事をするのがもどかしくて似合わなくて。
主人公の役目を俺がするのは間違い。それは言葉の通り主人公の役目だ。俺がしては真似か、それ以下の下手な猿真似。
相づちを打ってそのままにしていると、山中は「まぁ」と切り出した。
「でも別に冬花ちゃんの事をそっけなく扱ったりは絶対にしないので安心してください。先輩には何がなんでも任したくないですし」
「酷い…」
「ふふ、それでは。あ、紙ならその棚の一番上です。違うものを探してたらすみません」
小さく口の端を緩まして、彼女は部屋から出ていった。
…まぁ、山中の事。
性格こそ表面を撫でたぐらいしか知らないかもしれないが、それでも今の言葉に嘘が一片も無いのは分かった。
俺に任せたくないのも、冬花ちゃんと仲良くしていくのも、ちゃんと真面目にしてくれるはずだ。…でも、ちょっとぐらいは任せてくれても良いでしょ…。
とにかく俺が助言しなくたって大丈夫なのだ。
これも何回も言ったが、最悪、悩めば主人公がさっと適当に解決するか、ふと見た映画でピンポイントにその解決方法が流れるに決まっている。
何回も言ってしまうぐらいにそういうお約束だ。
それよりも、本来の目的をさっさと果たさなければいけない。山中に言われた通り、棚の上に手をグッと箱を伸ばして引っ張ってみれば、使われていない包装されたままの紙を見つけた。色も中々豊富。
ほー、それにこれは結構な紙質で……なるほど。
なんかちょっと変な特技が閃いてしまいそうな気がしながら、被っていたほこりをぺしぺしはらって、いくつか取り俺も山中に続いて部屋から出ていく。
閉めてけと言うことなのか、さっきまで掛かっていなかったはずの鍵が鍵穴に差し込まれたままそこにあった。
まぁ、手間かもしれないが鍵を開けっぱなしで放置しておくのもばつが悪い。
こうなったのも、山中よりも後に部屋に来た俺が悪いわけだし。仕方なし。
扉を閉めて鍵を回し、ガチャリと音がなったところで鍵を引き抜いた。




