72話目
72話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
騎馬戦の結果発表が流れて少し。次の一の出る短距離走まで短い間が持たれ、その内にグラウンドの上でゴールテープやなんやとバタバタと準備が見覚えのある体育祭実行委員の手で手際よく執り行われていく。
てっきり、山中は一の出番は親と一緒に家族団らんで見るものだと思っていたのだが、早速競技が始まってみれば、山中はどうしてかこっちに帰ってきた。
目だけで聞けば「なんか先輩によろしく伝えて、って追い返されました」と、いらぬ気遣いをさせてしまったのではという話が伺えた。まぁ、なんならそれを伝えてまたあっちに帰ってもらっても良かったのだが、山中はもうすっかりここで競技を見届ける気らしく、それを自分勝手に意見するのは中々どうだろうと頭で止める。言ったら言ったで山中自身真面目故にしてくれそうではあるが、そこそこの広さのグラウンドを往復させるのは手間だろう。正しく言えば手間じゃなくて足だから足間だけど。くだらね。
馬鹿馬鹿しい言葉を作って、数歩また距離も作っている内も、緊張と歓声に包まれたグラウンドでは着々と短距離のレースが進められていき、ゴールテープが切られる度に、一部エリアからより大きな歓声があふれ出ている。ゴールを切ったら自然と声を出すよう、実は糸で繋がってたりするの?
と、そんなもしかしたらの可能性を模索しながら観戦していると、グラウンド上にやっと見覚えのある顔が登場する。
「一…が、頑張れ~…」
ふと、そんなこの歓声に呑まれてしまいそうな声が横から聞こえ顔を向けてみれば、山中が口に手を当てて、恥ずかしげに、しかし止めることはなく一を応援していた。普段、大声は出すことは少ないのか、なにかに遠慮するように声は尻すぼみに消えていく。
「…………」
「な、なんですか…。ほら、先輩も応援してください」
「えっ、お、俺も?」
まるでこの恥ずかしい行為を二人で分かち合おうみたく勧められ、若干嫌そうな声音と顔で返事をしたが、山中はそれを気にすることなく促すようにコクッと頷く。しかし、山中同様俺も大声を出すことなんてろくに無かったし、酷い時には声すら出さないこともある。そんな状態で勧められるがままに出してみたが、出たのは周囲に溶け込めるようなはつらつとした声ではなく、山中そっくりの消えかけのそして躊躇ったようなか細い声で、それを聞いてしまった通りがかりの生徒に異質なものを見る目を向けられ、スッと距離を離された。声も、一には届かずにきっと途中で他の声に呑まれていることだろう。
「俺には無理です…」
徐々に収まってきていた心の痛みが再発しそうな感じがして、山中にお断りの言葉を述べる。俺が苦しんでいる間、グニグニ身体を伸ばしてウォーミングしていた一はもうグラウンドを駆けており、ほぼ独走状態でゴールへと近づく。後ろもそこそこの速力ではあるが、調子に乗っている一には追い付く様子はない。そしてそのまま一はゴールテープとからくりの糸を切り、一時の称賛の声に包まれる。
「や、やった…!」
隣で小さくピョコンと跳ねて、山中は温かさを混ぜて微笑む。さっきまでの恥ずかしさを含んだ表情はそこになく、ただ嬉しさに浸っているようだった。なら、と不必要な咳払いをさせないように視線を反らしてその先に一がくるように向き直る。
すると、一と丁度見つめ会う形になり、親指を突き立てて誇らしげに笑う彼の顔がバッチリ見えた。あの笑顔も、主人公の犠牲になるんだなぁ…と、考えてしまうといささか、空しさのような物が込み上げてくる。まぁ、どうせあっち側じゃあそんなことすら描写されてないのかも知れないけれど。読者が求めてるのはヒロインとの甘い時間だからね。仕方ないね。
しばらくして、一年の短距離が終わりまた、次の競技のために間が持たれた。
競技から解放され、喜びを分かち合いたいのかこっちへ突っ走って来ていた一だったが、途中、観客の集まった部分に消えて、ほんのちょっとしたあとに首の後ろを抑えながら、スピードダウンしてトボトボ歩いてきた。多分、また捕縛されたのだろう。観客の隙間から、ニッコリうふふと笑っている山中達の母親が覗けた。とてつもない強者かハンターにしか見えない。そういう活発というか、力強いところは、一が引き継いだのだろうか。そう考えてみれば、あの人の性格や見た目が上手いこと山中と一の二人に分かれているような気がした。
そんな二人で一人の山中達が、今まさに無事に合流を果たし、一じゃない方の山中が微笑みをそのままに話しかける。
「一、一位おめでとうございます」
他人行儀な祝い方だが、一にとってはいつも通りらしい。一はそれを指摘することなく得意気にふふんと笑って、加えてえっへんと胸を張った。
「へへーん♪どうっすか、先輩の分も軽々取り返して来たっすよ!」
「あぁ、ありがと」
頼んでいた訳ではないが、善意でやってくれたことだし、なにより変に気分を落とさせて俺に得があるわけでもない。調子乗っているという部分に出てきた注意の言葉も、適当に出した祝いの言葉で隠して飲み込む。
一位にお礼を言うと、一がより一層調子に乗ってまたふふんと鼻を鳴らして、それを見た山中が小さく呆れた。
「全く…一はすぐ調子に乗るんですから…。言われた通り油断と…」
「無理は禁物!っすよね!ちゃーんと覚えてるから大丈夫っすよ!完璧っす!」
「…はぁ。怪我しても知りませんよ。…さっきも別れる前に母さんに言われたんでしょう?」
「うぐ…わ、分かったっすよぉ…」
一のテンションがガタリと下がったのを確認して、次の話題を振ってみる。
「…で、次は誰の出番?」
グラウンドでは現在玉入れの準備中らしく、玉入れ用の背丈の長いかごが二つ運ばれ、それに赤と白、それぞれの組を現したボールが清めの塩のようにバサッと撒かれている。と、それを見ていた視界の端で山中が手を挙げた。
「私はこの次の次です」
「借り物競争っすよね?」
「ほー」
「…本当はそんな異種な競技には出たくなかったんですけど…じゃんけんで負けてあれよあれよと…」
後悔が残っているのか、グッと手を拳に変えて瞳も自然と刃物のように鋭くなる。そして、何故かその鋭い目はこっち付近に向けられていて、急に思いのままに拳をぶつけられても困るので、一の後ろ辺りにゆっくりこっそり隠れる。 大丈夫、一にはバレていない。
にしても、借り物競争…。
となればおおまかな流れが望んでいなくても勝手に頭に作られてしまう。
何となくで選んだ一枚。そこに書かれた主人公に繋がり、尚且つそこにら乙女の恥じらいが関わるような言葉。
それが山中に回るかどうかは知らないが、そうだったら合掌物。
まぁなにより、そうなったとしても案外山中にとってはそれは良いものなのかもしれない。学園ラブコメ物にとって、部活なんていうのはある種のメインヒロインの集いのようなものがある。それはつまり外されている山中のようなヒロインは時々ちろっと出てちょっとドキッとさせて終わりのような存在で、今回山中にそのお鉢が回ってきたのかもしれない。でも、割と最近じゃあそういうあんまり出ないヒロインの方が以外な人気があったりするし、ゲームなんかでも主人公よりも主人公してる奴なんて沢山見るし。あれ、もしかして俺もワンチャンあるんじゃない?
と、密やかに期待しながらとりあえず山中には心の中でご愁傷さまと労っておく。
一も、そう気を落とさなくても、と肩をポンポンと叩いていた。ついでの朗らかな笑みも効果はあったらしい。ぶすっとした鋭い目は戻り、代わりに口が不満そうに尖った。
「…まぁ、こうなった以上出ないといけないのは分かっています」
本当なら出たくはないということを覆い隠すように言って、会話を終わらせるためか、山中は視線をグラウンドへと移した。
「まぁ…頑張れ」
「ファイトっすよ!二葉!」
俺の小っちゃいボリュームの応援に続き、一もぞいの形で応援する。
と、山中が準備が進むグラウンドを眺めながら、「そう言えば」と口を開いた。
「一、あなたも体育祭委員ですけど、ああいう競技の準備はしないんですか?」
「へ?」
「今、グラウンドにいるのって体育祭委員の人たちですよね?」
テキパキ頑張っている委員を指差して、山中は一に
尋ねる。言われてみれば、委員のこいつがのんびりのびのび俺らと話をしているのは確かにおかしい。ボールを撒き終え、そそくさと撤退していく委員らしき人達の中には、見覚えのあるやつが今回もいる。
一に無理な仕事を押し付けたあの眼鏡も、翌々目を凝らしてみれば仕事終わりの集団にしっかり混じっていた。
当日班と事前準備班みたいなので別れていると最初は思ったが、眼鏡がいるならばそれはない。夏休み中の外での小道具大道具制作係でも無いことも、やっぱり眼鏡が教えてくれる。眼鏡は何でも知っている。
真実はいつも一つと、一に疑惑を向けてみれば「あー…」と視線が泳いでいき、それに合わせて山中の目がまた鋭くなる。俺も少しばかりの考えを終え、辿り着いた答えにえぇ…と苦い顔をする。しまったと言いたげな一の口が何か言葉を探しているのかパクパクしていた。
「これは…」
「…忘れてましたね」
俺がぽつりと言った言葉に、山中が続いて真実を見つけ出す。それに一は汗を垂らした。
山中の瞳はそんな一に鋭く研がれ、言い訳さえも求めていないことが十二分に伝わる。ならば、一の取る行動は一つしかない。
「あ、謝って、手伝ってきます…」
「手伝いではなく、それがあなたの仕事です」
「はい……。それじゃあ、行ってきます…」
いつもの語尾も消え、どんよりと暗いオーラを放ちながら一が歩いていく。
固まっているテントの一つ、委員長がいる所を目指しているのだろう。しかし、その足取りは重く、目指しているというか今から出頭してくるみたいな感じだった。まぁ、迷惑を掛けたのは事実だし、出頭も間違いではないかもしれない。刑期としてあれこれ仕事をやるしかないだろう。
とぼとぼ去っていく一にギロッと研がれた瞳を解いて、ふぅと疲れた息を山中は漏らした。
「本当に一は…はぁ」
「まぁ、こっから働くだろうし…」
「私たちも…手伝いに行きます…?」
「なんでそうなる…」
「い、いや…一、他にも色々出るみたいで…疲労を貯めて事故が起きたりしたら…」
「…大丈夫だろ」
山中の中々の家族愛を感じて、不安を取り除こうと言葉を発したが、それの経験が少ないがために、短い言葉しか出てこない。むしろ、そのせいで余計に駆り立てられてしまったのか、山中がそわそわし始めて、まるでお母さんか何かなのかと疑問に思う。
いや、普通の母親にしてもあれぐらいの年頃ならもっと扱いは雑だ。俺が良い例。
過保護な理由にはさっき山中の話した昔の一も含まれているのだろう。
単純に気になるのと、不安を誤魔化せればと話を反らす。
「山中って、結構過保護だよな」
「か、過保護…ですか?」
「あぁ」
そうなんですかと少し、驚いたのか瞳を山中は丸くする。
それにこくんと頷いて言葉も付け加える。
「わ、私としては…別にそんなことないんですけど…」
「俺から見ると過保護。…さっき言ってた昔の危なっかしいとか、そんなのが関係してるのか」
「…多分、そうだと思います。でも、それ以外にも前に先輩がいる時に話したと思いますけど…私の家、親は母親の方しかいなくて…」
「…あぁ」
相づちを入れ、山中の話に耳を傾ける。
「だから、家でも一と私、基本二人でいることの方が多かったりして。形としては一が双子の兄ですけど、でも実際は私の方が姉、みたいな感じで色々気にかけたり、手伝ったり…そんな感じです」
その時のことを思い出したのか、両手の指先を合わせ、山中はほんわりと柔らかく微笑みをこぼし、合わせた指をぐにぐに押したり引いたり小さな争いを起こしている。
山中はそんな経緯を経て、尚且つそこで着いた心配性が今も残ってしまったのだろう。だが、山中が頑張ったお陰で代わりに余計な反発なんかは起きなかったのかもしれない。今の秘密のバイトがもしかしたら一なりの反発なのかもしれないが、家族達に知られていないのならばそれは意味を為していない。抗議や反発は表に出て始めて意味がある。嘘を付いてまで隠しては無意味のはずだ。
それと、不安は思い出で取れたらしい。山中のほんわか笑みが崩れることは無い。目元も安らかに寝ているんじゃないかと思うぐらいに柔らかく、釣られて俺も返した笑みは、自然に作れていたかもしれない。
玉入れがまだ始まっていないというのに、ニヤニヤ奇妙に笑っている二人組に周りから冷たい目を向けられているような気もするが、それは気にせずにしておく。…そうしておきたい。
魔王みたいな不適な笑いをし続けている間も、もちろん時が凍てつくことなく競技は望んでいた通り円滑に運び、そろそろ山中の出る競技は目の前。俺が必死になんとか繋げていた拙い会話を、山中はそれを理由にばっさり打ち切って、アナウンスが流れる前には事前の待機位置に駆けて行った。
そして、また一人きり。
何故か一人になると、視線はぐぐっとまるで磁石のように冬花ちゃんのテントへと強く引っ張られる。本能が冬花ちゃんを求めている事が分かった。だが、ここでその要求に答えてしまえば、もう一回…後一回…最後に一回…と、理由を付けてガン見してしまうことだろう。そうなれば、俺は前のように傷つくに違いない。俺がサスペンスするどころか、複雑なトリックを用いて壮大な密室を作り、挙げ句新崎をそこで葬ってそれで傷ついた冬花ちゃんを見て申し訳なさのあまりやっぱり俺がサスペンスしてしまう。俺の視線がと言うよりも、俺とサスペンスが互いに磁石としてドンドン距離を詰めていた。
「お~い、仁田せんぱ~い!」
「はっ…!」
不意に名前を呼ばれ、口に出した通りにハッとする。
危なかった…ちょっと密室考えてた…。
と、俺を密室のように複雑な心境から解いてくれた犯人へとお礼を言おうとそっちを向けば、そこにいたのは、手をブンブン振って駆けてくる一。何故か観客席方面からではなく、白組方面から俺の所まで走り終わると、ゼハゼハ荒い呼吸を整える。その間に、ここに来た理由について俺から尋ねる。
「お前仕事は…。そこそこ働いてたのは見てたけど」
サボった分の罰だったのだろう、明らかに重い荷物を運ばされていたのはもちろんここからきっちり見えていて、山中も、真面目に働くそんな一にソワソワしながらも何処かうんうんと満足げに頷いていた。
無駄に山中の目を鋭くさせないよう、ここに来た理由ははっきりと聞いておく。
俺が話終えると息をスーッと吸って息を整えた一がパッと顔を上げる。何かバイト募集のポスターにありそうな達成感とやりがいに満ちた顔。
「むっちゃ働いたら許してくれたんすよ!で、ちょっとの間休憩貰ったっす!」
「へーそら良かったな」
「はいっす!…って、二葉は?」
「もう行ったぞ」
辺りをキョロキョロしている一に無駄な首の運動を止めさせる。すると、悔しそうにあーと言葉を漏らす。
「最後にもう一回…きちんと応援しときたかったんすけどねー。やっぱ、遠回りしたのがダメだったみたいっすね…」
「なんで遠回りなんてしてきたんだ」
「いやぁ…今、うちの母親がここに来てるみたいで…あの人の前で走ると首掴まれるんすよ…。だから、それ回避のためにグルッと半周してきたんす!」
「…そう」
アイスの名前みたいな返事を返し、納得したことを伝える。俺が首を掴む母親に興味を持たないことに、一は不思議と思うことはなかったらしく、「疲れた~」と、身体をぐーっと伸ばす。
聞かれていないことを自分から話すのもただうっとおしいだけだろう。どうして聞かないか分かる?みたいな腹立つ事を口に出さず、一を抜いた委員でワチャワチャやっている準備に目線を動かす。
これまでの競技で散った砂ぼこりも消え、その上にグラウンドにはいささか似合わない長机が二つ、レーンの途中で端と端を踏むようにして一つに合わせトンと置かれる。
そして、砂の上のそのテーブルの上にも小さなカゴが五つ置かれ、走者の命運を決める紙がそのカゴに一枚ずつ入れられた。それをほとんどの生徒や観客が見届け終えると、また競技を告げるアナウンスが響く。これまでの実況で喉を痛めたのか、響いた声は少しガサついている。しかし、それも名誉の負傷。盛り下がるどころか声音は高揚を誘うように勢いづいていた。
「そろそろ始まるらしいっすね…」
「あぁ」
その実況の声に影響させられたのか、一の声音にわくわくのような物が潜んでいる気がする。
レーンを見れば、五人の出走者の内に山中が端に立っていた。どうやら、もう出番らしい。距離が遠いお陰でまじまじ観察することが出来て、ジッと見てしまっているとあっちもこっちを向いていたようで、瞳がプイッと外れた。
と、一も山中を発見したらしい。そんな小さなやりとりをしている最中、視界の端に応援と一緒に手を振り回しているのが写った。
そんなことをしていると、もう何度目か分からない空のピストルが教師によって構えられる。けれど、これまでのようにこの場所一体が静まることはない。競技が競技故に、ちょっとした息抜きのような、もしくは遊びのような状態なのかもしれない。まぁそんな浮わついた空気だからこそ、ヒロインが主人公と一緒にゴールを目指すとき、茶化すような空気にすぐ移行出来るのだろう。いつの間にか下準備は完成していたのだ。
『それでは!全学年混合による、借り物競争…開始です!』
と、枯れかけたアナウンスが流れ、最後の言葉が反響している内に、続けてピストルが煙を吹いた。
「二葉ー!ファイトっすよーっ!」
さっきの山中とは違い、元気の良い躊躇の見えない一の応援を受けて、彼女は合体した長机に辿り着く。
そして、特に選ぶよう仕草は見せず、適当に一番右を選択すると、紙を取ってはらりとそれを捲る。
借り物競争に出たことが無いのでよく知らないが、もしトップを狙うならば必要なのは視力だろうか。高校生が立てた課題。少し捻りの効いたのはあったとしても、無理難題を作りはしないはず。
この体育祭という舞台に本気になっているやつもいるし、そんなやつらに達成できない問題を作って自分から反感を買うような事をする訳はないだろう。
まぁとにかく、山中がいかに迅速に目的の物を見つけ、回収できるか、そこが問題だろう。
それにもし見つけたとしても、持っている人が人だったら場合によっては断られるかもしれないし、穏和そうな人が持っていることを祈るしかない。まぁ、俺がこんなの考えても山中にテレパシー的なので伝わるわけもないし、無駄に終わってるんだけど。
そんなことをするぐらいなら、隣でワーワー応援している一の手伝いか真似の方が効果はありそうである。
「…ん?」
考えるのを止め、山中が今何をしているのか確認しようと顔を上げると、どうしてかその彼女とパッチリ視線が合わさる。よく見れば、山中がこっちにとすとす歩いてきていた。
え、なんで。と、折角休まようとさせていた頭を働かせて、辺りも見回して答えを探る。明らかに、確実に彼女はこちらを目指していて、となれば答えに挙げられるのは俺が彼女の求めるなにかを持っているということになる。
いやでも、俺の手持ちに何か特別性のあるものなんてない。ピュアな心とか、清らかな身体とか、そんな適当な事ばがり考える頭ならある。
つまり、山中が求めているのはバカ…バカなの…?
となれば、俺は隣にも同類っぽい奴がいるということを教えるため、ズリズリずれて一の背中に隠れる。
「あれ?二葉こっちに向かって来てるっすけど?って、先輩なに隠れてるんすか…」
「いやなんか俺狙われてない…?」
「…確かに、先輩見てるっすね」
細かい視線のズレに一は気づいた様子。
背中に隠れても、彼女の視線は尚も俺を捉えている。
俺が横に動いた分、山中もその方向を修正して。
「先輩、何か持ってるんすか?」
「いや…何も」
「ハチマキ…とかなら、周り皆付けてるっすよね…うーん…」
一が呑気に首をかしげている間に、山中はもうすぐ近くまで来ていて、小さく後退りをしてこそこそ逃げる。
が、そんなことをすると彼女が獲物を逃さないようにと言わんばかりに瞳が鋭くなり、身体がピンと強張る。
と、一が能天気にピコンと閃く。
「あっ、絆創膏じゃないっすか!」
「…はぁ、違います」
「あ、二葉。な、なんか、今ため息吐かなかったっすか…」
「こほん。それよりも…仁田先輩」
「な、なんでしょうか…」
「無視っすか…」
グラウンドを囲う形で伸びる細いロープを隔て、不満げな一をよそに、山中は俺を呼ぶ。ビクビクして丁寧に言葉を返すと、俺の態度にまたため息を吐いた。
「はぁ…あの、ちょっと来てくれませんか」
「ど、どうして…でしょう」
「あなたが必要だからです」
「大胆っすね~二葉♪」
さっきのため息の仕返しだろうか、一がニヤニヤ口に手を添えていやらしく笑いちょっかいを掛ける。
そんな彼に山中は無言で睨み付ける。その鋭さはいつもの比ではない。尚更付いていくのが嫌になる。俺指とか切られるんじゃないこれ。
「………」
「ふ、二葉…あのその目…すっごい怖いんすけど…ふ、ふた…」
「…………」
「変なこと言ってすみませんでした…」
一の下げられた頭の奥の山中が今度は俺へと視線を動かす。
「…先輩、早く来てくれませんか?」
「…はい」
威圧に耐えきれず、怯えながらにロープを越える。これで、今の俺はこの競技に半ば出ている扱い。となればもちろん、様々な人達から誰だ何だとジロジロ見られるということで、視線がぐさりと俺を刺してくる。幸い、山中の放つすっごい不機嫌そうなオーラのお陰で、変に茶化されるようなことにはなってはいないが、とりあえず注目は集めてしまっていた。
「…………」
「……………」
顔を下げ、無言で後ろを付いていく。変に顔を上げると辺りの好奇心に満ちた場が見えてしまいそうで、自然と身体も萎縮する。なんか…思い描いてたラブコメと全然違うんですけど…と、不満を思いながらそのまま連行されていると、
ゴールテープの前で足が止まる。どうやら、借り物チェックの時間らしい。顔見知りの男子の委員が山中の手にある紙を貰った。
「あの、学年は?」
「へ…あ、二年…ですけど…」
ウルトラマンみたいな言葉から切り出して俺が言うと、その委員は頷いて道を開ける。
ゴール…なんだろう。
いまいち分からない状態で山中の後ろを変わらず付いていき、ゴールテープを切った。
「一位…みたいですね。先輩」
「あぁ」
「でも、なんか一位にしては静かですよね…」
起こらない歓声に山中はちょっと戸惑っているが、周りから見れば犯人を捕まえて警察に連行した図にしかさっきのは見えない。多分、周りもその感じに戸惑ってる。
ついでに俺もどうしてここまで引きずられたのか戸惑ってるので、そこのところを山中に聞く。
「…で、結局俺を何で山中は借りたの」
「あ、そう言えば言ってなかったですね。これ、どうぞ」
そう言って渡されたのは一枚の紙。いつの間にか委員から返してもらっていたらしい。ちょっと一部がクシャクシャになって折り畳まれている。
それをペラペラ開いて、もしかしたら好きな人だったらどうしようとドキドキして、中身を見る。
すると、そこに書いてあったのは恋人…とかそんな訳はもちろん無く、ボールペンで書いたらしい、『先輩』の文字。
そっか…そうなの…。と、落胆して紙を山中に返そうとするが、もう彼女はレーンを離れていて、声は掛けられない。というか、掛け方が分からない。
そしてそこで用が無くなったゴミを押し付けられたのだとハッとして、まず先輩としての扱いをされていないことにもハッとする。俺という存在が本当に何なのか理解できなくなりながらも、俺も元いた場所を目指して歩き出す。
借りた物は元の場所へ。
常識である。
「二葉と先輩、お疲れさまっす!二葉!一位、凄かったっすよ!…それで、先輩はどうして連れていかれたんすか?」
「…ん、これ」
「あ、この紙って二葉が取ったやつっすね?」
山中から頂いた紙を、首をかしげる一の手に乗せて回答を教える。これで俺もゴミを押し付けることができた。身体をグラウンドに向け、第二走のための準備が行われているだけなのにうんうん悩んでいるような声を出して一に紙を返すタイミングを見つけさせない。
ほーとかへーとかたった二文字で何故か感動したような声を観戦ついでに聞いていると、少しして肩をポンと叩かれた。
向けば、犯人は一で「どうぞっす!」と、丁寧にまた折り畳んでくれた紙を俺に渡してくる。
拒否しようとしたのだが真正面からだと断れない日本人の習性が働いて、素直にそれを受け取ってしまった。これいらないんですよ…。
もう最悪こっそり一の体操着に紙をシュートしてしまおうか悩んでるいると、まるでそうはさせまいと山中が口を開く。
「先輩、笠木先輩と城戸先輩ですよ」
「え…あ、確かに」
「なんかむっちゃ睨みあってるんすけど…」
城戸さんも笠木さんもレーンの上でバチバチ闘志を燃やしている。勝った方とデートとか、そんな約束を新崎としたのだろうか。
知り合いが出ていることもあって、グラウンドから視線が離せない。でも、ちゃんと一のポケットには例の物は入れた。
「これに二人が出るのか…」
「先輩、知らなかったんですか?同じ部活ですよね?」
「いや…俺だけ白だったから、色々気遣ってくれたのか部室で体育祭関係は一言も…」
でも、逆にその気にしてないよ、俺たちちゃんと分かってるよアピールの方が辛かった。なんならいっそ笑い話にでもしてくれた方がありがたい。その親切された記憶が甦り、声が震える。
「あ、始まるみたいっすよ!」
俺の視線がそっちに向かった瞬間に合わせ、パァンとピストルが鳴り、開始を告げた。
「これ、一応知り合いですしやっぱり、応援とかした方が良いんでしょうか…?」
「いや分からない…」
「知り合いと言っても今は敵なんすから、応援はストップっすよ!二人とも!」
「はあ…」
「分かりました…」
一に止められ、二人揃って口を閉じる。
その間に城戸さんも笠木さんも無事にほぼ同着でお題へとたどり着き、お互い一番端を選んで紙を取る。そして、勢いよくバッと二人とも紙を開いたが、そこで二人の動きがピタリと石にでもなったかのように止まる。
「ど、どうしたんすかね?」
「変なお題のを当ててしまった…とかでしょうか?」
これは…まさか…。と、はてなを浮かべるダブル山中の傍で、一人早々に二人の持つ紙の答えを勘づいてしまう。
せめてどっちかだけと思っていたのに、その予想は大きく外れていたらしく、俺がその事に気づいた瞬間に、合わせたかのように城戸さん達が動き出す。その目的地の先は赤組。ダブル山中の視線もそこへと自然に導かれる。
「赤組…」
「…ですね。私と一緒で先輩とかそういうのかもしれませんね…」
城戸さんと笠木さん、ヒロインズの足並みは揃い、赤組へと一直線。そして、少しのやりとりを挟んだのが見え、腕を引っ張られてきたのは僕らの主人公。新崎陽斗。
「新崎先輩…!」
山中がぴくりと反応する。
「二人同じお題だったんすかねー?」
「…あぁ。多分」
転校初日。初っぱなにプロポーズをした城戸さんに、許嫁と叫んだ笠木さん。そんなある種目立っている二人に腕を捕られているのは渦中の人物である新崎。そんなことが起これば、緩んだ空気と合わさりグラウンドにはヒューヒューとコブラみたいな声があちこちから飛んでいき、それを受けるヒロイン達は少し俯いて新崎を引っ張る。当の新崎は首をかしげ、当たり前ながら意味が分かっていない様子だった。
「なんか…凄いっすね。あの三人。さっきまでギスギスしてた赤組と白組一緒になって声出してるっすよ…」
「ここだと有名人だからな…」
他の走者を脇役に、三人仲良く同列でゴールへと歩き、また委員のお題チェックが間に入る。正否については言わずもなが、問題なしと委員は頷き、ゴールテープはヒロインが先行する形で二人で通り抜けた。それに続き、マイクや麦わら帽子なんかを持った脇役も自分達には関係のない盛り上がりを受けつつ、ゴールを踏んだ。
と、辺りのヒューヒューコールに混じって横からか弱く消えそうな呟き声が聞こえてくる。それはもう一人のヒロイン。
「お題…本当にどんなのだったんですかね」
恋する乙女の行動は恋する乙女が一番知っている。だから、二人の態度を見て大方の予想がついてしまったらしい。質問と独り言の間のような呟きに、俺は言葉を返せない。山中が抑えた胸には一体、どんな想いが込められているのだろうか。
それを知ることは主人公にしか出来ない。




