70話目
70話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
高校全体で組分けが終わり、目の前の体育祭に多くの生徒が躍起になって盛り上がっている中、新崎達と、そして俺も属している日常部だけはその流れには乗らず目の前どころか目の中にある城戸さんの誕生日会を無事に、そして盛大に行うため、当日の今日でさえ授業の合間合間に部室に来ては全員で準備をテキパキと進めて、もう放課後へと時間は進んでしまっていた。
「…うん、こんな感じで大丈夫かな?あっ、冬花ちゃん?まだケーキは食べちゃダメだからね?夏が来てから」
「…むぅ」
冬花ちゃんがケーキに向かって伸ばしていたフォークが止まる。
注意を終え、飾りつけを一通りぐるりと見回した笠木さんは「よしっ!良いね!」と、納得の言葉を発し、それを聞いて俺も安心して息が漏れる。
さして広くない部室はカラフルに彩られ、各々の部室で使っている机をくっつけた一つのそこそこの大きさのテーブルの上には、冬花ちゃんが狙っていた苺のケーキと1リットルサイズの飲み物、それに小さいお菓子に混じって、俺が買ってきた結構な量のシュークリームもお皿に鎮座している。そして、前に笠木さんが描いたデフォルメ城戸さんには、パーティー用のとんがった帽子が追加で描かれていた。
誕生日会の準備が整った事を笠木さんは頷いて確認すると、制服のポケットからスマホを取り出して、ポチポチ操作して連絡を掛ける。
連絡先は多分新崎だろう。
城戸さんをここに引っ張ってくる役割も新崎に任されているのだ、それの開始合図なのだろう。
「あ、陽斗?うん、こっちはもう完璧!夏、呼んできても大丈夫だよ」
その後、何回かうんうん相づちを打ったあとに笠木さんは、スマホから耳を離して、また制服へとそれを戻した。
「…もう…来る…?」
「うんっ!あ、灯くんそろそろクラッカーの準備してくれる?」
近くに包装されたままの四つ入りのクラッカーの袋を見つけ、言われた通りセロハン仕様の部分を開けて、クラッカーを二人に渡す。
「ありがとね、灯くん」
お礼に小さく頭を下げて返す。
と、冬花ちゃんがクラッカーをまじまじと見つめ、首をかしげる。
「…これ…引っ張るの…?」
「あぁぁ!冬花ちゃん、まだ引っ張っちゃダメだから!夏が扉を開けたらだからっ!」
しかし、間に合わずパァンと火薬が爆発したような音がして、紙吹雪と細長い紙がクラッカーから飛び出してしまう。
その不意打ちの音にちょっとビクッとしてしまったが、気づかれることなく、笠木さんは無駄になったクラッカーを見て肩を落とし、冬花ちゃんはより一層頭にはてなを浮かべる。
「間違えた…?」
「うん…まぁ、でも余りのクラッカーが一本あるから…冬花ちゃん。次こそは夏が来てからだからね?」
「ごめん…なさい…」
俺の手元にあったクラッカーの袋に笠木さんの手が伸び、最後の一本がちょっとしょんぼりしている冬花ちゃんに渡される。
まぁ人は失敗を積み重ねて成長していくってよく言うし、今のは神様が冬花ちゃんに与えた成長の機会なんだと思う。こうやって天使が成長していくんですね!その内バンド活動とか始めたり絶対ある。散財する自信もある。
ついでにバスケなんかもしてくれると良いんだけどと考えていると、不意に聞こえてきた二つの靴音。タイミングからしてきっと新崎達だろう、俺と同じくその音に気づいた笠木さんが、俺らに静かにとシーッと口に指を当てる。
「みんな、準備はいいね…?」
「…まぁ」
「うん…」
小声の笠木さんに頷き、城戸さんが扉を開けるその時までジッと扉を見つめる。
静かな空気に従って、俺が主役でも無いのに少し、緊張して肩が強張ってしまう。
近づいてきたのか、新崎達の話し声がはっきりと聞こえる。
話の内容はおおよそ部活の話。「やっと部室に行ける」とか「昨日は楽しかった」とか。これからのサプライズがバレている様子はない。強いて気になるなら新崎の声量がやけに疲弊していることだろうか。でも全然俺にはどうでもいいので緊張をほぐすために、クラッカーに一心を置いている冬花ちゃんを眺める。やだ…凄いドキドキしてる…!
扉がコンコンとノックされた。
それに続いて「なんで自分の部室なのにノックしてるんですの?」と聞く城戸さんと、新崎の戸惑った声。
クラッカーの紐を手に持って、準備を整える。
「夏、先に入ってくれ」
「…え、えぇ…。まぁ、良いですけれど…変な陽斗ですわね…」
ごくりと誰かの喉が鳴る。
扉が開く瞬間が、まるでスローモーションのように見え、笠木さんが城戸さんの不思議そうな顔が覗いた瞬間に、俺らを見て「せーの」と合図をくれた。
「夏!誕生日おめでとー!」
「おめでとー…」
「お、おめでとうございます…」
どういうテンションで言えば良いのか分からなくて、少し躊躇いながら祝いの言葉を述べ、三人のクラッカーがパンッと部室に大きく響いた。
「え…あ…」
俺たちの突然のお祝いと、クラッカーから出た紙に城戸さんはギョッとして、目を丸くして出入り口で立ち尽くす。
しかし、テーブルに置かれたケーキや、それに俺らが言った言葉に黒板のデカデカと書かれた誕生日を祝う絵や色とりどりの文字で、次第に状況が理解出来始めたのか、城戸さんの瞳に涙が浮かび始めた。
そんな城戸さんの前に新崎は立ち、ポンッと優しく手を頭に乗せていつもの爽やかでカッコいい笑顔を彼女に見せた。
「誕生日おめでとう、夏」
「…っ!陽斗~~っ!!」
「うわっ!?」
城戸さんが全身全霊で新崎に抱きついて、新崎から間抜けな声が飛び出てくる。
新崎を倒した城戸さんは、嬉しそうに新崎の胸に顔を埋め、それを見た笠木さんは「夏…はぁ」と呆れたようにため息を漏らした。
「陽斗!えへへぇ~陽斗っ!」
「ちょ、夏!だ、抱きつかないでくれ!ほ、ほら誕生日会が!」
「んふぅ…は・る・と~♪」
「な~つ~!秋葉も見てないで止めてくれ!」
「…ほーら、夏。今日は夏が主役なんだから、いい加減離れてっ!」
床で嬉しそうに新崎に抱きついている城戸さんを、笠木さんはグイッと襟を掴んでズルズル椅子まで引っ張っていく。そんな城戸さんの瞳は涙で少し赤くなっていて、もしかしたらそんな自分を隠すために新崎に抱きついたんじゃないかと変な勘繰りをしてしまう。
しかし、今日は誕生日会。
余計に考え事をしていても意味がないし、俺が今すべき事は城戸さんを祝うことであって何がどうしてあんなことをしたとか推理することではない。胸が当たってる的な展開でしょと結論を付けて、床から起き上がろうとしている新崎に手を貸す。
「…ほら」
「お、ありがとな灯!」
まるで勝負の後の握手のように、手を合わせ力一杯に新崎を引き上げる。その時に礼の言葉と一緒に笑顔も貰ったが、その笑顔がさっきの城戸さんを祝った時の笑顔とほぼ変わりない辺り、こいつの笑顔基本一定の一枚の絵使い回してるみたいな感じじゃないの。
と、そんなことを考えている内に引きずられていた城戸さんは席へ座っていたようで、振り向けばもうケーキ入刀が笠木さんの手で行われていて、俺も新崎の後を追って席に戻る。
「このケーキ…まさか秋葉の手作りですの?」
「うんっ!夏が陽斗とあちこち出掛けてる間にね」
「それって…。…!陽斗、もしかしてこれまでわたくしとデートをしてくれたのって…!」
「…あぁ。このサプライズのため。いつバレるかってすっげぇヒヤヒヤしてたんだからな?」
「そう…でしたのね…。む、でもつまりそれってこれまでのデートはただの時間稼ぎって事でしたの?」
不満げに城戸さんは新崎を睨む。まぁ、二人で楽しんでいたはずのデートが、ただの独りよがりで終わっていたことに対してだろう。
だが、新崎は頭を横に振っていつもの笑顔で明るい言葉を言う。
「いいや。夏とのデート、毎日結構楽しかったぞ?」
「え…あ…そ、そうですの…」
新崎のその言葉に城戸さんは顔を赤らめて、さっきまでの鋭い視線が丸まり床へと移る。良かったね。
と、妙な空気を出している二人を遮るように、分厚い肉を断ち斬るようなドスンと音がして、城戸さんのお皿の上にケーキが置かれた。その犯人は笠木さん。新崎にニッコリ優しい笑みを向け、ケーキ同様に二人の空気も断ち切る。
新崎がちょっとギョッとしていた。
「さ、ほら?ケーキ切ったんだから、夏、残さずに食べてね?陽斗も、ね?」
「お、おう…。なんか、目が怖いぞ秋葉…」
「ふふ、秋葉。嫉妬ですの?」
城戸さんの挑発に笠木さんは「ん?」と一言だけ言葉を放つ。しかし、その一言には怒りがはっきりと見え、冬花ちゃん用にケーキに落ちたナイフが、静かにすとんと音を残した。大変だなぁ。
「んふふ~…♪おいしい…♪」
隣から聞こえるどたばたラブコメを、貰ったケーキを美味しそうにほうばる冬花ちゃんに視線を向けることで意識の外に置いておく。
ほっぺにクリームの残る冬花ちゃんはどうやら苺は最後に食べる派らしい。ちょこんとケーキの傍に冬花ちゃんの様にクリームの付いた苺がケーキにもたれて残っていた。
もしかして、俺が未だに冬花ちゃんとろくに仲良くなれてないのは俺が実は苺的存在なのかもしれない…なるほど納得。
と、ちょっと山中に勝った気でいると、横からケーキの乗った紙皿が伸びてきた。
「灯くん、はいケーキ」
「えっ、あどうも…」
笠木さんが俺の分のケーキも切ってくれたらしい。
しっかりとそれを貰って、俺も冬花ちゃんと同じようにケーキを食べ始める。
苺の酸味の混じるクリームは、丁度良い甘さでコーヒーとか紅茶とかそういうのが飲みたくなってくる。
もしかしたら、城戸さんが時々淹れてくれる紅茶に合わせてのこの甘さなのかもしれない。あーんだなんだで騒ぎまくっている三人を横目に、もう一度ケーキを口に運んだ。
しばらくすると、新崎達はお得意のラブコメは終わったようで、聞こえてくる会話が次第にプレゼントの流れへとなっていく。
俺がプレゼントがプレゼントとということもあり、先発で渡すことになり、積もったシュークリームの皿を城戸さんにずずいと押した。
その中からひとつのシュークリームを手に取った城戸さんは、嬉々としてそれをほうばってくれて、満足したようで俺に気品のある笑顔を見せてくれた。しかし、その頬にはクリームが残っていた。
そのクリームは新崎くんが取りました。俺ではありません。
「次は私だねっ!」
そして次に笠木さん。
笠木さんが渡したのは手のひらよりも少し大きい真っ白なテディベア。耳の傍には真っ赤なリボンが付いている。
それを城戸さんは両手で持って、真正面から見つめ合う。
「これもまさか秋葉の手作りですの?」
「うんっ!ふふーん♪凄いでしょ?」
「えぇ、とっても可愛いですわ。ふふっ♪」
声を弾ませ表情を緩めた城戸さんはテディベアの頭を優しくそっと撫でて、大事そうに手で支えて膝の上にちょこんと置いた。不思議と膝に座るテディベアが居心地良さそうに思えた。
と、テディベアを撫で続けている城戸さんに、ぐぐっと一つの紙皿が近寄ってきた。
「…冬花?」
差出人は冬花ちゃん。
出したお皿の上には冬花ちゃんが最後の楽しみにと残していたであろう真っ赤な苺が一つ。ケーキはぺろりと完食したらしい。クリームは一つとして残っていなかった。
苺だけのお皿に城戸さんははてなと首をかしげる。
冬花ちゃんが何かを我慢するようにプルプル震えながら、目線を下に呟いた。
「…あ…あげる……」
「ど、どうしたんですの?あの冬花が食べ物を残すだなんて…苺、嫌いですの?」
「え、でも冬花ちゃん。味見の時は苺、たくさん食べてたよね?ケーキの分が足りなくなるぐらいには」
まさか、と思ったことを俺ではなく新崎が先に口に出した。
「はは、もしかして冬花なりのプレゼントなんじゃないか?」
「う…うん…プレゼント…忘れてた…から…こ…これ…っ」
苺を意地でも見ないようにして、必死に椅子から身体を伸ばしてお皿をより城戸さんに寄せる。その目は少し、葛藤で潤んでいるようにも見える。
あの冬花ちゃんが人に果物を…。
新崎と同じ答えに辿り着いてはいたのだが、少しそれが信じられなくて口に出すのが遅れてしまった。これで新崎の方が冬花ちゃんについて詳しいみたいになってしまった…。
冬花ちゃんの苦渋のプレゼントを城戸さんは微笑ましそうに笑い、フォークで苺を上から突き刺した。
「…っ…」
悔しそうな冬花ちゃんから漏れた声が漏れ聞こえた。
苺を貰った城戸さんはゆっくりとそのフォークを自分に、ではなく冬花ちゃんへ少し、腰を上げてスッと差し出す。
「冬花」
「…?」
「あーん、ね?」
「で…でも…プレゼント…」
「早くしないとわたくしが食べちゃいますわよ?」
城戸さんがまるで挑発のようにフォークを小さく左右にクイクイ揺らすと、冬花ちゃんの瞳が苺にじーっと釘付けになる。俺はメトロノームになるべきかもしれない。
「ほらほら♪」
「…っ…はむっ…!」
「ふふ」
見事、冬花ちゃんを食らい付かせたフォークを城戸さんが引っ張ると苺が跡形もなく消えたフォークがきゅぽんと取れる。
美味しそうに頬をもぐもぐさせていた冬花ちゃんだったが、誘惑に負けたことに気づくと、ハッとしてしょぼんと瞳が下がる。しかし、城戸さんの方は笑みを崩してはいない。むしろ、釣れて嬉しそうにしていた。俺も冬花ちゃんの笑顔が見れて嬉しい。今曲とか流れたらミュージカル踊る。
「ご…ごめん…なさい…」
「別に、良いんですのよ?」
「ほ…ほんと…?」
「わたくしのプレゼントは今の冬花の笑顔ですから。さ、ほらもっとプレゼントを見せてください?」
「…え…えへへ…」
照れくさそうに冬花ちゃんが頬を苺のように朱に染めて、城戸さんに朗らかな笑顔を向けた。それを見て、周りで見ていた俺らもほっこりした気持ちになる。しかし、心臓だけは破裂せんばかりにバクバク跳ねていた。抑えて!心ッ!
俺が冬花ちゃんの照れ笑いで心撃たれ、ついでに貫かれている間、城戸さんは苺の消えたフォークを紙皿に置いて上げた腰を落とした。
「これで、三人からプレゼントを貰いましたわね」
「それじゃ、最後は…」
笠木さんがそう言えば、自然と俺含めた全員の視線は新崎に集まっていく。
最後のトリはもちろん主人公。好感度バク上げ待ったなしの世界一周旅行よりも喜ばれるであろう、プレゼントが新崎の制服のポケットから取り出される。
新崎は頭に手を当て、「あはは…」と照れ笑いをしながらそれを城戸さんに手渡した。
「俺って…あんまり人にプレゼントとか選んだこと無いから…もしかしたら嫌…だったりするかもしれないけど…」
そんな言い訳を挟む新崎をよそに、城戸さんは破らないように丁寧に包装を剥がして、その下に隠れていた真っ白な箱を手に持つ。
城戸さんのワクワクと緊張が混じったような表情を見て、つい俺も口を閉ざしてしまう。いや、まぁいつも基本的に閉ざしてますけど。
新崎と城戸さんだけが話していいような空気が部室に起こり、それが高校全体に伝染してしまったのか、外の声も部室に蓋でもしてしまったかのようにぱたりと耳に届かなくなる。
「これ…」
城戸さんが箱を開けて、中身にぽつりと呟いた。
「お、おう…」
恥ずかしそうにそれに新崎は返事を返す。ちらりと俺も中身を覗かせて貰えば、そこにあったのは銀細工のペンダント。海で跳び跳ねたようなイルカの形が三つ、それが組合わさって一つの銀のハートを作り上げていた。
「綺麗ですわ…」
城戸さんから感嘆の声が漏れた。
「気に入ってくれたんなら、その、良かった」
「…陽斗」
「ん?」
「これを、わたくしに付けてくださらない?」
ペンダントを傷つけたくないのか、城戸さんは触れずに新崎にそうお願いする。
「あぁ」
新崎は立ち上がってペンダントをそっと指に持ち、城戸さんの後ろに回り込んだ。
静かすぎるこの空間に、声どころか息さえ漏らしてはいけないような、そんな気さえしてただジッとその光景を眺めていることしか出来ない。
ペンダントがゆっくりと、城戸さんの首に掛けられる。
制服にペンダントは少しアンバランスではあったが、城戸さんのお嬢様らしい気品と優雅さがカバーしていて、そういう装飾なのだと勝手に脳が錯覚する。
「どうですか?陽斗、似合っています?」
「おう!バッチリだ!」
笑顔で誉められ、城戸さんは照れて頬を淡く赤らめたが、すぐに表情は悲しげに落ち込んでしまう。
「本当ならこれを毎日肌身離さずに付けていたいのですけれど…」
「…あっ、そっか。ここ、校則でペンダントとか禁止だったね…」
「えぇ…」
寂しそうに、首につけたペンダントを城戸さんは指を乗せる。
「もう…陽斗ったらどうしてそういうのに配慮出来ないかなぁ…」
「うぐっ…悪かったな!」
新崎はガクッと肩を落としたが、すぐに体勢を戻して「だって」と屈託の無い笑顔で言葉を続ける。
「夏には…これが一番似合ってると思ったんだ」
「~~っ!は、陽斗…っ!?」
一瞬にして城戸さんの身体が真っ赤に染まり、頭から蒸気がポーッと溢れてくる。
「ん、どうした?夏。顔赤いぞ?」
「は、はる…陽斗…はる…!」
口をあわあわぱくぱくさせ、て新崎の名前をひたすらに城戸さんは蒸気を止めずに連呼し始める。
またいつものだ…。
このまま行けば始め同様に新崎に飛び付いてどっしゃんがららのどんじゃらら。
内容が分かっている光景を眺めるのは中々つまらないし、モナドも持ってないからそんな未来も変えられない。最近よく見かける事なかれ主義どころか事が無い系である。これでもしそういう系が流行ったときに第一人者になったな…くっくっくっ。
「ね…」
改変出来ない未来から目線を外し将来の立役者までの道のりを計画していると、冬花ちゃんが不意に小声で話しかけてくる。
ふ、冬花ちゃんなら俺…飛び付かれても…とドキドキしていたが当たり前ながら勘違いのようで、冬花ちゃんの目的は俺ではなかった。
俺に送られていた熱い視線はテーブルにフッと落ちて、俺が買ってきたシュークリームに瞳が動く。
「食べても…いい…?」
まぁ、俺よりも食べ物ですよね…と、落胆と了解を混濁した頭ががくっと下がる。
すると、冬花ちゃんの手が我慢が解かれたかのようにおぞましい、もとい神々しいペースでシュークリームが消えてなくなっていく。
「やった…♪」
まぁ、冬花ちゃんが今の新崎の状況を見て胸のモヤモヤが何か、新崎本人に探るような展開にはならなかった。そう思えば俺を全然気にかけずに、シュークリームを推しキャラがガチャで出たときの課金勢みたいに溶かしまくっているのも、実際良いことなのかもしれない。課金が良いことかは知らないけど。
幼女が主人公に惚れる展開と言うのは、大抵主人公になついて、他のヒロインと接している主人公を見て胸がモヤモヤして、でそれが恋心だと気づくのがほとんどだ。
まぁ最近の幼女、将棋とか脅迫とか色々してくるらしいから違うかもしれないけれど。
とにかく、冬花ちゃんはきっとそう。いやそうでなければ困る。マジ困る。死ぬ。
もし冬花ちゃんが主人公に惚れるという未来の改変は出来なかったとしても、それまでに俺が満足するぐらいには仲良くなれるかもしれない。
具体的にはお兄ちゃんと呼ばれることを目指す。
そんな、小さな目標を立てて、ふと膨らんだ頬の冬花ちゃんを見れば、さっきまではシュークリームだった視線が彼方へとはずれてしまっいた。
俺もその視線の方へグイッと追えば、そこには抱きついた城戸さんをひっぺがそうとしている笠木さんに、迫ってくる城戸さんの顔をなんとか退けている新崎。わぁ、幸せそう。
そんな塊魂の三人を見て、冬花ちゃんはなにか気になったのか、小さく首をこてんとかしげて胸に小さな手をふわりと乗せた。その目は疑問に溢れていて、とてつもなく嫌な予感がしてついでに悪寒もした。
「陽斗…?」
冬花ちゃんは新崎の名前を消えそうなか細い声でぽつりと呟く。
しかし、騒いでいる新崎にもちろん届くはずはなく、新崎は変わらずやいのやいのとわちゃわちゃしている。来なかった返事に悲しげに冬花ちゃんは落ち込み、今度は両手で胸を痛んだ時のようにに抑えて、自分の胸を見下ろした。
あれ…これもしかして…今気づいたんじゃないの?
きっと今冬花ちゃんを苦しめている胸のちくりとした痛みを、食べ物で邪魔してあげたいが、多分それでは止めることはできない。俺が何かをアクションを起こして解決は無理。それが今の流れ。
ジッと黙って冬花ちゃんを見つめていると、冬花ちゃんは食べようとしていたシュークリームを置いて、席から立ち上がる。
そして、とてとて小さな足で歩いた先は新崎の近くで、不意の出来事に新崎達もどうしたと冬花ちゃんを見て動きが止まる。しかし、止まった新崎たちを当人は気にする様子もなく、ちょこんと冬花ちゃんは新崎の膝へ腰かけると城戸さんを抑えていた新崎の両手をひっぺがして、代わりにそれを自分のお腹辺りにまわして、後ろから支えてもらう形を作る。
「…むね…いたくない…」
「ど、どうした冬花…」
「これが…おちつくの…」
「そうか…」
呆気に取られている新崎にそう冬花ちゃんは一人言のように返して、自分を抑えさせた新崎の両手に自分の手を重ねる。さっきまでの疑問のあった瞳は、嬉しそうに目を細め、安らいでいるのが見てとれた。
この先を見てしまえば俺の心が荒ぶった挙げ句に停止しそうな気配がして、悪寒もそのままに視線を戻して、そっぽを向いて頬杖を立てる。俺の唯一の癒しでさえも、今日主人公のヒロインの仲間入りをついに果たした。
「ぐ…」
冷静を装っていたはずなのに、頬杖が不意に崩れ、テーブルに顔が激突する。
なのに痛みはそれほど感じなくて、代わりに俺の胸が冬花ちゃんのようにモヤモヤして痛み出す。だが、それを晴らすことは出来なくて、頬杖が崩れたことを誤魔化すように自然と手が、減っていたシュークリームへと向かっていく。
今日、小さく無垢な女の子は恋と言うものに気づいた。
そして、それと同時に良い歳してる男子高校生も希望を失う絶望を知ってしまった。
逃げるように見た空には夕焼けが広く染まっていた。




