69話目
69話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
城戸さん誕生日会の作戦が俺の家で計画され、実行に備えた準備を人気の無い、高校の新崎たちの部室でしていれば、終わってほしくなかった夏休みは終了を迎え、これまで静かだった部室に、この高校から溢れんばかりの喧騒が届き始めるようになった。
俺の役目はそんな外からの声が響く部室の飾りつけ。笠木さんと冬花ちゃんは楽しくケーキ作りの準備をしていて、新崎は誕生日会の主役である城戸さんを部室に連れてかないよう、頑張ってあちこち連れ回しているらしい。
そのお陰もあってか、部室は喧騒しかない部屋と化し、せめて音があるとしたら紙を繋げて作るあの正式名称を知らないわっかみたいなのために俺が色のついた折り紙をハサミでチョキチョキ切るぐらいの音だけだろう。
また、ジャック・ザ・リッパーになるときがきた。カミキリ虫な気もするけど。
しかし、そんな夏休みを終えて、誕生日会の準備を進めていく中、今日はそのハサミの音は部室に響かない。
というか、まず俺は部室にすら行かなかった。
その理由はプレゼント。
城戸さんに当日、渡さなくてはいけないプレゼントなのだが、それがまたかなりの難題。
プレゼントとというのは、人それぞれのセンスがとてつもなく出るもので、うっかり変な人形だったり、微妙な物を渡そうとすれば、賑やかな空気は一転、苦笑いと一方的な満足で終わってしまう事になり、ついでにあいつのセンスは変。という不名誉な称号だって勝手に貰ってしまう。
かれこれ、そうならないために時間を見つけては駅近くの普段なら用がない雑貨店や、アウトレットを回っていたのだが、どんなに探してもこれだという物が無く、心の端に小さくあった焦りが、次第にその大きさを増していってくる。
これがもし主人公であるなら、百発百中、そのヒロインが欲しかったり、喜ぶものを渡すことが出来るのだが、例によって俺はそんなことできないし、
偶然、好みを聞いたりする、なんて事も起こってはいない。今までで得た少ない知識から無難なものを導かなければならない。
そんなわけで今日もまた並木道に沿ってあっちゃこっちゃ歩きながらプレゼントを探しているのだが、やっぱりこれだという物は見つからない。
にしても、こういう場合、主人公の友人キャラポジションは一体全体ヒロインに何を渡しているのだろうか。
とりあえず、最初に頭に浮かんだのは髪を結んだりする小物なのだが、そういうのは、大抵主人公が渡す物に決まっている。
そうして、ヒロインがそのヘアゴムとかリボンを身に付けることで、大切にしているということを主人公と、そして読者にもアピールしているのだ。
時々歌の歌詞なんかにもある、主人公は自分自身的なニュアンスに従えば俺はそれを渡せば良いのだが、あれは絶対に間違っていると俺は確信している。
もし、俺が仮に主人公であったとしても、同じようにその曲に影響を受けた誰かが自分を主人公だと思っていれば、そいつからすれば俺はただの引き立て役。もし、その歌詞に影響を受けた奴が世の中に十人でもいれば、その十人は俺のことを主人公ではなく、自分を引き立てるためにいるそこいらのモブとしか見ていないのだ。となれば、大正義多数決をすれば結果は明白。俺はその十人からこいつは引き立て役という票を貰う結果となる。主人公には遠くなれない。
それになにより、こんな奴が主人公で良いのかと、まず第一にそう考えてしまう。
基本、家でくだぐたうだうだしていて、可愛い美少女が幼馴染みにいるわけでもなくて、毎日ハッピーなわけでもなくて、ただくだらなくて。
そんな奴が主人公の話、誰だって求めてはいない。
そんな話はほとんどの人がもうとっくに体験しているわけだし。ていうかまず曲ってそんな風に楽しむもんじゃないと思うけど。
と、歌詞にいちゃもんをつけながらウィンドウショッピングしていると、あるものが目に入ってくる。
それはいつぞや、矢並先輩とデートをした時に先輩がちろっと話したあの駅近くのシュークリームの店。
よく分からん英語と日本語を織り混ぜたオシャレな看板がぶら下がっているその店に視線が釘付けになる。
これ、アリなんじゃないだろうか。お菓子ってほら、女の子大体好きそうじゃん。
それに、これなら細かい柄や機能性なんて考える必要なんて無く、誕生日の当日、ケーキと一緒にプレゼントととして添えて出せばそれでいい。
変に、「嫌だけど使ってあげないと」、みたいな感じに城戸さんの優しさに頼る必要もない。完璧で安全なセンスがあまり問われないプレゼント。
まぁ、流石に今、これを買ってずっと家に置いてくのあれだし、買うのは当日にすれば大丈夫だろう。
心の端にあった焦りはスッと消え、これでようやく飾り付けに集中できそうである。
気持ち軽くなった足を動かしてまた、紙を切る仕事へ戻るために賑やかな駅前を抜けて、学校にぼちぼち戻っていった。
プレゼントが決まった翌日。
そこそこ広い部室に相変わらず正式名称の分からないあの折り紙のわっかを繋げたやつを付けるため、雨の降る今日もカミキリ虫の真っ最中。
普段、ろくに使われていない黒板も、時間が余っていたらしい笠木さんの手によってデフォルメされた城戸さんのちっこいキャラクターや、絵のケーキやリボンなんかでカラフルに彩られていた。これで使ったのはチョークだけなのだから実際凄い。教師もこれぐらい出来れば授業も楽しめると言うのに。でも、教師は教師でほとんどが過労って聞くし、欲張らない方が良いんだろうね…。
と、誕生日会の準備は滞ることなく順調に、そして円滑に進んでいる中、それよりも俺に一つ、気になることが出来た。
それは俺の癒しである冬花ちゃんについて。
別に、転校するとか身体を壊したとかそんな事ではなく、しかし、彼女にとっては大きな変化で俺にとってもそれは同じ。
どうやら、冬花ちゃんは夏休みが明けた頃と同時に積極的に一年の授業にでるようになったらしい。
彼女の心境にどんな変化があったのか、それを今の俺は犯人の動機並みに無性に知りたかった。
まぁ、授業に出て冬花ちゃんという存在がこれからこの学校の中で異質な存在から少しずつ離れていくのなら俺も別にそれを止めはしない。というかむしろ推奨する勢い。
…なんだけど、なんだろうこの胸のモヤモヤ。
嫉妬というか憎悪というか。
消えた焦りの感情の代わりに現れ、黒い気持ちが胸の中でグルグル渦巻いている。
自分の街の好きだったご当地マスコットの人気が出て、その街を忘れて都心のテレビにマスコットが出まくるのを見た時の感情に似ているかもしれない。
…そしてなによりも。
「失礼します」
この感情を明らかにしようとしていると、部室の扉が二度ノックされ、この部活の部員では明らかにない少し冷たく鋭い声が聞こえてくる。
少しして、扉がガラガラと開く。廊下にいたのは山中と、そして恋人握りみたくガッチリ手を握られている冬花ちゃん。どうやら今日は味見係はおやすみらしい。
ついでに冬花ちゃん本人もおやすみ寸前らしく、大きく口を開けてあくびをした。
「…ふわぁ」
「冬花ちゃん、届けに来ました」
「…あぁ」
冬花ちゃんが授業に出ることとなったが、やはり、一人にさして置くのはあまりよろしくない。となれば、その付き添いを探し出す事となり、その時新崎に抜擢されたのが同じクラスだった二葉の方の山中。
頼みに行けば山中はすぐにでも了承してくれて、ついでに行く末を見届けなければと着いていっていた俺に対して勝ち誇ったような笑みを見せてきた。
これがもう一つの俺になんとも言えない感情を与えてくる原因。
届けに来た。そう言った割にはちゃっかり山中は空いていた俺の隣にある新崎の椅子に座り、椅子を引いて冬花ちゃんを隣に座らせた。そして、眠る一歩手前のとろんとしている冬花ちゃんに優しく自分の膝をポンポン叩き、膝枕へと誘導した。俺もダメですかね。枕側。
「……すぅ…すぅ」
「冬花ちゃん、おやすみなさい…。…ふふ…ふふふ…」
「うわぁ」
「…なんです、その目は」
すぅすぅ眠る冬花ちゃんを見る山中の卑しい目が、やっぱり不審者にしか見えない。
山中は俺の視線を咳払いで払うと、近くの棚に折り畳まれてあったクリーム色の毛布を取って、そっと冬花ちゃんにそれを掛けた。
冬花ちゃんが快適に寝るのを確認し終えると、山中の瞳はハサミを動かす俺を指した。
「あの、この毛布って使っても良いんですよね?」
「…あぁ、前々から城戸さんが勝手に使ってくれって持ってきてたやつだし」
「…なら良いんですけど」
山中はふわりと冬花ちゃんの頭を撫で、幸せそうにふふっと砕けた笑みをこぼす。
これで山中は冬花ちゃんが起きるまで、ずっとここにいることが決定した。
前も山中の近くで少し働いていたし、変に緊張することもなくハサミで紙を切っていく。もしかしたら、普段の部活よりもこっちの方が落ち着いているかもしれない。普段は怨み言ばっか考えてる。
「先輩は、何してるんですか?」
「飾り付け用の紙切り」
「体育祭の時も先輩紙切ってましたよね」
「…まぁ。他はケーキとか城戸さんと直接関わるし」
「ケーキの方なら知ってます。前までは笠木さんのとこまで送ってましたから」
「…今日はいいのか」
「えぇ、誕生日会に備えて色々買ってくるらしくて。今日は部室の方って」
冬花ちゃんを送る過程で笠木さん辺りから誕生日会の計画を聞いたのだろう、変に詳しく聞かれずに話が進んでいく。
「…で、なんで山中はちゃっかりここに居座ってるんだ」
「そ、それは…冬花ちゃんを一人きりにするのは不安ですし…あ、後は偶然新崎先輩に……な、なんでもないです!」
「新崎なら多分、しばらくは来ないぞ。さっき言った城戸さんと関わるやつ、あっちに回ってるから。城戸さんが家に帰ってからだな」
「あの、それじゃあ、冬花ちゃんは誰が家まで送ってるんですか?これまでは城戸さんの車って聞いてましたけど」
「代わりにそれも新崎がやってる」
それを決めるときに俺が一番に名乗り出たが、冬花ちゃんから新崎が良いと言われ断られた。あの時ばかりは心が砕け泣きそうになった。すーぱーぐっすんおよよである。
「それなら良かったです。冬花ちゃんを一人で帰らせるのは家も遠いですし不安ですから」
「え、家知ってるの?」
「はい、夏休み中に何度か遊びに行かせてもらいました。…もしかして、知らないんですか?」
「……まぁ」
「ふふ、私の勝ちですね」
また、勝ち誇った笑みを見せてくる山中を見たくないと、身体を少し背けてハサミに集中する。この不安も断ち切ってよハサミくん…。
もしかしたら俺以外、この部活の全員も冬花ちゃんの家知ってたりするんじゃないのこれ…。
そんな気がしてならない。
震える手で紙をザクザク切っていく。
山中は震える俺に変に追撃する気は無いらしい。黙って、冬花ちゃんの頬をぷにぷにいじくっていた。
珍しく、部室に訪れる静寂。
雨のせいでいつもなら聞こえるテニスのラケットにボールが当たる音も、サッカー部のゴールが入ったときの歓声も聞こえない。
吹奏楽部も休みなのだろうか、この部室に冬花ちゃんの静かな寝息とパラパラとした雨音だけが聞こえ続ける。その寝息に死力を尽くして聞き耳を立てていると、不意に聞き覚えのある声が扉を介して繋がっている廊下から聞こえてきた。
「夏、ストップ!止まってくれ!」
「新崎だ…」
「に、新崎先輩の声…」
山中も新崎の声に気づいてスッと黙り込む。
よーく聞けば二つの靴音が聞こえる。話し声の通り、城戸さんも傍にいるらしい。
すぐに、その人の声が耳に届いた。
「陽斗、夏休みが明けたのですから、流石にそろそろ部室に顔ぐらい出しませんこと?秋葉や仁田、冬花も心配しているかもしれませんし…」
「いっ、いや!あいつらもなんか忙しいらしくてな!?多分、部室に居ないと思うな!」
「いえ、ですがそうだとしてもこれから来るかもしれませんし…」
どうやら、新崎の食い止めもそろそろ限界らしい。
新崎は焦ったような声で、必死に城戸さんを止めているらしい。
カツカツと足音が次第に近づいてきて、それはもうほぼ扉の目の前である。
俺も切って繋げてきたこの紙を隠した方が良いかと、息を潜めながら慌てて隠し場所を探していると、ちょんちょんと背中に何かが触れてくる。
振り向けば、山中が真っ赤な顔で俺をつついてきていた。
「あ、あの…私、こ、ここ…ここの席…冬花ちゃんが…」
「………」
ニワトリみたいな山中が座っている席は新崎の席。顔が赤くあたふたアワアワしてるのは、もし入ってこられて、意中の新崎に自分が新崎の席に座っているのを見られるのを想像してしまったからだろうか、必死に俺に助けを求めてくる。離れようにも冬花ちゃんが膝にいるから無理に動けない。自分で自分を追い詰めてしまったらしい。
立ち上がった俺の腕を全力でガシッと掴んでくる。
ここで裾とかそういう可愛いと思うような所を握ってこない辺り、相当焦っているらしい。
「離してくれ…」
「た…助けてくださいっ…」
「いや…えぇ…」
裾を掴むなんて普通だったらドキドキイベントなんだろうが、この場合何か色々とドキドキが違う。ドキドキが止まらないよぉ!
ふと、バンッと音がして扉を見れば、曇りガラス越しに両手を広げている人の姿が見えた。きっと、新崎が身体を張って守ってくれているのだろう。その行動を無駄にはさせないように、急いで辺りを見回し、隠し場所を探す。
「む、陽斗。なんかわたくしをこの部室に行かせないようにしていませんこと?」
「い、いやっ!別にそんなことは…」
「ジーッ…」
一応、念のために部室の扉の鍵も静か音を立てないように閉め、時間稼ぎの準備をしておく。山中はもう、諦めたのか両手で朱に染まった顔を隠し、うぅと椅子の上で唸っていた。
と、新崎は何かを閃いたのか、「そうだ!」と声がした。
「夏!」
「な、なんですの…?」
「き、今日はお前が行きたいところに何処でも俺は着いていくぞ!」
「えっ。ど、何処でもって本当に何処でもですの…?」
「お、おう!バッチ来い!」
半ばやけくそ染みたような声で、新崎がそう話すと、疑っていたような城戸さんの声は一転、上機嫌そうな声が扉越しに聞こえてくる。
「それじゃあ早速行きますわよ!ふふ♪目的地はわたくしの家。今度こそ二人きりで両親に挨拶ですわ!」
「あ、あぁ…!…あぁ」
曇りガラス越しに見えていた新崎は消え、ルンルンとした足取りの靴音と、ゾンビみたいな思い足取りの靴音。
新崎捨て身の作戦は項を奏したらしい。次第に靴音は遠退いていく。
靴音が少しして完璧に聞こえなくなったのを確認して、恐る恐る廊下を覗いてみると、二人の姿はもう見えず、これから帰るのだろうか、ワイワイしながら歩いている二人組男子しか廊下にはいなかった。
俺が扉から頭を引っ込めると、山中が両手を顔から離して俺に聞いてくる。
「か、帰ったんですか?」
「あぁ」
「よ、良かったぁ…」
山中は心底安心したようで、へにゃっと柔らかい笑みを浮かべたが、俺が無言で見ていたことにハッとすると、こほんと咳払いをして平静を装った。
俺もそんな山中を見て、少し心が落ち着く。
冬花ちゃんはそんな俺らは露知らず、呑気に、可愛くすーすーと寝息を聞かせてくれた。
それを耳に届かせながら、ゆっくり椅子に腰を落とす。
「まぁ、じゃあ続きだ」
「えぇ…頑張ってください。私は、少し冬花ちゃんを見て休むんで…」
「すぅ…すぅ……ふたばぁ…」
「は…はぁっ…!く…可愛い…せ、先輩…と、冬花ちゃんが…っ!!」
冬花ちゃんに寝言で名前を呼ばれることに果てしない嫉妬を抱きながら、それを原動力に紙をひたすらに切ってはペタペタ糊で繋げていく。
パラパラと降っていた雨が、少しその勢いを増して、地面へと強く打ち付ける音がしてきた。
冬花ちゃんの寝息に混じって、俺の小さなため息はそんな雨と一緒に落ちていった。




