60話目
60話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
ラノベというのは基本的に何でもある。
と、言っても差し支えないぐらいには種類が豊富で、ジャンルも豊富。そしてよりどりみどりである。全部一緒じゃんこれ。
ともかく、こんな風に何回も繰り返してしまうぐらいにはラノベは本当にありとあらゆるものが揃っており、マイナーからメジャーな物まで数がちゃんと揃っている。
だから、ラノベはくそみたいな風潮があるのに、きちんと人気が保たれているのであろう。
しかし、そんな異質や定番が混ざる中で、不思議にも、どのラノベにも話が揃う場所が必ずある。
まるで、裏で話をつけているのではないかと思うぐらいにそれは確実にやって来る。
夏、と言えば大体の人が何となく予想はつくだろう。
どんな話にも登場し、主人公をドキッとさせるためだけにあるあのイベントが。
そう…それは、
「海!行きますわよー!」
「「おぉーっ!」」
…海である。
ザザーンと砂浜に打ち付ける青い海水。
照りつける太陽。そしてその太陽から発せられる熱を帯びた熱い砂。
俺らの目の前に広がるそれは、幾度となく数多の主人公達が見てきた海だった。
「海だー!」
「海ーっ!」
「海ですわー!」
新崎、笠木さん、城戸さんの順番で、広がる巨大な水に向かってそう、大声を上げ、海に向かって走り出していった。
皆、各々に自分に似合った水着を着て、泳ぐ準備は万端。
ちなみに、冬花ちゃんも可愛らしく、けど、淡い水色は美しさを増していた。
とてつもないぐらいに彼女は完璧な水着は着ているが、今はその手に持つラムネに夢中である。でも、可愛いのでオッケーです!
そして俺はと言えば、海が見えるなり駆け出していった彼ら彼女らのせいで、本来、俺がするはずでは無かったビーチパラソルを砂にぶすりと刺した。お前らにこれ刺したろかい。
これから夏休み、一泊二日の合宿は、一回目で寄った場所と同じ場所。前に城戸さんが言っていたあの海である。で、となれば泊まるところも前と同じであの別荘。
が、そんなあれこれ全く同じな今回の合宿だが、一つだけ、違うところがある。
「ぅぅ………」
その違うところを確認するために横に視線を移せば、恥ずかしそうに手で身体を隠す一人の女の子が。
「なんでいんの…」
「ダメですか…鼻唄の人」
山中二葉である。
彼女についてはどうやら新崎が誘ったらしく、話としては「不健全なところが無いって証明しないとな」ということらしい。お前の存在が不健全。
で、それよりも大事なのは、やっぱり彼女はあの彼女な訳であって、凄く恥ずかしい。
彼女もちゃっかり着ている水着のせいで直接顔を見られなくて砂しか見れない。
彼女は、俺の突き刺したパラソルの影に腰を下ろし、新崎が運んでいたクーラーボックスから適当に飲み物を引っ張り出した。
と、冬花ちゃんもそれに続いて影に座り込んだ。
「そういえば、自己紹介ってまだでしたっけ?私、一年生の山中二葉って言います」
「知ってる。前々から来てた風紀委員の人だろ」
「えぇ、なので今回はその風紀委員として、内容の確認も含めて同行させて貰うことになりました。よろくしお願いしますね、仁田先輩」
鋭く、黒い瞳がこちらを睨むように捉えてきた。
「名字分かってるんなら鼻唄の人って呼ばなくていいでしょ…」
「初めて会ったときの印象が、一番人の中には残るそうですから。…あと…それと…一と仲良くしてくれて、ありがとうございます。いっつも一から話は聞いてるんで」
「…はじめ?あ、あぁ山中…」
どうやら双子の妹と言うのは、彼女の事だったらしい。
でも、それだとこれから山中の事を山中っていうと、こっちの山中と被って紛らわしくなるし、かといって山中の事を一って言うのもなんか嫌だし。山中(男)と山中(女)とかでいいかな。めんどくせぇけどこれ。
まぁ、とりあえず彼女が俺の鼻唄を聞いた子で、そして山中の身内で、あと主人公のハーレムの一員なのはこれで分かった。分かりたくなかった。
で、それよりもパラソルが二人に奪われてて俺日陰に入れないんだけど、これなに、焼け死ねってこと?
チビチビ飲み物を飲み進め、はしゃぐ新崎たちに視線を向ける彼女を軽く睨み付ける。
「なんですか?」
「…いえ、なんでも…」
諦めて熱い砂の上にしゃがみこむ。と、ラムネを飲み終わった冬花ちゃんが、突然立ち上がり、瞳をキラキラと輝かせる。
「海…!」
そう呟くと、わーっと嬉しそうにキャッキャウフフと楽しむ新崎達のもとへと走っていった。…さよなら、俺の唯一の癒し。
だか、そのお陰でやっと日陰に入ることが出来る。半分を制する山中(女)に近づきすぎないように、ちょんと日陰に腰を置く。大体、俺の片腕ぐらいは日陰に入れたので、全然まだまだむちゃくちゃ暑い。
「…仁田先輩は、海、行かないんですか?」
「そういう山中は」
「私…は、別に海に遊びに来たわけじゃないですし、あくまで監視です。で、先輩はどうしてですか」
「…俺は、まず第一に水着持ってきてないってのと、あそこにどうやって混ざるか切り出し方が分からない」
「悲しい人ですね」
「そんな辛辣な事言わなくてもいいじゃん…」
事実だけどさ。でも、悪いのは社交性を勉強で教えてくれない学校が悪いと思うんです。
…にしても、後輩キャラと言うのは、普通はもっと活発で、元気なのに、何故こいつはこんなに冷たいんだ。冬花ちゃんは俺に元気を与えてくれるから良しとして、彼女はそれが欠片もない。これがどうやって新崎に惚れたのか、やっぱり主人公パワーなのだろうか。
と、冬花ちゃんが新崎達の中に混ざると、新崎の視線は余った俺らの方へと向き、何処から持ち出してきたのか巨大な水鉄砲を持ちながら、はははと爽やかな笑顔で駆け寄ってきた。落とし穴掘っときゃよかった。
「おーい!灯も二葉もこっちで遊ばないか!超楽しいぞ!」
「だから来る途中も言ったが、水着忘れてきたんだ。借りるのもなんか嫌だ」
「…そうか。じゃあ!二葉はどうだ!」
海に絶対行きたくなかった俺は、こうすることで最低限身は守った。本当ならここにすら来たくなかった。
だが、新崎からやけにしつこく誘われて、そのまま押しきられてしまった。
俺が首を横に振ると、新崎の視線は山中へと向いた。いちいち女つけるのめんどくさい。
と、爽やかな笑顔に当てられている彼女は、なぜかグッと口ごもる。
「…二葉?」
「わ、私は…あの…その…ふ、風紀委員としての立場が…あ、あります…あるので…遠慮…します…」
酷い。真っ先にこの言葉が出てきた。赤らんだ顔から、とてつもないぐらいの裏声を挟みつつ、つっかえつっかえの返事。
だか、それを新崎が気にする様子はなく、ガッカリした様子で一言二言、不満を言った後、また海へとそそくさと戻っていった。海へと戻ると言うと、まるで新崎が魚かなにかに聞こえるが、全然そんなことはない。その言葉が適用されるのさかなくんだけじゃない?
…それよりも。
「…………」
「……………」
「………………」
「…こほん。なんでしょうか、その目は」
「…悲しい人ですね」
さっきの彼女の言葉を真似ると、ぷいっと顔を背ける。
「な、なんのことでしょうか…」
「まぁ、言われたくないんなら言わないが…」
「…そうしてください」
こんなにあからさまならば、笠木さんと城戸さんが気づくのも納得である。
でも、これでも気づかない主人公すげぇな。もうここまで気づかないとなると頭の何処かが死んでいるんじゃないかと思ってしまう。魚をもっと食べた方がいいと思う。さかなくんも魚食べるのかな…。
「…なぁ、本当に海に行かないのか」
「えぇ、なにかいけませんか」
「いや、それならそれで良いんだけど、だったらなんで水着着てんの」
「………」
気になったことを訪ねると、彼女は口ごもってしまう。
監視目的ならば水着などという、風紀を乱すためにあるようなものを着てくる必要もないだろう。その証拠に、山中の冷たい美しさは、横を通る男達の目をそこそこひいていた。俺の目とか磁石ばりに。
山中が水着を着てくる理由…。いや、もうすでに自分でとっくの前から答えを出していたではないか。水着イベントは、主人公のためにある。
ならば山中も。
「陽斗に誉められたいからか?」
「…!そ、そそそそそんなことないじゃないですか!?へ、変なこと言わないでください!クラゲぶつけますよ!」
「………………」
「ハッ!…んんっ!…暑かったからです」
「…そう」
強く咳払いをして誤魔化そうとする山中を、これ以上問い詰める気にはなれない。
それに、今の反応で確実にそうなのは分かった。
つまり、彼女も俺に興味は無いと、端から分かりきっていたことを心の中で再確認した。悲しい。
傍に置かれたクーラーボックスに手を伸ばし、適当に冷やされた缶のジュースを手に取った。
…もう、一時間ぐらい経ったろうか。新崎達が全然帰ろうとしてくれない。ちょっと休むためにこっちに戻ってきては、またすぐに海へと駆け出していく。そして、海を満足したのかと帰る準備を始めようとすれば、やれビーチボールだのスイカ割りだのでまた騒ぎだす。サメ映画だったら今ごろ誰か食われてるぞ。
隣に座る彼女もそろそろ耐えられなくなってきたのか、時々、海の方に近寄って水に軽く足をつけたりはするが、新崎達が近寄るとシュバッとこちらへ帰ってくる。驚きの速さ。その動き、まるで寄せては返す、波の如し。
むしろ、その走りのせいで余計に汗をかいていた。
本格的になにもすることが無くなってきた俺は、途中から砂の数を数えるゲームを始めていた。今、五百…あ、ヤドカリ。…ん?今何粒目…?え、うわ。絶望。
「あっつ…」
不意に、自分の口から言葉が漏れる。汗がベタベタして気持ち悪い。
「…大丈夫ですか?倒れられても困るんですけど」
「それは大丈夫…水分とってるし…はぁ」
「どこ行くんですか?」
立ち上がる俺を見て、彼女が声をかけてくれる。
「アイス。なんかさっき近くで売ってるて書いてあったから。…食べたいんだったらついでに買ってくるけど」
「…い、いらないです」
「そう」
人に頼るのが苦手なのか、一瞬悩みつつも山中は断りの言葉を言った。
彼女からの返事を聞いて変に砂が靴に入らないよう、気を付けながら歩き出すと、後ろから「あの!」と声が。
山中の声だ。
「や、やっぱり…お願いします…」
恥ずかしそうに山中はさっきの言葉を撤回した。
「ん、了解。適当に決めるけど構わないか?」
「…はい。変なのでなければ」
山中の言葉に「あぁ」と、返事を返したが、その声ははしゃぐ周りの声でかき消されてしまった。
またしばらくして、やっと新崎達が満足してくれたらしく、持ってきていた海用の玩具をまとめ、アイスをほうばっていた俺と山中へと疲れた様子で戻ってきた。
「ふぅ…楽しかったー!」
「そうですわね!久しぶりの海でしたけど、大っ満足でしたわっ!」
「うんうんっ!冬花ちゃんも楽しかった?」
「……」
こくこくと聞かれた冬花ちゃんは頭を縦に振る。
疲れた様子、とは言ったが彼らの顔は皆、楽しみきったように笑顔で、冬花ちゃんでさえも珍しく、笑顔だった。
ちなみに、この海のイベントで新崎が起こしたサブイベントを纏めると、笠木さんの水着が流される、泳げなかったらしい城戸さんが新崎にべったりくっつく、スイカ割りで新崎が危うく城戸さんの胸に触れそうになる、冬花ちゃんが可愛い、ビーチボールで景品が新崎になってヒロイン二人の熱いバトル、等々である。半日も経っていないのにこのイベント量であった。
山中さん、こんな不健全な部活潰しません?全然構いませんよ?
バニラアイスを口に運ぶ山中を見れば、新崎の整った身体をちらちらとバレないように見ては頬を染め、体温を上げていた。この人が不健全です!
女の子4人中4人が新崎を気にしているこの環境下は、俺の存在が超アウェー。もういっそ、俺が海に還りたくなる。もしくは溶鉱炉。デデンデンデデン。
親指を突き立てる代わりに、アイスに付属のプラスチックのスプーンを刺すようにすくって、それを口に運ぶ。
前に食べたときよりもその冷たさははっきりと分かり、美味しさも伝わってくる。
しかし、流れる汗は止まらずに、体力と塩分を一緒に奪っていく。おかしい、俺青春を欠片として楽しんでないのに夏を満喫したみたいな見た目になってる。
と、城戸さんが立ち上がり、俺らを見回した。
「それじゃあ、たくさん楽しんだことですし、そろそろ帰りましょうか?」
「おう!そうだな!よーし、じゃあ片付け始めるかー!」
城戸さんと、新崎の声を皮切りにして各々に手近な物から片付けはじめる。
…ビーチパラソルを絶妙に新崎に任せるように立ち回りをしていると、山中は自分の飲んでいた飲み物とアイスのゴミを袋に入れると、俺らの方を向いた。
「…それでは私は着替えてきたら一足先に帰らせて貰います。ですが、だからと言ってあんまり羽目を外さないようにしてください。分かりましたか?」
「え?」
真っ先に不思議そうな声をあげたのは新崎。その、新崎の顔を見て、山中は首をかしげる。
「…どうかしましたか?」
「いや、お前も今日、一緒に泊まるんじゃないのか?」
「?いえ、私はこれで帰らせてもらいますが…?第一に、泊まりがけ用の着替えも持ってきていませんし」
「でも、俺らの部活の活動を見に来たんだよな?」
「…えぇ。先程から見させてもらっていましたけれど、どれも事故がほとんどですし、問題はないかと。勝手な勘違い、すみませんでした」
ぺこりと頭を下げて、山中は謝る。が、新崎の求めている答えはそれではない。泊まるかどうかである。女の子のお泊まりをそんな簡単に進めるとかお前RPGの宿屋の店主かよ。
「変な疑惑がはれたなら良いんだが…せっかくなら泊まっていかないか?な?灯?」
急に話を振られ、新崎に視線を向ける。
「なんで俺なんだよ…。まぁでも山中は着替えないって言うし、流石に同じ服を着させるの迷惑だろ」
意中の男の子がいる場所で、そんなだらしない格好の自分は普通、見せたくないだろう。なんで俺女の子目線なの。
と、突然近くにいた城戸さんが不適に笑い出す。
「ふっふっふっ…その点なら任せてくださいな!わたくしがすぐにでも準備をさせておきますわ!」
「い、いえそんな厄介になるわけには…」
誇らしげに胸に片手を当てる城戸さんに、山中は戸惑いを見せる。
笠木さんも横から現れ、山中の両手を優しく自分の両手で包み込んだ。
「寂しいこと言わないで、ねっ?ダメかな?」
「うっ…」
あと一押し、と新崎がもう一度口を開き、ニパッと爽やかな笑顔を見せた。
「良いだろ、なっ?」
「うぅ……わ、分かり…まし…た…。あ、あくまで監視の続行と言う形で、ですが…」
ゆっくりと山中が頷くと、新崎たちの表情が嬉しそうに綻ぶ。
…まるで、冷酷な少女の氷が、彼らの暖かさで溶かされ、仲良くなるような構図にも見えるが、どう見ても俺からしたら宗教の勧誘にしか見えない。教祖は青春。それを信仰する新崎達の一員に、彼女は足を踏み入れた。
だが、それも言葉を変えれば、楽しい高校生活の始まりという言葉に変わり果ててしまうのだろう。山中が何処か哀れにも見えてしまう。…だが、本当に一番哀れで、カッコ悪いのは、青春を嫌っている、俺なんだと思う。
海から帰り、軽く汗を流すために各々シャワーを浴び終えると、時計は12時を越えもう午後の2時を指していた。
上りきった太陽からかなり強く暑さが照りつけるが、この豪邸の冷房はそれを物ともせず、昼食のために火の前にいるのだがだらだらと汗をかくこともなく、スムーズに準備が進められている。
やれ節電だco2だと騒がれている世の中だが、流石お金持ちのお姫様、そんなことを気にする様子はないらしい。当たり前の様子で、隣の食事用の広間で王様のように椅子に腰かけている。
で、今回は作るのは合宿の定番中の定番、カレー。日本人のソウルフードと言っても過言ではないのではないのではないだろうか。ラノベ的にも、作り方も複雑じゃないから書きやすく、料理に勤しむ人達から変に苦情も受けないしで人気がある一品である。
だからまた作るのではないだろうか。主人公とカレーは万能、これを覚えておいて損はない。得もない。それと、ラノベにカレーがよく出る理由は適当に考えた。
しっかりと手を洗い、野菜を洗い、食器、調理機器も洗い、万全の準備を取る。洗い残しは許しまへんでー!
今日は前と違って一人分作る量が増えるので、前の合宿よりも、食材の量が少しばかり増えていた。
そして食材だけでなく、作る人も一人、増えていた。
「二葉ちゃん、お料理得意なんだね。すっごい手際がいいけど、何か習ってたりするの?」
「いえ。私の家、母子家庭で母親が帰ってくるのがいつも遅いんです。だから、料理はいつも私が。それのせいですかね」
野菜をトントンとリズム良く切りながら、目線を反らさずに山中はそう話した。
こっちの山中がそういうことはつまり、あっちの山中もそういうことになる。男とかいちいち付けるのめんどくさい。
話を聞いた笠木さんは、申し訳なさそうに「ごめんなさい…」と謝った。
「謝らなくても大丈夫です。そんなに気にしてないですから。…それよりも、そのエプロン、どうしたんですか?」
「えっ、あ…これ?」
山中に言われ、前は着ていなかったエプロン姿の笠木さんはくるりと回り、嬉しそうに微笑む。
所々にリボンがあしらわれた、可愛らしいデザインのエプロン。料理を作るとなったときに、笠木さんは鼻唄混じりにそれを着ていた。
リボンの裾をつかんでドレスのように彼女はエプロンを広げると、うっすらと頬を朱に染める。
「これはね、ちょっと前に陽斗と一緒に買いにいって…えへへ。も、もしかして似合ってなかったかな…?」
「いえ、よくお似合いです。でも…そう…ですか新崎先輩が…」
悲しげに、彼女は呟いた。
まぁ、彼女もタイミングがもう少し早ければ、新崎とデートの一つでも出来たかもしれない。だが、結局それは出来なかった。それはつまり、そういうストーリーなのであろう。そこで彼女を入れないことが、何か物語に関係しているのかもしれない。単に、書いてるやつがめんどくさがっただけもしれないけど。
ジャガイモの芽を取りつつ、耳だけを彼女達の話に向ける。ほら、なんか自分の話が出てこないかな~とか、急に話を振られた時のためにさ、聞いてないフリをしながらしっかり盗み聞くのってよくするじゃん。でも、そういう時って、逆に嫌な評価を聞いたり、全く話に出てこなくてただ悲しくなったりするだけなんだよなぁ…。かといって、ずっと無言でやっているがために、意識しなくても二人のガールズトークは耳まで届いてきてしまう。
「ほ、ほらっ!それよりもさ、早くお昼ご飯作っちゃお!陽斗ったら、結構大食いだからたくさん作らないとっ!」
「…そうですね。それじゃあ私、色々お皿とか取ってきますね」
「うんっ、お願いねっ」
どうやら話は終わったらしく、声の代わりに、食器やらがカチャカチャ立てる音と、包丁がスパスパ食材を切る音が聞こえ始めた。
それを聞いて、やっと集中できるともう何個目か知らない皮の剥かれていないジャガイモを掴もうとするが、突然床辺りから左半身が引っ張られるような感覚がして「うぉっ」と、間抜けな声が漏れてしまう。
その声で笠木さんが反応してしまい、ついでに山中も何事と気づいた。
「ど、どうしたの?怪我とかしちゃったの、灯くん?」
「い、いやそうじゃなくてなんか急に…あ」
「………」
「あっ、冬花ちゃん」
引っ張られた方を見れば、笠木さんの言った通り冬花ちゃんが、俺の、お、俺の服の…え、ちょっと、冬花ちゃん!こんな包丁がある危険な場所に来てはいけません!
やばい、心臓が破裂しそう、いや多分一回破裂した。いや二回ぐらいかな。
動悸が止まらず、持っていたジャガイモが手から転がり、まな板に落ちる。ジャガイモォ!
荒ぶる心を止めようと必死の俺を置いて、冬花ちゃんは笠木さんを見る。
「味見係なら…任せて…」
グッと親指を立てて、自信満々に冬花ちゃんはドヤ顔をした。そんな私のあじみだなんて…大胆っ!
「あー…ごめんね。まだお野菜とかを切ってる途中で…味見はまだ大丈夫かな」
「むぅ…」
満足いかなかったのか、プックリと彼女は頬を膨らませ、俺がまな板に落としたジャガイモを見つめる。
「まさかこれを…?」
「ジーッ…」
「灯くんっ!それ隠して!」
「えっ、えっ?」
言われた通り、ジャガイモを拾い背中に隠す。
すると、冬花ちゃんからの目線は外れた。
「ふぅ…良かった…」
安堵して、額の汗を手で拭う笠木さん。
と、冬花ちゃんは近くに置いてあった椅子を引っ張って、そこにぽふっと腰かけた。
身長が足りないせいで、足がプランプランと揺らしている。
「…できるまで…待ってる…」
「これ…早く作った方が良いみたいですね…本当に」
「そうだね灯くん…このままにしてたら危ないことになりそうだし…」
後ろに暴食の幼女を置いて、気持ち早く野菜を切っていく。
…と、ずっと静観を決めていた山中が隣から現れ、静かに声をかけてきた。
「坂美さんに見つめられて時先輩すっごい気持ち悪い笑顔してましたけど…」
「その報告いらないだろ…」
「いやだって本当に気持ち悪くて…まさか…ロリ…」
「んんっ!山中、お前をジャガイモ係を任命しよう」
全てをかき消す勢いの凍てつく咳払いをして、彼女の言葉を遮り、ついでにジャガイモの入ったザルを無理矢理に渡す。
が、言葉を遮っても表情は遮れない。山中の俺を見る目は変態を見る目のそれだった。
「…変態」
素直に言われた。
言葉を濁すことなく、純粋で、汚すこともなく、素直に。それは例えるならば、富士を流れる川のような、澄みきった美しい言葉。
しかし、だからこそ心にぐさりと刺さる。今、三つ目の心臓が破裂した。原因はときめきいたわけではなく、一言に、辛くなっただけだった。
これじゃあもしハートキャッチされても逆に返品されてしまいかねない。
睨む山中にそれ以上言うなと目でなんとか訴えると、ザルを抱えながら彼女は自分の持ち場へと戻っていった。
「……はぁ」
疲れと心の痛みを心臓から吐き出して、適当に今度は玉ねぎの下ごしらえを始めた。
これで俺の心臓は四つ目、いやそんなないけど、しかしそんなぐらいになるまでには色々傷ついたり癒されたりした。
…だが、この時の俺は知らなかった。あの後、更に心臓が傷を負うあんなことが起きるなんて…。
とかなんとか言っとけば、とりあえず上手く話は終わるのであろう。
「なんですかこれ…!」
月に照らされた豪邸の廊下。山中の、震えた声がそこに響き渡る。
太陽は落ち、空には月の明かりと星の見えない暗闇が広がり続けていた。夜にビッグイベントをやるからと午後のほとんどは休憩タイムとなり、お風呂から上がればこれである。そう言えば、お風呂中になんやかんやあって新崎だけが女子風呂に間違えて入るという事故があったが、説明が面倒くさいので、他のそういう系主人公の話を見てください。大体あんな流れです。
で、声をあげた山中の方に、俺含めて皆の視線が注目する。
着替えを忘れた彼女は城戸さんからパジャマを借りたのだが、そこには拒否権は存在しない。自分で一枚も持ってきていないということはつまり、出されたものは必ず着なければならないわけで、そこに悪意なんかがあっても着なければならない。今まで、うっすらではあったが廃部の危機もあり、城戸さんはそこそこ山中に怨みがあったらしく、その結果山中が着たのは、
「猫だな…」
新崎がそう言葉を漏らした。
ピョンとフードの部分から生える二つの耳。腕や手はすっぽりと隠れ、代わりに厚みが少しばかりある布で作られた肉球が付いた黒い腕。足も隠れてしまっていて、お尻の辺りから尻尾がだらんとやる気無さそうに垂れていた。
猫の着ぐるみのような、顔と首辺りだけ見える猫パジャマだった。
フルフル震える山中は拳を作りたいのか、肉球の付いた手をグッと力を入れたが、こちらの目に写るのは震える肉球だけ。怒りはろくに伝わってこなかった。
「他に…まともなのは無かったんですか…これ…!これ…っ!」
恥ずかしそうに猫耳のついたフードを元に戻す。
すると、黒髪が溢れるようにはらりと広がり、月に照らされて綺麗に輝いた。
「これまでそこそこ迷惑かけられましたし、その仕返しということですわ」
「結構…似合ってるんだよね…」
勝ち誇ったような笑みを城戸さんは浮かべ、率直な感想を笠木さんは述べた。
冬花ちゃんは、そのパジャマの肌触りが気になるのか、ツンツンと人差し指で脇腹辺りをつつき、ぎゅむっと抱きついた。俺今ならその服恥じらい無しで着れる。
「ぐ…」
仕返しと言われ、山中は口ごもってしまう。
今まで憶測だけで攻撃してきた彼女にとって、それはそこそこ痛いところだったらしい。
が、それでもその顔はなんとかこれを脱ぐ理由を探しているような表情で、顔を赤らめながらも何かを考えていた。
もう、諦めれば良いのにと、俺は新崎に何か言えと視線を送る。
別に、これがビッグイベントではない。ただの、城戸さんの仕返しタイムなだけで、本題はこの後に起こる。ならば、ここでグダグダしていてても俺の睡眠時間が減るだけで、良いことがない。
さっさとそのイベント含めて終わらせて、今日はもう休ませてほしい。
俺の視線をどう捉えたのか知らないが、新崎は山中に向かってなんの躊躇いもなく、言葉を発した。
「…可愛くて、似合ってると思うんだけどな」
「~っ…!」
爆発しかねない勢いで赤くなり、何故かパジャマの尻尾部分もピンっと上を向く。
そして、山中は新崎に誉められたのが嬉しかったらしく「これで…良いです…」と、消えそうなぐらい小さな言葉で呟いた。
「なにか府に落ちませんけれど…それで満足したのでしたらそれで良いですわ…良いんですの…?」
自分の発言に疑問を抱きながら、城戸さんは数歩歩いて俺らの前に出る。
すると、全員の視線は自然とそちらへと向いた。
「で、これから何をするんだ?」
「陽斗…秋葉…夏と言えば、なんでしょうか?あっ、季節の方ですわよ」
「夏…夏…やっぱり、海だよな?」
「…だね」
二人で顔を見合わせて、そう答えを出した。
だが、それは城戸さんの思っていることとは違ったらしく、城戸さんは首を横に振った。
「じゃあなんだよ?」
「ふっふっふっ…それは…」
怪しく笑い指をぱちんと…鳴らない。空しく、指を擦り合わせるだけの音が鳴る。
「……それは?」
気を取り直してもう一回、と新崎がまた尋ねた。
「こほん…。それは……!……って、な、なんで鳴らないんですの…!ちょっと、仁田!代わりに頼みますわ!」
「え、えっ、俺?」
「指、パチンッてお願いしますわっ!」
急に呼ばれ、全員の視線が俺に集まる。
出来るかどうかは知らないが、試しにと指と指を合わせて擦り合わせる。
すると、小さくではあるがパチンッと鳴った。
良かった…。
と、安堵していると突然辺りが一瞬にして暗くなり、真っ暗な廊下で壁掛けの小さなランプの光が淡く光り出す。
驚いて周りを見回してみれば、どうやら窓に黒いカーテンがかかったらしく、月明かりが完全に遮断されていた。
と、城戸さんが腰に両手を当てると、何処からかスポットライトがまるで、人気アイドルのように彼女を照らした。
そして、圧倒的なまでの注目を浴びながら、城戸さんは堂々とそのビッグイベントの名前を発した。
「それは…『肝試し』ですわっ!」
「肝試しか…」
「うぅ~…私、怖いの苦手なんだけど」
「俺なんで指鳴らす必要あったんですか…」
ぽつりと疑問を呟くと、原因の城戸さんが近づいてきて、答えてくれた。
「指を鳴らすことでカーテンを下ろす仕組みでしたから…」
「どうしてそんなものを…」
「いいじゃないですの!こういう派手な事、一回してみたかったんですの!」
「…はあ」
強く押しきられ、生返事で返してしまう。
返事を納得してくれたと受け取ったのか、城戸さんはまた皆の前に戻っていく。
「こほん、それでは簡単なルール説明をさせてもらいますわね」
そう言って城戸さんはルール説明を始めた。
この豪邸は上から見ると『ロ』の字の形らしく、今いるのがそのロの下の線の部分である。そして、今いる場所をスタート地点として、一階を時計回りで回り、途中の、ロの字の上の線の真ん中辺りにある俺たちが食事の時に使っていた広間に寄って、事前に準備していたらしいそれぞれの名前が書かれたおふだを、自分の名前のだけ回収。その後、今いる場所の真上辺りにあるテラス前にそれを置けばゴールらしい。
置いた後はそのテラスでボーッと後続が終わるまで待っていればいいらしい。
ボーッとしてるのは得意分野。多分、裏とかでボーちゃんって呼ばれてる。
一通り説明し終えると、城戸さんは何処からともなく割り箸の入った木製のカップみたいなものを取り出した。
「それでは、これで三人ずつのグループに別れてもらいますわ!」
「おう!じゃあ引くか!」
「…やっぱり引かなきゃダメ…?私怖いのは…」
「…………」
俺も適当に手近にあったものを手に掴む。
俺も変わらずホラーは嫌なのだが、冬花ちゃんがいればなんとかなりそうな気がする。
それに、つり橋効果というものだってある。冬花ちゃんが怖がったところに颯爽と現れれば、それのお陰でハッピーエンド直行。幼女は俺が守る。
だが、そうなるにはまずくじを引かなければならない。引かなければ、まずその確率すら回ってこない。ガチャを引かなければ嫁は絶対に当たらない。でも…配布とか後にあったりするんだよなぁ。
肝心の冬花ちゃんも割り箸を掴み、城戸さんも新崎と一緒になりたいと念じたいのか、むむむと唸りながら二本のうちの一本を選んだ。
そして、残った一本を山中が手を伸ばした。
「全員、しっかり選びましたわね」
「おう!」
「うん…」
「やだなぁ…」
「あの、この服のせいで掴みにくいんですけど…」
「それじゃあ一斉に!せーの!」
デッキからカードを引くように、割り箸をカップから取り出す。
掴みにくいと言っていた山中の割り箸は、手、というか腕からするりと抜けて、今だ、カップの中である。
で、自分も引いた割り箸の下の部分を見る。
…が、特に何もそれには巻かれていなかった。
「お、赤だ」
「陽斗!やっぱり運命ですわ!」
「あ、私も赤だ。ふふーん♪陽斗ー♪」
周りを見ると、城戸さん、笠木さん、新崎には確かに赤のテープが。冬花ちゃん、俺には何も巻いていない普通の割り箸が!
…ヤバイ、俺明日辺り死ぬかもしれない。いや今日かもしれない。というかもう死んでるかも。
そして、俺と冬花ちゃんの二人だけが何も無いということはつまり、山中もこっちのグループということなのであろう。この結果に震える俺と同じように気づいた山にゃかは、嫌そうにこちらへと向かってくる。それに合わせ、自然と冬花ちゃんもこちらへと歩いてきて、グループが二つ、出来上がった。
山にゃかは今適当に作った。
声には絶対に出せない。
「先輩とですか…はぁ」
「嫌そうな顔やめろ…」
「はぁ~ぁ…」
「だから」
一言だけ言って止めて貰おうとするが、何度もため息を吐かれてしまう。
まぁ、こんなこと昔からよくあったし、俺全然傷つかない。傷つかない…傷つかないから…。
「よーし!それじゃあどっちが先に行くかだな!じゃんけんで決めるか灯?」
「ん、それでいいんじゃね」
「勝った方が先か後か決められる、だな」
「分かった」
話の流れで、自然と俺と新崎がじゃんけんをするという形になって、前に出る。
「最初はグー!じゃーんけーんポンッ!」
俺は新崎の掛け声と共にパーを出す。…新崎の手は、拳の形。つまりはグーである。
俺のこれからの人生で一回あるかないかの、主人公に勝利した瞬間だった。
でも、じゃんけんだから全然喜びが湧いてこない。むしろ、こんなことで喜びそうになって逆に悲しくなりそう。
まぁ、ともかく俺が決定権を得たのだ。振り向いて、どうするかを二人に目だけで尋ねる。
まず、山にゃかが口を開いた。
「私は…こういうのは早めに終わらせた方がいいと思います。待ってる時に悲鳴とか聞いたら怖いですし…」
次に冬花ちゃんが。
「どっちでもいー…」
「…じゃあ、先攻だな」
ショッカーみたいな返事を受けつつ、顔を戻して新崎にそう伝える。
「んじゃ、俺らが後攻だな!頑張ってこいよ!灯、冬花、二葉!」
「は、はいっ!」
嬉しそうに返事を返した山にゃか。そして、冬花ちゃんも返事なのか抱きつき、新崎を見上げた。
「頑張る…から…終わったら…なでなで…?」
「おう!撫でまくってやるぞ!」
「ふふ…♪」
………………。
正直、ヘタな幽霊とか言霊よりも、原理の分からないこの未知のパワーの方が怖い。
つり橋効果は期待できないと諦めていると、城戸さんがライトらしきものと、薄っぺらい紙を俺に渡してきた。
「これは?」
「ライトとあと、ここの建て物の地図ですわ。ここは扉も多いですから迷わないように。扉の中には薄暗い地下に通じる部屋もありまして…そこに行ったメイドが帰ってこなくなったり…ふふふ…♪」
「じょ、冗談ですよね…?」
不気味に話す城戸さんに、苦笑いになってしまう。
「もちろん、冗談ですわ♪ふふっ、仁田は怖がりですわね♪」
俺の態度をくすくすと面白そうに微笑む彼女に、少しだけ照れてしまう。
「し、城戸さんも怖いの苦手なんじゃなかったでしたっけ…」
「ふふん、それなら大丈夫ですわ!あの後、色々な映画を見てそういうものに完璧な耐性をつけましたから!…えぇ、きっと!」
誇らしげに話す彼女だったが、途中からやけくそ染みてくる。実際に体験するのと見るのは違う。証拠に、城戸さんの足がこれからの事を考えてしまったのか、プルプルと小さく揺れていた。
「頑張ってください…」
「え、えぇ…仁田も…」
「先輩、それじゃあ行きましょうか」
「ごー…」
山にゃかに声をかけられ、貰ったライトの電源をつけて、俺を先頭に三人で広く、長いほんの少しの明かりしかない廊下を歩き出す。
「えっ、俺なんで先頭なの?」
「ら、ライト持ってるじゃないですか…」
「じゃ、あげるから…ほら…」
無理矢理山にゃかに渡そうとするが真っ黒な猫の腕で防がれる。
「い、いらないですよ…!それに、先輩は先輩ですし、男なんですから…」
「男女差別だ…」
「そ、それにです!私はこの服のせいで物が掴みにくいんです!ライトなんて持てません…!」
山にゃかに腕を素早く後ろに回され、ライトを渡す方法がない。
「俺…先頭…えぇ…」
冬花ちゃんには任せられない。男らしいところを見せなければならないのだから。あ、でもこのやりとり見られてる時点で男らしさも何も無いや。
諦めるしかない…と、先頭で行こうかと思ったその時、ライトが誰かに奪われる。
「ライトが…!」
「せ、先輩!明かりが!明かりが!」
慌てて二人で辺りを見回すと、俺のお腹ぐらいの高さから、強く明かりが広がっていた。
見ると、冬花ちゃんが俺らを呆れたような瞳で見ていて、その手にはライトが。
幼女が俺を守る。
「私が…やる…。むぅ…頼りない…」
「ごめんなさい…」
「すみません…」
幼女を先頭に高校生が二人、その後ろに付いた。
と、不意に後ろから呆れたような声がした。
「お前らまだ3歩ぐらいしか歩いてないんだけど」
声に振り向けば、新崎たちも冬花ちゃんのよう冷たく、ジトリとした視線を俺らに向けていた。
…あ、ほんとだ。




