61話目
61話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
明かりの弱い広い通路を三人で辺りを気にしながら進んでいく。
一階を途中、寄り道を挟みながら一周すれば良いだけなのだが、ここの廊下は俺たちの歩く速度も関係しているのだろうが、異様に長く、そして扉も多い。
扉が多いということはそれはつまり、お化け屋敷特有のあからさまに怪しいギミックなんかがどれか分からないわけで、不意打ちが容易に行われるということである。
ビクビクしながらも歩いていると、カーテンで月明かりが遮断されている窓の中に一つ。カーテンが下ろされていない窓が見えた。
そこからは月明かりが溢れ、廊下を、ライトのような人工的ではない、自然な明かりで照らしていた。
俺と同じ物に気づいた山にゃかはあっ、と声を漏らした。
「閉め忘れ…ですかね?」
「それだったらまだ良いんだが…」
「見てみる…?」
未だに驚かされる事は何一つとしてされていない。ならば、そろそろ何か来てもおかしくないだろう。
山にゃかと冬花ちゃんは歩調を早め、その窓の近くまで寄って行き、俺も怖くなって二人の後を追う。
邪魔にならない程度に豪華な枠組みのついた大きな窓に近づいて外を見てみれば、広大な庭が目に移る。
ん…?
「なぁ…あれ…は…」
ふと遠くに見えた、反対側の通路を指差す。
「あれ…あれって…!」
「ゆうれい…?」
真っ白な、人のような何かが向かいの通路でゆっくりと、歩いていた。
だが、すぐにそれは消える。
と、その時。強い風が吹き付けたときのように大きな音を立て、窓が揺れ、赤い、血のような色をした手の後が、窓に無数に現れる。
「うぉっ!なに…なに!」
俺が慌てて窓から飛び退くと、山中もきゃあと悲鳴を上げて後ろに下がる。
だが、冬花ちゃんだけは驚かず、変わらずボーッと立って、窓を興味深そうに眺めていた。
「これ…多分映像…」
「え、映像?」
「窓に写ってたのが…全部作られたの…だから…」
そう言うと、窓についていた手形が勝手に消えて、冬花ちゃんの言うように画面を落としたような暗闇を一瞬挟み、また少しだけ庭が見えた後にカーテンが下りた。
ならば、あのとき見えた幽霊のようなあれも、作り出された映像の中だったということだろうか。
「…なんでそんなよくわからない技術をこんなところで…」
「ま、全くです…。はぁ…」
原理が分かり、山にゃかから安堵した息が漏れる。
「…なんか、山中の格好見ると安心する」
胸に手を当てる猫姿の女の子は、見ていて心が和む。
さっきのでバクバク言ってる心臓も、徐々にそのお陰で落ち着いてきていた。
「バカにされてる気がするんですけど」
「いや、誉めたつもりなんだけど…」
俺の今の言葉も、きっと彼が言えば彼女の好感度は上がったのであろう。
なんなら、胸揉ませてとか言っても好感度上がるんじゃないのあいつ。こっちが言ったら捕まるぞそれ。
ともかく、山にゃかから冷たい言葉を貰って、頭が自然と冷やされた。これでやっと先に進めそうである。
「…それじゃあ、行きましょうか」
山にゃかがそう言い、俺たちはまた歩き出す。変わらず冬花ちゃんが先頭のまま。
「…にしても先輩、さっき凄く驚いてましたけど」
「怖いの苦手なんだよ…」
「本当に頼りないですね…」
「灯だけじゃなくて…二葉も…怖がってた…」
「え…」
突然冬花ちゃんに名前を呼ばれ、自然と驚いた声が俺から漏れた。名前…ついに名前呼びの関係ですか!?
と、このまま喜びのあまり「灯ちゃん大勝利~!」って叫びながら駆け出してしまいたくなる衝動を抑えていると、視界の端に目を丸くしていた人物が一人。
「…どうしたの…二葉…?」
「な、名前…覚えててくれてたの?」
「うん…二葉…ま…間違ってた…?」
「ううん!二葉で合ってるよ!」
頭に?を浮かべる冬花ちゃんに、距離を詰めて山にゃかは言った。
そう言えば、山にゃかは冬花ちゃんをきっかけにして新崎と出会ったらしい。入学式に、浮いていた冬花ちゃんに山にゃかが先に声をかけ、その後に新崎も混ざって、解決したと前に聞いた。
山にゃかの中では冬花ちゃんは自分の事をすっかり忘れていたと思っていたのだろうか。
山にゃかは顔を綻ばせると、口調を柔らかく喋り出す。
「良かった…あのときはごめんね…あんまり、私役にたてなくて…」
冬花ちゃんは首を横に振る。
「ううん…こっちこそ…あのときはありがとね…二葉…!」
「はぅぁっ…!」
優しく微笑んだ冬花ちゃんに、ズキューンと打たれたかのように山にゃかは胸を両手で抑える。
今この状況で話す内容なのかはともかく、山にゃかのリアクション的に、彼女はどうやらこちら側へ踏み込んでしまったらしい。
ボーッと彼女を見ていると、俺の視線に気づいた山にゃかはんんっ、と猫の腕で口を隠しながら何度めか知らない咳払いをした。
「…なんでしょう」
「…………」
「私のは健全的な友情ですから…」
「えっ」
何も言っていなんですけど…。
「友情です!友情!…それじゃあ、ここで時間を潰しても意味がありません。そろそろ行きましょう。あ、坂美さん、手を繋ぎましょうか。暗いところは危険ですから」
「ん…あ…冬花で…いい」
「分かりました。冬花ちゃん。あ、先輩もそこで立ってないで行きましょう?」
「えー…」
自然と、呆れた声が俺から漏れる。
あいつ、もしかしたら同姓なのを利用して俺より酷いところに行くんじゃないだろうか。
…山にゃかにキャラ付けが行われたのだと心で納得して、幸せそうに冬花ちゃんと手を繋いで歩く山にゃかの斜め後ろ辺りで、昔からしてきたようにゆっくりと付いていった。
あと、山にゃかは多分そろそろ戻す。
しばらく廊下を進んでいると、やっとのことで目的地の広間に着く。
ここに着くまでに本当に色々なことがあった。
廊下にやけにリアルな手だけが落ちていて、近づけば急に蠢いたり、なにか違和感に気づいて足元を見れば、何故か三つしかないはずの影が四つに増えていたり。
本当の怪奇現象が混ざっていてもおかしくないほどに本気で怖がらせてきていて、その度に冬花ちゃんが丁寧に原理を説明してくれるので、俺の目的だったつり橋効果が遺憾なく発揮されて、どんどんと冬花ちゃんに俺が惚れていった。
もう冬花ちゃんとつり橋効果…最高っ!
そしてそれは山中も同じだったらしく、なにか起こる度に冬花ちゃんに抱きつき、お化けなんてよそに幸せそうな笑顔を浮かべていた。
この肝試しのお陰で、俺と山中はすっかりと冬花ちゃんのハーレムに加わってしまったのであった。でも、その冬花ちゃんは新崎のハーレムなんだよね…。
つまり、俺と山中は新崎のハーレムに加わったということになる。凄く嫌だ。
冬花ちゃんへの愛を一瞬疑いながらも、広間の扉をギィと音を立て、開ける。
閑散とした広間のど真ん中に立つテーブルに、異様ながらも蓋のない賽銭箱のようなものが置いてある。
三人で近づいて恐る恐る中を確認して見ると、どうやら、これがおふだ入れらしく、俺らの名前のついた三枚の血のついたような模様のした札が、綺麗に横一列に並べられていた。
「これを持って…二階ですよね?」
「…あぁ」
暗い場所のせいで、無意識に会話が小声になる。
山中に返事をして、右端に置かれていたふだに手を伸ばす。
「気を付けて…こういうの…取った瞬間にガッ…って捕まれるの…よくある」
「え」
取る瞬間に冬花ちゃんにそう言われ、変な声を出し、動きが止まってしまう。
確かにこういう油断させての不意打ちは強烈であろう。
俺はふだを取る気になれず、一歩だけ後ろに下がってしまう。
「…先輩、どうぞ。取ってください」
「…嫌だ」
「先輩ずっと後ろでキャーキャー驚いてただけじゃないですか。そろそろ男らしいとこ見せてください」
「私女の子」
「嘘つかないでください」
あっさりと嘘がばれ、ぐいぐい猫に背中を押される。
嫌だなぁ…可能性だけとは言っても、可能性がある時点で嫌だ。
しかし、山中達の雰囲気は完全に俺が取る流れで、冬花ちゃんもじっと俺を見つめていた。
「ほら…早くどうぞ…」
「ぁぁ…はぁ……よし」
ため息を吐いて覚悟を決め、ゆっくりと箱の中に手を入れる。
大丈夫…大丈夫…これを取れば折り返しだし…どうせ、本題この後の新崎の番だ。今は所詮新崎のための前座で、この後に幽霊に驚いた城戸さん達に抱きつかれてドキドキ☆みたいな展開が起きて、俺らなんてそもそも無かったことにされるんだ…。
どうせ写されなかったり、忘れられたりするなら、最悪みっともない声だってあげても大丈夫だろう。
ふぅともう一度息を漏らして、箱の俺の名前の入ったふだを取った。
…が、手なんかが俺に掴みかかることはなく、何も起こらない。
「杞憂でしたかね…」
山中がそう言って、俺の横に並んで箱からふだを取ろうと近づく。
本当に無駄な苦労だったんだなぁ…と、若干傷ついて少しだけ下がると、なにかに気がついた山中があっ、と口を開いた。
「ん?…ぶっ!」
気になって振り向くと、突如として顔に生温い感覚。
これは…まさかおっぱい!?
驚いた山中が飛び付いてきたとかそういう展開!?
と、慌てて顔を離してみると…え…やだ全然違う。
お化け屋敷と言えばで、一昔前は皆のイメージとして残っていただろう、あれ、こんにゃく。それが明らかに隠す気の無い糸に吊り下げられていて、多分、それが天井辺りから落ちてきて俺の顔に当たったんだと思う。
「なんでこんな古典的な…」
俺の口から自然とこぼれる。
「肝試しの驚かす内容を考えた人がめんどくさがったんですかね…こんにゃく古いですよね…」
「でも…割と効果はあったぞ…ちょっと驚いた」
そして、顔辺りにちょっとだけこんにゃくの香りが残っててすごくウザい。
冬花ちゃんも何かしらリアクションをしたのかと見れば、中でブランブラン揺れているこんにゃくをジーっと見つめていた。
「食べる気じゃないよね…」
「……………」
尋ねてみると、冬花ちゃんは一瞬、迷ったような表情を見せた後、諦めたのか箱に歩いていった。
流石に俺の顔に当たった物を勧める気にはなれない。
それに…間接キスはまだちょっと恥ずかしい…。
と、ドキドキしていると山中が俺の肩をポンポンと叩いてきた。
「あの…」
「なに」
「おふだ、取ってくれません?」
「なんで」
「いやこれ…」
山中が箱に近づいておふだを取ろうとするが、彼女の猫の腕ではペラペラの紙を掴むことが出来ず、両腕で挟んでみてちょっとは持つが、すぐに滑ってハラハラ落ちていく。
どうやら、その腕では紙なんかを掴むのは無理らしい。
床に落ちた紙に視線を向けた後、山中は少し悲しげな顔をこちらに向けた。
「…取ってください。お願いします」
「…分かった」
おふだを拾い上げ、自分のと重ねた。
「ありがとうございます」
「…大変だな。ていうかその服暑くないのか」
身体をほとんど覆われていて不自由そうだし、涼しい夜とは言えどいささか暑そうに見えた。
騒いだり悲鳴を上げれば体温が上がるから尚の事だろう。
だが、彼女は首を横に振る。
「いえ、この服妙に快適なんですよ。通気性も良いですし、なんなら家にある私のパジャマよりいいかもしれません…ちょっと気に入りそうで怖いです」
「まぁ…それなら良いんだけど…」
「はい」
「灯…二葉…そろそろ…行こ…?」
会話をしていると冬花ちゃんに袖を引かれ、声をかけられる。
山中はうんと頷いて、俺も「じゃあ」と言ってゆっくり歩き出す。
「これで折り返しですね」
「あぁ」
「あと半分…がんばろー…」
今度は後ろに下がらず俺も山中のように横一列に並んで、開きっぱなしにしていた扉からまた、廊下へと戻り、その先へと進んでいった。
折り返しを過ぎ、もう半分。
静けさに包まれた廊下は耳の役割を高め、近くで並んで歩く二人の息づかいまで耳に届く。
他の感覚も暗闇で研ぎ澄まされてしまい、目はもう真っ暗に慣れていた。
そして鼻…なんだが。
「…………」
「どうかしましたか先輩、何か変な顔ですけど」
「いや、さっきのこんにゃくがな…」
鼻にうっすら残り続けるこんにゃくの香り。これが非常にうっとおしい。
俺たちのチームの肝試しが終われば後はテラスでボーッとしていれば良いだけなのだが、その時にこの臭いを残しておくのはどうかと思う。そうしなければ、こんにゃく系男子とか言う新しい境地にたどり着いてしまいかねない。
渡された地図を見れば、この近くにお手洗いがあるそうで、そこで出来るならば顔を洗っておきたい。
俺のなんとも言えない顔と、さっきの広間での出来事で話したい内容を分かってくれたのか、山中は俺の持つ地図を覗いた。
「あっ、近くに洗える場所ありますね」
「あぁ、だから洗ってきたいんだが…」
「良いですけど…そこ、男子トイレですから私たち、入れませんね」
「…そうだよな」
もし、俺が、というかこんにゃくを喰らった人がそこに寄ることをこの肝試しの配置を考えた人間が予想しているならば、確実にそこで驚かせてくるだろう。一人で、そして個室に隠れる事が可能で、好条件にも程がある。
まさか…こんにゃくがこんなに迷惑になる日が来るなんて…。家に帰ったらおでんで煮まくってやる…。
こんにゃく系男子と心臓への負担。それを天秤に掛けてみたが、重かったのはこんにゃく男子。
山中は俺の答えを待って、丁度着いた扉の付近で視線をこちらに向けた。
「どうします?」
「行って…くる…」
「それじゃあ、私は冬花ちゃんと二人で!待ってますから。ねー?冬花ちゃん」
「ねー…」
冬花ちゃんは言葉の深い意味は分からずに首をかしげた。
お前…一瞬で終わらせてきてやる…。
扉の前に立ち、まるでレースのように覚悟を決める。
ウマ娘ならぬウマ男のプリティダービーの始まりである。
「…よし」
スライド式の扉を開けて、目の前すぐにある手洗いで速攻で水を出し顔にぶつける。終わり。
俺のあまりの速さに驚いた山中は目を丸くしていた。
「速いですね…。ていうか、あの先輩、顔ビショビショですけど」
「大丈夫。臭いは取れたから、行こう」
扉の閉まる寸前に奥から「あぁ…」ってちょっと悲しそうな声が聞こえてきた。でもね、あなたが出ると俺が悲しくなるんです。…ごめんなさい。新崎が来たときに本気出してください。あいつ、それを幸せに変えるんで。
…そんなこんなで階段を上り、おふだを壁にかけてあった箱のような物に入れて、無事にゴールにたどり着いた。ホログラムたなんだと解説してくれて、冬花ちゃんがいればもう、他は何もいらなかった。
ゴールに着くとそこには、いつものあの執事さんがいて、「お疲れさまでした」
と、深々と頭を下げてくれた。それに合わせて、少しだけ頭を下げてしまった。
「…どうも。久しぶりですね」
「えぇ、お久しぶりですな。仁田様、坂美様。山中様は…始めまして…ですね?」
「あっ、はい。山中二葉…です。あっ!こ、この格好は気にしないでくださいね!」
「分かりました」
執事さんとの挨拶を終え、テラスのその先に広がる光景を見に行く。テラスの先は、ここの建物の高さから考えれば、俺たちが昼間遊んだあの
海が見下ろせるはずだ。
好奇心を踊らせながら見てみれば、そこに広がるのは月の光を受け、キラキラと煌めく広大な海。
昼間はその近くで遊んだ、というか焼かれたがこうやって見下ろしてみると、それは全く違う光景に見えた。
そしてその光景は、山中と冬花ちゃんの心も奪ったらしく、二人して身を乗り出しそうな勢いでそれを眺めていた。
「綺麗…ですね」
山中から、ふっと言葉が漏れた。
「あぁ」
叫びまくってかいた冷や汗は、海の香り混ざる風を受け、涼しさへと変わる。
海に行くのは心底嫌ではあったが、これを見れたなら文句は無いかもしれない。
それぐらいなまでに心を奪われてしまった。
…まぁ、とりあえずこれで俺たちのチームは終わり。
この後は俺とは違う新崎くんが、女の子に抱きつかれ、抱きつかれ、そして抱きつかれる展開が待っているはずだ。
胸とかチラチラ見えてドキドキするんだろうね!良かったね!
まぁとにかく、これでこっちは終わったのだから言われた通り、月に照らされたこの街をボーッと俺は見続けていればいい。
…輝く夜の海は、昼とはまるで別物のように、何処か不気味さを覗かせていた。
「暇だな…」
いくら美しい光景と言えど、流石に三十分近く見ていれば、飽きも来てしまう。
ゴミ一つ落ちていない床に座り、扉から少し離れて壁にもたれる。
どうやら俺たちもここに着くまでに時間がかかっていたらしく、9時ちょっとから始めて、時刻はもう10時を軽く過ぎていた。
どんどんと夜は更けていき、暗闇が一層増していく。
それと、さっきから喉が少しばかり痛い。肝試し中は気づかなかったが、ギャーギャー騒いでかなり喉を痛めたらしい。俺が漏らした声も、少しかすれぎみに出てしまった。
と、不意に俺の視界に丸っこい猫の手が入ってきた。
「…なに」
見上げてみればそれは山中の腕。そしてその腕にはオレンジ味のお菓子のパッケージが。
目線を山中に向け、これはなにかと目で尋ねる。
「のど飴です。喉、かすれてましたから」
「…大阪のおばちゃんみたいだな…」
「…いらないんですか?」
「いや…悪い」
鋭く睨まれ謝りながら飴を受けとる。
「…なぁ、その飴今何処から取り出したんだ」
「何処でしょうね」
「いやそんな曖昧な…」
だか、答えを聞く前に山中はまたテラスの方へと歩いて行ってしまった。
諦めて、のど飴を口に入れる。甘い味は、気持ちだけかもしれないが喉を癒してくれる。
と突然扉がバタンと音を立てて勢いよく開いた。
「はぁ…はぁ…」
扉の先にいたのは汗がダラダラの城戸さん。急いで走ってきたようで、かなり息切れしていた。
その様子を見て、執事さんが不安そうに近づく。
「お、お嬢様…汗が…」
「だ、大丈夫ですわ…この程度…はぁ…」
「おーい!夏ー!」
城戸さんの後ろから、新崎と笠木さんが走って現れる。
「夏!もうっ…急に走っていっちゃうんだから…」
「急に現れるお化けが悪いんですのよ!…わたくしが顔を洗っていると突然現れるんですから…」
話を聞くに、どうやら城戸さんが俺と同じように顔にこんにゃくをぶつけられたらしい。
「…でも、まぁおふだはちゃんと持ってきたし、これでゴールか?」
「うんっ!私もあるよっ!」
二人は俺らが持っていたのと同じ形、デザインのふだを取り出す。
が、一人だけ。
「…あれ?わたくしも確か持っていたはずなのですが…?あれ?あれっ?」
ドレスのような寝巻きをパタパタ叩くが、どこからもそれは出てこない。
まさか、と城戸さんの顔が青ざめていく。
「あー…」
「陽斗!途中でわたくしの、み、見ませんでしたか!?」
「…見なかったな」
「そ、そんな…!…と、特別にわたくしだけ…というのは…?」
執事さんに彼女は視線を送った。が、執事さんは首を横に振る。
「お嬢様、ルールですので…」
「ぅぅ…!分かりましたわよ!い、行ってきますわ…!」
「あ、夏!」
新崎が声を掛けたが、それを無視して城戸さんはまた室内へと駆け出していった。
「………」
何処でふだを落としたのか、大方の予測は出来ているだろう。
だが、城戸さんのあの様子に、始まる前の怯えた姿。
普通に帰ってこれるか、心配な部分はある。
…しかし、ここで俺が行くのはらしくない。
この場面で、物語として追う事が許された人間は、彼だけである。
飴が溶けたのを確認して、立ち上がって新崎に近づく。
「陽斗」
「ん、どうした?灯?」
彼だけが、ただ迎えに行くという行為を青春の一ページとして行い、そこに意味を見いだすことが出来る。それが、僕らの主人公。
「追った方が良いんじゃないか。城戸さん、怖いの苦手なんだろ」
新崎は少し悩んだ後に、あぁ、と頷いた。
「…分かった、行ってくる。秋葉達は待っててくれ!一人で行ってくるから!」
「…うん。でも、お手洗いとかだったらどうするの?」
「そ、それはしょうがないだろ!特別に許してくれ!」
「えー…」
「えー…」
「なんで灯もそんな顔するんだよ!もう、行ってくるからな!」
「…分かったよ。行ってらっしゃいっ!陽斗っ!」
「おう!」
強く返事を返して、新崎は城戸さんを追っていった。
「…あーあー、夏に二人っきりのチャンス上げちゃったなぁ…」
笠木さんが、不意にそう言葉を漏らした。
「灯くんのせいだからね?」
「す、すみません…」
笠木さんに見られ、視線が合ったわけではないのに、明後日へ顔を反らしてしまう。
…確かに、これは笠木さんが負けヒロインへの道に一歩、進ませてしまったということになる。もしそれが物語として決まっていたとしても、笠木さんは頑張って彼を振り向かせようと努力しているのだ。それを邪魔したのは、咎められても文句は言えない。
まぁ、誰であれ文句言えないんですけど俺。将来は良い部下になれる自信がある。
上司のミスとか適当に任されるんだろうなぁ…うわぁ。
落ち込んでいると、笠木さんの優しい笑い声が聞こえた。
「ふふっ、冗談だよ?陽斗は、すっごい鈍感だから、二人っきりなだけでとか、絶対ないよ」
「そう…ですかね」
「うんっ!陽斗を見てきた私が言うんだから間違いなしっ!」
ニパッと明るい笑顔を笠木さんは見せた。
「…まぁ、なら」
その笑顔に、俺はそっけない返事しか返すことはできなかった。
…全く同じ人を見てきたはずだったのに、その差は圧倒的だった。笠木さんの言葉は、新崎を信用してかけた言葉。
だが、俺が彼に言った言葉は主人公を信用して発した物。
同じようで全くの別物。
俺のは、新崎ではない何かに対して向けていた言葉だった。しかしそれだけで、言葉の深さは大きく変わる。
俺は所詮、分かったつもりで浅い話をしてきただけなのかもしれなかった。
「…はぁ」
ため息のように漏れた息は、彼女の言葉に安心して出てしまったのか、自分の無知さに呆れて漏れたのか、俺には何も分からなかった。
ただ一つだけ、この事が分かったとしても、彼への態度を変えることは、俺には出来ないのであろう。
ラノベ主人公はラノベ主人公。一度ついた印象は、そう簡単に取り払われないもの。
人はそういう生き物で俺もそんな人だから。




