52話―― 愉快で素敵な俺の【宝物】
◇◇◇
まったく数週間ぶりだというのに元気なものだ。
喝采と狂乱渦巻く闘技場を抜け
ギルド会館の中に入れば、少し穏やかな静寂がギルド内を包み込んだ。
秘密の会議と言う訳ではないが、久しぶりの再会と言うこともあってガンテツには席を外してもらってはいる。
まぁ裏ギルド所属とはいえあの人も立派な冒険者だし、新階層から帰ってきたフィーネ達の探索話でも聞きたかったんだろう。
でも――
(探索から帰ってきた冒険者との再会を邪魔するほど野暮な真似はしないだろうなぁ)
と言う訳で周りの配慮もあり。こうして久しぶりにギルド『夜明けの日差し』に所属するメンバーたちが全員集合したわけだが――
「相変わらずしみったれたギルドだよなぁここ。これがダンジョン攻略っつー偉業を成し遂げたギルドの全貌かよ」
さっそく開口一番に放たれるフィーネの容赦のない一言がギルドマスターのココロを容赦なくえぐり取った。
まぁ感動の再会、と行きたいところだが後ろの『あれ』を見てしまえばそうなるよな実際。
「なんだよこのオンボロ具合は。ギルドの改修工事に取り掛かる!! とか言っておいて全然変わってねぇじゃねぇか」
「もう、そういうこと言わないのフィーちゃん。シャロンちゃんだって素人なりに頑張ってるのよ。そんないきなりお金が入ってくるわけじゃないじゃない」
「そうっスよ。むしろ金貨5000枚の借金が全部帳消しになっただけでも十分すごい事なんスから!!」
「でもよぉー、アタシらダンジョン攻略ギルドだろ? ギルメンは置いておいても三週間だぜ? 少しはまともに様変わりしてもおかしくねぇじゃん」
「あ、相変わらずズケズケ本音を言うのね君たち……」
そう言ってがっくりと肩を落とし、ギルメンたちの本音に肩を落としてみせる我らがギルドマスター。
まぁ実際には借金完済どころか、邪竜の素材を担保に借金増額な憂目にあってるわけで、
アンジェリカたちの気遣いはフォローどころか罪悪感の刃となってグサグサと欲望にまみれた少女の心にぶっ刺さっていた。
でもまぁ? 向こう見ずなギルマスにとってはいい薬なので、もっと言ってやれと言いたいところだが、とりあえず俺が言うべきことは――、
「おかえり、フィーネ、レオ、アンジェリカ。念願の新階層『処女探索』おつかれさま」
そう言って旅の疲れを労うように俺特製のスタミナポーションを投げ渡すと
しかめっ面だったり、晴れやかな笑みだったりといった個性的な帰還の言葉が返ってくるのであった。
◇◇◇
まったく変わらないものと言うのはこれほど尊く得難くものだったのか。
初めはダンジョン探索に置いていかれたことに怒っていたのに、
気付けば彼女たちが無事に帰還したことを安堵している自分がいた。
アイテムポーチからヒョイと俺特製のスタミナポーションを投げ渡してやれば、お礼の代わりにニヤニヤと意地悪い笑みが返ってきた。
「それで念願の新階層の処女探索はどうだった?」
「おう、なかなか刺激的なところだったぜ? ポンコツも来ればよかったのに」
「真っ先に置いていった張本人がそれを言うのかよ」
『未来予測』でいくつもの未来の可能性を垣間見た末の反応なのだろう。
まったくたちが悪いというか悪趣味と言うか。
この何でもないようなじゃれ合いも久しぶりだが、この人をおちょくるような態度は死んでも治らないらしい。
もう少し感動的に再会を演出できないものかと考え、コイツには無理だなと改めて思い直す。
とりあえず――
「久しぶりの帰還だ。積もる話もあるだろうが、とりあえず医務室に来てくれ」
「りょーかい、っと」
そう言って小さく肩をすくめてやれば、これを待っていたとばかりにスタミナポーションを煽るフィーネの口から、満足そうな息づかいが聞こえてきた。
一応、入院している間も在庫管理と称してポーションやら傷薬やらを調合しておいたつもりだがもしかして足りなかったか?
「いんや、在庫は普通に足りたと思うぞ? アンジェリカの奴も何とか間に合ったって胸をなでおろしてたくらいだし」
「のわりにやけに久しぶりってテンションで飲むのな」
「あったりまえだろ。なにせダンジョンあがりには飲むスタミナポーションだぞ? うめぇに決まってんじゃねぇか」
スタミナポーションと銭湯あがりの牛乳を一緒にされるのは複雑なんだが……、
まぁそのくらい最高の旅だったということだろう。
現にさりげなくフィーネの装備に視線をやれば、
所々血糊や土ぼこりで汚れているが、その下の肌に目立った外傷はみられなかった。
「どうやら言葉以上に充実したダンジョン生活を送れたらしいな」
元気なのは結構なことだが、これもお仕事だ。
「さて、それじゃあ落ち着いたところで、さっそく身体のメンテに入るか」
「おう!!」
そうして鎧を脱ぎ散らかし、堂々とインナー姿になってみせるフィーネ。
メンテとは名ばかりのこの健康診断。
本来なら治療院にいる医術師が行う仕事なのだが、これも雑用係である俺の仕事だ。
「それじゃあチクッとしますよーっと」
と言って注射器の針を情け容赦なく血管にぶっ刺せば、彼女らしからぬ緊張と共に可愛らしい悲鳴が治療室に響いた。
新階層のダンジョンによくあるダンジョン固有の病原菌の有無を調べるための血液検査。
注射器で採取した血液を魔力で透かしてやれば、綺麗な青色の魔術反応が。
ごくりと神妙な顔でこちらの様子をまじまじと窺うフィーネと視線が合うが、
「うん問題ないな。相変わらず綺麗なマナだ。ダンジョンからのマナ汚染の心配もなさそうだし、このぶんなら今日一日様子を見て問題なければいつも通り暴れても大丈夫だろうな」
そう言って太鼓判を押してやれば「マジか!?」という喜びの反応が返ってきた。
このやり取りももう何度目だろうか。
一度目はダンジョンの底ではじめた健康診断がきっかけだったが
第十層に長期間潜り続けていたおかげで、彼女らの身体については彼女たち以上に詳しくなっていた。
これも俺の固有スキルのおかげなのだが、仲間の体調の良し悪しなど
素材の知識と人体への理解さえあれば、俺のような素人でも簡単に見分けがつく。
と言っても――
(この元気なら診察の必要もないだろうがな)
まぁそれがギルマスであるシャロンの出した新階層のダンジョンに挑むための条件なのだから仕方がない。
本人も初めは渋っていたらしいが、未知の病気の危険性を十分理解しているのだろうが、
「それで念願の単独初ダイブの感想は?」
「ああ、もうすげぇのなんのって!! 世界がこうぶわーって広がって、重力場? てーのがあっちこっちに干渉して矢が思うように飛んでいかねぇんだよ!!」
語りたい欲を身体から抑えられなかったのか。
もそもそと服を着替えながら爆発するフィーネのダンジョントークに、堪らず飲みこまれそうになった。
身振り手振りに楽しげに語られる未知の冒険譚。
ダンジョンと言うのは管理者によって世界を形作るらしく、どうやら階層を支配する管理者の性格によってその形はさまざまらしい。
俺も第十層の管理者となってからダンジョンと言う奥深さを知ったが、どうやら第二十六層はそれ以上のカオス具合が待ち受けていたようだった。
と言っても――
「それにしてもあたしらが踏み込んだ表層だけでもすごいことになってたが、
この貧民街も少し見ない間にスゲーことになってんのな。何だよあの裏手の闘技場は。ワインの奴が大暴れしてんじゃねぇか!!」
「あーやっぱり気になるか。
まぁ根っからの冒険者なら気になっても仕方がないアトラクションだろうとは思ってたけど
まさかここまであからさまに食いついてくるとはな」
これは間違いなく馬鹿正直に説明したら暴走するのが経験則でわかる。
かといって適当に誤魔化してもどうせシャロンが馬鹿正直に概要を話して、二次被害を巻き起こすのが目に見えている。
(となればここは正直に答えた方が得策か)
俺だってわざわざ胃痛の種を増やすほどドM根性が極まっている訳でもないし、面倒は少ない方がいい。と言う訳で――
「シャロン発案の思い付き建設した施設でな。表向きは新人冒険者の育成のために使われる公共施設なんだと。まぁ俺のダンジョン管理能力の一部を利用した疑似ダンジョンっていえばわかりやすいかもしれないが……」
借金こさえてぶちたてた賭場つきの競技場みたいなもんだよ。
と説明してやれば、案の定、フィーネのテンションボルテージが見事に振り切れた。
「まじか!! めっちゃ楽しそうじゃねぇか。あたしも挑戦していいか!!」
ガタンと椅子から立ち上がり、ガッと俺の肩を掴み上げれば、爛々と輝く黄玉の瞳が俺の瞳をジッと覗き込む。
ああ、お前ならそう言うとわかってたからあんまり言いたくなかったんだが。
でもまぁ、ここまで来たらもう全部ぶっちゃけるしかないか。
「いまは闘技場に形を固定しているが、少し設定を弄ればダンジョン風に調整することだって可能だよ。お気に入りの戦場もより取り見取り。」
「うわぁなんだよそれめっちゃ楽しそうじゃねぇか!! なぁ早くあたしにもやらせろよ!!」
「とりあえずレオとアンジェリカの診断が終わったらな」
そう言うと『すぐ呼んでくる!!』と素直に頷き、はやてのように治療室から飛び出すフィーネ。
まぁ今後の借金返済に頭が痛いってのに、やっぱり考えることはみんな同じなのか。
チラッと診察室の扉の陰から外の様子を覗き込めば、
ギルマスであるシャロンと今後の闘技場使用について白熱した語り合いが始まり、すぐさま飛び出そうとする馬鹿二人を羽交い絞めする二人の苦労人の姿があるのであった。
◇◇◇
そんな能天気な二人を遠巻きに眺めていると
奥の方でシャロンと話し合っていたレオとアンジェリカが
交代するように少し大きめなアイテムバックを持って歩いてきた。
どうやら一刻も早く闘技場を見に行きたがったフィーネを縛り上げるのに苦労していたらしい。
まぁなんとなくそうなるんじゃないかなとは思ってたけど。
「お前たち二人が常識人で本当に助かるよ。
あいつ一人闘技場に出ていったらそれこそお祭り騒ぎじゃ済まないからな。
もう俺一人じゃあいつ等止められないしマジで助かったよ」
「まったくシャロンちゃんから闘技場の話を聞いたときは驚いたけど、お互い色々と苦労していたのね。そんなことより――」
「はい、おにぃーさん。これ今回の依頼の素材っス」
そう言ってポンと俺の肩に手を置いてみせるレオから今回の成果を渡される。
中を見れば、今回依頼で受注するはずだった薬草や素材の数々が。
新階層の探索に夢中になって以来のことすっぱり忘れていると思っていたけどちゃんと依頼もこなしてくれたんだな。
小さいのにホントしっかりして。お前にはほんと助けられるよ。
それにしても――
「おーおーずいぶんと大量に狩ってきたな。こりゃ26層でしか取れない新素材か何かか?
この量揃えるのは大変だったんじゃないのか」
「もーまったくっスよ。ピー助の伝書竜が来て、宴に使う素材が欲しいから大至急用意しろって言われたから大量に狩ってきたのはいいんすけど、
フィー姉ぇが興奮して探索切り上げるの大変だったんすからね?」
「悪かったって。俺だってまさかシャロンの奴が勝手にピー助を飛ばして追加依頼を出してるとは思ってなかったんだよ」
それより大変だったってことは――やっぱりいつものアレが出たか?
「ええ、シャロンちゃんの御許しが出ちゃったから今回は特にね。
本当なら表層探索で終わるはずだったのに、もっと潜ろうもっと潜ろうって駄々こねるから抑えるのが大変だったわ」
「あの駄々のこね方は地獄でしたっスね。手あたり次第、魔物の群れに突っ込むわで抑えるのが大変だったっす」
「何度ワタくんがいてくれたらよかったと思ったことか」と言って
どこか遠い目をして黄昏てみせるアンジェリカ。
どうやら俺が想定していた以上の神秘に巡り合えたのだろう。
本当にごくろうさまでした。
そうして簡単な近況報告を聞き終え、治療も無事に終えると――
ようやく我慢することを覚えたのか。
おかわりとばかりに俺のアイテムポーチからスタミナポーションをくすねるフィーネが
思い出したとばかりに俺の方を向いた。
「そういやなんか妙な噂を聞いたんだがありゃなんだ?」
「うわさ?」
「あー、なんでも空に飛んでったキモイおっさんがレッドドラゴンに加えられて牢屋にぶち込まれたって話をここに来るとき聞いたんだが――そりゃいったい誰のことだ?」
「あぁ、あのラルグのことか」
そう言えば裏の闘技場の開催で噂がかき消されて、なかったことのようになっているが確かにそんな一大スキャンダルが巷でにぎわっていたな。
暗殺のことは秘密だし、どう言い訳したらいいか悩んでいると、
気を利かせたシャロンが空中に視線を走らせながら、それっぽい話をでっちあげてみせた。
「えっとなんていえばいいのかな。なんでも彼の元上司みたいだよ。
わたし達の噂を聞いてワタルくんを引き抜きに来たみたいだったけど]
「あーなるほど。例のクソ野郎どもの仲間か。そういえばあたしらも世話になったな。
どれ――あたしもいっちょ御礼参りでもしてやるか?」
新調したばかりの攻略武器を肩に、楽しげに笑ってみせるフィーネ。
まぁフィーネ達にはその権利は十分あるし、アイツがどうなろうが俺には関係ないがお前は一刻も早く外で暴れたいだけだろう?
それに――
「あのクソ野郎を庇うつもりはないけど、やめておいてやった方がいいじゃないか?
あいつはただでさえ第10層で1週間ドキドキサバイバル生活を強制させられたあとなんだ。これ以上いじめてやるのはかわいそうだろ」
「というと?」
「竜種に追いかけられながら死ぬ寸前まで追い詰められ、最後には生きたまま王国兵の牢獄にぶち込まれたんだ。もうお仕置きする必要はないってことだよ」
「あちゃーそれはきついっスね」
「ワタくんらしくない容赦のなさだけど、むしろそこまで怒らせることっていったいその人は何をやらかしたのか気になるところではあるわね」
そりゃ大事な仲間が狙われたんだ。このくらいの報復は当然だろう。
それこそ竜の口にくわえられ、ダンジョンから帰ってきたラルグはそれはもう酷い状態だったみたいだ。
これまで裏で卑劣な手を使って人の命を奪ってきたのだし、今更楽に死ぬなんて虫のいい話があっていいはずがないと、お仕置きと称して特製ダンジョンにご招待したわけなのだが――
(いずれ新人育成を目的として『作った』ダンジョンの一角に置いてきたつもりだったけど元ギルマスが『アレ』ならもう少しレベルを落としたほうがいいかもしれないな)
一応殺さないように指示は出したが、開拓精神を根元から折るような設定では意味がない。
ダンジョンの魔物出現レベルはもう少し低めに設定した方がいいだろう。
ところで――




