50話―― 語るに及ばない『復讐劇』の決着は――。
次号、憐れな男は無様に沈む。爽快な結末にご期待ください!!
そう言って挑発するように手招きしてやれば、ブチリと何かが立ち切れた音が聞こえたような気がした。
「なめ、やがって!! 望み通りぐちゃぐちゃにしてやるよ!!」
打てば響くような単純さとはまさにこのことを言うのだろう。
「うおおおおおおおッッ!!」と雄叫びを上げヒュドラの短剣を振りかぶってみせるラルグ。
一瞬、ラルグの殺気に反応するようにピー助が唸り声を上げるが、片手を上げて待機させる。
そしてビュンビュンと風を切り裂くように振るわれる短剣を『固有スキル』の危機管理能力に従って、躱し、すかし、受け流していけば――
俺はギュッと渾身の力を込めて拳を固く握り込んだ。
「なぜだ!! 何故当たらねぇ!!」
「当たるかよクソが。そんな信念のこもってねぇ一撃。ダンジョンの魔物に比べたらどうってことねぇんだよッッ!!」
必死な形相でナイフを振るい続けるラルグ。
無能と蔑んでいた相手にいいようにあしらわれるのが我慢ならないのか。
その表情は憤怒の感情に彩られていた。
だけどな――
(テメェだけが怒り心頭だと思ったのか? 俺だって我慢ならない事はあるんだぜ?)
俺のことはいくら侮ってもいい。無能だとこき下ろすのもいい。
俺が無能なのは真実だ。
だけどな。
「俺を認めてくれた仲間を馬鹿にするんじゃねぇッッ!!」
炸裂する右ストレートがクロスカウンターの如き勢いでラルグの顔面に突き刺さる。
グシャっと鼻骨が折れる感触が拳を通して伝わり、ラルグの身体が綺麗に後ろに吹き飛ばされる。
激痛に顔をしかめ、ゴロゴロと無様に地面に転げまわる元ギルドマスター。
その表情は怒りと屈辱の感情で染まっており、
「て、てめぇ!! 雑用の、無能の分際で俺様の顔面をぶん殴りやがったな!!」
「俺だってこの一か月で少しは成長してんだ。いつまでもテメェにビクビクしてると思ってんのか? 落ちぶれたテメェを張り倒すなんざわけねェんだよッッ!!」
「――くっそがッッ!! こんな屈辱は生まれて初めてだ!!
や、役立たずの分際で調子に乗りやがって。
もう構うことはねぇ、たかだか竜種一匹増えただけだ。殺せ!! 殺しちまえッッ!!」
そう言って破れかぶれなラルグの命令に、状況を見た襲撃者たちが瞬時に動き出す。
さすがは元S級ギルドに在籍していただけのことはある。
ピクシードラゴンと言う希少種が現れても、動揺から立ち直りこうして突っ込んでくることができるのも彼らに力がある証だろう。
でもな――
「そのチカラも志が伴ってなければ何の意味もねぇんだよ」
ここで引き下がるようならまだ見逃せたんだが、どうやらまだ脅し方が足りなかったらしい。
踏み込む右脚を制動してやれば、義足に意識を集中させる。
邪竜の素材を惜しみなく使った義足からダンジョンの力を感じる。
それは俺とダンジョンの魂が一時的にリンクしたことを意味し――
「ステータスオープン。ダンジョン管理権限――【竜王の支配】を発動」
たまたま近くを飛んでいた竜種を捕捉し、『支配権』を獲得する。
赤い疾風が突如として貧民街に降り注ぐ。
その飛来する深紅の巨体は瞬く間に昼間の街に大きな影を落とし、
黄金色の瞳が領域を犯した侵入者を睨みつけていた。
『GYAOOOOOOOOOOッッ!!』
ドガンッッと建物が大きく揺れ、レッドドラゴンの咆哮が貧民街に響き渡る。
それは誰にも制御できないチカラの暴力で――俺達を取り囲んでいたはずの襲撃者たちの身体が咆哮一つで壁に叩きつけていった。
「レ、レッドドラゴンだと!?」
突然の災厄の乱入に、恐怖で上擦った悲鳴を上げてみせるラルグ
ある者は目を見開き、ある者は失神し、ある者は呆然と現実を受け入れられず立ち尽くす。
そして、肝心の精鋭部隊は自体が自分たちの手に負える代物ではないとようやく理解したのか。
「無理だ。俺たちが勝てるはずがねぇ!!」
「もうアンタなんかに付き合ってられるか。俺は抜けるぞ!!」
「ひ、ひぃいいいいい、おかあちゃあああああん!!」
「おい、テメェらどこへ行くッッ!! 俺を守れ!! 俺はお前らのギルドマスターだぞ!!
俺を置いていくんじゃねぇ!!!!」
そうして竜の覇気によって散り散りに逃げていく雑魚の全てを無視して、一歩一歩と距離を詰めると、正面から「ひっ!?」と怯えた視線が俺に突き刺さった。
レッドドラゴンの覇気にやられて腰を抜かし、ガタガタ震える元ギルドマスター。
竜種を従える。
その真の意味を理解しているからなのか――歯の根の合わない口を隠すこともなく恐怖の感情を表に出すラルグから絞り出すような声が漏れた。
「テメェ、なんで竜種を――」
「いくら落ちぶれたとはいえお前だって冒険者だ。こいつを見てなにか気づくことがあるんじゃないか?」
そうしておもむろに服をまくり上げてやれば、その顔が驚愕に染まった。
右脚の義足を中心に術式のような呪印が身体中に伝播している。
「ま、まさかその身体そのものが――ッッ!?
「そうだよ、お察しの通りこの身体はすでに人間を辞めちまってるのさ」
一時的にダンジョンの根源と接続した『後遺症』と言えばいいのか。
俺の身体はダンジョンと同じように莫大なマナを体内に蓄えないと生きていけない身体になっていた。
いまでこそ『邪竜の素材』を惜しみなく使った特殊な義足のおかげで事なきを得ているが
初めは地上の薄すぎるマナの所為で指一本動かすのも難しかった。
義足を通して無尽蔵ともいえる高濃度のマナを体内に循環させることで初めて成立する荒業。
まぁそれもこれもフィーネ達が特級素材である『邪竜の竜玉』を第10層の深部に埋めてくれたからできたことなのだが……。
「ダンジョン深部に埋めた『竜玉』を中継点に『義足』と『ダンジョン』を繋げている。
この意味がわからないほど耄碌したわけじゃねぇだろ」
攻略武器『管理者』。それが俺が地上でも『竜種』を従えることのできる秘密だ。
ダンジョンの私物化と言えば聞こえが悪いが、
俺の身体に義足が接続している限り、俺はどんな時でも『管理権限』を振るうことができる。
故に――
「ダンジョンに逃げようと無駄だ。ダンジョン内は今や俺の支配下にある。いま逃げ出そうものなら必ず探し出してお前らを牢獄にぶち込んでやる」
暗に「逃げ出せば命はないぞ」と忠告を出してやれば、
散り散りになって逃げようとした襲撃者たちが唐突に動きを止め、観念したように武器を取り落としてみせるのであった。
◇◇◇
さてと――まぁこんな感じでハッタリをかましてやったわけだが、
「どうだ、トール。少しは見直したか?」
「は、ははは。見直すも何も――最初から先輩ならやってくれると思ってましたよ」
呆然と俺の指示に聞き従うレットドラゴンを見上げ乾いた笑みを浮かべてみせるトール。
まぁ師匠としてのメンツが保てたのなら何よりだが――
ふと、シャロンのどうしようもないくらい申し訳なさそうな表情と視線が合ってしまった。
「こうなることをわかっていて俺を買い物に連れ出したのか?」
「本来なら、君の知らないところでわたしとトールくんで終わらせるつもりだったんだけどね。まさかここまではっきりとした強硬手段に出るとは思わなかったよ。ごめんね、心配かけて」
「もうしないって誓うなら許してやる」
すると、怒られることを覚悟していたのか、意外と言いたげな表情で俺を見つめるギルドマスター。
いろいろ言いたいことがあるが、無茶しがちなのはお互い様だ。
俺達のことを思って手を尽くしてくれたシャロンを一人責めるわけにもいくまい。
それに――
「まったくなんでこう俺の知り合いは一人で無茶したがる死にたがりが多いんだ」
「それについてはノーコメントで。それにしても話には聞いていたけど随分とすごいねぇこれ。
まさか本当に竜種を従わせることができるなんて……酒に酔ったあの子たちのつくり話かと思ってたけど」
「まぁダンジョン産の魔物に限るけど、ふつう誰も信じないよな実際」
それに無理やり支配しているのではなく、『交渉』して手を貸してもらっているに過ぎないのだ。
俺に誰かを無理やり従わせる能力なんかない。
まぁとはいえ――
(ひっそりとはいえ『魔物の魂』を外に持ち出すのは苦労したが、やってはみるもんだな)
なにせ『魂の封入術式』は一度やって成功しているのだ。
コツさえつかめば、肉人形に魂を詰め込んで元の形に復元してやることなんて訳はないのだ。
まぁ肉体の再生にそれなりの魔力を伴うため数日間、頭痛に悩まされたりもしたが――
「まさか万が一の保険がここに来て役に立つとは思わなかったな。
毎日頭痛に悩まされて育てた甲斐があったってもんだ」
「ええっと、ワタルくん。この子、触っても大丈夫かな? かまれたりしないよね?」
「うん? ああ、今は俺の制御下にあるからな。逆鱗にさえ触れなければ大丈夫だと思うぞ」
「だと思うって、これ制御できずに暴走したらどうするつもりだったんだい?」
そんなことを口では語りつつ、恐る恐るとレッドドラゴンに手を伸ばす我らがギルドマスター。
結局その溢れ出す好奇心には勝てなかったのか。
グルルルっと唸り声をあげるレッドドラゴンに驚きはするものの、
その深紅の鱗に指先が触れると
「触れた―!! すげー!!」
などと年相応な声を上げて喜んで見せた。
まったく。人が苦労してようやくいうことを聞いてくれるように交渉したっていうのに、その前提を目の前であっさり覆されるなんて、なんて小娘だ。
「それで先輩。そこんとこどうなんですか? 先輩の実力は信用してますけど、やっぱりいきなり暴れてバクッとかないですよね?
「まぁ要はテイムモンスターみたいな扱いだし、万が一は絶対にないと言い切れるがその時はその時だろうな。
町は火の海になるだろうけど、冒険者の街だしきっと何とかなるだろう」
「君ねぇ……そういうところ、ほんっっとあの子たちに似てきたよね。大丈夫? 倫理観死んでない?」
「言うな。俺もちょっと自覚してるんだからさ」
仲間に似てきたって言われて嬉しいはずなのに虚しくなるのは何故だろう。
まぁそんなことはとりあえず置いておいてだ。
シャロンの視線が先ほどから不気味なくらい静かになったラルグの方に向けられた。
「それでワタルくん、そこの憐れな男をどうするつもりかな? 彼は今回の暗殺騒動の首謀者。このままここにふん縛っている訳にはいかないと思うのだけど?」
「衛兵隊に突き出すってのもいいけど、あーそうだな。逆に聞くがお前はどうしてやりたい?」
「とりあえず面倒な奴らが来る前に空へ連れて行ったらいいじゃないかな。
このままにしていたらご近所さまの迷惑になっちゃうし」
そうだな。そうしてやるか。
という訳だ――
「俺とシャロンはお前を許す気はないぞラルグ。大人しく掴まって罪を償うんだな」
「待て、待ってくれ!! ただの出来心だったんだ!! 俺様は何も悪くない!!」
「――はぁ?」
堪らず零れた命乞いに、今度こそ呆れた声が漏れた。
俺達を殺すために刺客を差し向けたような奴だどの口で自分は悪くないと言えるんだ。
そもそも――
「この期に及んでまだ言い訳する気か? いい加減見苦しいぞ。お前も元ギルドマスターならガキみたいに駄々こねてねぇで大人しく腹をくくれ」
「そう言うなよワタルぅ。俺とお前の仲じゃねぇか。俺だってお前を追放するのは心が痛かったんだぜ?」
俺を追放して清々したとかのたまってたお前がか?
「嘘をつくならもっとましなウソをつくんだな」
「おいおい、俺がお前を切り捨てて本当に心の底から喜んでていたと本当に思っているのか?
お前が消えてからギルドに納品される素材の質は落ちたし、
肝心のプロジェクトも失敗。王国からの信用もがた落ちになった。
俺だって本当はお前には才能があるって信じていた!! でも何度説得してもこいつらがお前がギルドにいることに納得がいかねぇって――!!」
「それで泣く泣く一芝居打って俺を追放した、と言いたいのか?」
「ああ、これも全てはお前の成長を思ってのことだったんだ!!
この逆境を乗り越えてお前は必ず成長してくると俺は信じていた!! そしてお前は見事俺様の期待に応えてみせたんだ!!」
まるで下手糞な三文芝居でも見せられているかのような演説だ。
ニタニタと媚びへつらっては、他人に取り入ろうとするその仕草。
昔と何も変わっていない。だけど――
「この状況でよくそんな長ったらしい戯言を吐けるなラルグ。全ては俺の為だと?
人の命を狙っておいてふざけたこと言ってんじゃねぇぞッ! お前はあの時本気で俺を殺すつもりでギルドから追放したんだ!! そのお前の口から信じるなんて言葉が出るはずがねぇだろッッ!!」
お前には潔く自分の罪を認める冒険者としてのプライドってものはないのかッッ!!
「つれねぇこと言うんじゃねぇよワタル。所詮は貧民街のガキが立ち上げたギルドだろ?
お前の仲間たちだって、たかだか偶然勇者の遺産を見つけたか知らねぇがどうせ運だけの女どもだ。
そんな股を開くしか能のねぇアバズレどもに縋ってどうなるってんだ。
なぁ一緒に組もうぜワタル。お前の力があれば俺様たちは世界だってとれる!!
俺様ならお前を最高の形で使ってやれるだ。だから――」
「もういい。もう喋るな。お前は結局、何も見えてないんだな」
必死に言葉を尽くして説得しようとしても、肝心なことがわかっていなければ不快なだけだ。
せめて欠片ほどでも冒険者としての誇りがあればまだ情けを掛けられたが――、
(そんな小さな期待すら抱いた俺が馬鹿だった)
コイツは――ギルドを追放され『道』を踏み外した『俺』自身の成れの果てだ。
シャロンに拾われ、フィーネ達と出会わなければ俺も自分自身の未来を呪い、他人を言葉巧みに他人を利用するようラルグみたいな醜い存在になっていたかもしれない。
だから――
「いつも世話かけちまって悪いな。この馬鹿を例の巣まで運んでやってくれ」
そう言ってそっとレッドドラゴンの鱗を撫でつけてやれば、金色の瞳が静かに頷いた。
俺の意思をしっかりと理解してくれたのだろう。
その鋭い牙を鳴らすレッドドラゴンの視線ががゆっくりと憐れな男に向けらる。
『グリュルルル』
「待て!! ワタル、俺様が悪かった。許してくれ! もうお前らには近づかないと誓う。だから命だけは――」
「もう遅い」
そうして憐れな命乞いも虚しく。
逃げようとするラルグの身体をひょいと口で咥え、高々と大空に飛んでいくレッドドラゴン。
その悠然と大空を舞う羽ばたき音と共に「ひぃいいいいいいい」と情けない男の悲鳴が吸い込まれるように貧民街に響くがそれを憐れと同情する者はいなく。
まっすぐと死刑台に連れられる罪人の如く、その矮小な身体は巨大なダンジョンの化身によって冒険者の理想郷であるダンジョンの奥底へと消えていくのであった。




