49話―― 始まりのゴング。
◇◇◇
己の存在全てを賭して拒絶の感情を叩きつければ、
周囲の時間が止まったように不気味な静寂が貧民街を包み込んでいった。
「断る、だと。テメェ……今自分が置かれた状況がわかってねぇのか」
「お前こそこの至宝を奪う意味を理解してんのか? これは彼女たちが命を懸けて手にした誇りの全てだ。お前みたいなクズに渡していいような代物じゃねぇんだよ」
バチッ、と視線の火花が上がり、両者譲れない応戦体勢に入る。
すると、くつくつと不気味な笑い声を漏らしていたラルグの動きがピタリと止まり、
「そうか。それがテメェの答えか。なら――後悔して死ね」
屈辱とばかりに顔を真っ赤にした襲撃者が、無慈悲に号令をかける。
物陰に潜んでいた男たちが円を描くようにして俺達を包囲し、それぞれの得物を誇るようにしてちらつかせて見せる。
その顔は今か今かと主人の指示を待つ家畜の輝きに似ていて――
「総勢20名の精鋭たちだ。ギルドの隅っこで素材を弄ってるしか能の無ぇテメェでもこいつらの強さは知ってんだろ?」
「そうか。お前に脅されて仕方なくってんならまだ同情してやれたんだがな」
正直、残念だよ。
ニタニタとあざ笑うかのように勝ち誇るラルグの言葉に、そっと息をつく。
ここで暴れてもいいがそれだとシャロンに迷惑が掛かる。
シャロンを庇うように立ち上がり、あえて自分が標的になるように一歩踏み出せば、俺の肩を掴むトールの姿があった。
「先輩は下がっててください。いくら何でもあの数は無理です。自分が時間を稼ぎます。
その間に先輩はシャロンちゃんを連れて逃げてください」
「待てトール。お前その怪我じゃ――」
「いいえ、待ちません。これは……おれが勝手に始めたことなんです。たとえおれが死ぬようなことになっても先輩が傷つく道理なんてないんです」
黄金色の髪の奥に確かな意思の強さを感じる。
きっとトールはおれが巻き込まれまいと様々な努力をしてくれていたのだろう。
その気持ちは純粋に嬉しいし、こんな最高の後輩を持てたことを俺は生涯誇りに思うだろう。
それでも――
「お前を死なせるわけにはいかない。あのクソ野郎との確執は俺が原因だ。今度こそ――俺が決着をつけてくるよ」
「ダメです先輩!! いくら先輩がダンジョン攻略者だからってあいつには勝てない。
あんな奴でも元ギルド長です!! 先輩の実力じゃ――」
「ああ、昔の俺だったら勝てなかったろうな」
トールの制止の言葉にはっきりと肯定してやる。
でもなトール。俺だって男なんだ。
弟子の前でカッコつけたいのは俺も同じなんだよ。
だからさ――
「そこで見ててくれ。俺の成長ぶりを」
「先輩?」
いまにも倒れてしまいそうな後輩の肩に手を置き、堂々と一歩前に進み出る。
まったく今になって師匠面か。フィーネ達に見られたらそれこそ爆笑されるかもしれないな。
でも、これは俺が片を付けるべき因縁だ。
この業を他人に譲る訳にはいかない。だから――
「覚悟はできてんだろうなクソ野郎」
「覚悟? 自分を管理するしか能のないテメェの何を恐れろって言うんだ。
また地獄の苦しみを味わいたいみたいだな」
「……真昼間の往来で余裕だな。騒ぎを起こせば捕まるのはお前たちの方だぞ」
「ははっ、助けを期待してるなら無駄だ!! なにせここら一帯は俺の部下が包囲してんだ。裏ギルドの連中にだって邪魔させねぇ」
「そうか。――それを聞いて安心したよ」
それなら全力を使っても問題なさそうだ。
「さーて神様にお祈りは済んだか。なァに安心しろ。運と股を開くしか能のねぇアバズレども今頃ダンジョンで死んでるはずだ。だからテメェも安心しで――ぶっ!?」
言いかけた言葉が無様に中断される。
それはしたから顎をカチ上げるような一撃によってもたらされた現象で――
「ぶっ!?」「ぎょっ!?」「ぼぉっ!?」「べッ!!!?」
俺たちの周りを囲っていた部下たちからも悲痛なうめき声が聞こえてきた。
まさに不可視の一撃。
現に後ろに立つトールですら何が起きているのかわからず目が点になっているような状況だ。
まぁあれだけ鮮やかな奇襲を為してみせたんだ。混乱するのも無理はないが……
「なにがどうなってやがる!!」
「わかりません!! 先ほどから、見えない攻撃があちらこちらからやってきていて――」
「もしかして増援でしょうか!?」
「んなわけあるか!! ここら一帯は完璧に封鎖したはずだ!!
スキル持ちでもねぇ役立たずが、仲間なんて呼べるはずねぇだろ!!」
焦りと怒号だけが伝播し、指揮系統が混乱し始める。
まったく形だけの指揮系統など烏合の衆にしかならないというのに……
「現場に立つのは久しぶりか? リーダーのお前がそんなんじゃ闇ギルドってのもたかが知れてるな」
「うるせぇ!! テメェの仕業か役立たず!! 一体何をした!!」
「早すぎて見えなかったか? コイツはさっきからここにいたんだぞ?」
そうして指笛を吹いてやれば、風を切り裂く音と共に俺の【小さな相棒】が俺の肩に止まってみせた。
白い羽に小さな体躯。まるで手乗り魔獣のような愛らしさはいつ見ても癒されるが――
その姿を始めて認識したラルグは愕然とした表情で叫んで見せた。
「ピクシードラゴンだとッッ!? なんでこんな貧民街にそんな希少種が生息している!!」
「ダンジョン攻略の最後に仲良くなってな。
いまでは貧民街の番人として働いてもらっているんだ」
「な、んだと!? 竜種が人間に従う!? そんなのありえるはずが……」
衝撃の事実にざわつく襲撃者たち。
当然だ。たとえ小さなドラゴンとは言え、竜種が人に従うなんてことはあり得ない。
冒険者なら竜種がどれほど危険な生き物かを理解しているから――
「さてこいつを見てまだ戦う気概のある奴はどれだけいる?
他人の宝を奪おうとしたんだ。当然返り討ちにされる覚悟だってあるよな?」
「くっそ怯むな。きっと何かタネがあるはずだ!! でなきゃこんなクズが竜種を従えられるはずがねぇ!!」
わかりやすい動揺が伝播し、その小さな喉元をそっと撫でれば【ピー助】から気持ちよさそうな声で吠えた。
周囲から緊張で息を呑む声が小さく聞こえ、明らかにたじろぐ足音が四方から鳴りはじめる。
「くっそ卑怯だぞテメェ、まさかそんな隠し玉用意してやがって……」
「卑怯? 闇ギルド総出で一人の女の子を殺そうとしたお前にだけは言われたくないな、ラルグ。
それともお前も群れなきゃ何もできない無能だったのか?」
「うるせぇうるせぇうるせぇ!! この俺様を馬鹿にするんじゃねぇ!! 所詮、運だけのアバズレ共に頼らなきゃ何もできねぇ愚図が調子乗ってんじゃねぇぞ!!
たかだかピクシードラゴンを従えたからって勝ち誇ってんじゃねぇぞ!!」
ああ、まったくもってその通りだよラルグ。
これじゃテメェとやってることはそう変わらない。だから――
「だったら来いよクソ野郎。一騎打ちだ。そのテメェの思惑ごと返り討ちにしてやる」
そう言って挑発するように拳を握り、手招きしてやるのだった。




