48話―― 確かな『反抗』。
◇◇◇
そうしてこの日何度目かになる茶番を繰り返し、買い物を済ませていると、頭の奥底にある警告音が背中を叩いた。
貧民街の路地裏。死角などいくらでもある。
でもいま動かないと後悔すると俺の経験則が叫んでいるから――
咄嗟に身をひねってシャロンの身体を抱きかかえて地面に転がれば、頭の位置を通り過ぎるかのように通り過ぎる銀色の『何か』が横一線で放たれた。
(狙いは――俺ではなくシャロンかッッ!!)
路地裏からの奇襲。この街ではよくあることだが、こんな真昼間から仕掛けてくる奴がいるとは。
黒いローブが翻り、その手に握られたナイフが怪しげな光を灯す。
「――ッ、ワタルくん!!」
「わかってる!!」
シャロンの呼びかけに身体が動く。
まさかこんな街中でスキルを堂々と使う馬鹿がいるなんて。衛兵隊が怖くないのか!?
ここで馬鹿正直に応戦しても面倒なことにしかならないのはわかっているが、
「ちくしょう!! 大人しく死ねやクズが!!」
「――ッ!?」
その聞き覚えのある声に、俺の頭の中が真っ白に弾けた。
この声、このだみ声。まさか――ッッ!!
一瞬身体が硬直し、シャロンの呼び声で我に返る。
でもこの攻撃を避けたらその凶刃がシャロンに及ぶのは明白で――
「くっそ――!!」
「ワタルくんなにを――ッッ!!」
容赦なく突っ込んでくる銀色のナイフ。
この距離では回避は不可能。なら――これしかない。
覚悟を決めてナイフを背に、シャロンの身体に覆いかぶさればシャロンの口から非難の声が聞こえてくる。
でも相手を傷つけずに何とかする方法はこれしかない。
そう思いかけた時――
「先輩、危ない!!」
――もう一つの既視感のある声が脳内に駆け巡り、不意打ちともいえる衝撃が肩を叩いた。
ドンと身体を押し出される感覚と共に、ズキリと腹部に熱いに激痛が走る。
でもそれは俺の肉体を蝕む痛みではなく――
反射的に視線を上げれば、そこには俺の前に立ち塞がるように立ち青年の後ろ姿がそこにあった。
その白い盾。まさか――
「お前、トールか!?」
「へへ、すみません。もっとカッコよく助けに入るはずだったんですけど、つい身体が動いちゃいました」
――赤黒い点々がポツリポツリ地面を濡らしていた。
致命傷ではないにしてもトールの腹部には深々とナイフが突き刺さっていた。
それでもさすがは冒険者と言うべきか。
振りかぶった片手剣が黒フードの男に距離を取らせる。
でも――
「うぐっ、……すみません、先輩。助けるつもりが、足手まといに、なちゃったみたいです、ね」
そう言ってトールの膝がガクッとくの字に折れ、身体が前のめりに倒れ始める。
咄嗟に回り込んでトールの身体を抱きとめれば、そこには異常に噴き出す汗が。
傷口から香るこの甘ったるい匂い。そして『固有スキル』を通して伝わってくるこの僅かな痺れ具合は――
「まさか――ヒュドラ毒か!!」
一度だけ受けたことのある感覚に思わず悲鳴に似た声が上がる。
掠っただけでもあの世行きので有名な強力な猛毒。
こんな貴重な『特級素材』を手にできる相手は限られているが
今はそれよりも――トールの治療が先だ!!
「ワタルくん。はやくトールくんを――」
「わかってる!! いま解毒薬を飲ませてやるから死ぬ気で耐えろよ!!」
いまにも途切れそうになるトールの意識を無理やりつなぎ、腰のアイテムポーチを漁る。
幸いにも俺の一時的な持病の関係で『毒を無害化するための素材』なら腐るほどある。
即座にアイテムポーチにある万能薬の栓を開け、トールの口に当てれば急いで傷口の止血を施せば、トールの呼吸が幾分か穏やかになった。
おそらくこれでしばらく持つはずだ。
だけど――俺の服を握るシャロンの反応がさっきからおかしい。
チラチラとしきりにトールの様子を心配しては、遠くから俺達の様子を窺う謎のフード男を異常に警戒している。
(もしかして何度か二人と遭遇したことがあるのか?)
そんな考えが浮かんだとき。
「あーあー、ったく最後まで俺様の邪魔をするんだなトール。これじゃあ俺様の綿密な計画が台無しじゃねぇか」
この世で最も聞きたくない嘲りが聞こえ、シャロンの肩が大きく震えたのが見えた。
「まったくテメェには心底がっかりしたぜ。よりにもよってそんな役立たずを庇って死にかけるなんてなんてな。冒険者失格じゃねぇか」
「まさか、テメェ――ッ!?」
「おいおいもうご主人さまの声を忘れっちまったのか? あんなに可愛がってやたってのに薄情な奴だなぁ『役立たず』」
そうして風に煽られる拍子に顔を隠していたフードが外れ、息を呑む。
このオークにも似たダミ声。そしてこの話し方。
だいぶ痩せおちているが間違いない。
正真正銘『蛟竜の顎』・『元』ギルドマスターのラルグだった。だけど――
「おまえ――本当にラルグ、なのか?」
風の噂で『賊徒』を使った暗殺の依頼が公にされ、ギルドマスターの座を追われたと聞いてはいたが、月日は人をここまで人を変えるものなのか。
そこには昔のように威張り散らしたような覇気はなく、どこか憔悴に駆られた『死の気配』を身体中に纏わせているようだった。
でも――
「なんでいまさらになって俺を――」
「ふん、そんなこともわからねぇのか。どうやらそこのガキに何も知らされてねぇようだな」
どう、いうことだシャロン。お前なにを隠している。
咄嗟にラルグの方から視線を外せば、そこには若干言いにくそうに視線を動かすシャロンの姿があった。
「どういうことだシャロン。一体俺が知らないところで何があったんだ」
「……これは君たちを心配させたくなかったから言いたくなかったけど、君たちがダンジョンに潜ったあと不吉な連中にずっと狙われていたんだ」
「なっ――!?」
それは初耳だ。
ラルグが俺達を殺すために『賊徒』を使って秘密裏に暗殺しようとしていたのは知っている。
だがそれはあくまで『ダンジョンでの不幸な事故』を装っての計画のはずだ。
だがなんで地上で俺達の帰りを待つシャロンまで狙われなければならない。
「この貧民街の再開発の為だよ」
そう言ってあくまで淡々と真実を述べるシャロンの瞳はどこか悲しげな感情で揺れていた。
「ここら一帯の区帯はわたしたち一族が生きていることで成立しているんだ。
初代王と聖女の永遠にして不可侵なる誓約。
でもその契約はあくまでわたしのご先祖様が結んだ契約でね。
一族が消えればその約束が消えるのも道理でしょ?」
「まさか、そんなことの為にシャロンを――」
「貴族主義者からの粛清、といえば聞こえはいいかもしれないけど、やっていることは略奪そのものだったよ。
初めは貧民街の子供たちを使った嫌がらせからはじまったけど、最終的に刺客を差し向けるようになっていったんだ。
彼からしてみればわたしの存在はよっぽど目障りだったんだろうね。
……トールくんが助けに入ってくれなければ今頃わたしは生きてはいないだろうね」
トールがシャロンを守っていた?
でもなんでトールがそんな暗殺計画の全容を知っていたんだ。
するとこれまで調べた情報の点と点が繋がり、俺のなかである一つの結論を導き出す。
「まさかラルグ。テメェ、なにも知らないトールを使って罪をおっかぶせようとしたのか……ッッ!!」
「はっ!! ようやく気付いたようだな間抜け。そうだよ!! ぜんぶ俺が仕込んだことだ!!」
否定するどころかあっさりと肯定して見せるラルグ。
その顔はどんな表情に彩られていた。
「聖女の末裔だかしら根が、貧民街のクソ餓鬼だ。機を見て掻っ攫えば楽に殺せると思ったが――駄目だな。
役立たずのテメェが世話になってるクズギルドのガキに礼を言いたいから連れてこいって名目でギルドに派遣してたのによぉ。
簡単にガキの口車に乗って裏切りやがった」
テイムモンスターに手を噛まれるとまさにこのことだぜ。
と言ってまるでトールが苦しむさまをあざ笑ってみせるラルグ。
するとすぐ下の方で小さく息を吸う音が聞こえ、弱々しく唇を動かすトールが目を覚ました。
「せん、ぱい」
「――ッ、気がついたかトール!! 身体の方は大丈夫か!!」
「視界ぐちゃぐちゃで最悪、ですけど、何とか大丈夫そうです。――そんな、事より先輩。
シャロンちゃんを連れてはやく、逃げてください。あいつは、先輩の大事なものを壊すつもりです」
「その話はさっきシャロンから聞いた!! それよりなんで、なんでこんなことになる前に最初から相談してくれなかったんだ。事前に相談してくれたらもっとやり方があったかもしれないのに……!!」
「ははっ、すみません。先輩が、あんまりにも幸せそうに笑ってたんでつい――」
「彼を許してやってくれ。わたしたちも君たち同様、心配させたくなかったんだよ。
あの男が勘付いたとわかれば、次にどんな卑劣な手に出てくるかわからなかったんだ」
「それじゃあラルグの賊徒関連の不正告発は――」
「ああ、そうだよ。そこの裏切者が王国にチクりやがったんだ。
――ったく、手に塩かけて大事に育ててやったってのに拾ってやった恩を忘れやがって。
おかげでこの俺様直々にが証拠隠滅に奔走する羽目になったじゃねぇか」
そう言って鬱陶しそうに首を鳴らすと、一歩一歩と距離を詰めてくるラルグ。
真昼間だっていうのに人がほとんどいないのはおそらく奴が裏から手を回しているからか。
協力者がいる以上。助けを期待するのは難しいか。
「それにしても『竜の血』か。ヒュドラの牙を削りだした作った毒短剣を受けても死なねぇとはどうやら噂は本当だったようだな」
「噂だと?」
「ああ、素材を管理するしか能のねぇ役立たずの荷物持ちが『攻略不可能』なダンジョンから邪竜の『竜玉』を持ち帰り、その素材の全てを管理してるってな」
つまり、このタイミング。
ダンジョン攻略者のフィーネ達がいない時に俺とシャロンを襲ったってことは――
「出せよ。テメェがダンジョンボスの素材を全部管理してるのは知ってるんだぜ。
それはテメェらみたいなゴミクズギルドが持っていい代物じゃねぇ。
俺がしっかり有効活用してやるよ」
「……下衆が。どうやら俺が消えた間に、冒険者の風上にも置けないクズに成り下がったみたいだな」
「ふん、なんとでも言え。俺はこれでもギルドマスターなんでな。大事な仲間を加えてやらなきゃなんねぇのさ」
「ギルド『蛟竜の顎』は追放されたんだろ。お前のどこに居場所があるって言うんだ」
「お前だってこの街に住んでるなら知ってんだろ? いやー簡単だったぜ闇ギルドを立ち上げるのは。みかじめ料さえ支払っちまえば何でもありだ。実にやりやすかったよ」
「……王国から指名手配されてるくせに。まだそんなことしてんのかよテメェ」
まったくもって懲りないやつだ。
雑用係の大切さも碌に理解できないやつがギルドを立ち上げたところで待っているのは破滅だけだというのに、
「所詮は腐った素材。死んだ素材をどう弄ろうともう手遅れってことなのか」
「はっ、もうすぐ消える男の説教なんざ響かねぇんだよ。
いまに俺はこの業界を裏から牛耳ってみせる。そのためには金が要るんだ。手段なんざ選んでいられねぇんだよ」
そう言って唐突に指を鳴らせば、案の定――物陰から黒いローブに身を包んだ男たちが現れる。
その臆面もなくさらされる顔にはどれも見覚えがあった。
「そんな。どうして――お前らここにいるんだ!? お前らは衛兵団に報告に行ったはずじゃ――」
「驚いたかトール? こいつらは俺の手足にして忠実な僕だ。
テメェみたいな出来損ないと違って実にいい仕事をしてくれたぜ。
おかげでこうしてお前らの浅はかな企みを返り討ちにできたんだからな」
仕組まれた流れ。
つまり全てを大団円に終わらせるために密かに動いてきたということか。
俺が暢気に入院している間、いったいどれだけ危険な目にあってきたのだろう。
いまでこそギルドマスターとして気丈に振る舞っているが、シャロンはまだ10代の子供だ。
その微かな指の震えを見れば、その答えは一目瞭然だ。
だったら――
「さぁこれが俺様からのテメェに贈る最後の慈悲だ。アイテムポーチを寄こせ。
そうしたらテメェの命だけは助けてやってもいい。どうだ――悪くない提案だろ?」
そう言ってニヤニヤと嘲りの笑みを浮かべてみせるラルグ。
その耳障りな言葉を前に、俺は一度大きく息を吸い込むと、確かな意思をもって腐ったロクデナシのクズ野郎を見返し、
「だが断る」
はっきりと反抗の意思を叩きつけるのであった。




