45話―― 取り戻した『日常』の果てに――。
「あれ、ここはダンジョンっすよね。なんでレオは生きて――」
「「よかったあああああああ!!」」
「うおあっと、いきなりなんすかフィー姉ぇにアンジェ姉ぇ」
さっきまで文字通り『死んでいた』だったことも忘れ、とぼけたことを抜かすレオの言葉に
ついに堪え切れなかったのかフィーナとアンジェリカが飛びついてみせた。
「お前どんな状態だったかわかってんのか。本当に死んでもおかしくない状況だったんだぞ」
「も゛う゛た゛め゛か゛と゛お゛も゛い゛ま゛し゛た゛。い゛き゛て゛て゛よ゛か゛った゛ああああああああ」
「うぐぇ!? ちょ、アンジェ姉ぇ首!! クビ締まってるっす!?」
「うえええええええん。よ゛か゛った゛よ゛おおおおおおおーーッッ!!」
ここまで気丈に振る舞っていたアンジェリカの滂沱の涙に、
嫌々と顔を顰めては大人しく頬ずりを受け入れるレオ。
「うえぇえ助けてくださいおにーさん」と助けを求めるような視線が向けられ
俺も一瞬どう言葉をかけていいのかわからず躊躇っていると、
「おにーさん?」
不思議そうに首を傾げて俺を見つめる琥珀色の瞳に、
俺のなかで燻ぶった不安が瞬く間に消えていくのがわかった。
「まったく、とんでもない騒ぎを起こしてくれたもんだよ」
さっと右手を差し出せば、恐る恐ると言った様子で手を伸ばすレオ。
その指先がおっかなびっくりな様子で俺の手に触れた時、
「触れられるってことは、やっぱりおにーさんはレオが見たかった走馬灯じゃないんすね」
「夢じゃねぇよ。お前がいないとみんな嫌だってよ。おかえり――レオ」
「ははっ、ええっと、ただいま――ってことでいいんですかねこれ?」
確かめるように差し出した右手が握られ、照れくさそうに笑ってみせるレオ。
一応『最期』の記憶があるのか、いまだグズグズ泣きべそをかいている二人の頭をよしよしと撫でてみせる。
その表情はどこか慈愛に満ちた聖母を連想させた。
だけどそれも一時のことで、
「うん? そう言えばやけにスース―するのはなんでっすか?」
何かに違和感を覚えたのだろう。
その視線が僅かに自分の胸元に向けられると――その顔がブワッと真っ赤に染まった。
「ふにゃあああああああああ!? なんでレオはすっぽんぽんなんっすかああああ!?
服、服を――ってレオの鎧があああああああああ!?」
「ああ、それならポンコツが遠慮なくバラバラにしちまったぞ」
「ちょっとなにしてくれちゃってるんですかおにぃーさんッッ!!!?」
「いや治療のために仕方なくだから。人を変態みたくいうんじゃねぇ!?」
ワタワタと未発達な胸を隠しては、ヘンタイだの鬼畜だの呻きだすが元々隠すほどないだろう。
さっきまで本当に死んでいたとは思えないテンションの高さだが、
ほんとしぶといのか図太いのかわからない性格だが……
「まぁ生きてて、本当によかったよ……」
脱力したようにドカリと腰をつけば、今更ながらに震えがやってきた。
よく、あの土壇場であんなことできたな俺。
「でも、レオは確、おにーさんを助けて、それで死んだはずなのに。なんで――」
「そうだった。いい加減説明してもらうからなポンコツ。この状況は一体どういうことだ」
離れ小島のようにポツンと存在する『ダンジョン』を見渡し、その黄玉の瞳を細めてみせるフィーネ。
まぁいずれは説明しなきゃならない事だし、俺もこいつらに隠し事するつもりはない。
いまいち俺自身もよくわかっていない部分も多いが――
「たぶん。俺のスキルのせいだと思う」
「それって確か固有スキルの『自己管理』のことでしたよね。でもそれは自分のものや体調を管理するだけの能力だとうかがってましたが。こんなこともできるんですか?」
「いや、これは俺の推測だが固有スキルが進化したんだと思う」
「固有スキルの進化だって!?」
フィーネが思わずと言った様子で腰を上げてみせた。
驚くのも無理はない。
レベルを上げれば習得したスキルは成長することがあるが『固有スキル』は一生ものだ。
修練の果てに得られるスキルと違って『固有スキル』が変化することなどありえない。
でも――
「俺はこの剣を抜いたときに一時的にだけどダンジョンの『根源』に接続していたんだ。
固有スキルの成長の原因は十中八九――この剣だろうな」
そう言って長年の月日に耐えかね、ボロボロに劣化した剣を掲げてみせる。
一見すると何でもないただの剣だ。でも――
「『ダンジョンの管理権限』を得たいまの俺ならこれがなにか手に取るようにわかる。
これは『破邪の剣』だ」
「破邪の剣だぁ?」
「ええっと、頭の良くないレオには珍ぷんかんぷなんすけど……破邪の剣っていえばたしかデーモン系の魔物に効く武器っスよね? それがなんでこの状況に関係あるんスか?」
「あー、破邪系統の武器ってのはなにもデーモン系だけに効くとは限らないんだ。
破邪の剣ってのは肉体の持たない霊体。つまり――魂に干渉することもできるんだ」
おそらくだが何年か前に勇者との戦いで致命傷を負った『邪竜』が死んだときに、
肉体から離れていくはずの魂がイレギュラーなことにこの地に封印されてしまったのだろう。
ダンジョンの『管理権限』を持っていた邪竜は『魂』だけの存在となっても
尋常ならざる執着心でこの世にしがみついていたのだ。
それが『おおいなる意思』に調整されたものか、『邪竜』の意思かはわからないが――
「あー、つまりあれか? ポンコツがその破邪の剣が抜いちまったことで封印されてた邪竜の魂がダンジョンに拡散され、消滅しちまったってことか?」
「ああ、俺はそう考えている」
これはあくまで俺の仮説だ。邪竜の魂が失われてしまった今、確実な根拠がある訳ではない。
でも邪竜がむやみやたらにこの中心地を壊したがらなかったのも、
古竜の意識を『管理』してこの破邪の剣を抜かせないようにしていたのも、
全部、肉体のない『邪竜(管理者)』が『古竜(端末)』を通してこのダンジョンを支配していたと考えれば納得できる。
その証拠に――
「なぁレオ。おまえ、たしか今まで『何か』に見られているようなプレッシャーを感じていたって言ってたけど今はどんな感じだ?」
「あれ? そう言えば今は感じられないっすね。むしろ一層や三層と同じような穏やかさを感じるっす」
きょろきょろと当たりを見渡しては、不思議そうに首を傾げてみせるレオ。
敵意がないのも当然だ。
魂だけの存在の『邪竜』はダンジョンに飲み込まれ、『俺』がこのダンジョンを管理しているのだから。
「はぁー、しっかし、邪竜が魂だけの存在になってもダンジョンを支配してたとか。話だけ聞かされても信じらんねぇなぁ」
「でも実際に私たちはこの光景を見ちゃってるわけだし、信じるしかないのよねぇ」
「これはあくまで俺の仮定の話だが……、おそらくダンジョンでは『肉体』が滅びても『魂』が無事に残っていたら死んだということにならないんじゃないか?
それこそ固有スキルと魂は密接に関わっている。という話を聞いたことがあるし」
「ああ例のダンジョンを信仰している連中の経典な。
たしか『汝、己の魂に従って運命を受け入れよ――』たったか?」
魂が『肉体』に影響を及ぼす、というのもおかしな話だが
現に、魂を補完したレオはこうして『蘇っている』し、
魂だけの存在となった邪竜がダンジョンを支配し続けてきた。
おそらくそんな奇蹟的なことが許されているのはここが高純度のマナに溢れているダンジョンだからだからだろう。
マナとオドは同じ性質を持っている。
高純度のマナで満たしたこの空間はまさに『生命のプール』と言い換えてもいいかもしれない。
「結局、俺たちはダンジョンに生かされてたってことだろうな」
独り言ち、大きく息を吐く。
すると今まで難しい顔をしていたフィーネが唐突に声をあげ、
「うん? ちょっと待てよ? その邪竜の魂が消えたってことはだ。いま、このダンジョンの管理権って奴がポンコツに委譲されったってことはつまり――」
「この第10層はおにーさんの思うままに動かせるってことっすか!?」
「たぶんそうなんだろうな。よほどのイレギュラーな事態だったのはわかる。でも、俺がここの管理者だってのは魂が理解しているんだ」
「んだよ、そりゃ最高じゃねぇかオイ!!」
その黄玉の瞳を輝かせ詰め寄ってくるフィーネ。
彼女が考えてそうなことはだいたい見当がつくが、ちょっと待ってほしい。
確かに俺にダンジョンの管理権が移譲されたのは事実だが
「ちょっと落ち着けってフィーネ。たしかに俺はダンジョンの管理権限を得たけどなにもかも自由にできるって訳じゃないんだよ」
「えっとどういうことかしら?」
「俺が好き勝手出来るのはこのダンジョンに存在するマナの総量までなんだ。
好き放題俺好みのダンジョンを弄ることできるけど、無限に薬草だったり鉱物だったりを増やせるわけじゃないんだ」
「ちっ――、なんだよ。つまんねぇの」
まぁ、こればかりはどうにもならない。
俺が得たのはあくまで『第10層』の管理権であってダンジョンそのものを支配できるわけじゃないのだ。
でも遠く去り行く意識の中、おぼろげに聞こえてきた声に『仲間に手を出すな』と言ったことは覚えて――
「そもそも俺の『自己管理』が変化していった兆候はあったんだと思う。
俺がレオを助けてみせるって断言したとき、俺ははっきりとレオの魂を管理できると確信があったんだ」
「なるほど。ワタくんのあの自信はそういうことだったのね」
「……うん? でもちょっと待ってくださいっす。
おにーさんはこのダンジョンに存在する全てのものを好き勝手にできる『権限』を得ているのよね。そしておにーさんはレオの魂を『管理』できると確信があったんすよね? すると――」
「おいポンコツ。あたしらはいつからテメェの所有物になったんだよ、コラ」
まるでガンをつけるように一歩一歩にじり寄ってくるフィーネ。
いや確かに自分のこと以上にフィーネ達の体調管理が上手くいくなーと思ったことはあるよ?
でもそれはあくまでこれから深部に挑むフィーネ達のことを想って……
「そーいやあたしら以外知るはずのねぇスリーサイズも完璧に把握してやがったよな? つまりテメェはあの時からあたしらを無意識に道具扱いしてたってことか?」
あーいや。俺の固有スキル『自己管理』の性質上。
個人の捕らえようによれば、そういう勘違いされるのも無理はないかもしれないけど……
「いやちょっと待ってくれ!! 俺は別にそんな邪な心でお前たちを見たつもりは一度もないぞ!!」
「つまりあたし等には魅力がねぇって言いたいのかッッ!!」
もうどうしたらいいのこの状況!!
すると今まで事の成り行きを見守っていたアンジェリカがパンパンと両手を鳴らし、
「はいはい、そういう茶番は後にしてとりあえずこれからどうするか話し合いましょう」
「あん? これからのこと?」
話を纏めるように手を叩くアンジェリカに、さすがに逆らえないのかフィーナが舌打ちして見せた。
とりあえず処刑日時の変更は大変うれしいが、
「話し合いっていうとここからどう脱出するって話か?」
「たしかにそれも大事だけど、この10層はワタくんの支配下にあるんでしょ?
だったらその破邪の剣。いえ、10年以上もの間ダンジョンボスである『邪竜』の魂を封印していたのなら聖剣ね。とにかく――その下に埋まっているものをどうするのか話し合った方が建設的なんじゃないかしら?」
「この下に埋まってるもの?」
そうして堪らずといった様子で顔を見合わせれば、キョトンとしたフィーナと目が合う。
どんなにいがみ合おうと冒険者とは単純な生き物だ。
過程より結果を優先させる。
『邪竜』の魂が破邪の剣に封印されていたということは、つまりその下に『肉体』が埋まっていることを意味し――
「よっしゃああああああああ、お前ら全力で掘り起こすぜえええええええええ」
いつもの調子を取り戻したフィーネの号令と共に急遽『ここ掘れワンワン作戦』が発令する運びとなるのであった。




