43話―― 返ってきた『宝物』。
まさに覚悟の証明。
調子が戻ってきたようで何よりだよ。
なら、さっそくで悪いが――
「アンジェリカと一緒にエンシェントドラゴンから摘出した魔石を竜の心臓に突っ込んでヒポクテ草で封入処理をしてくれ。
魔石と心臓の位置はお前の『未来予測』で何とかなるだろ。
素材の下処理のやり方は――」
「この前テメェから嫌ってほど指導されたからな。完ぺきにこなしてやるよ!!」
そう言って頼もしく唇の端を歪めてみせるフィーネ。
『研修前』とはえらい自信の違いだが、焚きつけた責任を今こそ取る時だ。
エンシェントドラゴンの下に走っていく二人の後ろ姿を見送り、俺も俺の作業に集中する。
フィーネ達にああ言ったが、もはや一分一秒を争う作業だ。
魂が劣化してマナに還元される前に『魂のイレモノ』を完遂させなくてはならない。
「ここから先は素材の相性と食い合わせの問題だ。
幸いにも『素材』だけなら腐るほど生やせる。遠慮なく有効活用させてもらうぞ」
いままで蓄え続けてきた『知識』を総動員しろ。
獣人と相性のいい薬草はなんだ? 『管理工程』は? なにをどう組み合わせればレオの遺体を生前以上の状態まで保てる?
「まず真っ先に手をつけなきゃならない工程。それは――」
ニョキニョキと白い花畑から生え変わる薬草の花園のなか。
マジックポーチから解体道具を取り出すと、俺は彼女の鎧や服を丁寧に剥ぎ取りにかかった。
申し訳ないがこの時ばかりは羞恥心など抱いてはいられない。
剥き出しの薄い胸。
その外気に晒される胸の中心に躊躇なく解体用のナイフを入れれば、鼓動の止まった心臓に『摘んだ』ばかりの薬草を張り付けていく。
(迅速になおかつ適切な処置を――!!)
ポーションの原材料として使われるヒポクテ草。
その実、肉の鮮度を保つだけに思われがちなこの薬草だが、実は素材そのものに張り付けることで素材の品質を向上させる効果があるのだ。
『魔力』と『魂』は似て非なるものだが、その本質はどちらもほとんど変わらない。
生命維持をする上で絶対になくてはならない重要な要素がその二つだ。
未だにレオの肉体に『魂』が残っている以上。
新しい『器』が到着するまではこれ以上だってレオの魂を消耗させるわけにはいかない。
(でもまさかギルドの下積み時代に発見した管理方法を人間相手に使うことになるとはな!!)
ギルド下積み時代の俺もまさか仲間の遺体を管理する日が来るとは思わなかったはずだ。
両手にべったりとついた血を頬で拭い、一息つく。
少なくともこれで『竜の血』を受け止められるだけの器はできたはずだ。
「あとはアンジェリカに頼んだ『竜の心臓』さえ届けば、魂の拡散は防げるはずだ……」
そうこうしているうちに背後から俺を呼ぶ声が聞こえ、
やや息を弾ませたフィーネが両腕いっぱいに深紅の液体で満たしたポーション瓶を抱えて戻ってきた。
でも――
「フィーネ、肝心の心臓の方は!?」
「もう少しかかるみたいだ!! でもアンジェリカの代わりに竜の血だけ持ってきた。きっと必要になってるだろうから先に持っていけって……」
なるほど、英断だ。
確かに刻一刻を争う作業な上に完全な人手不足。
古竜の解体は『一撃破壊』の固有スキルを持つ自分が適任だと判断したのだろう。
よく周りを見ているアンジェリカらしい采配だ。
「とりあえず竜の血はこれだけあれば十分なんだろ? 心臓の部位は特定した。剥ぎ取りももうすぐ終わる。なぁポンコツ……次にあたしはないをすればいい!!」
どこか焦燥に駆られるフィーネを一瞥し、ジッと手元のポーション瓶を見つめる。
宝石を溶かし込んだ光沢を放つ竜の血。
できればいますぐ『器』となる竜の心臓が欲しかったが贅沢は言っていられない。
肉体に残された『マナ』と『魂』が体外に拡散することは防いだが、それも一時しのぎの応急処置でしかないのだ。
(いくら外部から手を加えようと『素体』が死んでちゃ意味がない。
死んだ肉体に『魂』を強制的に繋ぎとめている以上、マナの消費は避けられない。
なら どうにかしてレオの身体に『魔力』を生成させる必要がある)
いまある手札で勝負するしかない。
となれば次にやるべき工程は……魔力の回復。
つまり全身にマナを行き渡らせるため『血液』。その『疑似血液』の精製だ!!
そのためには強力な魔力を伴った『素材』が最低でも2つ必要になってくるが、
「これなら――なんとかなりそうだな」
この可視化されるほどの魔力の輝き。
明らかに『聖遺物』の域を越えている。
血とマナを巡回させる『疑似血液』を作るにはもってこいの代物だ。
「でもこのままじゃ使えないんじゃ。手持ちのポーションはもうないぞ。薄めて使うにしてもレオの身体が――」
「そんな無駄なことはしない!! フィーネ。いまから言う割合でこの『世界樹の雫』に竜の血を混ぜておいてくれ!!
どこにも発表してない調合レシピだが、疑似的なエリクサーの代わりにはなるはずだ。
レオの血液の代替品として使うから慎重に調合しろよ!!」
『世界樹の雫』
それは長年、新しい階層を開拓できない王国が俺の素材管理能力を見込んで依頼してきた新薬のレシピの一つだ。
効果は一時的なものだが、ダンジョンの深部とされる『根源』を垣間見ることができる……とされている。
されている、というのも効果は至って単純で薬物による一時的な才能の『覚醒』と『全能感』からくる勘違いなのだが――
特筆すべきはこのポーションにはとんでもないマナが濃縮されているということだ。
(一歩間違えれば、それこそここら行った火の海になるような代物だが――使えるものは全部使う!! たとえそれがギルドを追放される原因になった代物だとしても!!)
本来は使わないに越したことはないのだが四の五の躊躇っている暇はない。
一本一本慎重にエリクサーを調合していくフィーネの傍で逐一工程の指示を出しながら、レオの遺体を整えていく。
調合したエリクサーは疑似的な『魔力』の塊だ。
自然なマナではないが、その性質はそう変わらないはず。
あとはアンジェリカが古竜の魔石を持ってくるまでレオの肉体を殺さないように維持していけば……
「遅くなってごめんなさい。ちょっと雑だけど魔石の抽出作業終わったわ!! これでいいかしら!!」
「――っ!! 助かる!! フィーネ、『疑似血液』の方はッッ!!」
「これでいいか!!」
完璧だ!!
そうしてアンジェリカの手から剥き出しの『竜の心臓』の一部を受け取ると、
『竜血洞』と呼ばれる部位に入れられた魔石の一部を『魂の核』に、すぐさま縫合糸とナイフで『心臓』の形になるように『肉塊』の形を整えていく。
レオの心臓の形はある程度、覚えている。
(よし、これで何とか最低限の形は整った。あとは順序だ)
タイミングよくフィーネが調合した『疑似血液』を竜血洞で模した『疑似的な竜の心臓』に注ぎ『レオの心臓』と連結させる。
すると『疑似的な竜の心臓』を通して『疑似血液』がじっくりと『レオの心臓』に染みわたり、柔らかな輝きがゆっくりと『疑似的な竜の心臓』に『逆流』していった。
手の中で拍動し続ける心臓。
「おい、もしかしてこりゃ――」
「ああ、とりあえずうまくいったみたいだな。成功だ」
喜びに僅かに目を丸くして見せるフィーナの言葉に微かに頷いてみせる。
ドクンドクンと動くのはレオの心臓ではなく竜血洞で作らせた疑似心臓だ。
つまり『レオの魂』が無事、新しい心臓を受け入れたという証拠だ。
だが問題は――これで終わりじゃない!!
そう、むしろここからが始まりだ。
なにせこの作業はあくまで脆弱な『人の器』から『強靭な竜の器』に『魂』を一時的に定着させたに過ぎないのだ。
魂の拡散は防げたが、依然としてレオの身体は死んだまま。
タイムリミットというシビアな制限はなくなったにせよ。まだまだ油断ならない状態なのは変わりない。
「とりあえずこれで『レオ』の魂の拡散は防げたはずだが。この消耗した肉体がレオの魂と竜の血の二つを受け入れられなきゃ全部おしまいだ。そうなる前に、魂の器となるレオの身体を再生させる」
「この炭化した身体を!? でも――そんなことできるの!?」
「死者蘇生なんて言えるような大したもんじゃない。あとは素材管理の応用で済むはずだ」
拡散し続ける魂の保持するのに比べればずっと楽だ。
だが――ここからはレオの身体次第なのも事実。
少なくとも獣人のレオになら適正率は高いはずだと見込んでいるが
竜の血はエリクサーに用いられるほど多種族の身体との親和性が高いが、その分強力な魔力濃度を含んでいることで有名だ。
さっきのように『世界樹の雫』で魔力濃度を中和するならまだしも
希釈せずに直接輸血なんてことをすれば、レオの身体はたちまち修復不可能なくらいグズグズに崩れ落ちることだろう。
(そうならないためにもいくつか工程を踏む必要があるが――ダンジョンの方もそろそろ限界が近いか)
気づけば世界などもうない等しい状態だった。
ダンジョンの中心核である『竜の巣』を覗いて世界は闇で満たされていた。
これ以上、ダンジョンからの『補助』は見込めない。
となればもうここからは純粋に己の技術の戦いになってくる。
「ここからは一気に飛ばすぞ」
そうしてどのくらいの時間が過ぎただろう。
たぶん、一時間もたっていないはずだ。
にも拘らず身体はもうとっくに限界を迎えておりフィーネもアンジェリカも――レオを助けるという執念だけで緻密な作業を繰り返していた。
「ありったけのポーションを5対5の割合で調合。片っ端から静脈に刺していくぞ!! それで何とか間に合うはずだ!!」
そうして拙いながらも作り上げていく『疑似血液』をレオの静脈に突き刺していく。
とりあえず拒絶反応はないようだ。あとは全身に竜の血が回るのを待つだけなのだが――
「レオの魂と竜種の適性が合えば問題ないんだが、こればっかりは賭けだな」
レオの魂が竜の血に負ければ、それまでだ。
でもレオの魂は俺がしっかり『管理』している。万が一なんてありえない。
「頼む、成功してくれ」
そう言ってドクンドクンと規則正しく俺の手の中で鼓動する『疑似心臓』をレオの身体に移植した時。
全身に血流が回るかのように力強い鼓動とともにレオの華奢な身体が大きく一度跳ね上がった。
眩く、温かい光と共に――ありとあらゆる傷口がひとりでに再生していく。
変化は劇的に訪れた。
ほぼ炭化していった両腕が徐々に瑞々しさを取り戻し、頬や太ももといった裂傷はたちどころに癒えていく。
真っ白な髪に色つやが戻り、硬直していた小さな身体は元の柔らかさを取り戻す。
そしてやや青白かったその顔にほんのりと赤みがさしていくと、その可愛らしい目元がヒクヒクと小さく痙攣しだす。
そして――
「あれ、ここは――天国っすか?」
震える瞼をゆっくりと起き上がった時。
どこまでも暢気で人騒がせな少女の声が聞こえてくる。
それはもう二度と叶わないはずだった奇蹟の呼び声で――
その奇蹟ともいえる再会を分かち合う二人の少女の姿を見届け、俺は晴れやかな笑みを浮かべてゆっくりと地面に倒れ伏すのであった。




