42話―― ダンジョンを支配せし『もの』。
その一言でグダグダ躊躇っていたアンジェリカの変化は劇的だった。
不安に揺れる動揺から決意へと目の色が変わり、その表情にある種の覚悟の色が見えた。
もう迷わないと決めたのだろう。
その表情は幾分かマシになったが――もう彼女たちにカマかけている時間などない!!
即座に横になるレオの遺体に目を向ければ、祈るようにして大きく息を吸う。
『彼女』を一個の生き物と考えるな。
『素材』を損なわせないために管理すると思え。
(レオは俺を庇って死んだ。それは間違いない。
でもそれはあくまで『肉体』の話だ。彼女の魂はまだここにあるッッ!!)
震える手を強引に沈め、覚悟を決める。
そうしてすぐさま空中に右手を走らせれば『透明な画面』が
ダンジョンに生息する魔物の種族。その数。そして、ダンジョン内に存在するマナ総量の全てまでつまびらかにしていった。
膨大で目まぐるしい『知りもしないはずの情報』が脳内に駆け巡るが、欲しかった情報は得られない。
それはつまり――まだレオの魂がダンジョンの糧になっていないことを意味して、
「ダンジョンも俺の指示待ちで活動を止めている。俺達の作業を邪魔する奴はいない。となれば――やることは一つだ」
この空間に拡散したレオの魂がないことを確認すると、すぐさまこの領域全てを俺の管理下に設定する。
何故そんなことができるのかはわからない。
でも、できるという確信があるから実行したまでだ。
「うぎぎぎぎぎぎッッ」
ギチギチと脳内で不穏な痛みが駆け巡る。
まるで直に脳細胞にペンを走らせているかのような痛みだ。
いまにも狂いそうになる激痛だけど、この程度の痛みどうってことない!!
(フィーネの四方結界を応用して周囲に漂うオドを固定。一番から十番までの魔力回路を全部ここ、ダンジョンの中心に集約させる!!)
全てはダンジョンの管理権をフル活用するためだ。
だがそれをしてしまうとマナ不足でダンジョンが『死ぬ』というのが本能でわかってしまう。
ダンジョンが消失してしまっては助けられる命も助からない。
(ダンジョンにとって『マナ』とは『血液』だ。
体内の血液が必要以上に体外へと流れれば失血死するのはダンジョンも同じって訳か)
つまり『レオの魂』と『ダンジョン』の両方を管理しなくちゃならないという訳か。
だったら真っ先に優先すべきは――レオの魂だ。
足りないマナは周りのワイバーンの死骸から補う!! ダンジョンの崩壊など知ったことか。
それこそ不必要な要素はぜんぶ削除しろ。必要なものだけ手元に残せ。
その程度の余裕はまだ残されているはずだ。
途端、ダンジョンが俺の意のままに『最適化』されていった。
「なるほどな。これが、ダンジョンを管理するということか。あの『邪竜』もさぞかし気持ちよかったことだろうよ』
はじめに死者を弔う花畑を中心に世界が大きく崩れ、空の境界線があいまいになっていったかと思えば、周りを囲っていた岩壁がマナの粒子に還り、血生臭いワーバーンの死骸が瞬く間にマナへと還元されていく。
まさしく世界の創造と呼ぶにふさわしい権能だ。
その目まぐるしいダンジョンの変化に、アンジェリカの口から驚きの声を上げるのが聞こえてくるが説明は後だ。
緊張した面立ちで聖母の名前を叫べば、必要以上に緊張した声が返ってきた。
「アンジェリカ!! いまからレオの魂を魔石に封入し、レオ自身の身体を再生させる。
アンジェリカは今すぐエンシェントドラゴンの死骸から魔石と心臓の一部を取り出してくれ。ついでに竜の血の回収してくれると助かる!!」
「わ、わかったわ。魔石と竜の血を回収してくればいいのね。ほらフィーちゃんも立って!!」
「今更なにするつもりだよアンジェリカ。なにしたってもう無駄なんだよ。レオはもう――ッ」
そんな情けない声がフィーネの口から零れた時。
スパンーーと鋭く肉を打つ音が聞こえ、頬を押さえて呆気にとられるフィーネの姿があった。
一瞬何をされたかわからない表情だったフィーネだが、徐々にその瞳に正気の色が宿り始め
「いってぇなアンジェリカ、テメェなにすん――ッッ」
吠え立てるように怒りの形相を浮かべる少女の言葉が、そこで初めて止まった。
「しっかりしてフィーちゃん!! 私まだレオちゃんと一緒に冒険するのをあきらめたくないの!! フィーちゃんはレオちゃんとあんなお別れ方で本当にいいと思ってるの!? 悔しくないの!?」
「――ッ。あたしだってなぁ……諦めたかねぇよッ!! でも、もうダメなんだよ!! あたしはもうあいつに合わせる顔がねェんだ。今更生き返ったって、生きててくれてありがとうだなんてとても――」
「だったらなおさらレオちゃんにごめんなさいしなきゃいけないでしょう!!」
そう言って諭すように叱りつけるアンジェリカの言葉に、うわ言のように絶望を口にしていたフィーネの声が徐々に生気を取り戻していく。
「フィーちゃんの罪悪感なんて知らないわ!! レオちゃんに生きていてほしいから頑張るの!! あの子じゃなきゃ一緒に冒険できないから助けるの
それともフィーちゃんにとってレオちゃんはその程度の替えの聞く存在だったの!?」
「あたしは、あたしは――」
そうしてまるで迷子の子供のように頼りない表情を見せたフィーネが
じっと安らかに眠るレオの顔を凝視した。
そしてその顔が一瞬だけくしゃくしゃに歪むと――
「なぁポンコツ。レオは本当に助かるのか? 本当に、また冒険できるようになるのか?」
「……ああ、絶対に助けるって言ってんだろ。それともお前は仲間が死んだってだけで冒険者の矜持まで捨てちまうようなポンコツだったのか?」
「――っ、だったらあたしは、あたしはなにをすればいい!!」
そう言って挑発的な言葉を口にしてやれば、ハッと縋りつくように顔を上げるフィーネが必死な顔で詰め寄ってきた。
それでこそ我らがリーダー。
彼女の生き方に諦めなんて文字は相応しくない。だから――
「フィーネは俺の助手を頼む。レオを助けるには俺一人のチカラじゃ絶対に間に合わない。
だからいまからお前に散々無茶ぶりを要求する」
難易度はそれこそ古竜を討伐するくらいじゃ済まないかもしれない。
それでも――
「俺の言う工程を確実にこなせる自信はあるか?」
「レオが生き返るってんなら何でもしてやる。テメェがそこまで言うんだったらなにか策があるんだろ? 言ってみろポンコツ。あたしが完ぺきにこなしてやるよ!!」




