41話―― 冒険者の矜持。
◇◇◇
意識が分解され、必要最低限の機能を残して処理されていく暗闇の中で、誰かが泣いている声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声だ。
酷く下手糞で、感情を押し殺しているような声。
ふと自分の中に意識を集中させれば、どこか頼りなく、か細い温もりがあることに気づいた。
これは――レオの声?
嗚咽の混じった涙声が悲しみと痛みで濡れている。
それは、もう何もかもが手遅れだと知りながら、それでも誰かのために無理やり笑顔を作ろうとしている不器用な魂の叫びだった。
ざわつく心が業火に炙られるように痛む。
どうして心が痛むのか理解できず、なぜ泣いているのかも理解できない。
でも俺の中に存在する『なにか』はこの理不尽を許すな、と叫んでおり――
「(この、ままじゃ――ダメだ)」
その悲痛な叫びの意味を知覚した途端。
俺のなかでバリンと『何か』が外れる音が聞こえ――己の中にある『温もり』を頼りに強引に意識を引き上げれば、本来、取り戻せるはずがない意識を取り戻すことに成功していた。
見覚えのない黒い空間。
でも自分が漠然とどこにいるのかわかってしまう俺自身がいる。
そう、ここは――
「(ここは、ダンジョンの『なか』――なのか?)」
ダンジョン深くに存在する中枢機関――『根源』。
それはダンジョン攻略を果たした者が一度だけ垣間見ることが許されると、まことしやかに語られる世界の『秘密』そのものだった。
俺はいったいどうなったんだ。フィーネたちは無事なのか?
そういった様々な疑問が頭の中に駆け巡るが、妙に落ち着いている自分がいる。
思考はやけにはっきりしているのに、身体は動かない。
でも『俺の中』へと流れ込む『ダンジョン』の一部が、やけにはっきりとした『魂』と繋がりを知覚させ――
「(これが、現在の第10層の全体像……)」
何もかもがめちゃくちゃに荒れ果てていた。
ドラゴンたちが指示を待つかのように頭を垂れ、ダンジョンが徐々に死んでいくのがわかる。
俺の役割。そして『ここ』に呼ばれた意味をすべて理解する。
俺はこのダンジョンを『維持する』歯車としてここに連れてこられたのだ。
でも、俺の意識はダンジョンの『死』よりもまず○○に向いており。
――フィーネが倒れ伏したレオの前で泣いている。
その事実を認識した瞬間。
俺の中にある『何か』が『今目覚めたいと手遅れになる』と叫んでいるのがわかり――
彼女たちの魂の叫びが俺の中に流れ込んでくる。
悲しみ、痛み、嘆き。そして――懇願。
その感情の全てがこの目の前に広がる
「(早く、ここから出なくちゃ――)」
強引にこのよくわからない空間から脱出しようとしたところでどこか無機質で事務的な声がどんな感じで響いてきた。
『警告。『管理者』権限の最適化の際にイレギュラーを検知。
インストール……失敗。
固有スキル『自己管理』の自己保存機能が原因と推測。
早急に対象者の自我の凍結を実行します』
俺のなかで未だに渦巻く大いなる声が『俺』を『俺』でない『何か』に変えようとしているのがわかる。
きっとこれこそが先ほど頭のなかで聞こえてきた『管理権限の委譲』というやつなのだろう。
この最適化を経て、俺は『俺』ではない『ダンジョンの支配者』に変わろうとしている。
それこそが正しいのだと『大いなる声』がささやいているのがわかり、思わず身をゆだねそうになるが――
――俺は『それ』を放置するのがたまらなく嫌だった。
莫大なチカラなんてどうでもい!!
ダンジョンの死など知ったことか!!
俺は、彼女たちをこの状況に巻き込んでしまった責任を果たさなくてはならない。
なにより、俺の十年間の願い続けてようやく手にした仲間を見殺してなんてやるもんか。
『テメェ』の勝手でダンジョンを殺したくねぇってんなら――俺が全部まとめて解決してやる!!
だから――
「四の五の言ってねぇで解放しやがれッッ!!」
挑むように言葉をすれば、俺のなかで熱く煮えたぎる『魂』が拒絶するように『大いなる意思』をはじき出す。
そして――鋭い痛みと共に俺の意識が徐々に浮上するように光の方へを導かれていき――
◇◇◇
途端――、異様な空間から這い出るように目を覚まし、俺は微かに痺れる身体を強引に動かしていた。
視線を僅かに持ち上げればそこには背中を丸めて嗚咽を漏らすフィーネの姿が。
咄嗟に飛び出た言葉は心からの本心だった。
そうだ。まだなにも終わっていない。
でもフィーネの肩に手を置けば、俺を睨みつける黄玉の瞳に隠しようのない怒りが込められていた。
そう、怒り。
それは自分たちではどうにもできなかったという己自身に向けられた嚇怒の炎で――今更、暢気に目覚めた俺に対する八つ当たりにも似た言葉そのものだった。
「なにがまだ、だ!! もう何もかもおせぇんだよ。テメェを助けたせいでレオが、レオが!!」
大粒の涙が零れ落ち、鋭い目尻を手で覆い、レオの名前を繰り返すフィーネ。
いま自分がどれほど残酷なことを口走っているのかも理解できていないのだろう。
でもその痛みは痛いほどわかるから――。
「ちくしょう、なんで。なんでなんだよぉ……」
何度も胸を打つ拳が、言い知れぬ感情を持って胸を打つ。
力のない、頼りない拳。
彼女にしてみれば自分の命以上に大切なものを失ったのだ。
一度『根源』に繋がり、彼女そのものの『魂』を覗き込んだ俺だからこそフィーネの激情を理解できた。
でも――
「まだ間に合うはずだ」
こんなところで俺の冒険者人生をつまずかせてたまるか!!
地上に戻って、心から信頼できる仲間を手に入れるんだろ!!
だったらその仲間一人、死の淵から連れ戻せなくて何が冒険者だ。
いまの今まで世話になった恩をここで返せなくていつ返すんだ。
フィーネの両肩をガッと掴み、無理やり視線を合わせる。
「レオ=クロニクルの魂を俺が管理する。そのためにはお前らの力が必要だ。
だから頼む!! なにも聞かず俺に協力してくれ」
「起き抜けに、なに言ってやがる。レオはもう――」
「まだ死んでない!! そんな泣き言言ってる暇があったら、手伝えって言ってんだよバカ野郎!!」
「「――ッッ!!」」
一瞬目を晒しそうになる視線を全身の怒りで繋ぎ止めれば、息を呑む反応が返ってきた。
俺の豹変ぶりに呆気にとられる二人。
だが気持ちの整理なんて待っていられる時間などない。
即座にフィーネを押し退け、横たわるレオの身体を注意深く観察する。
確かに……これは酷い。
両腕どころではない。内臓から魔臓器に至るまでぐちゃぐちゃだ。
俺の手持ちのポーションをもってしても、もうどうにもできないのが傍目からでもわかる。
でも――
「アンジェリカ!! 確認するが、レオの心臓が停止してどのくらい経った!!」
「まだ二分も経っていない、はずよ。でも、彼女の肉体はもう」
ということは全身の組織は活動を停止してからまだそう時間は経っていないということか。
両腕は炭化して再生は不可能。おまけに内臓の損傷は致命的。
もし今、ここで延命措置を繰り返しても彼女の運命は変わらないだろう。
それでも……
「――試さないよりずっといい」
なにより俺の経験が『まだ間に合う』と叫んでいる。
タイムリミットはおよそ五分。
(――迷ってる時間は、ない!!)
即座にレオの『遺体』に手を伸ばせば、邪魔な皮鎧を脱がせにかかる。
すると背後から俺の手を掴み上げるアンジェリカからストップの声が掛かった。
「ちょっと待って、レオちゃんの服を脱がせてどうするつもり!?
もうどう手を尽くしても彼女は戻ってこないのよ!? だったら――」
「このまま寝かせてやりましょうってか? 冷静沈着なお前らしくないぞアンジェリカ!! お前は仲間が死んだってだけで全部諦めるのかよ!?」
睨みつけるように一喝してやれば、アンジェリカの肩が大きく震えた。
『死者は蘇らない』
それはこの世界で変わることのない常識であり、なに者にも犯されざる聖域の一つだ。
確かにここに治癒士はいないし
万が一ここで息を吹き返してもこの傷じゃ一生、治療院のなかだろう。
だったらこのまま眠らせてやるのがレオの為だというアンジェリカの気持ちもわかる。
でもな――
「治癒士がいなくても何とかなる最高品質の『素材』がここにあるんだ。だったら――こいつらを使わないでどうして諦められるんだよッ!!」
「それってまさか――ッ!? あなた、自分が何をしようとしているのかわかっているの!?
それは死者の墓を暴くのと同じ行為なのよ!?
私たちの身勝手であの子の死を自由にしていい権利なんてないわ」
俺がなにをしようとしているのか伝わったのか。今度こそ息を呑む声が聞こえてくる。
伝説はあくまで伝説。
現に――俺が知る限りこの偉業を成し遂げた人物は過去に一人だって存在しない。
だけど――俺は死の淵で『あの子』が寂しくて泣いているのを知っているんだ。
そんな悲痛な泣き声を聞いて、そのままお別れなんてできない。
それに――
「伝説ってのは自ら作り上げるもんだろ!! お前らはいままで何のためにこのダンジョンに挑み続けてきたんだ?
失敗するのが怖くて、レオの死を言い訳にしてんじゃねぇぞ!!」
「あなたは――本気で、本気で神の領域に手を伸ばそうというの?
そんなの、夢物語だわ。今までの窮地とはわけが違うのよ!?」
「だったらなんだ? お前はレオにこのまま死んでほしいって、そう思うのか?」
「そんなわけないじゃない。私だって、レオちゃんに生きていてほしいわよ!!」
「だったらそれが答えだろうが!!」
言い訳するように視線を彷徨わせるアンジェリカの躊躇いに、吠え立てるように言葉をかぶせる。
俺だって失敗するのが怖いさ。
もし失敗して彼女に恨まれる場合だってある。
でもエゴでも何でも、それ以上にあの無邪気な笑い声を聞けなくなるのはもっと怖い。
その恐怖に比べたら神の領域に手を伸ばすことくらいなんでもない。
それに――
「グダグダ文句言ってる暇があったらさっさと手伝え!! 諦めきれないのはお前らだって同じだろうがッッ!!」




