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40話―― 救いの『叫び』に手を伸ばす。

完結まであと少し。今回は、ワタル視点⇒フィーネ視点でお楽しみください。


 初めに感じたのは『何か』が自分の中に入ってくるような奇妙な気配だった。

 

 揺蕩う意識のなか。

 藻掻けども藻掻けども手足は一向に動かず、けれども心地よい眠りを無理やり押し付けられているような感じだ。


 目も口も動かない。でも確かに自分が生きていること葉だけは実感できて――


『十層管理者ファフニールの魂の解放を確認。

 これにより『自己管理』による『管理権』保持者の存在を確認、

 第十層の『管理権限』の委譲が受理されました』


 誰かの声が聞こえてくる。

 でもそれが誰のものなのかはわからない。


 フィーネでも、アンジェリカでも、レオでもシャロンでもない誰か。

 時折、俺を恨むような底冷えする声が遠くの方で聞こえてくるが、それもかき消されるように聞こえなくなった。


 遠く方から声が聞こえる。


『貴方はこのダンジョンに何を願いますか』と問うてくる。

 俺の口はもう動かない。

 でも名誉より、報酬より、欲しいものがある。

 だから――


「俺の仲間に手を出すな――」


 ただそれだけを願い、温かいものが俺の中に入り込んでくる。

 そしてその瞬間、俺の意識は水面から引き上げられるように徐々に覚醒していき――、


 とある『少女』の聞きなれない泣き声が聞こえてくるのだった。


◇◇◇


「終わった、のか?」


 呆然と呟くあたしの声に、ダンジョンそのものが大きく変化したことを肌で感じ取っていた。


 エンシェントドラゴンの断末魔と重圧の消失。

 それはダンジョンの『門番』が死んだことを意味し、同時にダンジョン攻略という偉業を成し遂げた証でもあった。


 崩れ落ちるその巨体が大地を揺らしたとき、あたしは信じられない気持ちで弓を取り落としていた。


 本来のあたしなら目の前の現状に喜び踊り、歓喜に打ち震え仲間の下に駆け寄っていただろう。

 でも頭のなかでは嫌に現実を達観している自分がいて……


「いやそんなはずがない。あの勇者が失敗した試練だぞ。あたしたちは、本当にこのダンジョンを攻略できたのか?」


 勝ったという実感が、湧かない。

 後半はほとんどがむしゃらだった。


 あたし達の連携の隙を突き、狂ったようにポンコツたちの方に向かうエンシェントドラゴン。

 宿敵の向かった先にはポンコツの他に、あたしの命令を無視して駆け出したレオがいる。


 だからこれはポンコツの言葉を信じた最後の賭けだった。


 この距離では致命傷を与えられないと判断し、咄嗟にアンジェリカに大剣を投擲するよう指示し、アタシの魔術式でその軌道をサポートしたところまでは覚えている。


 咄嗟に組み込んだ魔術式も『予測』も完璧だった。

 現にあたし達の渾身の一撃は古竜の逆鱗を貫き、念願の宿敵を討伐することに成功した。

 でもそれなら――


「なんであたし等は無事なんだ?」


 そもそも、あたし達だけであの古竜を討伐できたこともそうだが、あたし自身がこうして生存していることの方がおかしいのだ。


 あたしの固有スキル『未来予測』はあらゆる事象の1分先の『可能性』を観測できる。

 あたしがエンシェントドラゴンの位置を把握し、とどめをさせたのもこのスキルのおかげだ。

 だが――


(あくまでその『未来』もあたしの固有スキルが導き出した『予測』に過ぎない。それはあたしが一番よく理解している)


 一分という短い『未来予測』では確度の高い未来しか見れないのもまた事実。

 エンシェントドラゴンを倒しても、剣を地面から引き抜いたポンコツが数多の暴走したドラゴンに焼かれる姿は、何度未来の結末を『さぐっても』確定事項だったのに――


(どうなった。決着は、ついたのか。ダンジョンボスは――レオ達は無事なのか)


 逸る思考と心臓を必死に抑え、今も黒い噴煙の上がる死地に足を踏み出そうとし――身体が斜めに傾いた。


 あれだけ激しい戦闘が行われていたんだ。

 フィールドだってただじゃ済まない。


「しまっ――」


 今まで蓄積した無理がここに来て祟ったようだ。

 裂けるように亀裂の入る足元から『深淵』が覗き込み、指先が凍り付いたように動かない。


 いや、動かないのではない。動けないのだ。

 しかもそれどころか全身の力が抜けたように身体全身が言うことを聞かず、思わず唇を噛めば、


「フィーちゃん掴まってッッ!!」


 後悔よりも先に、とっさに駆け寄ってきたアンジェリカがあたしの手を捕まえなければ、あたしの身体は文字通り奈落の底まで堕ちていただろう。


「わりぃ、アンジェリカ。チカラ入んねぇ」

「わかってるから喋らないで、いま引き、上げるから――」


 連戦に次ぐ連戦。

 アンジェリカの肉体だってもう限界だ。もうこれ以上無理はかけられない。


(まだ、ほんの少しだけ頑張れるだろあたしッッ)


 身体の奥底に散らばった力を強引に絞り出し、なんとか崖を這い上がれば、今度こそ体の力が抜けアンジェリカの豊かな胸部に抱き留められた。


「ちょ、フィーちゃん大丈夫!? ボロボロじゃない!?」

「あ、ああ。少し気が抜けただけだ。身体の方は特に問題ねぇ。でもこれは――」

「ええ、言いたいことはわかるわ。この状況、一体どういうことなのかしら」


 あたしの動揺を察したようにアンジェリカが周囲の景色に視線を投げる。 


 雪のような粉塵が晴れ、死者を弔う花畑は赤黒い地獄に変わっていた。


 まさに満身創痍の激闘。

 もうこれ以上だって戦線を維持できないという状況であたしらが生きていられるのはこの異常な光景のおかげだった。


「どういうことだこりゃ、竜種が全員沈黙してやがる。一体何があったってんだ」

「たぶんワタくんが何かしたんでしょうけど、これは――」


 先ほどまであたしたちに敵意を向けていたドラゴンたちが皆、首を垂れていた。

 あの誇り高い竜種が誰かに頭を垂れている場面など生まれて初めて見た。


 先ほどまではあんなに殺気立っていたのに、今は完全な無抵抗。

 弓を振るう力さえ残っていれば、それこそ簡単に駆除することできるだろう。


「アイツが言ってた逆転の一手ってのは、このことを言っていたのか……? でもいったいどうやって」


 こんなの伝説にある竜狩りだってできることじゃない。

 レオが見たらそれこそはしゃぎ回りそうな光景だが。


 でもそれ以上にあたしの胸中を締めていたのはそんな些細なことじゃなく――


「――ッ、そうだ、アンジェリカ! あたしのことなんてどうでもい。レオは、あいつらの安否はッッ!!」

「――ッッ!? 慌てないで、たぶん大丈夫だと思うわ。私が代わりに見てくるから、フィーちゃんはここで安静にしてるのよ! 絶対だからね!!」


 あまりに衝撃的な出来事で反応が遅れたが、アンジェリカも同じ気持ちだったらしい。

 弾かれたように顔を上げ、古竜の倒れ伏している現場に走り出す。


 でもそんなこと言われたはいそうですかなんて、黙ってられないのがあたしだ。

 念願の古竜をぶっ殺せたことなどどうでもいい。


 ダンジョンボスの存在なんて二の次だ。

 いまはただひたすらに二人の仲間の安否を確認するため、軋む身体を強引に動かして荒れ果てた大地を蹴る。


(頼む、生きてて、くれ!!)


 生きてさえくれたらあとはどうにでもなる。


 一歩一歩、足を引きずりながら懸命に前を目指す。


 最後のエンシェントドラゴンのブレスに巻き込まれた仲間のことを思い出す。

 あたしの制止も振り切って、まっすぐポンコツの下へ走り出したレオ。

 

 確かにあの時はアレが最善だった。でも――


「勝手に飛び出していったくせに一人死にましたじゃ許さねぇぞ」


 そうして零れ落ちる血を吐き捨て、アンジェリカの名前を呼べば困惑を絵に描いたような不自然な瞳と視線が合う。


 最悪な可能性が頭をよぎるがそんなことを気にしていられる精神状態じゃなかった。


「おいッ、ボーっとしてんじゃねぇアンジェリカッ! レオとポンコツの容体は!!」

「……ッ、そう、ね。とりあえずワタくんの方は大丈夫。全身の火傷と裂傷が目立つけど致命傷らしい致命傷は見当たらないわ。でもレオちゃんのこの傷は――」

「――あたしにも見せろ!! ポーションの在庫だけならまだ……」


 咄嗟にアイテムポーチを開き中から最後のポーションを取り出し、動きが止まる。


 不吉な予感に堪らずアンジェリカを押し退ければ、

 そこには両腕に重度の火傷を負ったレオと、その隣に糸が切れたように意識を失っているポンコツの姿があった。


 たしかにポンコツの身体はアンジェリカの言う通り所々酷いやけどはあるが、ポーションを飲ませて安静にしていれば回復する傷だ。

 でも問題はレオの両腕だった。


「嘘だろオイ。この傷は――」

「おそらく、限界以上にエンシェントドラゴンの攻撃を受けすぎたんでしょうね。

 素人目で診ただけでも体組織が炭化しているわ。たぶん、命が助かってももう二度と盾は――」

「そんな……、お前の回復術で何とかならねぇのかよ!?」

「私だって出来ることならとっくにやってるわ。でも……、私の未熟な回復術じゃどうにもならないの!! ここまで炭化した腕を元に戻すことなんて、もう――」


 レオの固有スキルは『物理反射』だ。


 この世のあらゆる事象は彼女のチカラによって反射することができる。

 でもそれでもそれは武器の耐久度に依存するわけで、火傷なんかの状態異常は反射できない。


 そしてポーション程度の傷薬ではこの傷はどうにもできない。


 つまり炭化寸前まで酷使されたレオの両腕はもう――


「ちくしょう。ここまで来てそんな事ってありかよ……ッッ」

「へへ、両腕の感覚がないなーって思ってたけどやっぱりそうっスか」

「――ッ、レオ!! お前意識が戻ったのか!?」


 堪らず地面に拳を叩きつければ、無邪気なレオの笑い声に思わず身を乗り出した。

 ここで意識がある方がおかしいのに、

 へらへらといつも通りに笑ってみせるレオの姿があった。


「フィー姉ぇ、アンジェ姉ぇ。おにーさんは、無事っすか?」


「ワタくんは無事よ。レオちゃんが身体を張って守ってくれたおかげで何とか生きてるわ」


「そうっすか。ならよかったっす。それで、肝心の……エンシェントドラゴンは?」


「あたしとアンジェリカがぶっ殺した。お前と、ポンコツが囮になってくれたおかげだ。最後の最後お前がポンコツを吹っ飛ばしたから、いまこうしてあたしたちは生きてる」


「ということはおにーさんもちゃんと役割を全うできたんスね。三人に託しておいてよかったっス」


「なんにもよくねぇよ。ポンコツが助かったって、お前が死んじまったらなんの意味もねぇんだよ」


 掠れた声があたしの口から零れる。

 ギリリッと歯を食いしばれば、いくつもの小さな雫がレオの顔に零れ落ちていて――、

 そこには眩しそうに目を細めるレオの姿があった。


「ふへへへ、泣かないで、くださいっスよフィー姉ぇ。

 こんなレオでも、最後の最期で盾の矜持を全うできて満足なんっスよ。フィー姉ぇが泣いてちゃ台無しじゃないっすか。最後くらい笑顔で見送ってくださいっすよ」


「やめろ縁起でもねぇこと言ってんじゃねぇ!! まだ、まだなにも終わっちゃいねぇだろが」


 あたしらは誰も突破できなかった竜の巣を攻略したんだぞ。

 これから地上に帰ってギルドで祝杯上げるんだろうが。


 お前だってもうすぐ成人だろ? 竜狩りになるって夢はどうした。

 まだまだやりたいこといっぱいあるって言ってたのに。

 それなのに……


「ムードメーカーのお前がいなくちゃ冒険は始まらねぇだろうが――今更、一人だけ勝手に満足していなくなるなんて許さねぇぞ!!」


「ふへへ、レオも、みんなともっともっと冒険したかったすけど、もう十分ス。

 それよりさっきからなんだか、ねむたく……なって、きて」


「ダメ、レオちゃん!! 目を開けて!! フィーちゃん。レオちゃんがッッ!!」


 アンジェリカの悲痛な叫びに、胸を抉られるような思いが溢れる。


 弱々しい息づかい。

 微睡む瞳が色を失っていく。


 あたしの固有スキルはすでにレオの死を補足していた。

 もう彼女は助からない。


 これも全部あたしが無理に深部へ行こうだなんてわがまま言ったせいだからか?

 あそこでアンジェリカの言う通り諦めて撤退していればこんなことにはならなかったのか?


 頭が、ぐちゃぐちゃでどうにかなりそうだ。

 

 もう、本当にレオは助からないの? 

 三人で一緒に冒険できないの?

 だったらあたしは――


(これからなにを目指せばいいの?)


 そうして現実という名の化け物を前に、

 あたしはただ絶望しながら全てを手放すことを受け入れかけた時――


「まだ、だ!! まだ――死なせないッッ!!」


 背後から本来、聞こえてくるはずのない男の言葉が魂に響いてきた。


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